炎血のレノクス

雨樹義和

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ACT06:「彼と、仲良くなればよいのです」

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□街道
快晴の朝。レノクスとマクダフ、馬を並べてゆっくりと街道を進んでいる。

レノクス「骨董狂い……ですか?」
マクダフ「ああ。それもガキの頃からの筋金入りだ。たぶん血筋のなせるわざ、なんだろうが」
レノクス「血筋?」
マクダフ「われらがシージュの現国王、フェルディナンド陛下は、実は画家や彫刻家として有名な芸術家でもあるんだ。あの王女にはそっちの才能はないようだが、かわりに古美術や宝飾品、工芸品の目利きとしての才能が備わっているらしい。王女の自室は、それこそ国中から手段を問わずかき集められた、凄まじい数の貴重な骨董品が並んで、さながら博物館みたいな有様になってるんだとさ」
レノクス「あ、なんとなくわかってきましたよ。王女様がマクダフさんの戦具を欲しがる理由って」
マクダフ「そう、A級戦具ってのは、遺跡からの発掘品だからな。しかも、どれも意匠や刻印が独特で、同じものはひとつとして存在しない。王女いわく、俺が持ってるやつはA級戦具のなかでも特に古い年代のもので、骨董としての価値も飛びぬけている、と」
レノクス「なるほど……」
マクダフ「だが、俺のは実家に代々伝わる家宝なんでな。どうあっても渡す気はないんだが、まあしつっこいのなんのって。俺はその頃、王宮務めの武官だったが、宮中では文官のほうが圧倒的に偉くて、武官はもともと肩身が狭かったんだよ。そこへきて、あの王女が俺の戦具を欲しがってるという話が宮中に広まると、文官どもが嵩にかかって圧力をかけまくってきた。王女の歓心を買いたかったのか、あるいは何か別の思惑があったのか……とにかく、俺は宮中にいたたまれなくなって、官を辞して王都から逃げ出してきたってわけさ」
レノクス「それで、傭兵に?」
マクダフ「ああ。団長のダヤンとは昔馴染みでな。それを頼ってここに流れてきたんだ」
レノクス「マクダフさんも苦労したんですね……」
マクダフ「なーに。むしろ、それで良かったんだ。ここはいいところさ。王都にいた頃は窮屈で息が詰まりそうだったが、今はのんびり生きている。こういう生活のほうが、俺の性にあってるみたいだ」
レノクス「ボクも、ここが好きですよ。街も、傭兵団も。いいところだと思います」
マクダフ「そうか、気に入ったか」
レノクス「ええ」
マクダフ「なら……守らねえとな」
レノクス「はい!」


□城砦都市カンラ・領主の館
昼間。館の遠景。次第に雨が降りだしはじめる。


□領主の館・二階の小部屋
狭い一室。エレオノールが机に向かい、書物を開いている。壁際に大きな本棚があり、古い書物がぎっしり並んでいる。ベッドの上には骨董の壷や皿などが無造作に並べられている。
ノックの音。

ネリル「エレン、いる?」
エレオノール「いますよー、どうぞー」

ドアが開き、ネリルがトレイを掲げて部屋に入ってくる。

ネリル「お茶にしませんか?」

二人、ベッドに腰掛けてティータイム。

ネリル「なにを読んでたんですか?」
エレオノール「赤目……サビネアに関する歴史や事例を調べていたんです。ちょうどここに、そういう本がいくつかあると聞いたので」
ネリル「急にまた、どうしたんですか」
エレオノール「今朝、マクダフ様にお会いしに、傭兵団の砦とやらに出向いたのですが……」


□領主の館・執務室

メンティス辺境伯のもとに、従僕が一通の手紙を届けている。

メンティス「ご苦労、さがってよろしい」

従僕が退出すると、メンティス辺境伯は手紙の封を切り、内容を一読する。みるみる辺境伯の表情が強張っていく。

メンティス「イスタスめ、なんという無茶を……!」


□領主の館・二階の小部屋

ネリル「そんなことがありましたか」
エレオノール「マクダフ様がおっしゃることは、正論です。ですが、あの目を見ると……それにあの子の態度も反抗的で、こちらもつい、ムキになってしまいました」
ネリル「わからないではありませんよ。私もサビネアの赤い目というのは少々苦手でしたし。普段から接することで、今はさほど気にならなくなりましたが」
エレオノール「なぜでしょうね。赤目を見ると、どうしても不気味で、忌むべきものと感じてしまって」
ネリル「それで興味が出てきて、調べ物ですか。王都の宮中にはサビネアはいないのですか?」
エレオノール「下級武官のなかに何人かいるようですけど、直接会ったことはないですね」
ネリル「その本は、なにか参考になりましたか?」
エレオノール「御伽噺のたぐいですよ。何千年も昔、とても強い悪魔がいて、この大陸全体を支配していた、とか。サビネアはその悪魔の子孫だというんですよ」
ネリル「ふふふ。本当に御伽噺ですね」
エレオノール「その悪魔は、炎血の戦神と呼ばれて、魔法のような凄い力で人々を支配していた。でも、あるとき美しい森の女神と出会い、恋に落ちてしまった。悪魔は心優しい女神の願いに応えて、支配することをやめ、女神と一緒にこの大陸を去っていった……と。めでたしめでたし……でしょうか、これは」
ネリル「でもそれだと、子孫は取り残されたことになりますね」
エレオノール「そっちの本には、また別の記述があります。サビネアは錬金術の始祖で、種族を守るために、太古に封印された悪魔の力を引き出す道具を作った。それが戦具と呼ばれるものである……とか。もちろん事実とはかけ離れていますが」
ネリル「大陸の外に出て行ったり、封印されたり、悪魔さんも大変ですね」
エレオノール「所詮、御伽噺ですから。もう少し、歴史資料として参考になりそうなものを探したいところです」
ネリル「そういうことなら、遺跡へ行ってみては? 資料館も近くにありますし」
エレオノール「そういえば、まだ行ってませんね。もともとそれも、目的のひとつだったんですが」
ネリル「あの遺跡は、サビネアが築いたものといわれてるんです。何か興味を引くものがあるかもしれませんよ?」


□傭兵団の砦
夜。遠景。雨が降っている。


□傭兵団の砦・レノクスの私室
夜。窓外は雨。レノクスはベッドに寝転び、なんとなく天井を眺めている。

レノクス「非番っていわれてもなー。別にやりたいこともないし」

レノクス、ふと机の上の戦具に目をやる。

レノクス「……やっぱり、呼んでる気がする。たぶん、あそこだ」

レノクス、窓のほうをじっと見つめる。


□発掘現場前
朝。林の奥に、石造りのトンネル状の出入口が見える。その両脇に領兵が立って警備している。

□発掘現場・出入口前
レノクス一人でトンネルをくぐっていく。

領兵A「見学はいいが、あんまり奥まで行くなよ!」
レノクス「わかりましたー!」

レノクス、トンネルの奥へ消える。

領兵B「ここの女神像って、見たことあるか?」
領兵A「いんや。俺あんまりそういうの興味なくて」
領兵B「でっかいぞー」
領兵A「そりゃそうだろ。高さ何丈って聞いてるし」
領兵B「ちげえよ。ここがだよ」
領兵A「お。おお、そういうことかい」

馬車がトンネル前に停まる。領兵たち、慌てて姿勢を正す。
エレオノールとネリルが馬車から降りる。

ネリル「見学したいのだけど、入ってよろしい?」
領兵A「は、どうぞ。ただ、立ち入り禁止の札がある場所には、お近付きになりませぬよう。落盤などの危険がありますので」
ネリル「だそうですよ。気を付けてくださいね、エレン」
エレオノール「ええ。さっ、参りましょ!」
ネリル「ほらほら、足元」
エレオノール「はわっ」
ネリル「焦らないで。遺跡は逃げませんから」
エレオノール「はーい」

二人、きゃっきゃと笑いあいながらトンネルの奥へ消える。

領兵B「でっかいのと……無いのと」
領兵A「おまえ、知らんのか。いまの、ネリルお嬢様と王女殿下だぞ」
領兵B「でっかいほうが」
領兵A「ネリルお嬢様」
領兵B「じゃあ、無いほうが、王女様か……」
領兵A「なに残念そうな顔してんだよ!」


□発掘現場内
古代神殿の庭園風の遺跡。レノクスが見上げる先、白亜の円柱に囲まれ、篝火に照らされる高さ五メートルの女神の石像。長髪半裸、胸は豊かで、慈愛に満ちた微笑とともに地上を見下ろしている。

レノクス「はぁー、これが女神像……」

レノクス、しばし恍惚と見とれている。

レノクス「あれ、どこかで、お会いしましたっけ……なんか見覚えが」

レノクス、首をかしげる。

レノクス「声……? ここじゃない。もっと……あっち?」

レノクスが顔を向けた先に、地面剥き出しの坑道。出入口にロープがかけられ「立ち入り禁止」の札が下がっている。
レノクス、戦具を取り出して腕に装着。まばゆい光を放ち、「鉄の戦装束」をまとう。

レノクス「きこえたっ!」

レノクス、ロープを飛び越えて坑道の奥へ。
暫くして、エレオノールとネリルが話しながら庭園遺跡に入ってくる。

エレオノール「宝石や戦具は、もう運び出されてるんですね」
ネリル「ここからは古い刀剣類もたくさん出土したそうですよ。それらは資料館のほうに展示されていますから、後で見に行きましょうか」
エレオノール「ええ。武器なんて、本来は野蛮な用途で使われるのに、美しい意匠のものも多いんです」
ネリル「儀式などに使っていたものでしょうね」
エレオノール「祭器ともいいます。武器だって、そういうふうに使われるほうが幸せでしょうに」

二人、庭園に並んで女神像を見上げる。

エレオノール「あぁ……凄い造型……! 想像してたより、ずっと精巧なものですね! 硬化処理が施されてるようですが、材質はなんでしょう。ただの石じゃないですね」
ネリル「サビネアの母祖といわれる、森の女神の像です。少なくとも五千年以上前に作られたものだそうですよ。材質などは資料館に解説文が展示されてるはずです」
エレオノール「あの御伽噺に出てきた女神ですね。名前はないんですか?」
ネリル「ないようですね。ここで出土した文献類にも、とくにそのへんの記述はないそうです。あるいは、あったけど伝わってないのかも」
エレオノール「そういえば、悪魔のほうにも名前はありませんでしたね」
ネリル「伝説上の存在とはいえ、もとから名無しということはないでしょう。資料が散逸したか、もしくは、誰かが故意に隠蔽したか……」
エレオノール「案外、そのあたりに、サビネアのことをより詳しく知る鍵があるかもしれませんね」


□坑道内
真っ暗な坑道内を歩くレノクス。意外に大きな坑道で、灯りはないが戦装束によって視力が強化されているレノクスにははっきりと見えている。

レノクス「行き止まり?」

レノクス、しばし周囲を見渡す。ふと、坑道の脇に歩み寄って、しゃがみこむ。手探りで岩盤に触れる。

レノクス「んー。ここ、かな」

レノクス、岩盤に手甲を叩き込む。ボゴン! と鈍い音が響き、岩盤の一部があっさり崩れ落ち、子供の身長くらいの横穴が出現する。

レノクス「うん、いま行くから」

レノクス、躊躇なく横穴に這い入る。


□傭兵団の砦

昼間。雲り空。砦の全景。


□傭兵団の砦・団長室

マクダフ「警戒強化?」
ダヤン団長「さっき、領主どのから連絡があってな。先日こちらが提供した、北の出兵に関する情報を信用してくれたようだ。領兵のシフトを変更して、関門の防備を大幅に強化するんだと」
マクダフ「まだ、北の軍隊がここに来ると決まったわけじゃないがな。あちらさんが王都を直撃する気なら、ここは無視されるかもしれん。だが警戒しとくに如くはないか」
ダヤン団長「こっちにも依頼が来とる。望楼からの監視をより密に、壁周りの巡回頻度も増やしてくれとさ。それと、いつでも動けるよう、一人でも多くの戦力を砦にかき集めて待機させておくように、と。報酬は後払いだが、こちらの言い値で出す、だそうだ」
マクダフ「ほお、領主どの、やる気だな」
ダヤン団長「そりゃ、なんせ第三王女がここに来とるからな。万一ここが襲撃されても、王女を無事に王都へ送り返すぐらいまでは、もちこたえにゃならんだろ」
マクダフ「わかった、馬鹿どもには俺が声をかけとく。細かいことは全部アンタに任せるぜ」
ダヤン団長「おお、任せとけ。なんせカネの心配が一切ないからな。こりゃ大仕事になりそうだ」
マクダフ「戦争か。王宮の奴らは、まだ何も知らんで安穏としてやがるんだろうなあ」


□坑道・横穴
レノクス、狭い横穴をひたすら手探りで進んでいく。

レノクス内心(上がったり、下がったり、どこまで続くのかな。前にもこういうことがあったけど……)

レノクスの意識にしつこく呼びかける声。

レノクス「わかってるって、きこえてるからさ」

やがて横穴の行き止まりに突き当たる。

レノクス「よし、ここ」

レノクス、拳を振りあげ、突き当たりの岩盤を叩く。
レノクスのいる周囲一帯の岩盤がすべてガラガラと崩れ、レノクスも巻き込まれる。

レノクス「えっ、わっ、ちょっと、お、落ちるぅー!」


□発掘現場・通路
エレオノールとネリルの二人、遺跡庭園を後にして通路を歩いている。
エレオノール、ふと足を止める。

エレオノール「いま、なにか聴こえたような」
ネリル「落盤でしょう。やっぱり、奥のほうはまだ危ないみたいですね」


□墳墓
レノクス、落下して尻を打ちつける。

レノクス「あいったぁー! なんでボクってこういう目にあうんだろ?」

レノクスが落ちてきたのは短い石階段の真ん中。その降り先に出入口のようなものがあり、明るい灯火が洩れている。
レノクス、慎重に階段を降りてゆく。出入口をくぐると。

レノクス「なにここ!」

せいぜい五メートル四方の狭い部屋。四方の壁は、紅蓮のような岩石とも金属ともつかぬ不思議な材質に覆われている。天井と床は真っ黒だが、これも材質不明。天井には、原理は不明だが白く輝く握り拳大の球形の物体が据え付けられ、皓々と室内を照らしている。
床のど真ん中には、白い石棺。蓋はなく、その中には……白骨化した遺骸。

レノクス「ここ……もしかして、お墓? それも偉い人の、なんていったっけ……墳墓? ってやつかな?」

レノクス、おそるおそる棺の中を覗き込む。

レノクス「ずっとボクを呼んでたのって……?」

骸骨は無言。王侯のような赤地錦のガウンをまとい、頭には黄金の宝冠。手指には宝石のついた指輪がいくつか嵌まっており、足首にも金色の足環がはまっている。その両手に、真っ黒い腕環のようなものを捧げ持ち、胸の上に乗せている。
レノクス、骸骨となにやら会話している。

レノクス「それはボクにもわからないけど……呼ばれたから、来ただけだよ。え? ええと、これに触ればいいの?」

レノクス、骸骨の胸もとの黒い腕環に、そっと指先で触れる。
途端、黒い腕輪が、キラキラと輝きはじめる。

レノクス「光った?」

炎血王具の透明な制御結晶に、緑色に光る細かい文字列が表示されてゆく。

炎血王具「認証モード、起動」
炎血王具「生体認証サーチ完了。サビネア王レノクス・エルグラード、所有者生体コード確認」
炎血王具「認証モード終了、機能ロック全解除。炎血王具ギア・フレイザード、起動」

文字列が消え、黒い腕輪がじわじわと燃える炎のような紅蓮の輝きに染まってゆき、ほどなく真っ赤な金属製の腕輪へと変貌する。

レノクス「どうなってるの、これ?」

レノクス、再び骸骨に語りかける。

レノクス「……いいの? これ、大事なものなんじゃ」

骸骨、無言。

レノクス「ええ? ボクにしか扱えない? そうなの? それは……そうなんだ? うん、わかった。じゃあこれ、預かるからね」

レノクス、両手を石棺の中へ伸ばし、赤い腕輪を手に取る。

レノクス「これって、もしかして……戦具?」

レノクス、首をかしげて赤い腕輪を見つめる。
突如、轟音が響き渡り、激しい振動が玄室全体を揺さぶる。

レノクス「うわ、地震っ?」

黒い床が割れ砕け、レノクスの足元が崩れ落ちる。

レノクス「なんでーっ!」

レノクス、床下へ吸い込まれるように落ちてゆく。同時に、玄室の天井も崩落。石棺ごと玄室全体が急速に瓦礫に埋もれてゆく。


□湖
 発掘現場のある小山は、湖のほとりに面している。その湖に接する山肌の一部が崩れ、中からレノクスが飛び出してくる。レノクス、そのまま水面へドボン。

レノクス「あががぐぶふぇげふげ」

レノクス、いったん深みまで落ち込み、もがきながら、かろうじて水面へ向かう。その手にはしっかり赤い腕輪を握りしめている。


□資料館前
発掘現場からみて、湖の対岸に立つ煉瓦造りの城館風の建物。その出入口から、エレオノールとネリルが談笑しながら歩み出てくる。

エレオノール「思ったより見ごたえありました」
ネリル「なにかお気に召すものがありましたか?」
エレオノール「保存状態がよくないものが多くて。学術的にはともかく、骨董としての価値はさほど……」

二人が湖のほとりへさしかかると、突如、ざばと水しぶきが上がる。

エレオノール「はわっ!」
ネリル「なにごと?」

二人が見ている前で、岸に手をかけ、這い上がってくる戦装束姿のレノクス。

レノクス「うーっ……ここ、どこ……?」

岸から這いあがったレノクスが顔を上げると、怯え顔のエレオノールと、驚き顔のネリルが並んでレノクスを見下ろしている。

エレオノール「あ、あれ……?」
レノクス「んー? あ」
レノクス&エレオノール「あーっ!」


□湖のほとり
雲が去り、空は昼下がりの快晴。湖面に穏やかな青天が映える。

ネリル「まあ! それじゃ、足を踏み外して?」
レノクス「ええ、その。落っこちました。冬じゃなくてよかったです」
エレオノール「そのまま溺れてしまえばよかったのに」
ネリル「そんなこと言っちゃいけませんよ」
エレオノール「わかってますけどー」
ネリル「あなた、傭兵のレノクスくんね? ダヤンさんのところにいるっていう。わたしはネリル、メンティス辺境伯の娘です」
レノクス「え、ご領主の……? ボクをご存知なんですか?」
ネリル「この街にもサビネアはけっこう住んでますけど、サビネアの傭兵というのは一人しかいませんから。その格好でわかりましたよ。噂は聞いています、とっても強いんですってね?」
レノクス「い、いえ……」
エレオノール「なに満更でもって顔してるんです。強さなんて、何の自慢になることでもないでしょう。野蛮人はこれだから」
ネリル「エレン、言いすぎです」
エレオノール「コイツが礼儀も知らない野蛮人なのは事実ですもの。昨日のこと、お話ししましたよね?」
ネリル「それは仕方のないことでしょう。サビネアだからって、そう邪険にするものでは」
レノクス「あー……じゃあ、ボクはこれで……」

レノクス慌てて踵を返しかける。

エレオノール「待ちなさい!」

エレオノール、ビシッと声をかける。レノクス足を止めて振り向く。

レノクス「なんですか」
エレオノール「その手に持ってるものはなんですか。それは戦具ですか」
レノクス「あなたには関係ありませんよ」

エレオノール、つかつかとレノクスの傍に歩み寄る。

エレオノール「なにも、取り上げるとは言ってません。いいからお見せなさい……!」

エレオノールの表情が異様に厳しい。眼光が獲物を捉えた猛禽のごとく鋭い。その圧力に押されて、レノクス、つい赤い腕輪を手に乗せて差し出す。

レノクス「触らないでくださいよ?」
エレオノール「わかっています。これは……!」

エレオノールの表情に驚嘆が広がっていく。

エレオノール「この材質……見たことがない。オリハルコンに似ているようで、微妙に違う……! 刻印も、今まで私が知っているものとは違う……エルグラード? いったいどういう意味? 制御結晶がコランダム系じゃない……もの凄い透明度の、未知の結晶! こんな滑らかな加工ができるなんて、どんな技術なの? 象嵌と彫刻の意匠はタグルーン信仰期のものに近いけれど、それよりもっと複雑で高度な技術……なんていう精巧さ。 マクダフ様のオリジナル戦具も素晴らしかったけど、それをも遥かに越えている……! これは、いったい」

エレオノール、吃と顔を上げて詰問する。

エレオノール「これは一体、どこでどうやって手に入れたのですか」
レノクス「……答える義務がありますか」
エレオノール「これは、オマエのような者が持っていて良いものではありません。これはもう骨董の域を超えている。国宝級です。答えなさい。これをどこで手に入れたのです!」

エレオノール、目が血走っている。レノクスは冷然と突き放す。

レノクス「お教えできません」
エレオノール「なら、もう聞きません。これを私に譲りなさい。代価ならいくらでも」
レノクス「嫌です」
エレオノール「わたしはこの国の王女です。強制的に没収することもできるのですよ?」
レノクス「無理だと思いますよ」
エレオノール「なにが……あッ!」

エレオノールが炎血王具に触れようとすると、小さな火花が走り、エレオノールの指先を弾いた。

エレオノール「どうなってるの!」
レノクス「だから触らないでって言ったのに。これ、ボク以外の人間は扱えないようになってるらしくて。プロテクト……とかいうもので」
エレオノール「そんな! これほど貴重な宝が、オマエ以外には触れることもできないと?」
レノクス「ええ。ですから、もうボクには構わないでください」
エレオノール「そんなわけにはいきません! これほどのもの! オマエのような平民が持っていていいわけが!」

エレオノール、白い顔を震わせながら、レノクスを凝視する。
やがて小さく息をつき、あらためてレノクスを睨みつける。

エレオノール「直接、触れることができなくても、何かに引っ掛けて持ち運ぶくらいはできるでしょう。悪い事はいいません、これは私に譲りなさい。タダでとはいいません。金銀でも地位でも、私が与えうる限りのものは、何でもさしあげましょう。これには、それだけの価値があるのです。もしどうしても拒むというのであれば……」
レノクス「ですから、そんな気はありませんって」
エレオノール「それは平民が持つには、あまりに分に過ぎるもの。あくまで拒むのなら、お父様にこの件を告げて、オマエを逮捕してもらいます!」
レノクス「ムチャクチャですよ!」
ネリル「いい加減になさい、エレン!」

ネリルの叱咤に、エレオノール、ハッと顔を上げる。

エレオノール「ネリル……!」
ネリル「エレン、また悪い癖が出ましたね。嫌がる平民を脅しつけてまで、無理に持ち物を取り上げようだなんて。あなたは王族なのですよ? 王家の名に泥を塗るおつもりですか」
エレオノール「でも、これはあまりにも」
ネリル「エーレーンー?」
エレオノール「うぅ……」

仁王立ちするネリル、しゅんとするエレオノール。

レノクス「じゃあ、そういうことで、ボクはこれでー!」

レノクス、二人が話している隙に全力で逃走。

エレオノール「あぁ……そんな」

がっくり肩を落とすエレオノール。

ネリル「そうガッカリすることはありませんよ。方法はあります」
エレオノール「ネリル、あなたが……!」
ネリル「あなたのためを思って止めたのですよ。話は最後までお聞きなさい」
エレオノール「どういうことですか」
ネリル「あなた、どうしてもさっきのが欲しいのでしょう?」
エレオノール「ええ。あんな至宝、この世に二つとあるとは思えない。あれが手に入るなら、今まで集めた骨董、全て引き換えにしても……!」
ネリル「だったら」

ネリル、穏やかに微笑みつつ告げる。

ネリル「彼と、仲良くなればよいのです」


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