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1章 アラサー女子、年下宇宙男子と出会う
1-13 すごく刺激的なアプリ
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塾のお別れ会という名の合コンが始まる。
真智君が仕切り、男女が交互に座ることになった。雰囲気を邪魔したくないので私は端っこに座った。隣にアサカワ君がやってくる。
真智君が「塾は解散になっちゃったけど、これからも集まろーなー」と挨拶。あとはフリートークとなる。ざっと見ると、すでに男女一対一で、盛り上がっている。いいな、若いって。
私の向かい側の男の子も、隣の女の子と話し込んでいる。自然、アサカワ君と話すことになった。私も彼と話したい気分だ。
話題は、自然に真智君のことになる。研究室にはちゃんと通っているようで安心したところ、アサカワ君は、謎な質問をしてきた。
「あの……真智さんの感じだとその……あなたと付き合ってるみたいで……」
声が消え入りそうだ。
「真智君のアレね、口癖なの。前の塾のパートさん、六十歳過ぎているけど、その人にも、キレイとか、デートしよとか、がんばってたから」
大体、君だって真智君と同じでしょ、こういうところに来ているんだから。
「アサカワ君も、いろんな女の子と話したいよね」
じっとアサカワ君の大きな目を見つめる。何となくイジりたくなってきた。
「違います! 僕と真智さんのせいで、あなたはあんなひどい物理の講義をする羽目になりました。真智さんと会えたのも、素芦さんのおかげです。僕、今日はあなたにお礼が言いたかったんです」
『あんなひどい物理の講義』のところに力が入ってるのが悲しい。
「ありがと。私は何もしてないけど、二人が仲直りして良かったわ。今日は、何かカッコいいよ」
ボサボサ頭はともかく、シャツもパンツもなかなかいい感じだ。女の子との出会いを期待してがんばったのかな。
「あ……えーと……素芦さんも、その……ゲームに出てくる妖怪みたいですね」
『妖怪』……すごい、破壊力すごい。ニコニコ楽しそうに言ってくれる。
『ブス』ならまだ人間の女だけど、人類としても認められないってことで……。
「私、自分が悪役顔なのは自覚してるけど、妖怪は初めて」
途端にアサカワ君の顔が真っ赤になった。
「ちがうちがう! ごめん、間違えた! えーと、そう妖精だ妖精。うん、ほら髪が長いし……ごめんなさい!」
本当に間違いなのか疑わしい。引きずりそうだ。妖怪とは。
「わかったわ。一応そういうことにしておく。でも妖精にしてもぶっ飛んでるね。髪が黒くてストレートだから、古代人とかたまに言われるけど」
「本当に間違えたのに……そうだ。素芦さんに提案があったんです」
アサカワ君はポケットからスマホを取り出し何か操作して、画面を見せてくれた。
「仕事を探しているって聞きました。それならこういうのどう?」
それは、西都科学技術大学宇関キャンパスの求人情報だった。
「事務のアルバイト募集してますよ」
大学で働くなんて考えたことなかった。
あのあたりは、素芦のものだった。七年前、土地はミツハ不動産のものとなった。大学の誘致には荒本家の力が大きかったと聞く。彼は父の財産を使ってミツハで出世したのだろう。西都科学技術大学は、ミツハ不動産に感謝しているに違いない。私たち素芦の名を知ることもなく。
それを思うと、大学で働くことに抵抗はある。
そんな事情、目の前の学生には関係ない。この場を暗くする必要もない。
「せっかくアサカワ君が勧めてくれたんだもの。応募してみるよ」
応募する気はないが、雰囲気を壊したくなくて、笑顔で答えた。途端に、彼の顔が明るくなる。
「今、エントリーしたらどうです? URL入れとくからスマホ貸して」
合コン会場で求人にエントリーはないと思うんだけど、勢いに押されてスマホを渡してしまった。
「じゃ、お気に入りに登録。念のため僕のアドレス入れておきます」
アサカワ君のスマホが鳴った。私のスマホからメッセージを送ったようだ。
と、まだ彼は私のスマホをいじっている。
「まっ待って! やめて」
反射的に私は、スマホを持つ彼の手を握りしめた。
暗黒皇帝の画像とボイスを保存しているのだ。知らない人なら、アニメのイケメンキャラとスルーしてくれるだろう。危ないスチルは入れてない。
目の前の大学生が十八禁乙女ゲームのキャラクターを知っているとは思えないが、万が一ということもある。秘密は保持しなければならない。
「素芦さん、手、冷たいんですね」
アサカワ君が、いたずらっ子のように笑っている。
「うわ、ごめんなさい!」
どさくさに紛れて、男の子の手を握りしめてしまった。
「私のスマホ、返してもらえないかな?」
「せっかくだから、あなたのアプリ確認しようと思ったんだけど」
「君にはまだ早いの!」
強引にスマホを取り返した。
「どうして僕には早いのですか?」
人のスマホのアプリを確認ってどうよって思うが、アサカワ君の瞳が真面目だ。
「残念ながらこのスマホには、あなたのような真面目な学生さんには耐えられないような刺激的なアプリがたっぷり詰まっているの、じゃあね」
アサカワ君の呆然とした表情が目に痛い。私は耐え切れず席を立った。
年上の女らしく振舞いたくて、つい、自分が変態みたいな態度を取ってしまった。これなら、十八禁乙女ゲーマーと思われた方がマシだったかも。
恥ずかしくてアサカワ君から離れた。どこに座ろうかと見渡すと真智君の隣が空いている。四人ほどのグループトークに混じっているが、聞き役に回っているようだ。
私は真智君の隣に座った。
「すごいね真智君。あんなに可愛い女の子を集められるなんて」
皮肉ではなくて、素直に感心している。真智君のキャラというか人徳なんだろうな。
「流斗に頼まれちゃってね。まー、あいつに心配かけたから、お詫びとお礼ってことで」
ちらっとアサカワ君を見た。私がいた席に女の子が座っている。
私が合コンの出席をからかったら、ムキになって否定した。
何だ。やっぱり彼女以外の子と会いたくなったんだ。先輩に合コンを頼むなんて、フツーの男の子なんだね。
「前はリアル女子には興味なくて心配してさ……うわ、流斗!」
アサカワ君が立ち上がってこちらにやってきた。
「真智さん、交代です。僕はまだ素芦さんと話があります」
「わーった、わーった」
後輩に詰め寄られ、真智君は、アサカワ君がいた席に行った。
場所は変わったけど、結局また、アサカワ君と話すことになる。
さっきの女の子とは話、終わったのかな? そっか、ホッとした……え? ホッとした?
あれ? 何か私、変だ。ほっぺたが緩んで、だらしない顔してるのが自分でわかる。
ヘラヘラする私に対し、アサカワ君は怖い顔している。
「素芦さん、どんなすごいアプリ使ってるんですか?」
まだ、その話? でも暗黒皇帝陛下のことだけは知られたくない。
「いや~、それよりアサカワ君こそ、危ないアプリ使ってるんでしょ?」
「見ます? すごいの入ってますよ」
彼は意地悪な顔をして自分のスマホを見せた。
いや……彼女いるのに合コン参加するような成人男性が使う「すごい」アプリなんて見たくない。
「素芦さんもインストールしてほしいんだけどな」
アサカワ君がその「すごい」アプリを起動する。見たくない。気になる。見たくない……私は好奇心に負け、見てしまった。
一面、輝く星空でいっぱいだった。
「10万年後までの星座が表示されるんだ。昔の星座も出せるよ」
アサカワ君は器用に、古代や未来の星座を表示させた。
「別の星からみた星座も出せるよ。今、移動するね……ほら、これが僕らの太陽」
「かわいい、太陽ってちっちゃいのね」
「太陽は恒星としてそれほど大きくないから」
「別の宇宙から見ると、星座の一つになるんだね私たちも」
「別じゃないって同じ宇宙。これは100光年先から見た太陽だけど、宇宙の中ではお隣さんだよ」
「別の宇宙」にダメだしされてしまった。
太陽が点になっちゃう世界は、すでに別の宇宙のような気がする。そこでなら、地球人が転生し、暗黒皇帝と太陽の乙女が過激なイチャイチャをしていてもおかしくない気が……いや、合コンで、ここにいない男性のことを考えるのは失礼だった、忘れよう。
まあドラマやマンガじゃよくあるか。彼氏と気まずくなってヤケで合コンに参加するが、彼のことばかり考えてる、みたいな?
「アサカワ君、宇宙は一つじゃないって言ってなかった?」
彼の顔が一層輝く。し、しまった。これは、地雷パターンだ。
「覚えてたんだ。僕が今、研究を進めているのがまさにそのたくさんの宇宙、マルチバースなんだ。この宇宙が生まれたとき、同時にたくさんの宇宙ができた可能性が高いんだけど、この話はしたっけ? だって今、僕らがこうして喋ってるってすごいことなんですよ。物理定数がほんのちょっと違ってたら、僕らは存在できないんです。それって、他にもいろんな定数を取る宇宙がたくさんできたけど、そのうちの一つが僕らのいる宇宙って考える方が自然だと思いませんか?」
長い……何を言ってるか不明だが何か質問されたっぽい。こういう場では和やかに「そうですね」が、正解なんだろう。でも、何が「そう」なのかわからないのに、同意はできない。
合コンで『自然だ思いませんか?』って質問することは、あるかもしれない。
でもその前の文章は、宇宙がなんたらではなく「僕たちが出会ったことは」とか「このあと二人で飲みなおすのは」っていう方が、はるかに『自然だと思う』んだけど。
なので今回も、話題を自分のテリトリー、卒論のテーマ、千年前の超新星爆発によせることにした。
「千年前の星空も出せる?」
「研究した千年前の超新星爆発が気になる?」
「そうなの。よく覚えてたね」
さすが宇宙オタク。宇宙に関することは何でも記憶するんだろう。アサカワ君は星空のある一点をタップした。
と、画面に美しい星雲の写真が何枚も表示された。
「宇宙望遠鏡で撮影した写真だよ。こっちは合成して3D表示したやつ」
網目状の金色の細い雲が、いびつな楕円体を取り囲むように広がっている。
その楕円体をスワイプすると回転する。この星雲が平面ではなく立体物なんだということがよくわかる。
「きれい……本当の雲が動いているみたい」
「うん、すごい勢いで動いているよ。地上の観測だけではこんな写真は撮れない。地上では大気が揺らぐし、光が大気に吸収されてしまうから。いろんな観測衛星が打ち上げられてるよ」
難しいことはわからない。でも宇宙の美しさは伝わった。
「本当に、すごいアプリね」
「へへ、僕が改造したんだ」
はい?
「パソコン版はあったんだけど、スマホで日時や位置情報と連動できるようにしたんだ。あと検索サイトと関連づけて星の最新情報がヒットできるようにね」
宇宙オタクの学生さんは、こんなアプリ作れるんだ。
改造したアプリを自慢したくて、わざわざ私を捕まえて話しかけたのね。
女の子との出会いを求めたはずなのに、宇宙語りや自分の技術自慢に終始してしまう。そういうところ、顔だけでなくて性格も無邪気な少年だなあ。大学生に少年は変かな?
「このアプリだけで修士論文できるんじゃない?」
「教育関係ならありかな? それならオリジナルアプリ作らないと。でも僕は宇宙の生成研究したいし……そうだ、素芦さんの卒論読みましたよ」
へ!? 私の卒論?
「どうやって、卒論なんて見つけたの?」
「素芦さんって珍しい名前だから、検索したらすぐヒットしたよ。卒業論文をウェブサイトに載せている研究室だったから」
本当にこの子、宇宙が好きなんだ。通りすがりの人が書いた宇宙に関係した論文を、わざわざ検索するんだから。
「で、正直に言うと……僕が指導教官なら、テーマ変えさせます」
それって、ひどくない?
頭はいいんだろう。けど、真智君に対してもそうだが、どこまで偉そうなの?
「アサカワ君、君はね、もっと空気の読み方勉強しなさい!」
「よく言われます。でも僕、嘘つきたくないんです」
言い返したかったが、幹事の真智君が立ち上がり「じゃあ、一次会はこの辺で!」と宣言し、その場はお開きとなった。
真智君が仕切り、男女が交互に座ることになった。雰囲気を邪魔したくないので私は端っこに座った。隣にアサカワ君がやってくる。
真智君が「塾は解散になっちゃったけど、これからも集まろーなー」と挨拶。あとはフリートークとなる。ざっと見ると、すでに男女一対一で、盛り上がっている。いいな、若いって。
私の向かい側の男の子も、隣の女の子と話し込んでいる。自然、アサカワ君と話すことになった。私も彼と話したい気分だ。
話題は、自然に真智君のことになる。研究室にはちゃんと通っているようで安心したところ、アサカワ君は、謎な質問をしてきた。
「あの……真智さんの感じだとその……あなたと付き合ってるみたいで……」
声が消え入りそうだ。
「真智君のアレね、口癖なの。前の塾のパートさん、六十歳過ぎているけど、その人にも、キレイとか、デートしよとか、がんばってたから」
大体、君だって真智君と同じでしょ、こういうところに来ているんだから。
「アサカワ君も、いろんな女の子と話したいよね」
じっとアサカワ君の大きな目を見つめる。何となくイジりたくなってきた。
「違います! 僕と真智さんのせいで、あなたはあんなひどい物理の講義をする羽目になりました。真智さんと会えたのも、素芦さんのおかげです。僕、今日はあなたにお礼が言いたかったんです」
『あんなひどい物理の講義』のところに力が入ってるのが悲しい。
「ありがと。私は何もしてないけど、二人が仲直りして良かったわ。今日は、何かカッコいいよ」
ボサボサ頭はともかく、シャツもパンツもなかなかいい感じだ。女の子との出会いを期待してがんばったのかな。
「あ……えーと……素芦さんも、その……ゲームに出てくる妖怪みたいですね」
『妖怪』……すごい、破壊力すごい。ニコニコ楽しそうに言ってくれる。
『ブス』ならまだ人間の女だけど、人類としても認められないってことで……。
「私、自分が悪役顔なのは自覚してるけど、妖怪は初めて」
途端にアサカワ君の顔が真っ赤になった。
「ちがうちがう! ごめん、間違えた! えーと、そう妖精だ妖精。うん、ほら髪が長いし……ごめんなさい!」
本当に間違いなのか疑わしい。引きずりそうだ。妖怪とは。
「わかったわ。一応そういうことにしておく。でも妖精にしてもぶっ飛んでるね。髪が黒くてストレートだから、古代人とかたまに言われるけど」
「本当に間違えたのに……そうだ。素芦さんに提案があったんです」
アサカワ君はポケットからスマホを取り出し何か操作して、画面を見せてくれた。
「仕事を探しているって聞きました。それならこういうのどう?」
それは、西都科学技術大学宇関キャンパスの求人情報だった。
「事務のアルバイト募集してますよ」
大学で働くなんて考えたことなかった。
あのあたりは、素芦のものだった。七年前、土地はミツハ不動産のものとなった。大学の誘致には荒本家の力が大きかったと聞く。彼は父の財産を使ってミツハで出世したのだろう。西都科学技術大学は、ミツハ不動産に感謝しているに違いない。私たち素芦の名を知ることもなく。
それを思うと、大学で働くことに抵抗はある。
そんな事情、目の前の学生には関係ない。この場を暗くする必要もない。
「せっかくアサカワ君が勧めてくれたんだもの。応募してみるよ」
応募する気はないが、雰囲気を壊したくなくて、笑顔で答えた。途端に、彼の顔が明るくなる。
「今、エントリーしたらどうです? URL入れとくからスマホ貸して」
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目の前の大学生が十八禁乙女ゲームのキャラクターを知っているとは思えないが、万が一ということもある。秘密は保持しなければならない。
「素芦さん、手、冷たいんですね」
アサカワ君が、いたずらっ子のように笑っている。
「うわ、ごめんなさい!」
どさくさに紛れて、男の子の手を握りしめてしまった。
「私のスマホ、返してもらえないかな?」
「せっかくだから、あなたのアプリ確認しようと思ったんだけど」
「君にはまだ早いの!」
強引にスマホを取り返した。
「どうして僕には早いのですか?」
人のスマホのアプリを確認ってどうよって思うが、アサカワ君の瞳が真面目だ。
「残念ながらこのスマホには、あなたのような真面目な学生さんには耐えられないような刺激的なアプリがたっぷり詰まっているの、じゃあね」
アサカワ君の呆然とした表情が目に痛い。私は耐え切れず席を立った。
年上の女らしく振舞いたくて、つい、自分が変態みたいな態度を取ってしまった。これなら、十八禁乙女ゲーマーと思われた方がマシだったかも。
恥ずかしくてアサカワ君から離れた。どこに座ろうかと見渡すと真智君の隣が空いている。四人ほどのグループトークに混じっているが、聞き役に回っているようだ。
私は真智君の隣に座った。
「すごいね真智君。あんなに可愛い女の子を集められるなんて」
皮肉ではなくて、素直に感心している。真智君のキャラというか人徳なんだろうな。
「流斗に頼まれちゃってね。まー、あいつに心配かけたから、お詫びとお礼ってことで」
ちらっとアサカワ君を見た。私がいた席に女の子が座っている。
私が合コンの出席をからかったら、ムキになって否定した。
何だ。やっぱり彼女以外の子と会いたくなったんだ。先輩に合コンを頼むなんて、フツーの男の子なんだね。
「前はリアル女子には興味なくて心配してさ……うわ、流斗!」
アサカワ君が立ち上がってこちらにやってきた。
「真智さん、交代です。僕はまだ素芦さんと話があります」
「わーった、わーった」
後輩に詰め寄られ、真智君は、アサカワ君がいた席に行った。
場所は変わったけど、結局また、アサカワ君と話すことになる。
さっきの女の子とは話、終わったのかな? そっか、ホッとした……え? ホッとした?
あれ? 何か私、変だ。ほっぺたが緩んで、だらしない顔してるのが自分でわかる。
ヘラヘラする私に対し、アサカワ君は怖い顔している。
「素芦さん、どんなすごいアプリ使ってるんですか?」
まだ、その話? でも暗黒皇帝陛下のことだけは知られたくない。
「いや~、それよりアサカワ君こそ、危ないアプリ使ってるんでしょ?」
「見ます? すごいの入ってますよ」
彼は意地悪な顔をして自分のスマホを見せた。
いや……彼女いるのに合コン参加するような成人男性が使う「すごい」アプリなんて見たくない。
「素芦さんもインストールしてほしいんだけどな」
アサカワ君がその「すごい」アプリを起動する。見たくない。気になる。見たくない……私は好奇心に負け、見てしまった。
一面、輝く星空でいっぱいだった。
「10万年後までの星座が表示されるんだ。昔の星座も出せるよ」
アサカワ君は器用に、古代や未来の星座を表示させた。
「別の星からみた星座も出せるよ。今、移動するね……ほら、これが僕らの太陽」
「かわいい、太陽ってちっちゃいのね」
「太陽は恒星としてそれほど大きくないから」
「別の宇宙から見ると、星座の一つになるんだね私たちも」
「別じゃないって同じ宇宙。これは100光年先から見た太陽だけど、宇宙の中ではお隣さんだよ」
「別の宇宙」にダメだしされてしまった。
太陽が点になっちゃう世界は、すでに別の宇宙のような気がする。そこでなら、地球人が転生し、暗黒皇帝と太陽の乙女が過激なイチャイチャをしていてもおかしくない気が……いや、合コンで、ここにいない男性のことを考えるのは失礼だった、忘れよう。
まあドラマやマンガじゃよくあるか。彼氏と気まずくなってヤケで合コンに参加するが、彼のことばかり考えてる、みたいな?
「アサカワ君、宇宙は一つじゃないって言ってなかった?」
彼の顔が一層輝く。し、しまった。これは、地雷パターンだ。
「覚えてたんだ。僕が今、研究を進めているのがまさにそのたくさんの宇宙、マルチバースなんだ。この宇宙が生まれたとき、同時にたくさんの宇宙ができた可能性が高いんだけど、この話はしたっけ? だって今、僕らがこうして喋ってるってすごいことなんですよ。物理定数がほんのちょっと違ってたら、僕らは存在できないんです。それって、他にもいろんな定数を取る宇宙がたくさんできたけど、そのうちの一つが僕らのいる宇宙って考える方が自然だと思いませんか?」
長い……何を言ってるか不明だが何か質問されたっぽい。こういう場では和やかに「そうですね」が、正解なんだろう。でも、何が「そう」なのかわからないのに、同意はできない。
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でもその前の文章は、宇宙がなんたらではなく「僕たちが出会ったことは」とか「このあと二人で飲みなおすのは」っていう方が、はるかに『自然だと思う』んだけど。
なので今回も、話題を自分のテリトリー、卒論のテーマ、千年前の超新星爆発によせることにした。
「千年前の星空も出せる?」
「研究した千年前の超新星爆発が気になる?」
「そうなの。よく覚えてたね」
さすが宇宙オタク。宇宙に関することは何でも記憶するんだろう。アサカワ君は星空のある一点をタップした。
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その楕円体をスワイプすると回転する。この星雲が平面ではなく立体物なんだということがよくわかる。
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難しいことはわからない。でも宇宙の美しさは伝わった。
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はい?
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宇宙オタクの学生さんは、こんなアプリ作れるんだ。
改造したアプリを自慢したくて、わざわざ私を捕まえて話しかけたのね。
女の子との出会いを求めたはずなのに、宇宙語りや自分の技術自慢に終始してしまう。そういうところ、顔だけでなくて性格も無邪気な少年だなあ。大学生に少年は変かな?
「このアプリだけで修士論文できるんじゃない?」
「教育関係ならありかな? それならオリジナルアプリ作らないと。でも僕は宇宙の生成研究したいし……そうだ、素芦さんの卒論読みましたよ」
へ!? 私の卒論?
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「素芦さんって珍しい名前だから、検索したらすぐヒットしたよ。卒業論文をウェブサイトに載せている研究室だったから」
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「で、正直に言うと……僕が指導教官なら、テーマ変えさせます」
それって、ひどくない?
頭はいいんだろう。けど、真智君に対してもそうだが、どこまで偉そうなの?
「アサカワ君、君はね、もっと空気の読み方勉強しなさい!」
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