【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

文字の大きさ
3 / 77
1章 アラサー女子、年下宇宙男子と出会う

1-2 年下はタイプじゃない

しおりを挟む
 私は、首都の北の田舎町、岡月県宇関町おかつきけんうせきまちに生まれ育った。首都に出るには三時間はかかる。職場は、宇関の中心から少し西寄りの住宅街にある小さな学習塾だ。
 肌寒い三月初めの昼、いつもどおり青いコンパクトカーを四階建てビルの駐車場に駐めた。快晴の西空に白い下弦の月が浮かぶ。寂しそうな月が、もうすぐ沈みそう。

 車は免許を取った時、父に買ってもらった。私が免許の試験に合格したその日、試験会場に父が、この車を運転してやってきた。免許センターからの帰り、いきなり運転デビューさせられた。右折の時はどうとかうるさく言う助手席の父に耐え切れず、喧嘩となった。「二度とお父さんなんか乗せない!」と宣言したため、その後、私の助手席に父が乗ったことはない。この助手席に乗った男性は父だけ。
 父は二度と助手席には乗らない。乗せたくても乗せることはできない。

 七年前、亡くなったから。


 ビル入り口の壁に掛けてある緑色の掲示板には、「テナント募集! ミツハ不動産」と書かれた黄ばんだチラシが貼ってある。ビルに入ると嫌でも目に付く。
「ミツハ不動産」とは、首都に本社を持つ大手不動産会社だ。

 私は「ミツハ」の、グリーンとオレンジのパステルカラーを組み合わせた丸っこいロゴが苦手だ。「私たち、社会に貢献しています」的な主張を感じる。
 ビルのオーナーが大手企業「ミツハ不動産」に変わってもうすぐ七年。私が塾に就職した年に父が亡くなりオーナーが変わった。
 このロゴを見るたびに、失ったものを思い出してしまう。

 階段を上って、嫌な気分をリセットしよう。二階のフロア丸ごとが、私の職場「カメノ学習塾」。
 ここに通って二十年近くになる。最初は生徒として、大学生になったらアルバイト講師として、そして今は正規職員として毎日通ってる。

 自分から言うことではないが、子どものころは勉強ができる方だったと思う。地元の中学を出たあと、県庁所在地にある岡月第一高校に二時間近くかけて通った。大学も高校と同じ市にある岡月大学だ。
 岡月大学は県内では有名な大学で、宇関で「岡月大です」というと、それなりに感心される。恥ずかしいが、やっぱり誉められるのは嬉しい。

 大学に入学したとき父は喜び、入学祝いパーティーを開いてくれた。カメノ塾では私の合格体験記を自費出版してくれた。近所の本屋でそこそこ売れたらしい。当時も恥ずかしかったし、今はもっと恥ずかしい。
 大学同期の多くが県庁や地元の大手企業に就職した。首都で働く子もいた。同期には「地元の小さい塾に就職? もったいない~」と言われた。
 同期の言うことがピンとこなかった。

 七年前、私は父を失った。多くを失った。同期とも自然に疎遠になり、彼氏どころか、女友達もいない。
 しかし仕事は残った。地元の小さな補習塾の講師という仕事。
 仕事は大切にしたい。ずっと宇関の片隅で子どもたちの国語の学習を助ける。
 そんな自分だから、暗黒皇帝陛下のイケボイスに癒しを求めるぐらい、許されるんじゃないかと思うんだけど、ダメかな?


 廊下で陛下のことを妄想してたら、赤く染めたサラサラヘアーが目立つ男の子とすれ違った。髪に合わせたようなワインレッドのシャツと黒い細身のパンツを着ていて、見た目チャラ男君。
「あ、那津美さーん。今日もかーわいー」
 見た目だけでなく、発言もチャラい。

「おはよう。私はこれから古文の個別。真智君は物理だよね」
「もうすぐ春休みだから物理だけじゃなくて化学もあるよ。まい~ったな~」
 ことばとは裏腹に、笑いが止まらないみたいだ。

 赤髪の真智拓弥まちたくや君は私より四歳年下で、塾のアルバイト講師だ。現役の大学院生で専門は宇宙論だとか。チャラい見た目なのに難しい研究をしているみたい。

「真智君はうちの人気講師だもの。助かるわ」
「へへへ~、那津美さんにそう言われちゃうと、苦手な化学だってがんばっちゃう」
 手をヒラヒラさせながら、真智君は去っていった。
 苦手な化学? 厭味に聞こえるのは僻みだろうか。

 彼は首都の大学、西都科学技術大学の大学院生だ。そんな大学があるとは知らなかったが、首都の大学だからレベルが高いんだろう。
 首都の大学院生がわざわざ三時間かけて、宇関に通っているわけではない。

 西都科学技術大学は、二年前、この宇関町に新しくキャンパスを建てた。国が力を入れている先端分野に特化した研究センターだ。最新設備が集まった新しいキャンパスは人気が高い。以上、真智君情報から。

 彼は、一年前フラッとこの塾にやってきた。私は彼を見て思い出してしまった。高校二年の終わり、進路を決める時の騒ぎを。


 高校生のころ、私は理科や数学が好きで得意だった。そして首都に憧れていた。白衣を着て試験管を振るリケジョに憧れていた。
 私は首都総合大学の理学部に行きたいと主張した。学生がクイズ番組に出るなどで有名な大学だ。担任の先生も、私の成績ならがんばれば行ける、と応援してくれた。

 しかし父や周りに反対された。首都に行くなんて絶対許さない、男ばかりの理系に行ったら何されるかわからない、と初めは怒られ、しまいに泣かれ、結局、自宅から通える岡月大学の文学部に進学した。
 それで納得して満足してた、つもりだった。


 真智君を見るたびに、進路に納得したはずの心がざわめく。
 化学が苦手!? 自慢にしか聞こえない。真智君の化学講義をチラっと見たことがある。テキストを見ないで黒板に難しそうな亀の子分子式をスラスラと書いて説明していた。「俺、周期表覚えるの苦手。ランタノイド系よくわからない。受験では第3周期まで覚えれば何とかなったけどさー」と、謎なことを言ってる。

 彼は、顔を見るたびに「那津美さん、今日もすごいきれー」「飲み行こーよ」「俺、那津美さんがいるからバイトやってるんだ」と、チャラいことを言ってくる。
 当然、本気にしていない。万が一本気でも、年下は好みではない。上手く言えないが、年下好きってロリコンの女子版みたいな感じがして……考えすぎかな?
 究極の年上、宇宙の暗黒皇帝陛下に惹かれるのは、それかもしれない。彼の年齢は、宇宙の年齢と同じらしい。宇宙の年齢って……よくわからないが、百億歳は超えてるのかな?


 モヤモヤしていたら、廊下の窓ガラスに映った自分と目が合ってしまった。
 そこには悪役顔の女がいた。

 目は吊り上がり、眉はしっかり太い。真っ黒べったりの髪は美容院代が高いのでずっとまっすぐ伸ばしている。前髪は眉のあたりでカット。自分で適当に切っている。
 服も十年前のものばかり。マキシ丈のスカートかワンピースが定番だ。小柄で華奢とは真逆の体型。
 だからわかっている。真智君の「きれーかわいー」はリップサービスだって。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...