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ACT02:「炎と血って、ああいう色かな」
しおりを挟む□カンラ北側・傭兵団の砦
城砦都市カンラの北側、城壁から張り出すように聳える石造りの角塔。その出入口に馬で駆け寄る、恰幅のいい中年男性、ダヤン団長。手綱を切って馬を停め、出入口前の守衛に馬を預けて塔の中へ。
□砦内部の廊下
石造りの廊下。壁面には篝火。その廊下の真ん中をのしのし歩くダヤン団長のもとに、若い痩せた傭兵、タンジが駆け寄る。
タンジ「お疲れさまです」
ダヤン団長「何か変わったことは?」
タンジ「マクダフ副団長が、子供を一人拾ってきたそうで。一週間前です」
ダヤン団長「またか。うちは孤児院じゃないと何度いえばわかるんだ。あの野郎は」
タンジ「他はこれといって。日用品の補充は昨日来てます。戦具のほうはC級が三つ、B級が一つ」
ダヤン団長「やっとか。これで全員分揃うな。わかった、あとでサインしとく」
タンジ「はっ」
タンジ、足を止めてダヤン団長を見送る。ダヤン団長、一人で階段を上がり、さらに廊下の奥まで歩いて、両開きの扉を開く。
□団長室
団長専用の執務室。豪奢な調度で飾りつけられた石造りの部屋。奥に大きな木製の執務卓。その執務卓の上にマクダフが行儀悪く腰を下ろしている。
マクダフ「よっ、遅かったな。アレスタとの交渉、うまくいったかね?」
ダヤン団長「おまえな、もう少し普通にできんのか。わざわざそんなとこに」
マクダフ「堅ぇこというなよ。よっ……と」
マクダフ、執務卓から飛び降りる。
□団長室マクダフ視点
執務卓の上に、壊れた白銀の戦具。卓の前に立って報告するマクダフと、卓についてそれを聞くダヤン団長。
マクダフ「ってなことがあってな。一応、証拠品として持って帰ってきた。刻印が削られてるが、こいつは北で使われてるものだ」
ダヤン団長「術式を見たのか」
マクダフ「そうだ。こっちのものとは明らかに違った。北でB級持ちといえば、最低でも百人隊長クラスだ。それが壁向こうならともかく、壁のこっち側で追い剥ぎなんぞやるものかね」
ダヤン団長「さすがに不自然だな」
マクダフ「まず、偽装だろう。ありゃたぶん、北の正規兵が、なんらかの方法でコッソリ壁を越えてきたんだ。指揮官らしき奴と一戦交えたが、太刀筋が素人のものじゃなかった」
ダヤン団長「目的はなんだと思う?」
マクダフ「情報収集……いや、それなら、あんな目立つ真似はしねえか。なんか別の目的がありそうだな」
ダヤン団長「おまえ、全員斬り殺したってな。一人でも生かしときゃ」
マクダフ「しょうがねえだろ。つい、その場の勢いっていうか」
ダヤン団長「過ぎたことをいっても仕方ないか。まあいい、この件は、ワシから領主どのに報告しておこう」
マクダフ「そうしてくれ。なーんかキナ臭いからな」
ダヤン団長「ところで。また一人、拾ってきたらしいな?」
マクダフ「ああ。いまの話とも関係がある。その追い剥ぎ連中と乱闘してた本人だ」
ダヤン団長「ほう」
マクダフ「壁越えのサビネアの子供だ。おおかた、北に連れ戻して売り飛ばすつもりだったんだろ」
ダヤン団長「年は」
マクダフ「聞いてみたが、本人もわからんそうだ。見たとこ十三、四ってとこだな」
ダヤン団長「むぅ。赤目の子供か」
マクダフ「それ、本人の前では言わないほうがいいぜ。けっこう気にしてるみたいだから」
ダヤン団長「そうか。法律上は差別はないったって、どこにも頭の固い馬鹿はいるからな。一応、気をつけるが……で、使い物になりそうか?」
マクダフ「なりそう、どころの話じゃないな。この一週間、念のため様子を見てたが」
ダヤン団長「ほう?」
マクダフ「ありゃ、とんでもねえ拾いもんだ」
□砦内・稽古場
石造りの巨大な円筒形広間。大勢の傭兵見習いが鍛錬したり先輩から稽古をつけてもらったりしている。
見習いA・B・C「百八! 百十!」
傭兵A「もっと腰落とせ! 浮いてきてんぞ!」
見習いD「でりゃー!」
傭兵B「ほいっと」
見習いD「うわ!」
傭兵B「だめだって、槍ってのは、棒きれとは違うんだよ」
見習いE「明日も来いよ?」
見習いF「まだこれやんのぉ、もう休もうよ」
見習いE「俺はいいけど、リカードさんのゲンコツくらうぞ?」
そんな稽古場の隅で、少年の見習いが床に転がる。
カラハ「うわ! まいった!」
見習い少年のカラハ、倒れたまま、目の前で木剣をかざすレノクスの姿を見上げる。
レノクス「大丈夫ですか?」
レノクス、手を差し出す。カラハ、レノクスの手をとって立ち上がる。
カラハ「ちょっとは加減してくれよ、レノ」
レノクス「あはは、すいません。でも怪我はないみたいでよかった」
カラハ「かなわないな、もう」
周囲の見習い少年たち、メッカ、エンギ、スデルトが歩み寄って声をかけてくる。
メッカ「今日はもう上がりにしようぜー」
エンギ「しっかし、レノ強ぇなー」
スデルト「うちの班で一番強かったカラハが、もう相手にならねえんだから」
カラハ「最初の何日かは、いい勝負してたんだって! レノが飲み込み早すぎるんだよ!」
レノクス「こんな木の剣でも、使い方ひとつで随分変わってくるんですね。すごく勉強になりますよ」
カラハ「それが武芸ってものだからね。明日からぼちぼち、槍の使い方を教えてあげるよ」
レノクス「はい、よろしくお願いします!」
メッカ「んで、すぐに追い抜かれるんだよな」
スデルト「だろうなあ」
見習い五人、笑いながら稽古場を立ち去る。ちょうど入れ替わりにガラの悪い傭兵たちが稽古場に入ってくる。。
傭兵C「あれだろ、最近来た赤目のガキっての」
傭兵D「ああ、マクダフさんが拾ってきたんだと」
傭兵E「赤目なんざ使い物になるのかよ?」
傭兵D「さあな。カラハの班にいるんなら、少しは使えるんだろ」
傭兵C「どうだかなぁ、ひょろいガキにしか見えんぜ」
□洗い場
日暮れ、砦の中庭。井戸の周りで騒ぐ人々。
メルン「あーもーホラ! さっさと脱げー!」
黒髪の幼女メルン、洗濯板を振り回しながらレノクスたち五人を怒鳴りつける。メルンは七歳女児。腰布一枚の半裸。
メルン「汗臭いんだからさ! アンタら見習いのぶんは、アタシが洗うって聞いてんでしょ!」
メッカ「わかってるけどさぁ」
スデルト「見習い見習いって馬鹿にすんなよ、メルンだって洗濯女見習いだろ!」
メルン「見習いだから、見習いの服を洗う! そうゆう決まり!」
エンギ「でもここですっ裸になるってのはさ」
レノクス「うん……やっぱねぇ」
カラハ「ここは素直に従っといたほうがいいよ」
メルン「そっ、アンタらが戦場で剣振り回すのと同じ! ここがアタシら洗濯女の戦場なんだから、アタシに従う!」
メッカ「そりゃ洗い場だもんな」
エンギ「うまいこと言ったつもりか?」
メルン「とっとと脱げぇー!」
レノクスたち、メルンの剣幕に押されて服を脱ぎ捨て、タライに放り投げる。
メルン「脱いだらそっち!」
メルン、井戸のほうをぴしっと指差す。
レノクスたち、素っ裸で井戸に歩み寄って、順番に桶で水を汲んで頭から浴び、体を拭く。その傍らでメルンが一心不乱にタライと洗濯板で服を洗っている。
レノクス「ふー、気持ちいいー!」
カラハ「不思議だなぁ」
レノクス「なんです?」
カラハ「見たとこ、そんなに筋肉もついてないし、体格も普通……どっちかっていうと、華奢なほうだよね、レノは」
エンギ「そうだなぁ。腕も俺より細いし」
カラハ「その身体のどこに、俺を一撃で転がすほどの力があるんだろうね」
メッカ「才能ってやつだろ」
スデルト「そうだな。カラハに教わったことも、すぐ覚えて自分のものにしちまうし。やっぱ才能あるんだろ」
レノクス「どうなんでしょう。あんまりそういう実感ないんですよ」
メッカ「謙遜すんなって!」
メッカに肩を叩かれ、レノクス、少し恥ずかしそうに微笑む。
□見習い部屋
左右の壁面に三段ずつベッドが据えられている。調度類はなく、部屋の真ん中に小さなテーブル、その上にランタンがひとつ置かれている。すでに消灯し、見習いたちはベッドで眠っている。
レノクスはベッドに座り込んで、自分の足の裏をじっと見ている。かすれて消えかかっているが、「212」という番号が書かれている。
□回想・サビネアの隠れ里・教室
黒衣男B「サビネアとは、赤い目で世界を見る。炎と血の色だ」
木造の広間。粗末な服装の子供たち四十人が床に並んで座り、黒衣男Bの講義を聴いている。
黒衣男B「炎と血をもって大陸に君臨した民族だからだ。我々の目がずっと赤いのは、その誇りをいまだ忘れてはおらぬという証拠なのだよ」
黒衣男B、大袈裟に身振り手振りを交えて熱弁をふるう。
黒衣男B「北の帝国、南の王国、いずれにおいても、サビネアは赤目などと呼ばれ、不当な扱いを受けている。特にこの北の帝国では、法によって明確に奴隷階級と定められ、虐待はおびただしい。だが、我らにいわせれば、いま大陸で幅をきかせている者どもこそ、かつて我らの奴隷であったのだ。長い時のなかで、次第にサビネアの炎と血は薄まり、その力は失われ、奴隷どもの横行を許すまでになった。彼らにはいずれ、その思い上がった傲慢と暴虐の報いを受けさせねばならぬ。そのために、きみたちは選ばれてここにいる。きみたちは決して奴隷ではない。サビネアの誇りを、きみたちは忘れてはならない」
□回想・サビネアの隠れ里・研究所裏庭の小さな花壇
夕方。レノクス、花壇にたわわに実る赤い小さな果実を眺めている。
レノクス「だいぶ大きくなってきたけど、これ、なんの実だろ?」
背後から歩み寄って来る小さな影。灰色の髪のサビネアの少女、十二歳。
少女「それ、さわっちゃダメだって、先生たちいってたよ?」
レノクス「ん。わかってるよ」
少女「何かお薬の材料になるみたい」
レノクス「ふぅん……」
二人、研究所の壁にもたれかかって座る。森の木々がざわざわと風に騒いでいる。
少女「ねえ、212番。あなたは、ここに来る前はどこにいた?」
レノクス「うーん……よく憶えてないんだよね。キミはどうなの」
少女「わたしも同じ。確かに、どこかから、ここに連れてこられたんだけど……名前もね。今は214番って呼ばれてるけど、ずっと前は、違う名前で呼ばれてたと思う」
レノクス「ボクも、多分そうだよ」
少女「いつか、思い出せるかな」
レノクス「どうだろ。でも、名前なんかどうでも、ボクはボクだよ。きみだって」
少女「あなたは前向きだね」
レノクス「先生たちが言ってたじゃないか。ボクたちはサビネアだから、いつか血の誇りを思い出すときが来るってさ。よくわからないけど」
少女「誇りかぁ、それで名前も思い出せたら」
二人、赤い夕空を見上げる。
レノクス「今日は空が赤いね」
少女「炎と血って、ああいう色かな」
□回想・サビネアの隠れ里・研究所の食堂
子供たち十三人、丸い食卓を囲み、床に座って食事。
黒衣女B「みんな、お食事が済んだら、また講堂に集まってね。今夜は計算のお勉強ですからね。あ、食器はちゃんと片付けるんですよ?」
子供たち「はい!」
黒衣女B、微笑んで立ち去る。
食事は小さなパンと赤いスープ、芋ひと切れ。
レノクス、スープを匙で啜りながら、怪訝そうな顔をしている。
レノクス「まずくはないけど」
隣りの男の子がレノクスに声をかける。
男の子A「そう? すっごいまずいよ。他にないから、仕方ないけど」
レノクス「そうかなぁ」
男の子A「なぁ、昨日の書き取りの宿題、やった?」
レノクス「うん。もうだいたいの字は読み書きできるかな」
男の子A「あとで見せてよ。おれ、忘れちゃって」
レノクス「ダメじゃんか」
ふとレノクス、周囲を見渡す。
レノクス「なんかまた、人数減ったよね」
男の子A「みんな、いいところに引き取られたって。おれたち、売れ残りだな」
レノクス「そんな、奴隷じゃないんだからさ。そういえば、あの子も今朝から見ないね」
男の子A「ああ、214番? 昨日の夜、お金持ちの家に引き取られたって、先生から聞いたよ」
レノクス「そっかぁ……」
レノクス、ちょっぴり寂しそうにうなずく。
食卓向かいの男の子、真っ青な顔で咳き込み、うずくまる。
男の子B「げほっ! けほ! うっ……」
男の子D「おい、大丈夫かよ?」
男の子C「ここで吐くなよ? ほら、我慢して、一緒にいこう」
男の子B「う、うん」
男の子B、C、退出。
レノクス「やっぱり、まずいのかな、これ」
男の子「好き嫌いってあるけど、吐くほどかなぁ」
女の子A「わたしもこれ嫌い」
レノクス「ボクの舌がおかしいのかな?」
□回想・サビネアの隠れ里・深夜
子供たちの宿舎。窓の外から激しい馬蹄と破壊音。ベッドで寝ていたレノクス、がばと跳ね起きる。窓の外を覗き込むと、建物周囲は一面火の海。
レノクス「え、ええ? 火事?」
窓の外、炎の中を駆け回る複数の黒い騎影。剣を掲げて指揮を執っている、黒い仮面の騎士の姿がハッキリと見える。剣が炎に照り映え、黒い仮面が紅蓮に染まる。
レノクス「なんだ、あれ……!」
男の子A「早く外に出なきゃ! ここも燃えてる!」
男の子C「急げ! ほら、おまえも!」
レノクス「う、いま行くから!」
レノクス、慌てて他の子供らに続いて廊下に出る。廊下はすでに煙に覆われている。
レノクス「うわ! どっちに……こっ、こっち!」
レノクス、煙を突っ切って玄関から外へ飛び出す。足元に血を流して横たわる子供たちの死骸につまずきかける。
レノクス「え、うわ、わぁッ」
レノクス、ゆっくり顔を上げて周囲を見渡す。炎上する建物、あちこち横たわる子供たちと黒衣たちと死骸。逃げ走る女の子Aが、追いかけてきた騎士の槍で背中から貫かれる。
レノクス「なんで……どうなって……」
煙の中で、絶望の表情を浮かべるレノクス。その右手を、誰かに強く引かれる。
レノクス「うわっ」
黒衣女A「声を出さないで。ついていらっしゃい」
レノクス「えっ、あ……」
黒衣女A、レノクスの手を引いて、建物の裏側へ回り込む。花壇があった場所に、大きな穴がぽっかり口を開いている。
黒衣女A「時間がない! あなたはここから逃げなさい! 森さえ抜ければ……!」
レノクス「そんな、先生は?」
黒衣女A「この穴を隠します。あなたを追ってこれないように」
レノクス「でもっ、それじゃ」
黒衣女A「南の王国なら、サビネアでも自由に生きていけます! 南を目指すんですよ! あなたさえ生きていれば、研究も無駄には……これを!」
黒衣女A、レノクスの手に何かを握らせ、強引に穴に突き落とす。
レノクス「わああっ!」
□回想・サビネアの隠れ里・穴の中
レノクス、穴の奥へ落っこち、尻を打ちつける。
レノクス「あいったぁ! あれ、そんなに深くないんだ」
レノクスが見上げると、もう穴は塞がれている。
レノクス「先生、そんな……」
真っ暗な穴の中。レノクス、頬に空気の流れを感じ、身をよじる。周りを手さぐりで調べる。
レノクス「横穴……ここを伝っていくのか。これ、自然のものじゃないな」
レノクス、横穴を這って進む。
レノクス「さっきのは、いったい。なんでボクらが、こんなことに。研究って、なんのこと……」
レノクス、先ほどの凄惨な光景を思い出し、だんだん涙ぐんでくる。
レノクス「なんだよ、なんなんだよ……なんでだよぉ……」
半べそかきながら進むうち、はるか遠くに光が見えてくる。
レノクス「光……あそこまで、いけば……」
レノクス、手足をすり傷だらけにしながら、光に向かって這い続ける。
□回想・森
夜明け頃。鬱蒼たる森の中、小さな湖のほとり。樹齢何千年という大樹がそびえている。その大樹の幹の大きなうろから、レノクスがスポンと顔を出す。
レノクス「うっひゃー、こんなところに出るのー!」
うろから顔だけ出して、周囲をきょときょと見回すレノクス。
レノクス「……あ」
レノクス、それまでずっと右手に何か握っていたのを思い出し、手を開く。金属製の割符。
レノクス「レノクス、って書いてあるけど」
レノクス、顔をあげ、森の風景を眺め渡す。
レノクス「南って、どっちだろう」
明るい朝陽がレノクスの横顔を照らす。
□見習い部屋
ベッドに横たわるレノクス。
レノクス内心(結局、あの割符は、壁の関門から南に入るための通行証だった。おかげで、なんとかこの国に入れたけど……いろいろあったなぁ)
レノクス、寝返りをうつ。森で蛇や野鼠を捕らえて食べたり、奴隷商に追われたり、川を泳いで渡ったりした記憶を思い出す。
レノクス内心(レノクスって書いてあったの、たぶん、あの先生たちの誰かの名前だろうな。番号じゃ不便だったから、ボクの名前ってことにしたけど)
214番の姿を思い出す。
レノクス内心(でも、どんな名前だろうと、ボクはボクだから)
目を閉じると、研究所襲撃の光景と黒い仮面の騎士の姿が脳裏に浮かぶ。炎渦巻く中、横たわる仲間たちの死体。逃げ惑う子供を刺し貫く騎士。
レノクス内心(ここで傭兵をやっていたら……いつか、会う時が来るかもしれない。そのときは……)
レノクス、ぎゅっと拳を握り締める。
□ティガリ帝国・王都全景
二重の防壁を備える巨大な都市。中央には威圧的なデザインの王宮が天に向けてそそり立っている。
□ティガリ帝国・王都南大路
道は舗装されておらず、赤土色の広い大路を馬車と人々が行き交っている。左右にはがっしりした石造りの武骨な建物が並んでいる。積荷を満載した馬車の後ろを、のろのろとついていく奴隷たち。灰色の髪に赤い目をして、粗末な服装に首輪をつけている。
その向かい側から、三十人ほどの皮甲冑の兵士が隊列を組んで歩調を揃えて行進している。大路に沿った大きな建物の前では、赤目奴隷たちが馬車に荷物を積み込んでいて、初老の商人がそれを監督している。剣や槍、矢などをそれぞれ束にしたもの。
商人「そいつはまだ上げなくていいから、そっちを手伝え」
奴隷A「へい!」
商人「矢の扱いは丁寧にだ。歪んだり折れてたりしたら買取ってくれん。そんなことになったら、おまえら全員メシ抜くぞ」
奴隷B「右側あいてます!」
奴隷A「じゃあ、持ってくからなー!」
商人「最近、うちも注文増えたな。戦争でも始まるのかねぇ」
奴隷C「そうなったら、おれらも戦奴になるんですかね?」
商人「馬鹿が。おまえらみたいなグズは、戦奴になれやしねえよ。あれは赤目でも、まだマシな奴らが選ばれるんだからな」
奴隷A「矢の積み込み、終わりましたー!」
商人「おう、今行く!」
□ティガリ帝国・王宮内・謁見の間
赤絨毯の床に黄金の玉座をしつらえた謁見の間。調度は少なめで石造りの壁面が剥き出しになっており武骨な印象。玉座の背後には黄金の竜の刺繍をあしらった真紅のタペストリーが下がっている。
玉座には壮年の男性、皇帝アンガス。階下に跪く二人の男たちを見下ろしている。将軍ドヌルベイと参謀イアン。玉座のかたわらには目付きの悪い初老の紳士が悠然と佇む。
皇帝アンガス「出兵計画の件は聞いておるが。今がそれほどの好機かな」
将軍ドヌルベイ「これまでの偵察結果を見るに、現状、シージュには、ほとんど備えがありませぬ。壁というものがあるので安心しきっておるのです。詳細はこちらのイアンより」
皇帝アンガス「よい。聞かせよ」
参謀イアン「は。ここ半年、盗賊に偽装した偵察部隊、七個小隊にそれぞれ南の壁を越えさせ、付近の略奪などを実施させましたが、現地の反応は鈍く……七個小隊のうち、六個小隊まで、多くの物資を携え、無傷で帰還いたしました。シージュの国境付近は、全体として防備ばかりでなく、治安維持の能力も低下しているものと分析できます」
皇帝アンガス「帰ってこなかった部隊もあるのだな」
参謀イアン「未帰還の小隊はメンティス方面に派遣したものですが、残念ながら現在まで消息不明です。かの地には難攻不落と名高いカンラの城砦があり、例外的に戦備が充実しておりますようで」
皇帝アンガス「となれば、それ以外の方面は攻めやすいと見てよいのか」
将軍ドヌルベイ「御意。メンティスには最小限の兵力を送って、敵戦力をカンラに釘付けにしておき、その間に別方面から壁を突破いたします。カンラさえ封じ込めてしまえば、あとは、さしたる障害もありません。主力をもって一挙に王都を陥落させるのみです」
皇帝アンガス「オズワルド、そちの考えを聞こう」
皇帝アンガス、傍らの紳士、宰相オズワルドへ顔を向ける。宰相オズワルド、ゆったりとうなずく。
宰相オズワルド「断行すべきと存じます。この事、必ず成就しましょう」
皇帝アンガス「自信があるようだな」
宰相オズワルド「かの国は長い平和に蝕まれ、殻だけは頑丈ながら、内側からいまにも腐り落ちんとする果実にも似ております。この機を外さず、刈り取ってしまうべきです」
皇帝アンガス「名分はなんとする」
宰相オズワルド「天に二日無し。千古の鉄則でありましょう」
皇帝アンガス、大いにうなずく。
皇帝アンガス「ドヌルベイ」
ドヌルベイ将軍「はっ!」
皇帝アンガス「兵力はいかほど必要か」
ドヌルベイ将軍「二十万あれば充分かと」
皇帝アンガス「よろしい。汝を遠征軍総司令に任じる。遠征軍二十万を動員し、準備が調い次第、出発せよ。編成は汝の望むままにするがいい。帝国の名にかけて、南方の大地を拓いてみせよ」
ドヌルベイ将軍「尊命、承りました」
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