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三章 僕は彼女に知らせたい

60 長い復讐の始まり ※R

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 篠崎あいらをマンションに入れるのは、二ヶ月ぶりだ。
 以前、彼女を妊娠させるつもりで酔わせて連れ込んだ。が、別の思惑で彼女もそれを望んでいたため、復讐は失敗した。

「あいら、大好きだよ」

 靴のままコートを着たまま、彼女を抱き締める。互いのバッグが、玄関のタイルにドサッと落ちた。
 ひとかけらも思ってないことを、よく口にできる。いや、かけらぐらいは、気に入っている。

「ほ、本当に、私、雅春くんの彼女でいいのかな?」

 コートにあいらがしがみついてきた。

「まだ疑ってるんだ。僕らは親たちに認められたんだよ」

「夢みたい。雅春君のお母さんもお父さんも、すごく優しくて、信じられない」

 かわいいことを言ってくれる。今日の食事会は父の提案で開かれた。が、おかげで、あいらの不信感をぬぐうのに、充分な効果が得られた。

「そろそろ休もうか」

 腕の中の小さな生き物は、コクンと頷いた。


 ベッドの前で、彼女の背中のファスナーを下ろす。

「ワンピース、しわになっちゃうから」

 彼女は自分から服を脱いで、僕の前に立ち、目を閉じた。ブラとパンティだけになった彼女が、両腕で身体を覆い隠してうつむいている。
 彼女の中身はともかく、体はかなり気に入っている。
 そのままベッドにもぐりこみ深いキスを繰り返す。ポテッとした唇も好きだ。見た感じは微妙だが、キスすると気持ちいい。
 ブラを剥ぎ取り、大きな胸に顔をうずめる。いつまでも味わっていたい、柔らかい弾力。

「あ、嬉しい……ああ」

 軽く刺激を与えただけで、すぐ、いやらしい声を出す。茂みに指を伸ばすと、もうドロドロに濡れている。感じやすい身体も好きだ。

「な、なんか、恥ずかしい……はじめて……してる……みたい」

 この彼女の声がきっかけで、僕は怒りの炎に身を投じた。


 ――はじめてだと!
 この女の『はじめて』は、僕ではない! 堀口宗太だ!

「ヤツのこと、思い出してるのか!」

「違う! わ、私、雅春くんのこと……イタッ!」

「アイツにエロい顔見せたんだな!」

「一度だけ! 雅春君とする前……離して!」

「嘘だ! お前、アイツと遊んでただろ!! 黙れ! しゃべるな!」

「ごめんなさいごめんなさい! もう会ってない! ゆるしてゆるして!」

   いやあああああ!!

 女の悲鳴が耳に突き刺さる。
 ベッドを見下ろすと、叫び声の主が背を丸めてうずくまっていた。

 ……イマ、ナニガアッタ?

「へ、へへ、殴られるの久しぶり……こっち来てからは、なかったのに。やっぱ、私って駄目だね」

 ナグル? ダレガ、ダレヲ、ナグッタ?
 ソウダ。ボクガ、カノジョヲ、ナグッタンダ。

 あいらはノソノソ立ち上がり、散らばった下着を拾い上げ、身につけた。

「うち、帰るね」

 彼女は、椅子の背にかけてあるワンピースを手に取って、ドアノブに手をかける。
 駄目だ。今、行かせてはいけない!

「悪かった! 出ていくな! 頼む!」

 暴力は嫌いだ。なのに、僕はこのか弱い生き物に何をした?

「雅春君……やっぱり、私が……許せないんだね」

「違う! 久しぶりで興奮したんだ。二度とあんなことはしない。今度、僕が酷いことをしたら、出ていっていいから」

 彼女は震えながら、自分を抱きしめている。僕が腕を伸ばすと、ビクッと身をすくめた。

「何もしない。だから……ここにいてくれないか?」

 あいらは、ドアノブから手を離して振り返り、小さく頷いた。


 パジャマに着替えてベッドの中で身を寄せ合う。僕のパジャマを被ったあいらを見ると、再び欲しくなるが、衝動を鎮めて頭を優しく撫でた。

「私、雅春君に嫌われないよう、がんばるね」

「がんばらなくていいよ。あいらは、ここにいてくれればいいんだ」

『はじめて』
 彼女の言葉がキーワードとなって、別人格が表に現れたのか?
 僕は男女限らず、人を殴ったことはなかった。殴られたこともなかった。父は言葉で人を追い詰めるが、暴力を振るったことはない。
 落ち着け。くだらない衝動に負けるな。僕は三好雅春だ。暴力で女を支配しイキがる安っぽい男ではない。

 彼女が僕を捨て、他の男と幸せになる。それは絶対阻止してやる。彼女が宗太としようが誰としようが、気にするな。どうでもいいことだ。

「約束したの、幸せを。私なんかを認めてくれたんだから、がんばらないと」

 暗がりの中でも篠崎あいらの丸い目は目立つ。ギュッと彼女を抱きしめた。
 そんな目で見つめるな。そんなことを言わないでくれ。僕の決意が崩れ落ちてしまう。
 復讐は、始まったばかりなのに。
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