炎血のレノクス

雨樹義和

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ACT05:「私、諦めませんよ?」

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□傭兵団の砦・北門前
砦の平原側出入口の前。初夏の早朝。傭兵軍およそ五百人が整列している。黄金の戦装束をまとったマクダフが総員の前に馬を立てて訓示を述べる。

マクダフ「よーし。みんな揃ってるな」

マクダフ、整列する各隊をざっと見渡す。四番隊のなかに鉄の戦装束をまとい馬にまたがるレノクスの姿。その隣りには、同じ格好をしたカラハの姿もある。

マクダフ「いいかァ、今回の敵はかなり規模が大きい。それが東西二手に分かれて進んでやがる。数の多い東のほうには俺が行く。四番隊、十番隊、俺について来い。一番隊から三番隊までは万一の新手に備えて待機。残りは西に向かえ」

マクダフの指示に従い、傭兵団が三つの集団に別れる。マクダフのもとに二個部隊、およそ百人が集結する。

カラハ「レノ、今日はよろしく頼むよ。実戦ではきみのほうが先輩だからね」
レノクス「緊張してます?」
カラハ「うん、少しね」
レノクス「マクダフさんもいますし。大丈夫ですよ」
カラハ「そうだね。でも……正式登録できたのは嬉しいけど、まだもう少し見習いでいたかったかな」
レノクス「どうしてですか?」
カラハ「武器と馬を買ったら、貯金がすっかりなくなっちゃってね……」
レノクス「ボクも、なんとか借金は返せましたけど、ほとんどカラッポですよ」
カラハ「ははは、お互い、しっかり報酬を稼がないとね」
レノクス「ええ、稼ぎましょう!」
マクダフ「ようし、おまえら! 準備はいいか!」
傭兵団「おう!」
マクダフ「ついて来いっ!」

マクダフ、飛電の馬首を翻し、戟を掲げて東へ駆け出す。レノクスら傭兵百人がそれに続く。同時に五番隊から九番隊までの総勢二百人も西に向かって雑然と進み出す。おびただしい馬煙を蹴立て、傭兵団が二方向に分かれて進撃開始。


□平原・東壁沿い
敵は馬車と騎馬、その後方に歩兵という編成でゆっくり進んでいる。馬車二十台、騎馬三十、歩兵五十の大部隊。

マクダフ「野郎ども、続けぇ!」

マクダフ率いる傭兵騎馬百名、一斉に突進。敵馬車から降り注ぐ矢うなりをものともせず、マクダフが先陣をきって敵の陣列に飛び込んでいく。まるで黄金の槍が厚紙を突き破るように、敵の陣列に大穴が穿たれる。

マクダフ「それっ」

マクダフが戟を振るうたび、敵兵らが左右に弾け飛んでいく。

マクダフ「おおうッ」

マクダフに群がる敵兵も、戟のひと振りで薙ぎ倒され吹っ飛ばされる。まさに万夫不当。

レノクス「いきます!」

レノクスもマクダフに続いて突進。神速の槍先で次々と敵兵を貫き倒してゆく。
後方から続いてきたカラハの周囲では、すぐに敵味方が入り乱れて混戦気味に。カラハも慌てて槍を繰り出し、敵兵の槍先をいなしてカウンターを突き入れる。

カラハ「くっ、稽古とは全然違う! こいつら、強い!」

一方、マクダフは敵馬車に突っ込み、傲然と戟先を払えば、ただ一撃に御者も馬も吹っ飛び車が横転する。

カラハ「一撃で、馬車をっ?」

カラハが驚嘆の声をあげる。
一方レノクスも、群がってきた敵兵五人を、ほぼ一瞬で突き殺す。

カラハ「ちょっ、何が起こったの今!」

マクダフとレノクス、二人の快進撃が続く。


□平原・東壁沿い
昼過ぎ。ほぼ敵は壊滅。累々たる敵兵の死屍と馬車の残骸が横たわるなか、敵兵数人が徒歩で抵抗を続けている。

マクダフ「おらよッ!」

マクダフ、馬上から大剣を振りおろし、敵兵の頭蓋を砕く。慌てて逃げ惑う残兵。

レノクス「逃がさないっ!」

レノクスが、馬上から弓矢を番えて放つ。背中から射抜かれ、ばたばた倒れていく敵兵。
レノクス、周囲に動く敵兵がいないことを確認して息をつく。
ふと、どこからか呼ぶ声がする。音ではなく、直接頭の中に呼びかけてくる、弱々しい声。レノクス、はるか西の城砦都市を振りあおぎ、頬を引き締める。

レノクス内心(まただ。戦装束を着ると、時々聴こえてくる。ボクを呼んでるような)

軽快な馬蹄の響きに、レノクス、ハッと向き直る。マクダフがレノクスのそばへ馬を寄せてくる。

マクダフ「おう、レノ、ご苦労! どうやらこれでカタはついたな」
レノクス「はい、お疲れさまです!」
マクダフ「おまえは疲れてなさそうだな」
レノクス「ええ、まだまだ元気ですよ。マクダフさんだって」
マクダフ「ははは、俺は駄目だな。これでも結構きつかったんだぜ? 俺ももうトシかなァ」
レノクス「全然そうは見えませんでしたけどね」
マクダフ「はっはは、それが年の功ってやつよ」

カラハが少し離れた場所に座り込み、二人の様子を見ている。槍は折れ、戦装束もあちこちヒビが入り、すっかりくたびれている様子。

カラハ「や、やっと終わった……」
クーガー「おお、こんなとこにいたのか。どうだ、立てるか?」
カラハ「あ、はい。大丈夫です」
クーガー「どうだった、初陣は」
カラハ「想像以上にきつかったです……でも、レノとマクダフ副団長のおかげで、どうにか」
クーガー「初陣で生き残り、戦果まで挙げてるんだ。充分だよ。おまえは胸を張っていい」
カラハ「そ、それはどうも……」
クーガー「あの二人は、どっちもバケモンだ。真似しようったって、できるもんじゃない」
カラハ「なんで、あんなに強いんでしょうね。二人とも」
クーガー「マクダフの旦那はA級持ちだからな。戦装束の性能も、俺たちとは桁が違う。だから、あのメチャクチャな強さにもまだ納得がいくんだが、レノはな……C級でも、もうマクダフの旦那についていけるほどの実力だ。本当に、なんであんなに強いのやら」
カラハ「どっちが強いんでしょう?」
クーガー「戦具の性能を抜きにしても、まだマクダフの旦那のほうが強いな。だが、レノはじきに追い越しちまいそうだ」

マクダフとレノのもとに傭兵たちが集まってくる。

マクダフ「まだ息のある奴が少しはいるはずだ。二、三人、ふん縛って連行しろ。聞きたいことがあるんでな」
傭兵J「あいよ」
傭兵K「承知した」
マクダフ「さぁ帰るか。レノ、ついて来いよ。砦まで早駆けだ」
レノクス「飛電に追いつけるわけないじゃないですかー!」
マクダフ「ははは、それでも追ってこい! 行くぞ!」
レノクス「はいはい、わかりましたよ!」

二人、馬蹄を響かせ、疾風のごとく駆け去って行く。

カラハ「元気すぎる……」

カラハ、呆れ顔で呟く。


□傭兵団の砦・全景
夜。豪雨降りしきるなか、ひっそりと佇む砦。


□傭兵団の砦・団長室

ダヤン団長「今回は戦死者は無しか。怪我人は多いようだが」
マクダフ「重傷ってほどの奴はいないし、問題ないだろ」
ダヤン団長「襲撃が頻繁になってきてるな」
マクダフ「それだがな。今日とっ捕まえた奴らから、話を聞いてみたんだ。あいつら、もともと北のほうの森を根城にしてる兵隊崩れの寄り合いで、本来こっちに来る気はなかったらしいが」
ダヤン団長「どういうことだ?」
マクダフ「最近、北の軍隊……それも何万という大軍が、一斉に本国から出ばってきたそうでな。あいつら、それから逃げてきたんだと」
ダヤン団長「おい、それはまた、穏やかじゃないな」
マクダフ「もう確定だろうな。戦争になるぜ。これは」

ダヤン団長、大いに唸る。

ダヤン団長「うーむ。面倒な状況になってきたな。こんなタイミングで、王宮からは監察使が来るというし」
マクダフ「監察使?」
ダヤン団長「今日、領主どのから連絡があってな。近々、ここの領内を色々調べに来るんだと」
マクダフ「それって、この前の追い剥ぎどもの件でか?」
ダヤン団長「だろうな。王宮の連中も、少しは気になってるんだろう」
マクダフ「それで、ようやく実地調査か。誰が来るんだ」
ダヤン団長「正使は大行令ブラン子爵、副使は御史オドア男爵、と聞いたな。随行の吏員は二十名だそうだ」
マクダフ「あいつらか。どっちも事勿れ主義の末成り瓢箪だ。監査なんてできるのかねぇ」
ダヤン「それと……それらの目付けという名目で、エレオノール王女殿下が付いてこられるらしい」
マクダフ「なにぃ? あの骨董狂いがか!」
ダヤン団長「おまえとは因縁があるんだったな」
マクダフ「そりゃな。俺が王都にいた頃は、それはもう酷い目にあわされたもんよ。よりによって、あれが来るとは」
ダヤン団長「監察使の監査対象には、うちも含まれるそうだ。場合によっては、ここに直接、お迎えすることになるかもしれん」
マクダフ「マジかよ……!」


□傭兵団の砦・レノクスの私室

石造りの狭い個室。調度は一切なく、頑丈なベッドと机があるだけ。天井にランタンが揺れている。
レノクス、ベッドに腰掛け、シーツの上に置いた鉄の戦具をながめている。窓の外は降りしきる雨。

レノクス「いまでも、なんとなく感じてるけど」

レノクス、窓のほうを振り仰ぐ。

レノクス「でも、戦具を付けると、その感覚がもっと強くなるみたいだ。誰が……ボクを呼んでるんだろう」

窓の外の雨音が激しくなっていく。


□平原北・森林地帯
夜中。激しい雨の中、森に多数の天幕が並んでいる。帝国遠征軍の野営地。

□帝国遠征軍・幕舎
巨大なテントの中。カンテラの灯りの下、複数の高級軍人らが床に座り込み、床机に地図を広げて謀議している。

ドヌルベイ総司令「付近の掃討は?」
カリンガ将軍「完了しています。このあたりには、もはや賊の一兵も残っておりますまい。ご命令通り、戦力温存のため、あえて追撃は実施しておりません」
ノイシュ将軍「大部分は南へ逃げ散ったようで。ただ今後、かの賊どもが壁に向かって殺到すれば、シージュ側も、さすがに情勢の変化に気付くでしょうな」
ドヌルベイ将軍「問題ない。シージュの辺境諸侯が情勢を把握した頃には、我らはとうに壁を越えておるわ」
シレザ将軍「この雨も今夜中には止みましょう。出遅れていた部隊は、明朝までに合流してくる予定です」
カリンガ将軍「戦奴隊ですな」
ノイシュ将軍「なにも、あんな者どもまで駆り出さずとも……」
シレザ将軍「そう軽んじたものではありません。実績はあるのですから」
カリンガ将軍「奴隷とて、ようは用い方ひとつ。偏見はよくありませんな」
ノイシュ将軍「ふん。盾代わりぐらいにはなりますか」
ドヌルベイ総司令「明日正午をもって全軍、進発する。編成に変更はない」
シレザ将軍「では、我が第二軍は予定どおり南南東へ」
ドヌルベイ総司令「ノイシュの第三軍は、我が第一軍団とともに南東へ進む」
ノイシュ将軍「承知いたしました」
カリンガ将軍「我が第四軍は、戦奴部隊と合流し、南西へ……でしたな」
ドヌルベイ総司令「カリンガよ。兵数こそ少ないが、貴様の軍団の働きに、この遠征作戦全体の成否が懸かっている。ゆめ、軽挙妄動を慎めよ。作戦の本義を忘れぬようにせよ」
カリンガ将軍「お任せください」

カリンガ将軍、深々と一礼。口の端に、かすかに不敵な笑みが浮かんでいる。


□平原北・森林と平原の境目
昼。快晴の陽光の下、ティガリ帝国軍の車馬兵列が続々と森から平原へと溢れ出してくる。帝国軍総勢二十万は、森を出たところで三方に別れ、粛々と進軍してゆく。
シレザ将軍率いる第二軍八万は南東へ。ドヌルベイ総司令はノイシュ将軍とともに南南東へ。総勢十万。カリンガ将軍率いる第四軍二万余は南西へ。三将軍いずれも、黄金の戦装束をまとい、戦車(チャリオット)に乗っている。第四軍の後方に、黒備えの三千人ほどの部隊がつき従っている。その先頭に、顔の上半分を仮面で隠した、灰色の髪の騎士の姿。


□城砦都市カンラ・中央大路
昼間。きらびやかな馬車を連ねた一団が街門をくぐり、大路から領主の館へ、粛々と進んでゆく。馬車の左右には護衛らしき騎兵が五人ずつ。いずれも銀の戦装束をまとい、槍を鞍にかけている。大路の左右には鉄の戦装束をまとう領兵隊の歩兵が一定間隔で警備に立ち、街の庶民たちは、その外側から馬車の行列を見物している。

街人A「あれあれ、あの真ん中のが、王宮のご使者のお車だって」
街人B「王女殿下のは?」
街人C「その後ろの、大きな紋章がついてるのだよ」
領兵A「ああほら、入ってきちゃダメ。さがってさがって」
街人B「王女殿下って、どんな方なの?」
街人D「そりゃあもう、大変お美しい御方らしいよ」
街人C「あ、いま窓からチラッと見えた」
街人A「おおっ、ほんとだー」
領兵B「だから下がりなさいって!」


□城砦都市カンラ・領主の館の前

領主の館の前で、馬車が一斉に停まる。まず前後から吏員たちが馬車を降りて中央の馬車二台を囲み、客車の扉を開く。
一台からは二人の中年貴族が、吏員らに助け起こされながら、なよなよと降り立つ。監察正使・大行令ブラン子爵と、監察副使・御史オドア男爵。
最後に、いま一台の馬車より、吏員に手を預けつつ降り立つ、青いドレス姿の美少女。
館の玄関前には領主メンティス辺境伯、その娘ネリル、メンティス家の従僕らが整列して出迎えている。

メンティス辺境伯「遠いところをようこそ。領主のメンティスです」
ブラン子爵「これはこれは、メンティスどの。いつぞや王都での祝宴でお会いして以来ですな」
メンティス辺境伯「子爵もご壮健なようでなにより」
オドア男爵「オドアと申します。しばらくご厄介になります」
メンティス辺境伯「なんの、田舎のこととて、たいしたお構いもできませぬが、歓迎いたしますぞ」
エレオノール「本当に田舎ですね」

一堂、凍りつく。

エレオノール「でも、このお館には風情を感じます。歴史がありそうですね」
メンティス辺境伯「え、ええ……王女殿下。わが先祖が、三百年ほど前に建てたものでして」
エレオノール「それはそれは! さぞ珍しいお宝がありそう! 辺境伯さま、あとでお館の中をご案内いただけますか?」
メンティス「は……承知しました」
メリル「相変わらずですね……殿下は」
エレオノール「ネリル! ずいぶん背が伸びましたね!」
ネリル「ええ。お久しぶりです、エレオノール殿下」
エレオノール「なにを水くさいことを。昔のように、エレンと呼んでください」
ネリル「そうですか? では……エレン。お館の案内は私がいたしましょう。殿方の皆様には、お仕事がおありでしょうから」
エレオノール「ええ、ええ! そうして貰えると嬉しい! さっさっ、参りましょ!」

エレオノール、ネリルの手を引いて館の玄関へ。ネリル、慌ててエレオノールについていく。

メンティス辺境伯「自由すぎる……」


□領主の館・応接の間
ささやかな飾りつけと調度に彩られた広い室内。
メンティス辺境伯と監察使二人が面談。上階のほうからはエレオノールの嬌声が聞こえてくる。

メンティス辺境伯「さて……、お二方。仔細はすでに書状にて伺っておりますが、具体的な査察の場所や順序などはお決まりですかな」
ブラン子爵「ようは、このご領内において出没したという盗賊に関わる案件。その詳細と、ご領内の現状とを検分することが、我らに下された勅命です。案内などは不要ですが、混乱を避けるため、各所に先触れを出していただきたい」
オドア男爵「具体的には、こちらの政庁と、各種の民間組合の本部ですな。それらの各部署の監査と聞き取り調査を実施させていただきますので、そのおつもりで」
メンティス辺境伯「承知しました。それで、領兵隊と傭兵団については」

ブラン子爵、あからさまに眉をひそめる。

ブラン子爵「そのようなものもありましたな。一応、監査対象には含まれるとのことでしたが」

オドア男爵、大袈裟に首を振ってみせる。

オドア男爵「そこを調べる必要が本当にありますかな」
メンティス辺境伯「実際に盗賊を討伐し、証拠品を回収したのは傭兵団です。また領兵隊も、しばしば盗賊と交戦しております。彼らから直接、聞き取りを行わねば、そのあたりの事情は把握できますまい」
ブラン子爵「むむ、なるほど……。では、吏員を何人か割いて、それらに向かわせましょう」
オドア男爵「ああ、それがようございますな。野蛮人の吹き溜まりに、何も我らが直接出向くにはあたらぬでしょう」

メンティス辺境伯、こっそり溜息をつく。

辺境伯内心(王都の貴族は偏見持ちの馬鹿揃いと、かねて聞いてはいたが。文尊武卑……か。イスタスもさぞ苦労していることだろうな)


□傭兵団の砦・稽古場
大勢の傭兵たちが見物するなか、レノクスとマクダフが皮の防具を身につけ、木剣で打ち合っている。

レノクス「やぁッ!」
マクダフ「うおっとぉ!」
レノクス「よけられた?」
マクダフ「まだまだ!」
レノクス「なんのっ!」

両者まったく互角。お互い何度も打ち込むものの、剣先をかわし、受け止め、いなし、突き放し、どちらも決定打を与えることができない。

レノクス「たぁ!」
マクダフ「そりゃっ!」

両者の木剣が打ち合わされ、同時にへし折れる。

レノクス「おー……」
マクダフ「まいったな、こりゃ」
レノクス「引き分け、ですか?」
マクダフ「おう。見事だったぜ、レノ。まさか、こんなに早く追いつかれちまうとはなァ」
レノクス「ありがとうございました!」

レノクス、ぺこりと頭を下げる。
見物の傭兵たち、どっと歓声をあげる。


□傭兵の砦・洗い場

井戸端で水を浴びるレノとカラハたち。

レノクス「ふぅっ!」

身体を拭くレノ。少し離れたところで、メルンがタライの前にしゃがみ込みながらレノをじっと見ている。

スデルト「見てたぜー。やっぱすっげーなレノは」
エンギ「どっちも剣先が全然見えなかったもんな」
レノクス「いやー、でも身体中が痛いですよ。マクダフさんの剣、とにかく重くて。受け止めるのがやっとって感じで」
カラハ「受け止められるだけでも普通じゃないよ? レノはほんと、遠くに行っちゃったなぁ」
スデルト「まったくだよ」
メッカ「なあ、今夜は辺境亭いかないか? 前から行ってみたかったんだけどさ」
レノクス「いいですけど、あそこ、ここの食堂よりちょっと高いですよ?」
カラハ「エンギたちも正式登録したしね。たまには外で食べるのもいいんじゃないかな」
エンギ「俺たちはカラハのオマケっていうか、ついでにオマエラもやっとけ、って感じで副団長にいわれたからだけどな。初陣もまだだし」
スデルト「でも、正式に傭兵になったってのに、洗い場は相変わらず、ここなんだな。先輩たちはちゃんとした風呂入ってて、服もキレイなお姉さんたちが洗濯してくれるのにさ」
カラハ「それはしょうがないよ。俺たち、まだまだそういうのは早いって思われてるだろうし。だいいち、おカネがさ……」
メルン「アンタら、アタシの洗濯に不満でもあるんかー! タダでやってあげてんだぞー!」
エンギ「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
メッカ「メルンもさ、レノの尻ばっか見てんなよなー」
メルン「ムコのお尻みて悪いかー」
レノクス「勘弁してよメルンちゃん……」


□城砦都市カンラ・辺境亭

店内はほぼ満席。隅のテーブル席にレノクスたち五人。テーブルの上には皿に盛られた串焼き肉がどっさり。

スデルト「肉、うめぇー!」
メッカ「おまえそればっかだな」
スデルト「だってよー」
カラハ「他にも何か頼もうか?」
レノクス「スープが欲しいですね」
エンギ「おばちゃん、鶏のスープ五つねー!」

周囲ではカンラの町人らが酒を飲みながら噂話に興じている。

町人A「王都のご使者っていうからよ、何があるのかと思ったらよ」
町人B「ああ、うちの組合にも来たぜ。帳簿を見せろとか、最近変わったことはないかとかさ」
町人A「街の外のことなんざ知るかって。うちは乾物屋の集まりなんだぜ」
町人C「税金のことで、しつっこく聞かれたけどさぁ」
町人D「あの人たち、何を調べに来たのやら、さっぱりわからん」
町人A「ああ、でも、やっぱり王宮の貴族さまってのはお上品だねえ」
町人C「王女さまは見たかい?」
町人E「見た見た! ふわっふわのドレスで、まあなんてお可愛いらしいんだろうね! 領主さまのお館の近くで、ネリルお嬢様と仲良く歩いてらしたよ!」

レノクス、首をかしげる。

レノクス「王女様?」
カラハ「ああ、レノは知らなかったっけ。いま、この街に第三王女のエレオノール殿下が来てるんだよ」
エンギ「すっげー美人らしいよー、俺もまだ見たことないけどさ」
レノクス「へえー……どんな人なんだろう」


□傭兵の砦
早朝。遠景。街側の出入口前に、王家の紋章付きの馬車が停まっている。


□傭兵の砦・街側出入口前
マクダフとレノクス、連れだって出入口から姿をあらわす。

マクダフ「今日は街道の巡回警備だからな。道順を覚えろよ?」
レノクス「はい。でもマクダフさん、副団長でしょ? 偉い人なのに、そんな地味な仕事もやるんですか」
マクダフ「偉くなんかねえよ。肩書きなんざ、ただの飾りさ。ダヤンの野郎がな、ゴロツキどもをまとめていくにゃ、そういうハッタリが不可欠だとかってなァ」
レノクス「そういうものなんですか」
マクダフ「だから、普段はただの傭兵としてだな……ん?」

二人が出入口を出たところで、立ちふさがる一団。

エレオノール「マクダフ様! やっと会えましたね!」

馬車と吏員らの列を背にして、朝陽の下、青いドレスを着て颯爽と仁王立ちポーズのエレオノール。途端にマクダフの顔がひきつる。

マクダフ「げっ、とうとう来やがった……!」

レノクスはキョトンとしている。なぜか得意気なエレオノール。

エレオノール「ふふん。辺境伯さまからうかがったのです。ここに貴方がおられると。私も驚きました。まさか、ずっと探していたお方が、こんな辺鄙な田舎にいらっしゃるなんて」
マクダフ「……殿下のお目当ては、自分ではありますまいに」
エレオノール「ええ、まあ、その通りですけど」
レノクス「あのー……この人は」
マクダフ「畏れ多くも勿体なくも、わがシージュ王国の第三王女、エレオノール殿下であらせられる」

マクダフ、嘆息とともに告げる。レノクス大いに驚く。

レノクス「ええっ、この人が!」

エレオノール、レノクスに厳しい視線を向ける。

エレオノール「そこの赤目」
レノクス「えっ……?」
エレオノール「無礼な。なぜ、履物を脱いで拝伏しないのです」
レノクス「え? どういうことですか」
エレオノール「古来、わが国において、赤目の者が王侯貴族に謁するときは、必ず履物を脱いで平伏するのが慣わしです。その間、決して顔を上げず、その赤い目を見せないのが王侯貴族に取るべき正しい作法です」
レノクス「そうなんですか?」
マクノフ「大昔はそうだったらしいがな。百年以上も前の慣わしで、とっくにその手のサビネア差別は法によって全廃されてる。従う義務はない」
エレオノール「マクダフ様。法がどうであろうと、慣わしというものは、そう簡単に消えはしません」
マクダフ「個人の感情にすぎぬものを、廃れきった慣わしなど引き合いに出して正当化なさるのは、感心しませんな」
エレオノール「余計なお世話です! そこの赤目、ただちに平伏しなさい!」
レノクス「しませんよ?」
エレオノール「平民の分際で、私の指図に逆らうと?」
レノクス「はい。ボクは奴隷ではありませんので。礼儀を正せということなら、まず普通の作法を教えてください」

レノクスの目付きが少々険しくなる。
エレオノールとレノクス、しばし睨みあい。マクダフは不敵に微笑んでいる。随行の吏員たちは、無表情のまま見ているだけで、いっこう動こうとはしない。

マクダフ「もうよろしいでしょう、殿下」

マクダフが鋭い眼光をエレオノールに向ける。

マクダフ「ここは王都から遠く離れた辺境領。王宮の威光が無条件に通じる土地ではないことをご理解いただきたい。まして、王族の権威をかさに着て、無辜のサビネアに理不尽な慣習を強いるなど、傍目にどのように映りますかな」
エレオノール「将軍だった頃ならともかく、田舎の傭兵風情にまで落ちぶれた今の貴方から、そんなお説教など聞きたくありません」
マクダフ「自分がこうなったのは、もとはといえば殿下が原因なのですがね?」
エレオノール「……そんなにお嫌いですか。私が」
マクダフ「幸せになっていただきたいと願っておりますよ。なるべく遠いところで」
エレオノール「私、諦めませんよ?」
マクダフ「いいかげん諦めてくださいませんかね」
エレオノール「いいえ、諦めません。ですが、今日は旗色が悪いですね。退散しましょう。そこの赤目」

レノクス、さらに目元が険しくなる。エレオノールも負けじと睨み返す。

エレオノール「今度だけはマクダフ様に免じて見逃してあげます。ですが、次はありませんよ」

エレオノール、さっさと馬車に乗り込む。馬車は随行の吏員を引き連れて、粛々と去っていく。

レノクス「なんだったの……」
マクダフ「やれやれ、行ったか。レノ、気にすんなよ?」
レノクス「はあ。なんだか、すごい人でしたね……というか、マクダフさん、将軍って……」
マクダフ「ああ。俺も昔は王都にいてな。いろいろあったんだよ。あの王女殿下の偏った趣味のおかげで、随分苦労させられたものさ」
レノクス「趣味?」

マクダフ、懐中から黄金のA級戦具を取り出す。

マクダフ「王女殿下は、俺が王都にいた頃、ずーっとこいつを狙ってやがったのさ。どうしても寄越せ、譲れって、本ッ当にしつっこくてな。しかも、まだ諦めてないとは」

レノクス、首をかしげる。

レノクス「は?」


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