名前だけは知ってるよ 教科書に登場する本を読んでみた

さんかく ひかる

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クルス「中国誌」~宣教師が中国に行ってみた

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 三十年近く前、若かりし頃、私はニートで、図書館で暇つぶししてました。
 三国志ゲームをきっかけに中国史に興味を持ち、ちょこちょこと中国史関係の本を読んでいました。


 今から紹介する本は、明時代の中国を訪れたポルトガル人宣教師の見聞録です。
 普通の教科書には載ってないマイナーな本です、多分。
 訳がわかりやすいのか、予備知識なくてもすら~っと面白く読めました。

 この企画は、本を面白おかしく紹介するコンセプトで作ったホームページからの抜粋ですが、この本についてはオーソドックスな紹介文となっています。


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クルス「中国誌」 -ポルトガル人宣教師が見た十六世紀の華南

ガスパール・ダ・クルス 著

日埜博司 編訳

新人物往来社

1996年発行

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2001/11/17 記



きっかけ

今から450年ほどまえ、中国は明の嘉靖帝かせいていの時代、海禁策が実施されていた。
一方、ヨーロッパの宣教師たちは、キリストを知らない哀れな人に福音をもたらそうと、世界中を駆けめぐる、多分ね。
1554年、ドミニコ会の修道士、ガスパール・ダ・クルスというポルトガル人も、はるばるインド洋を超え、カンボジアで布教に勤しんでいた。


さあ中国へ行こう!

しかし布教ははかどらない。クルスが、カンボジアの人々が信仰する神について、
「天や地を創ったのはその神ではありません。それどころかその神は極悪の、きわめて罪深い人だったのです」
と説いたのに、国王はかえってクルスを疎ましく思う始末。
あの~、人ンチの神様つかまえて悪魔呼ばわり、ですか? よく嫌われるだけで済んだね。
滞在すること一年。虚しい布教活動に明け暮れるクルスは、1555年、中国へ旅立つ。


おお、すばらしき中国!

クルスは、広州に一月滞在したらしい。たった一ヶ月の中国体験だが、よく観察している。
広州の街は美しい! 道がどこまでもまっすぐで、道路には石畳が敷き詰められている!
ポルトガルの道路事情はよくなかったらしい。
ライチは美味しい! いくつ食べても飽き足りない!
身体障害者の生活も国家が保障するとは! 「国王」は、広大な国土を長年平和に統治している、とクルスは絶賛する。


単なるパラダイスじゃないのよ

クルスは批判も忘れない。残酷な刑罰、横行する賄賂、官吏たちのヒエラルキー・・・。
貧しい娘が娼婦にさせられることを、クルスは嘆く。しかもポルトガル人が、中国人の奴隷を買っているのだ。中国の法律では奴隷を外国人に売るのは禁止されている! なのに彼らは、この奴隷は合法的に買った、と主張する。同国人の無法を許せないクルスさんは、正義の人らしい。さすが宣教師。


悪徳官僚の事件

ここで、クルスがポルトガル人から聞いた、1548~49年に起こった事件の話をしよう。
ポルトガルと中国との間は、本来、貿易はダメなのだ。が、実際、おいしい~商売ゆえ、密かに続いていた。
ところが、ある欲深な官吏が、ポルトガル人と商売相手の中国人を捕まえ、商品を没収し、自分の懐にいれた。関係した中国人90人あまり虐殺する。幼い子供もいたという。
しかし、この事件は国王の耳に入る。調査の結果、悪い官吏は有罪となり、自殺した。
ポルトガル人も、釈放された。めでたしめでたし。クルスは、国王の判決文をかいつまんで紹介し、国王の慈悲深さに対し、賛辞を惜しまない。


じつは正義の人みたい・・・

この事件、ひょっとすると明時代・倭寇に強い人なら、ピーンときたかな? 私はぜんぜん知らなかったので、ちょこっと中国史の解説書を引っ張り出したぞ。
1548年当時、福建の海賊たちは、ポルトガル人や日本人と密貿易で儲けていた。違法だが、役人は賄賂を出せば見逃してくる。
ここで、官吏の朱紈しゅがんが登場し、強硬な取締りを行う。96人もの密貿易従事者を捕まえ、処刑したそうだ。
この強硬策は、当然、評判が悪かった。地元の豪族らの賄賂が効いたのか、結局、朱紈しゅがんは、有罪となったのだ。さぞ、無念だったろう・・・。
クルスがいうのは、おそらく朱紈しゅがんの事件らしいが・・・だいぶ違うぞ~。


さすが当時の宣教師

本業の布教活動はどうであったか?
道教の廟で、石を積み上げ拝む人がいた。クルスは、なんとその石ころを蹴散らす!
当然、周りから突き上げを食らう。が、クルスは堂々としたもの。
「石ころは何もできません。が、あなた方には、手足があり理性があります。優れた者が、劣ったものを拝んではなりません」
それで、周りの人は納得したとか。
あの~、人の宗教儀式を蹴散らして邪魔するってのは、どうなんでしょ? クルスさん。
優れた文明を持つ人々が、なぜ野蛮な偶像崇拝に囚われているのか? クルスにとってミステリーらしい。


かなりトンデモさんだぞ

何よりクルスさんが中国人に対して許せん! って思うこと。
それは同性愛だ。彼らはまったく罪悪感もなく、公然と忌まわしい罪に浸っていると、クルスはご立腹である。
クルスは、中国で最近起きた災害をわざわざ調べあげ、デウスが下した罰だと断定する。
クルスは世界の終末さえ予感する。当時ヨーロッパでハルマゲドン思想がはやったのか知らんが、同性愛が天変地異を起こしたというのは、・・・かなりトンデモさんだぞ。


布教の展望

滞在すること一月。クルスは、カンボジアに比べてかなり中国が気に入ったようだが、去るときがきた。ポルトガル人は一か月しか滞在が許されないのだ。
クルスは提案する。ポルトガルから使節を派遣し、国王から布教の許可を得ればいい、と。
着眼点はいいね。ただ、中華の皇帝は国王じゃないんだな。世界唯一の人で、ポルトガルやイスパニアの国王と同格じゃないんだな。その辺から学習しないとね~。

悲壮な人生の終幕

クルスの最後について一言。
一月の中国滞在のあと、20年ぶりに、母国、ポルトガルに帰る。ところが、当時ペストが流行し、クルスは休む暇もなく、ペスト患者のため奉仕する。
ペストの流行が収まりかけたころ、クルス自身もペストのため亡くなった。


******

2024年10月付記

 この本、図書館から借りて読んだので、今、手元にありません。
 もう二十年以上前に読んだので、薄ぼんやりとした記憶しかありません。


 感想文では同性愛に対するお怒りに突っ込んでいますが、当時のカトリックの宣教師なら、順当な反応かもしれません。
 クルスさんは一か月中国に滞在しただけなのに、同性愛事情を把握しています。
 中国の同性愛の歴史は知りませんが、どうやら明時代は大らかで、オープンな付き合いをしていたみたいですね。

 もうひとつ、朱紈しゅがんの事件ですが、少なくとも日本語のサイトでは、正義漢溢れる官僚として紹介されています。
 滞在一か月の宣教師には、そこまで深い事情は読めないでしょう。というか、海禁策そのものが、ポルトガル宣教師にとっては迷惑な政策だよね。難しい問題だなあという感想しか持てないや、自分。


 この本、現在は、講談社学術文庫として、Amazonで中古本が出ています。値段もお手頃です。

『クルス中国誌: ポルトガル宣教師が見た大明帝国』


 マニアックな本ですが、すらーっと一気に読めました。お勧めです。
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