半世紀生きて、やっと小説完成しました

さんかく ひかる

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日本で初めてのクリスマス

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 小説投稿万年初心者のエッセイです。
 私は今年(2022年)の8月末に長編小説を仕上げました。その後、この三カ月半、五万字の中編を一つ、連作小説の続き、三万五千字の一話、ショートショート二つを仕上げました。平均すると一日千字でしょうか。
 この一か月、一作も新作を出していません。
 前の長編でもそうでしたが、長編を出すとしばらく復帰するのに時間がかかるみたいです。
 最初の長編を出して、次の長編をアップする間、七か月もかかっています。そのうち後半の三か月は、二つ目の長編の執筆に取り掛かっていますが、それでも四か月はブランクがあります。
 毎日、絶え間なく小説をアップされる方、本当にすごいです。


 ということで、しばらく、二つ目の長編『「日本人」最後の花嫁』について宣伝させていただきます。宣伝なので重大なネタバレはありません。

 昨年の今ごろ(12月)、 日本のクリスマスを題材とした連作短編に挑戦したくなりました。結局完成したのは『クリスマスツリーは知っている』だけですが、当初は五つほど考えていました。
 日本で最初に行われたクリスマスや結婚式をテーマにした小説を書いてみたくなりました。

 いつ日本でクリスマスが行われたのでしょう?
 クリスマスというのはキリスト教の儀式です。となると、日本にキリスト教がやって来た時代でしょう……日本史の教科書を思い出しました。
 戦国時代、日本に鉄砲とキリスト教が伝わったと習いました。ということは、日本初めてのクリスマスも戦国時代に行われたのでは?
 そこでチョコチョコ検索をはじめました。

 結論から言います。1552年、今の山口県でイエズス会の宣教師、コスメ・デ・トレーが行った降誕祭が、日本初のクリスマスです。

 キリスト教伝道といえば、イエズス会のフランシスコ・ザビエルです。彼の特徴的な肖像画は、教科書に落書きされやすいナンバー1でしょう。
 教科書には、戦国時代に鉄砲とキリスト教が伝来したと書いてあります。

 私は、鉄砲伝来がポルトガルからなので、ザビエルさんもポルトガル人だと思ってました。しかし、検索して知ったのですが、この方はスペイン出身のバスク人でした。


1.バスク人とは?

 ザビエルはスペイン出身だけど、スペイン人ではなく「バスク人」です。
 その「バスク人」というのをほとんど知らないので、さらに検索してみました。

 フランスとスペインの国境にあるバスク地方は、山脈が迫る海岸という孤立した地形のためか、独立した言語と文化があります。バスク語はヨーロッパにある言語ですが、インド・ヨーロッパ語族ではありません。他の言語とも関係がない孤立語です。
 バスク地方のバスク人は270万人、そのうちバスク語を話せるのは67万人です。

 1937年、ナチスドイツはバスク地方のゲルニカを空爆しました。ピカソの名画「ゲルニカ」は、この空爆をテーマにしています。一方、最近まで、過激なバスク独立組織「ETA(バスク祖国と自由)」(2018年解散)によるテロが行われていました。
 すみません。これらスペインの歴史は、チョコチョコ検索だけではあまりに重い問題なので、このあたりで撤退します。

 ザビエルさんのいたイエズス会もスペイン出身者が多く、イエズス会の中心人物、初代総長のイグナティウス・デ・ロヨラは、ザビエルと同じバスク人です。
 ただしイエズス会にアジアでの布教を命じたのは、ポルトガルの王様です。なのでポルトガルの力でキリスト教が日本に布教したというのは、間違いじゃないな。ああ、ややっこしい。


2.日本初のクリスマス

 ザビエルさんが日本に来たころの話に戻りましょう。
 1543年、種子島に中国の船が漂着。この船に乗っていた二人のポルトガル人から鉄砲が伝えられます……てっきり私はポルトガルの船だと思ってたけど、中国の船だったんですね。

 ザビエルたちイエズス会のメンバーは、1541年、日本に鉄砲が伝わる二年前にリスボンを出発し、インドでキリスト教の布教を始めます。
 ザビエルたちは更に東へ進み、マレー半島の先端の町、マラッカに到着。
 1547年、このマラッカで、鹿児島出身の日本人ヤジローと出会います。
 えええ! この時代、日本人がマレーシアまで進出してたんですか!

 思い出しました。戦国時代から日本が鎖国するまで、東南アジアのあちこちに日本人町ができてたんでしたっけ。タイの山田長政とか有名ですね。そういえば、NHKの大河ドラマに「黄金の日々」なんてあったなあ……すみません、年寄りしかわからないネタで。
 ザビエルとヤジローがマラッカで出会った1547年、目立った戦国武将は、斉藤道三と毛利元就でしょうか。織田信長はまだ子どもです。

 このヤジローさんがなぜマラッカにいたのか? 彼は日本で殺人をおかしたため、日本に来たポルトガル船に乗ってマラッカへ逃亡します。彼は、マラッカで洗礼を受けました。洗礼を初めて受けた日本人です。

 1549年、ザビエルは、このヤジローの案内で鹿児島に到着します。
 ザビエルは精力的に布教活動を開始。ここから日本初のクリスマス関係に話を絞ります。
 以下は、Wikipediaからのコピーです。

******

 ザビエルは、周防(今の山口県)の守護大名・大内義隆にも謁見するが、男色を罪とするキリスト教の教えが義隆の怒りを買い、同年12月17日に周防を発つ。

******

 これ、アジアでがんばる宣教師さん、本当に困ったみたいです。
 昔、中国で布教活動する宣教師の手記を読みました。当時の中国、明国では同性愛は普通だったようです。宣教師は手記で、彼らは地獄に落ちるだろうと激怒していました。


 ・・・・・・続けましょう。ザビエルはそれでもめげません。
 翌年に再チャレンジします。以下もWikipediaからコピーします。

******

 1551年4月下旬、大内義隆に再謁見。それまでの経験から、貴人との会見時には外観が重視されることを知っていたザビエルは、一行を美服で装い、珍しい文物を義隆に献上した。

******

 大内義隆の心を掴んだザビエルは、山口での布教活動に励み、信者を増やします。二か月の布教で約五百人にのぼります。
 ザビエルは、共に日本にやってきたイエズス会宣教師のコスメ・デ・トレースに山口での布教を託し、自分は今の大分に到着します。

 実はこの年の9月、大内義隆は、なんと家臣の陶晴賢すえはるたかの謀反により自害に追い込まれます。
 陶晴賢は周防に傀儡の当主を立て、実権を握りました。
 ザビエルが山口を出て大分に入ったのも9月なので、なにか関係あるかもしれません。
 その後ザビエルは、1551年11月に日本を出て、1552年12月3日中国で亡くなりました。

 ザビエルが亡くなった直後の1552年12月、今の山口県山口市で、ザビエルに日本を託された宣教師、コスメ・デ・トレースが降誕祭を行いました。これが日本最初のクリスマスです。


 調べていて気になったことを二つ。
 日本初のクリスマスを説明している一部のサイトでは、ザビエルが降誕祭を行ったと述べていますが、この時点でザビエルは亡くなっています。
 もう一つ、この降誕祭を大内氏のもとで行われたと書いてあるサイトもありますが、このときの周防は、陶晴賢すえはるたかが支配しています。



 私は「日本で最初のクリスマス」をテーマにショートショートを書こうと思いました。

 舞台は、戦国時代はじまりの日本。ポルトガル人船乗りと日本の少女が恋して、教会で式をあげるなんて、いーじゃーん。女の子は着物だけど、頭に白いベールをかぶってるなんて、かわいーじゃーん。
 いっそポルトガル人宣教師が日本女子に恋をして、戦国日本で禁断の恋とかもいいな~、と、何も知らず妄想しました。

 このエッセイを書くにあたって、Wikipediaを中心に調べましたが、ザビエルがスペイン出身のバスク人ということを知りませんでした。そもそもバスク人がどういう方かも知りませんでした。
 ザビエルはてっきりポルトガルの船に直行便よろしく日本にやってきたと思っていましたが、日本人の案内で来たということも知りませんでした。

 もの知らずの私です。ボンヤリと戦国時代のクリスマスを妄想するのはいいけれど、ただ情景を描写するだけでは小説にならないよね。
 そこに至るまでのプロセスが重要だよね。
 なぜ、日本でクリスマスを行ったのか? それをフィクションとして盛り上がるドラマにしないと、小説にならないよね?

 ということで、私はあっさりと「日本初のクリスマス」をテーマにした小説を諦めました。
 そこで逆転し「日本最後のクリスマス」はどうなんだろう? と妄想の矛先を変えます。
 それが今年(2022年)8月に完結した長編小説『「日本人」最後の花嫁』になります。

 ところで戦国時代に強いどなたか「日本初のクリスマス」をテーマに、小説を書いてみませんか?


 今回、ほぼほぼWikipediaからの丸写しになりました。すみません。
 次も小説の宣伝をさせてください。
 というか今回、全然、小説の宣伝になってないぞ。
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