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4 古代ギリシャで謎といったらスフィンクス!

(10)パリスもしつこくなってきた

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 繰り返すが、引き続き地味な計算の話なので、読み飛ばして構わない。

 パリスは緊張した面持ちで、怪物の言葉を待った。
 ヘクトルとナウシカは、剣を構えつつ仲間を見守る。

「では神殿の謎じゃ。神殿は長方形をしており、等間隔に置かれた柱で囲まれておる。そこで、ちょうど柱の間隔と同じ長さの正方形のタイルで、床を埋めることとした」

 スフィンクスは、前足を器用に動かし、地面に図を描いた。

「さて、このような神殿を作る場合、柱は何本でタイルは何枚じゃ?」



 パリスは得意げに胸を張る。

「こんなの簡単だよ。数えればいい……柱は14本で、タイルは12枚だ」

 中年男が ささやいた。

「パリスさんよお、これはなあ……」

「わかってるよ。導入問題って奴だよね?」

「やっぱりあんたは、トロイアの英雄だな。察しがいい」

 田舎の狩人は、中年男の言葉──自分が戦争の原因──をチラッと思い出し顔を暗くするが、気を取り直す。

「さて、ここからが真の謎じゃ」

 美女の顔をした怪物が、老人のように問いかける。

「ここに柱が46本あり、正方形のタイルが112枚あるとする。先ほどと同じように、柱の間隔をタイルの一辺と同じ長さにして神殿を建てる。タイルも柱も全部使おう」

 パリスと謎の男は大きく頷いた。ヘクトルとナウシカも同じように頷くが、謎は耳に入っていない。

「同じように長方形の神殿を作る場合、正面と側面に柱をそれぞれ何本、置けばよいかの? 神殿は奥行きが大切じゃから、長い方を側面としよう」

 賢明な読者はもう答えがわかっただろうから、この先は本当に読み飛ばして構わない。

 チラッとパリスは中年男に視線を送った。男はニヤッと笑う。

「俺に任せてくれるなら、すぐ答えてやるよ」

 パリスが答える前に、ヘクトルが剣を納めて進み出る。

「おお、旅の方、頼まれてくれるか?」

 リーダーは、王子モードで礼儀正しく謎の男に願う。

「そうだよ、パリス。この人に頼んだほうがいい。簡単にできるだろ?」

 ナウシカもリーダーに従う。

「ああ、簡単な二次方程式だ。じゃ、答えを言うとするか」

 男が大きく口を開ける。

「正面の柱の本数は、う、もがががが」

「だめー!!」

 パリスは手を広げ、男の口をふさいだ。



「兄さん! せっかく楽しくなってきたんだ。僕にやらせてよ」

「おい、まだ俺たちが兄弟って決まったわけじゃないだろ?」

 が、兄と呼ばれてヘクトルは満更でもなさそうだ。

「……まあ、バカな兄貴は、賢い弟に任せるとしよう」

 再びパーティーのリーダーは、剣を構えて怪物をにらみつける。
 一方、哲学者風の男は、クイっと あごを上げた。
 もちろんパリス得意の「顎クイ」ではなく、自分の顎を上げただけだ。

「で、パリスさん、どうするんだい?」

「そうだね。前の問題では、柱は14本、タイルは12枚だ」

「ほう、導入問題に立ち返るのは賢いやり方だな」

「この図では、タイルは正面に3枚、側面に4枚……あ! そうか、柱は14本だから……正面と側面のタイルの数を足して2倍にすると、柱の数になるんだ!」

 パリスは、地面に式を書いた。

(3+4)×2=14本

「大したもんだなパリスさん。それが基本だ」

「今回は、柱が46本で、タイルが112枚……じゃあ、正面と側面のタイルの数を足せば、柱の半分、23になるんだね」

「それを、式に書いてみたらどうだ? さっきの謎と同じように」

 地面に式が書かれる。


(正面のタイルの数)+(側面のタイルの数)=23


「そうだな。タイルは112枚だ。横と縦に敷き詰めるから、もう一つ式ができないか?」

 パリスは顔をますます輝かせ、地面に式を追加した。


(正面のタイルの数)×(側面のタイルの数)=112


「わかった。さっきの問題と同じように描き直してみるよ」


(正面のタイルの数)×(23 - (正面のタイルの数))=112


(正面のタイルの数)×23 - (正面のタイルの数)×(正面のタイルの数)=112


 パリスはハタと固まった。

 どうも先ほどと違って、簡単な割り算では解けそうもない。
 ここで、謎の男がまたニタニタ笑い出す。

「なあ、112枚のタイルで、試しになんでもいいから長方形を作ってみないか?」

「そうだね……じゃあ、兄さん、ナウシカ。なんでもいいから四角い板を112枚、持ってきてよ」

 謎解きをすっかり任せていた二人は、突然呼び出され、面食らう。

「おい! 兄貴をこき使うな!」

 旅先で出会った二人は、すっかり兄弟として馴染んでいる。
 中年男が「兄弟」に割り込んだ。

「おいおい、パリスさん。本物のタイルがなくたって考えられるだろう? ほら、導入問題に戻るんだ」

「え? だって、問題では正面3枚と側面4枚とで、合計12枚でしょ?」

「柱を用意する前なら、正面と側面のタイルの数は変えても構わないだろ? タイルが12枚の場合、他のパターンはないか?」

 パリスは中年男の意図が見えず、首を傾げる。

「たとえば、正面2枚と側面6枚。だいぶ細長い神殿だが、それでもタイルは12枚になるよな?」

 田舎の狩人の頭に何かがひらめいた。

「わかった、おじさん! 112枚のタイルを敷き詰める組み合わせを考えればいいんだ!」

 中年男は「すごいな! あんたは」と手を叩いた。
 が、すぐパリスは行き詰まる。どんな数を組み合わせれば112枚になるか、見当がつかない。
 謎の男は、トロイアの英雄らしい青年の戸惑いを察した。

「112は、2で割れないか?」

「うん、2で割ったら、56だ」

「ほら、一つ組み合わせが、できたじゃないか」

「ほんとうだ! 正面が2枚で側面が56枚! これらを足すと58。柱は46本だから、正面と側面を足して半分の23にならなければならない。うん、これではないね」

「わかったか? 組み合わせはこれだけか? 56はなんで割れる?」

 パリスは、またひらめいた。地面に式を書き連ねる。


 4×28 → 4+28=32

 8×14 → 8+14=22

 7×16 → 7+16=23


「やったあ! 23枚になる組み合わせができた。じゃ、柱の組み合わせは7本と16本だ」

「おいおい落ち着け。もう一度、この図を見るんだ」



「そうか。謎では、正面と側面に置く柱の数を聞いている。タイルの数よりそれぞれ1大きくなるんだ」

 男はにっこり笑った。
 パリスは、男の笑顔で確信した。自分が正解にたどり着いたことを。

「スフィンクスさん、できたよ! 柱は、正面に8本、側面に17本だ!」
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