炎血のレノクス

雨樹義和

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ACT04:「今のあいつは、無敵ってことさ」

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□傭兵団の砦・望楼
昼間。砦の最上部の屋上。見張り役の傭兵二人が、北の平野をぼんやり眺めながら会話している。

傭兵A「ゆうべ、どこいた?」
傭兵B「デビのとこだよ。また振られたっていうから」
傭兵A「懲りんなあ。それでヤケ酒?」
傭兵B「ああ。あいつ、まだ寝てら。おまえはどうしてたんだよ」
傭兵A「レノクスっているだろ。見習いの」
傭兵B「あれがどうした」
傭兵A「マクダフの旦那がよ、あれをもうすぐ見習いから正式登録にするって言っててよ」
傭兵B「ああ? まだ一月ちょっとだぞ? 早すぎるだろ」
傭兵A「俺もそう思って、旦那に言ったんだよ。そしたら、実力を見てみろとかなんとかいわれて、馬上試合をやる羽目になってよ。旦那が立ち会い人で、得物は槍でな」
傭兵B「ほう。それでどうなった?」
傭兵A「負けた。俺が」
傭兵B「マジかよ?」
傭兵A「それも、一撃でぶっ飛ばされた。おかげで、まだこのへんが痛くってよ」
傭兵B「そりゃ災難だったな……あのガキ、そんな強えのか。全然そんなふうに見えねえけど」
傭兵A「マクダフの旦那がいうにはな。うちに来る前、大男四人を相手に、一人で互角に渡り合ってたんだと。それも素手で」
傭兵B「なんだそりゃバケモンか」
傭兵A「だから、うちに連れて来たってわけだ。マクダフの旦那も人が悪ぃ。そうならそうとハナっから……ん?」
傭兵B「どうした?」
傭兵A「なんか、来るぞ」
傭兵B「ほんとだ。まだ遠いが、結構な……」
傭兵A「あの土煙、馬車が横に並んで……やる気満々じゃねえか」


□傭兵団の砦・医務室

狭い保健室。レノクスが椅子に座って、採血を受けている。腕に小さな針を刺し、そこから小皿に血を採っている。レノクスの背中に、ワンピース姿のメルンが楽しそうにおぶさっている。錬金術士のエランドは白衣姿の三十代の熟女。
採血を終えると、エランドが傷跡に軟膏を塗る。

エランド「はい、おしまい。もう血は止まってるし、すぐに傷跡もふさがるからね」
レノクス「これでボクの血液型というのを調べるんでしたっけ」
エランド「人によって違うものだからね。もしキミがどこかで大怪我して大量出血でもしたら、血液製剤というものを身体に入れなきゃいけない。そのときのために、キミの血液型を知っておかなきゃならないわけ」
レノクス「はあ。わかるような、わからないような……メルンちゃん、そろそろ降りてくれないかなぁ」
メルン「やだよー。レノの背中は、アタシんだから」
レノクス「洗い場は?」
メルン「まだ時間あるもん」
エランド「いやぁ、大変だねぇキミ」
レノクス「笑い事じゃないですって……」

レノクス、医務室を出る。廊下を傭兵たちが物々しく駆けて行く。カラハが通りかかる。

カラハ「ああ、レノ、ここにいたんだ」
レノクス「どうしました? なんか慌しいですが」
カラハ「詳しい説明はあとで。マクダフ副団長が呼んでるよ。すぐ階段のほうに行って」
レノクス「はい!」


傭兵団の砦・階段前

マクダフ「お、来たな。……って、なんだそりゃ」
レノクス「なんだといわれましても。降りてくれないんですよ」
メルン「レノはアタシのー!」
マクダフ「わかったわかった。実はな、レノ。いまちょうど、北の平原から、怪しい集団がこっちに向かって来てる」
レノクス「怪しい集団……ですか?」
マクダフ「壁向こうの平原は、実質、無法地帯だからな。前から時々、強引に壁を越えようとして、一斉に突っ込んで来るアホどもが出没するんだよ。たいてい、北から脱走してきた兵隊崩れや罪人の群れだが、下手に壁を突破させちまうと、集団で何をやらかすかわからん」
レノクス「ようするに、盗賊ですね」
マクダフ「そう考えて間違いない。それでだ。おまえ、ぼちぼち実戦に出てみる気はないか」
レノクス「ボクまだ見習いですけど」
マクダフ「後ろのほうにいて、実戦の空気を感じるだけでも、いい経験になるぞ。今後、おまえが正式な傭兵としてやっていくなら、こういうのは早めに経験しといたほうがいい。クーガーに話を付けておいたから、あいつのケツに付いていけばいい」
レノクス「なるほど。そういうことでしたら。わかりました」
マクダフ「よし。馬は、昨日の試合で使ったのをそのまま使え。玄関のほうにカラハが馬を引いてきてるはずだ。武器もな」
レノクス「いいんですか? たしかそういうの、自腹って」
マクダフ「なーに、出世払いでいいさ。それと、こいつも持ってけ」

マクダフ、何かをレノクスに放り投げる。レノクス慌てて受け止める。

レノクス「わっ、と。あ……これって」

レノクスの手に、鈍く光る鉄の戦具。

マクダフ「正式な貸与はまた後日になるがな。もちろん、無事に生きて帰ってこれたら、の話だ。使ってみな」
レクノス「は、はい。あー、そういうことだから、メルンちゃん、そろそろ降りてくれるかな?」
メルン「しょーがないなー。明日また乗るからね!」
レクノス「はいはい……」

レクノス、メルンを降ろす。鉄の戦具を右腕に嵌める。
白くまばゆい光が戦具から溢れ出し、レノクスの全身を包み込む。
ドクン! と、レノクスの心臓にひときわ大きな鼓動。同時に、どこからか呼びかける声を聞く。

レノクス内心(呼んでる? ボクを? 誰が?)

光が消え去り、レノクスの全身を暗灰色の、やや地味ながら頑丈そうなプレートアーマーが覆っている。
レノクス、きょとんとした顔で自分の手を見る。

マクダフ「そいつがC級、鉄の戦装束だ。どうだ、着心地は」
レノクス「おー……なんか、すごい、体中に力が……それに、全然重さを感じませんね」
マクダフ「錬金術の勝利ってとこだな。生身の二倍くらいの力が出るからな。力加減には気をつけろよ」
メルン「おお、すっごーい! レノ、かっこいい! 絶対アタシのムコにするかんね!」

メルン大興奮。マクダフ苦笑しながらメルンの頭を撫でる。

マクダフ「だとさ。ほれ、行ってこい!」
レノクス「はい、行ってきます!」

レノクス、踵を返して廊下の向こうへ駆け去っていく。その後ろ姿を見送りつつ、マクダフがメルンに言う。

マクダフ「メルン、レノのどこに惚れた?」
メルン「お尻がきゅっとしてた」
マクダフ「おまえも大概だな」


□傭兵団の砦・北門
砦の北側、平原に面した出入口。砦の周囲には濠がめぐらしてあり、吊橋から続々と完全武装の傭兵たちが騎乗して姿を現す。そのなかにレノクスの姿もある。鉄の戦装束をまとい、矢筒を負って半月弓を鞍にかけ、頑丈そうな鉄槍をかいこんでいる。砦の西のほうにカンラ城砦へ直接通じる巨大な関門が見えているが、鋼鉄の両扉はしっかり閉ざされている。関門の前にも五十人ほどの歩兵が整列し、辺境伯領軍の旗を掲げて待機している。
傭兵の隊長クラス四人はB級、銀の戦装束。それ以外は全員C級の戦装束をまとっている。

クーガー「おい。見習いのレノクスって、おまえだよな」
レノクス「はい。ボクがレノクスです」
クーガー「四番隊長のクーガーだ。話は聞いてるよな?」
レノクス「ええ、マクダフさんから」
クーガー「なんか頼りねえな。赤目だから、誰だかわかりやすいのはいいけどよ」
レノクス「よろしくお願いします」
クーガー「おう、あまり気負うなよ。初陣だしな。俺らのケツについてればいい」
レノクス「はい!」

やがて傭兵隊が砦の前に整列。総勢三百余。全員が騎馬兵で、平原側を向いている。先頭の一騎、一番隊長ルインが、くるりと向き直り、声をはりあげる。

ルイン「聞け、諸君。敵集団の素性や総勢はまだ不明だが、報告では馬車が十以上、それに騎影が四、五十。南東に向けて進行中だ。おそらく、壁が最も低いところを目掛けてくるだろう。一番から三番までの各隊は壁沿いに東へ進み、敵が壁に取り付く前に、側面から仕掛ける。四番隊は砦の前面を固めろ。かかれッ!」

傭兵の騎兵隊が一斉に動く。三つの集団、総勢二百五十余騎が、やや雑然と隊列を組み、馬煙をあげて東へと離れていく。その場に残ったのは五十騎ほど。レノクスを含む四番隊。

クーガー「よし、散開。小隊ごとにかたまって、次の指示を待て」

五十騎は列を解き、これも雑然と砦の前に散らばってゆく。

クーガー「レノクス、おまえはこっちにいろ。まず何事もないとは思うが、待機も仕事のうちだからな。一応、気は抜くな」
レノクス「わかりました。それにしても……」
クーガー「なんだ?」
レノクス「向こうの集団の素性って、まだわからないんですよね? だったら、敵じゃない可能性もあるんじゃ」
クーガー「あのな。あれがただの難民とかで、まっとうな方法で壁を越えたいのなら、まずは白旗でも掲げて、どうか関門を通してくださいって言ってくるのが筋じゃないか?」

クーガー、関門のほうへ顔を向ける。相変わらず五十人の歩兵隊が整列したまま動いていない。

レノクス「じゃあ、それをしないってことは」
クーガー「問答無用ってこった」


□平原・東壁沿い

馬車十数台を横に並べ、その前後を騎兵が守るという態勢で壁に向かって進む一団。馬車には、いかにも無法者という態の男たちが弓を抱えて座り込んでいる。その横合いへ、傭兵の騎兵隊が土煙をあげて迫ってゆく。
馬車の男たちが立ち上がり、一斉に矢を射かけはじめる。同時に、前後の騎兵が馬車を離れ、傭兵隊のほうへ向かっていく。馬車は方向を変えず前進。
一番隊長ルイン、槍を前方に掲げる。傭兵隊、敵の矢が降り注ぐなかを、さっと散開しつつ敵めがけ突進してゆく。

ルイン「行け、諸君!」

号令一下、傭兵隊が槍をかざして敵騎兵と激突する。本格的な戦闘開始。

ルイン「ロゴス! ジガン! こいつらの相手は任せろ! 車を潰しに行け!」
二番隊長ロゴス「おう!」
三番隊長ジガン「続け!」

ロゴスとジガン、手勢を率いて馬車を追撃する。馬車の隊列、ゆっくりと向きを変えて、ロゴスとジガンのほうへ向かってくる。猛烈な矢うなりが二人の手勢めがけ射ち込まれる。
ロゴスとジガン、槍を構えて手勢とともに馬車の陣列に突っ込む。複数の馬車が馬を突かれてひっくり返り、その左右へ敵兵が投げ出される。しかし十台以上の馬車が強引にロゴスとジガンの列を突破し、ルインの一番隊の後背めがけて突進していく。

ジガン「何だってんだ!」
ロゴス「あいつら、最初からそのつもりで!」

二人、手勢を率いて慌てて追撃。ルインらが騎兵同士で戦っているところへ馬車が突っ込み、さらにそれへジガンとロゴスが追いすがり、混戦状態となる。馬車に乗っていた敵兵は地上に降り、槍や剣を振るって抵抗する。

ジガン「ふん! たいしたこたぁねえな!」
ロゴス「戦具も無いような奴らじゃな!」

全体として傭兵側優勢。
ルインのもとに、傭兵の一人が馬を寄せて報告する。

傭兵D「北のほうに、また馬煙が!」
ルイン「なに!」

ルイン、眼前の敵兵を突き倒しながら、北へ顔を向ける。

ルイン「後続? それとも別の集団か?」


□傭兵団の砦・北門前

砦から一人、傭兵が駆け出してきてクーガーに告げる。

クーガー「新手だあ?」
傭兵E「望楼から言ってきたんでさ。向かってる方角は南西だそうで」
クーガー「てことは、最初の連中とは逆に、西のほうの壁を抜こうってのか。数は」
傭兵E「少なく見積もっても馬車が二十以上、騎影は百以上」
クーガー「なんてこった。ルインたちでは間に合わんぞ。俺らが出るしかない」

傭兵隊、ざわつく。

クーガー「おまえら、喜べ! てッきりここで待機かと思ったら、大仕事が転がって来やがった。こりゃいい稼ぎになるぞ!」

傭兵隊、歓喜の叫びを上げる。

レノクス「ああ、そっか……傭兵って、そういうことなんだよね」
クーガー「レノクス。俺たちは新手を潰しに行くが、オマエはどうする。見習いといっても傭兵だ。自分のことは自分で決めろ。無理にとはいわんぞ。命を大事にするのも」
レノクス「ボクもいきます」
クーガー「即答かい!」
レノクス「この馬や武器のぶん、借金なんです。早めに稼いでおきたいんですよ」
クーガー「わはははは! そうか! なら、しっかり稼げ!」
傭兵L「見えてきましたぜ! 新手が!」
クーガー「よぅし! 全員、続けぇ!」

クーガー、馬首を翻し、先頭をきって北へ駆け出す。四番隊五十余騎、全員クーガーの後に続く。


□平原・西壁沿い

クーガーたちの行手に、土煙の彼方、馬車と騎影の大群が見えてくる。

クーガー「追いついたぞ! それ、突っ込め!」

クーガーが大剣をさしあげ振りおろす。傭兵隊、まっしぐらに突進。敵車からは矢うなりが降り注いでくる。何人かが射抜かれ倒れる。

クーガー「くそッ! 数が多い! レノクス! おまえは後から来い!」
レノクス「はい!」

クーガー、矢の雨をかいくぐりながら、手勢とともに槍をひっさげ突き進む。たちまち互いの剣槍が火花を散らし、刃鳴り、喚声、馬蹄の響き、閃々と舞う刃と刃、敵味方は揉みあい、ぶつかりあいながら戦塵の彼方へ影を没してゆく。乱戦気味だが、傭兵側、思わぬ苦戦。

傭兵M「くそうッ! こいつら、戦装束を!」
傭兵N「兵隊崩れかッ!」

敵騎兵のなかに、鉄の戦装束をまとう者多数。

クーガー「怯むな! C級なら条件はおまえらと同じだろうが!」
傭兵O「数が違いすぎますぜ! いくら隊長がB級でも!」
クーガー「ええい! おおいレノクス! おまえだけでも今すぐ引っ返せ!」

レノクス、やや後方でクーガーの呼びかけを聞き、無言でぐっと槍を握り締める。


傭兵団の砦・階段
マクダフとメルンが階段に並んで腰掛けている。

メルン「なー、マクー」
マクダフ「なんだ」
メルン「レノ、無事に帰ってこられるかな」
マクダフ「心配いらん。レノは強いぞ」
メルン「そうなん?」
マクダフ「戦具ってのはな。もとが強ければ強いほど、それだけ恩恵も大きくなる」
メルン「んー?」
マクダフ「ようするにだ」

マクダフ、のっそりと立ち上がる。

マクダフ「今のあいつは、無敵ってことさ」


□平原・西壁沿い
戦況は傭兵側にきわめて不利。次々と傭兵たちが打ち倒されていく。
レノクス、眦を決し、手綱を握って突進。槍を繰り出し、クーガーを囲んでいた敵兵二人を瞬時に突き殺す。

クーガー「え?」
レノクス「いきます!」

レノクス、クーガーの脇を疾風のごとく駆け抜け、目にもとまらぬ速さで敵兵を槍先にかけ、次から次へと突き落としていく。

レノクス「遅い!」

敵兵らが槍をあわせようとしてくるが、レノクスの槍先が雷光のように閃くたび、ばたばた敵兵が倒れてゆく。
やや離れた位置から敵の馬車が矢を射かけてくる。レノクスはそれらを槍先で薙ぎ払いながら突進し、御者を突き殺し、馬を横から体当たりさせて馬車をひっくり返す。

クーガー「おう……なんだ。どうなってる。どういうことだ」

呆然と呟くクーガー。レノクスはさらに速度を上げて敵中深く躍り込み、右へ左へ槍を繰り出し、屍山血河を築きながら前進する。

レノクス「当たらない!」

たまらず槍を投げてくる敵兵、それを槍の一振りで払い落とし、そのまま敵兵の胸元を突き通す。
四方からレノクスを取り囲んで槍先を向けてくる敵兵。レノクスは敵刃をかいくぐりつつ、槍を棒のように振るって、それらを軽々と薙ぎ払う。
突進してくる敵馬車。レノクスは手綱を引いて馬車の横につき、すれ違いざま、荷台の上の弓兵らを槍で突き倒す。
レノクスの奮迅で状況は一気に逆転。敵は乱れたち、動揺している。レノクスはさながら暴風のように駆け回り、さらに敵騎兵を蹴散らしていく。一部の馬車が混乱から抜け出し、強引に南へ突き抜けようとする。

レノクス「行かせない!」

レノクス、槍を放り出して弓を手に取るや、馬上から矢を番え、敵馬車へ射掛けはじめる。四本の矢は馬車四台の御者それぞれの首筋に突き立ち、四台の馬車はあらぬ方向に進んで、やがて横転した。馬車から投げ出された敵兵らにも容赦なくレノクスの矢が突き立っていく。
レノクスが弓を鞍にかけ、ふと周囲を見渡すと、もはや動く敵影はなく、呆然とたたずむ味方の傭兵たちと、累々と折り重なる敵兵の死屍。

レノクス「あれ、全部倒した……のかな」

クーガーがレノクスのもとに駆け寄ってくる。

クーガー「おまえ……」
レノクス「すいません、引き返せといわれたのに、つい」
クーガー「馬鹿野郎。あやまるやつがあるか。おまえ、自分が何をやらかしたか、わかってるか?」
レノクス「え……その」

生き残った四番隊の傭兵三十人、一斉にレノクスのもとへ集まってくる。

傭兵O「やったな、おい! なんて強さだよ!」
傭兵P「勝った! 勝ったぞぉ!」
傭兵Q「助かったぁー! オマエのおかげだぜ!」

レノクスを囲んで、歓喜に沸き返る傭兵たち。

クーガー「まったく、ただの見習いのガキだと思ったら、とんでもねえ。たいしたもんだよ、おまえは!」

クーガー、レノクスの背中をばんっと叩き、豪快に笑う。感謝と賞賛の声を一身に浴びて、レノクスは照れくさそうに微笑む。そんなレノクスの横顔を、夕陽が赤く照らしている。


□傭兵団の砦
夜。砦の全景。遠くに銀月が冴えざえ輝いている。


□傭兵団の砦・団長室

マクダフ「思いのほか、戦死者が出ちまったな」
ダヤン団長「西に向かってた新手の戦力は、四番隊の倍以上。おまけに半数近くがC級持ちだったって話だからな。クーガーが戦具を三十八個も回収してきたのを見るまで、ワシも信じられんかったよ。全滅しなかっただけでも幸いというべきだろう」
マクダフ「レノがいなきゃ、本当に全滅してたかもな」
ダヤン団長「それだよ。あのクーガーがたまげるほどの活躍だったそうじゃないか。なあ、マクダフ。いったい何者なんだ。あの子は」


□傭兵団の砦・食堂

傭兵たちが大宴会中。

クーガー「おおぅ、飲め飲め! 遠慮すんな、俺の奢りだぁ!」
傭兵Q「さっすが隊長、太っ腹ァ!」
傭兵P「エールくれー、エール!」
ジガン「いやいや、俺にも奢らせろ!」
ルイン「今回の件は、私の判断ミスだ。私にも奢らせてほしい」
ロゴス「俺は奢らねーぞ。今日はいまいち稼げなかったからよ」
クーガー「こまけェことはいいんだよ! ほれほれ、ついでやっから!」
ルイン「あ、すまない」
クーガー「レノ! おまえもどんどん食えよ! 今日はおまえが主役だ!」
レノクス「ありがとうございます」
カラハ「レノの活躍、俺も見てみたかったな」
スデルト「肉! うめぇー!」
メッカ「俺らが普段食ってるのと全然違うじゃん! ずりぃよこれ!」
ヤミィ「アンタら見習いのはタダメシだからね。ここの馬鹿どもは、いつもきちんとカネ払って食いに来てるんだから、違うのは当たり前さ」
エンギ「旨い肉が食いたきゃ、早く一人前になれってことかぁ」
ヤミィ「レノ、随分活躍したってねぇ。お姉さんがご褒美あげちゃおっかー」
傭兵I「おおい、ヤミィ、そりゃねえよぉ」
傭兵J「おい、赤目の。あんま調子乗んじゃねえぞ? ヤミィはおれらの……」
ヤミィ「おれらの、なんだってぇ?」
傭兵J「いやーなんでもないです……」
傭兵K「俺も見てたぜ、おまえの戦いっぷり」
レノクス「え……」
傭兵K「おまえのおかげで、俺はこうして生きて帰ってこられたんだ。恩に着るぜ」
傭兵J「だからってヤミィはやらねえぞー!」
傭兵I「てめえは黙ってろ!」
傭兵K「おまえ、正式登録するんだろ?」
レノクス「はい。そのつもりです。マクダフさんからは、明日にでも手続きするって」
傭兵K「なら、これからは同僚ってことになるな。よろしく頼むぜ? レノ」
レノクス「はい、こちらこそ!」


□傭兵団の砦・団長室


マクダフ「レノが何者かはわからんが、見た目の割には理性的で、感情もある程度制御できている。読み書きや計算もひと通りこなす。かなり高度な教育を受けてきたようだ。おまけに肉体的にも常人離れしてる。で、エランドにレノの血液を調べて貰ったんだが……エランドがいうには、レノの肉体は、錬金術によって何らかの措置を施されてる可能性が高いそうだ」
ダヤン団長「それは……禁術というやつじゃないのか?」
マクダフ「かもしれん。もっとも、レノは北の出身だし、あっちで何かあったってことだろう。それから壁を越えてきたんなら、こっちの法には抵触してないってこった」
ダヤン団長「あー……確かにそうなるな。じゃあ、このまま正式に登録させても、とくに問題はないのか」
マクダフ「ああ。あいつには、さらに強くなってもらわねえと」
ダヤン団長「まだ成長するってのか?」
マクダフ「若いんだ。むしろ、これからだろうさ」


□城砦都市カンラ・領主の館
夜。カンラの中央区画に建つ、質実剛健な石造りの居館の遠景。


□領主の館・玄関口
玄関前に一台の馬車が停まっている。客車の側面にシージュ王家の紋章が刻まれている。
屋敷から二人の男が歩み出て来る。一人は略礼服姿の壮年男性、メンティス辺境伯。いまひとりはフード付きの長衣を着た人物で、顔はよく見えない。王宮から派遣された勅使。

勅使「では、確かにお届けいたしましたぞ」
メンティス辺境伯「陛下にはよしなに」
勅使「お伝えしましょう」

勅使、馬車に乗り込む。御者が鞭をあげ、馬車はゆっくりと走り出す。


□領主の館・執務室
書物や書類が雑然と積み上げられた執務室。天井に揺れるランタン。その灯りのもと、執務卓の上に書簡を開き、ひとり渋い顔を浮かべるメンティス辺境伯。

メンティス辺境伯「悠長なことを……」

背後のドアがノックされる。

ネリル「おとうさま?」
メンティス辺境伯「ネリルか。入りなさい」

ドアが開き、金髪碧眼の少女が入ってくる。年齢十六歳、辺境伯の娘ネリル。

メンティス辺境伯「どうしたね?」
ネリル「さっき、王宮の使者の方が来られたのでしょう?」
メンティス辺境伯「もう帰られたがな。今夜はここに泊まられてはと勧めてみたが、断られてしまった」
ネリル「ここは田舎ですから。王都の方には退屈なのでしょう」
メンティス辺境伯「その田舎の領主なのだがね。私は」
ネリル「それより。王都のご使者が、なんと?」
メンティス辺境伯「別に隠すことでもない。見なさい」
ネリル「監察使……? いったい、なにを調べに?」
メンティス辺境伯「そこはどうでもいい。調べられて困ることなど、何もないからな。問題は、その一団についてくるという目付けのほうだ」
ネリル「え……エレオノール王女……? エレンが、ここにっ?」
メンティス辺境伯「おまえが王都の学校にいた頃の級友だそうだな? 私も以前、何度かお目にかかったが、あの頃はほんの小さな子供だったからな。どういう方なのだ?」
ネリル「そうですね。悪い方ではないのですけど、いささか偏った趣味がありまして」
メンティス辺境伯「ほう……?」
ネリル「古美術品や骨董品の収集に随分執着がおありで、それらが絡むと、手がつけられないほど我侭に振る舞われます。おかげで学内での評判も、あまり芳しくありませんでしたね。わたしは、なぜか気に入られていたようで、よくお茶などご一緒させていただきました。根は素直な子なんですよ」
メンティス辺境伯「骨董品か。お若いのに、変わった趣味をお持ちなのだな。……やはり、そういう血筋なのかね」
ネリル「もしここに来られるというなら、お父様も気を付けてくださらないと。わが家にも古いガラクタが多いですから、何かエレンの気を引くものがあるかもしれません」
メンティス辺境伯「それほど大層な価値のあるものは、うちにはないと思うが……ううむ。この微妙な時期に、またややこしいのが……」
ネリル「何かあったんですか?」
メンティス辺境伯「いや、たいしたことではないよ。それより、監察団を迎える準備をせねばなるまいな」
ネリル「でしたら、エレンのお相手はなるべく私が務めましょう」
メンティス辺境伯「そうだな。任せるよ」

ネリル退出。

メンティス辺境伯「王宮の連中は何を考えている……じきにここは、戦場になるかもしれんというのに」



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王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

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