狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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6章 こちら側の世界

88話 そういうキャラだっけ?

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初めて、晴柊と喧嘩をした。悪いのは自分である、ということは琳太郎もわかっていた。しかし今まで自分本位で生きてきたのである。他人に興味もなく、ただ自分が思うがままに。それが許されてきた琳太郎にとって、人に嫌われることを恐れることには滅法慣れていないのだった。


そして、晴柊がここまでヘソを曲げることも。嫉妬や独占欲をぶつけても、晴柊はそれを受け入れてくれてくれていた。それなのに、今回は違う。琳太郎には理由がわからなかった。いや、今までも我慢していただけで、積み重ねで晴柊に限界が来たのかもしれない。


どちらにせよ、怒っている理由を自分で突き止めなければ晴柊は許してくれないらしい。日下部も誰も、自分で考えろと言わんばかりに琳太郎に確信を教えることはしなかった。


晴柊はそそくさとリビングに行き、キッチンで支度をしている。「仲直りしたい」などとこの年で思うことがあるなんて、と、琳太郎は思うのだった。


琳太郎はキッチンに立つ晴柊の傍に立った。


「今から包丁使うから。」


邪魔、と言わんばかりの晴柊の視線。


「機嫌直せよ。」

「だから、謝ってくれないと許さないって。」


珍しい二人の不穏な空気を、リビングで日下部と遊馬が見守る。ヒートアップしたときに止め役がいないと、昨日の様になりかねない。


「だから謝ったじゃねえか。何でそんなヘソ曲げてるんだよ。」

「自分でわからない限り、琳太郎は一生繰り返すよ。」


あの琳太郎が晴柊にたじたじにされている。日下部は面白さと少しの焦りを感じていた。琳太郎が我慢できずに怒り散らかさなければいいのだが、と。このままだと晴柊の態度に琳太郎の方が限界がきてやれ暴力だやれ監禁だのと発展する可能性がある。


「……嫌だ。」

「え?」


琳太郎が、らしくもない言葉を言った。この場にいる全員には、まるで琳太郎が本当の子供のように見えた。晴柊も思わずご飯の準備をしていた手を止めた。


「お前に突き放されるのは、凄く嫌だ。嫌われたって思ったら仕事も手に付かないし、……なんか…」


あの琳太郎がたじたじになっている。こんなに言葉がおぼつかない姿を初めてみたかもしれないと、日下部と遊馬は思わず珍しい琳太郎をじっと見つめた。怒りに任せるでもなく脅すでもなく、あの琳太郎が、晴柊に寄り添おうとしている。


晴柊も予想外の琳太郎の態度に驚いていた。怒鳴られようと手を上げられようとも怯むつもりはない。許してやるものか、と、思っていたのだが。本当に反省していて仲直りしたいが、仲直りの仕方がわからない、と言うような琳太郎の態度に晴柊は少し絆されはじめていた。しかし、甘やかしてはダメだと琳太郎に向き合う。


「突き放されるのって嫌だよな。俺も嫌いだ。でもさ、受け入れてもらえないことが怖いからって臆病になって、自分の感情押し付けるのは、もっと駄目だと思う。」


晴柊の言葉を聞いて、琳太郎は思い当たる節があったらしい。気まずそうに視線を逸らし、晴柊の腕を掴むと、自分の方に向けさせる。2人が向かい合う形になった。

「………話、聞こうとしなくて…すまなかった。お前の話もちゃんと聞く。バイトの許可出してやれるかはわからないけど…」


いつも凛々しい琳太郎が、まるで叱られた子供の様にしゅんとしており、心なしか背中も丸い。


「うん。2人で納得するまで話し合おう。謝れて偉いな。」


晴柊はにっこりと笑顔を見せた。いつものような笑顔だった。琳太郎はまるで晴柊の冷たい態度に懲りたというように晴柊にぎゅぅっとくっついた。2人は見てはいけないものを見ている気分になるほど、今までとは考えられない琳太郎の姿に驚いていた。


晴柊はまるで母性本能が芽生えたようで、目の前の琳太郎が可愛くて仕方ないのだった。


「晴柊、もう怒るな。俺のことも無視するな。…生意気。ズルい。俺はお前にだけ弱いからって。」

「はは、ごめんごめん。ちょっと意地悪したくなったんだよ。これからも良い子にしてような、坊ちゃん。」

「揶揄うな。」

琳太郎は晴柊の頭をわしゃわしゃと撫で、腰元に腕を回すと密着する。晴柊は動けないよ、と、くすくす笑いながらもそのまま仕度を始めた。琳太郎がぴったりとくっついてくるので動きづらかったが、今だけは許してあげようとそのまま晩御飯を作ることにした。
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