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7章
108話 新居
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先代の邦彦が急逝し、実家である明楼会の屋敷の長が居なくなった。今までは先代がいたからと、琳太郎は身を置かずだったが最早そうはいかない。幹部や組員たちに任せるわけにはいかない。最も中心の拠点なのである。
通夜、葬儀、告別式を終えた後、幹部たちで琳太郎の引っ越しの件について話し合われていた。琳太郎自身が身を置くことは全員一致であった。組長なのだから、当然である。ただ、側近たちの中に引っかかっていたのは、晴柊の存在であった。遊馬や篠ケ谷は、晴柊を連れていくことに反対だった。今までの様に、自分たちの目に触れるところだけに置くという言わば厳戒態勢が解かれることになるのだ。今までの様に交代制の世話役は続行したとしても、未だ琳太郎すら認めていない幹部がうろつく屋敷に晴柊を連れていくことはあまりにリスクが高いと感じていた。晴柊自身のストレスも心配である。
晴柊は男であり、男娼だの愛人だのと噂されている。琳太郎が入れ込んでると聞いて、騙されているのでは、というデマまで。琳太郎も側近たちの心配は重々理解していた。しかし、こればかりは自分の我儘である。今よりもっと会う頻度が減ることを琳太郎は受け入れられなかったのだ。
そのため、「懇願」という形で晴柊に告げることになる。晴柊が了承してくれるかどうか。そんな不安は、晴柊のたった5文字で打ち消されることになる。
「うん、いいよ。」
あっさりと承諾する晴柊に、後ろでいた篠ケ谷が堪らず遮った。
「お前なぁ…わかってねえだろ、向こうに行くってことが、どういうことか。肩身狭いとかストレスどころじゃねえぞ。いびられて、好奇な目にも晒されて――」
「でも、琳太郎はついてきて欲しいんだろ。それなら、行かない以外の選択肢は無いな。」
晴柊は純真無垢な笑顔を見せる。そうだ、組長だけじゃない、コイツも大概だったと、篠ケ谷は思い直す。はぁっと溜息をつく篠ケ谷に、晴柊は話を続けた。
「それに、シノちゃん達が守ってくれるんでしょ。」
晴柊は、それなら安心だ~と暢気な返事を寄こす。篠ケ谷は半ばその緩さに呆れ状態である。
「お前に負担が行かないように働きかける。すぐにとは行かないかもしれないが…俺が何とかする。約束だ。」
真剣な琳太郎。晴柊はうん、と嬉しそうに頷いた。
「あっ、でも、シルバは!シルバも連れていけるんだよな!?」
「勿論。寧ろ、今より伸び伸びするだろうよ。」
ご飯を食べ終わり水をぺろぺろと飲んでいたシルバだけが、これからの環境が一変することに気付いていなかった。
♦
「あーもうシルバ、ステイ!」
広く、手入れが行き届いた日本庭園。まるで外界からシャットアウトするような、いや、何かから守るように蔓延る、この敷地を囲うように建てられた門。絵に描いたような、「ヤクザの家」だと、今にでも遊びたいと走り出しそうなシルバを必死にリードで制止しながら晴柊は縁側を歩きながら思うのだった。
「それから…ここがお前の部屋になる。お前と俺の、か。」
先導していた琳太郎が、一室の襖を開けた。そこには10畳ほどの和室。高そうな掛け軸と、背の低い机、立派なテレビが壁に掛けられていた。元々、私物が無い晴柊である。荷物を運び入れたとて、遊馬と楽しむ西洋美術の本と琳太郎が買い与えた服くらいしかないのだった。琳太郎の部屋は別であるらしい。晴柊と琳太郎の共同の寝室も、また別である。この屋敷にはいくつ部屋があるのだと晴柊は頭を巡らせた。
「なんか、旅行来た気分。」
くすくす笑う晴柊に、付き人をしていた篠ケ谷が水を差す。
「お前、前も言ったがな、暫くは気緩めるんじゃねえぞ。ここには俺たち以外の幹部がゴロゴロいんだ。俺たちの仲間内だからといって、お前のこと良く思ってない連中だ。もっと気引き締めて――」
「はいはーい!わかったって!それに、邪魔者扱いは慣れっこだ。」
基本、この共同スペースからむやみやたらに出ないこと。琳太郎は晴柊に言いつけた。しかし、風呂やトイレ、食事の準備など、シルバの世話に散歩を考えればまあ無茶な難題である。危なっかしい晴柊のことだから、うろちょろするに違いないというのは全員の見解の一致であった。
「俺たちの居住スペースには立ち入らないようにと口うるさく言ってある。まあ、お前も用心することには越したことは無いって話だ。」
琳太郎は晴柊の頭をひと撫でする。晴柊にとっては、ここでの生活がマンション生活より苦しかろうが何だろうが、問題なかった。琳太郎の傍にいられるのなら、なんだっていい。まるで欲の無い晴柊の、唯一の欲深さが琳太郎相手なのだから。
「それに、今まで以上にここでの仕事が多くなる。ここが今までの事務所の様な役割を果たすからな。」
「つまり!?」
「前よりは各段に俺がお前の傍にいるな。」
「や、やった~!!」
晴柊が琳太郎に飛びつくようにして抱き着く。危ない、と、少しよろけた琳太郎が晴柊を引っぺがした。バカップルめ。篠ケ谷の当て馬具合にはドンマイと言わざるを得ない。
この屋敷での生活。琳太郎にとって、先代との果たせなかった契りを果たす場所となる。実力で、組全員の信頼を勝ち取ること。そうすれば、側近たちも、晴柊も、守ることができる。琳太郎のなかで、大きな節目となる引っ越しだった。
通夜、葬儀、告別式を終えた後、幹部たちで琳太郎の引っ越しの件について話し合われていた。琳太郎自身が身を置くことは全員一致であった。組長なのだから、当然である。ただ、側近たちの中に引っかかっていたのは、晴柊の存在であった。遊馬や篠ケ谷は、晴柊を連れていくことに反対だった。今までの様に、自分たちの目に触れるところだけに置くという言わば厳戒態勢が解かれることになるのだ。今までの様に交代制の世話役は続行したとしても、未だ琳太郎すら認めていない幹部がうろつく屋敷に晴柊を連れていくことはあまりにリスクが高いと感じていた。晴柊自身のストレスも心配である。
晴柊は男であり、男娼だの愛人だのと噂されている。琳太郎が入れ込んでると聞いて、騙されているのでは、というデマまで。琳太郎も側近たちの心配は重々理解していた。しかし、こればかりは自分の我儘である。今よりもっと会う頻度が減ることを琳太郎は受け入れられなかったのだ。
そのため、「懇願」という形で晴柊に告げることになる。晴柊が了承してくれるかどうか。そんな不安は、晴柊のたった5文字で打ち消されることになる。
「うん、いいよ。」
あっさりと承諾する晴柊に、後ろでいた篠ケ谷が堪らず遮った。
「お前なぁ…わかってねえだろ、向こうに行くってことが、どういうことか。肩身狭いとかストレスどころじゃねえぞ。いびられて、好奇な目にも晒されて――」
「でも、琳太郎はついてきて欲しいんだろ。それなら、行かない以外の選択肢は無いな。」
晴柊は純真無垢な笑顔を見せる。そうだ、組長だけじゃない、コイツも大概だったと、篠ケ谷は思い直す。はぁっと溜息をつく篠ケ谷に、晴柊は話を続けた。
「それに、シノちゃん達が守ってくれるんでしょ。」
晴柊は、それなら安心だ~と暢気な返事を寄こす。篠ケ谷は半ばその緩さに呆れ状態である。
「お前に負担が行かないように働きかける。すぐにとは行かないかもしれないが…俺が何とかする。約束だ。」
真剣な琳太郎。晴柊はうん、と嬉しそうに頷いた。
「あっ、でも、シルバは!シルバも連れていけるんだよな!?」
「勿論。寧ろ、今より伸び伸びするだろうよ。」
ご飯を食べ終わり水をぺろぺろと飲んでいたシルバだけが、これからの環境が一変することに気付いていなかった。
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「あーもうシルバ、ステイ!」
広く、手入れが行き届いた日本庭園。まるで外界からシャットアウトするような、いや、何かから守るように蔓延る、この敷地を囲うように建てられた門。絵に描いたような、「ヤクザの家」だと、今にでも遊びたいと走り出しそうなシルバを必死にリードで制止しながら晴柊は縁側を歩きながら思うのだった。
「それから…ここがお前の部屋になる。お前と俺の、か。」
先導していた琳太郎が、一室の襖を開けた。そこには10畳ほどの和室。高そうな掛け軸と、背の低い机、立派なテレビが壁に掛けられていた。元々、私物が無い晴柊である。荷物を運び入れたとて、遊馬と楽しむ西洋美術の本と琳太郎が買い与えた服くらいしかないのだった。琳太郎の部屋は別であるらしい。晴柊と琳太郎の共同の寝室も、また別である。この屋敷にはいくつ部屋があるのだと晴柊は頭を巡らせた。
「なんか、旅行来た気分。」
くすくす笑う晴柊に、付き人をしていた篠ケ谷が水を差す。
「お前、前も言ったがな、暫くは気緩めるんじゃねえぞ。ここには俺たち以外の幹部がゴロゴロいんだ。俺たちの仲間内だからといって、お前のこと良く思ってない連中だ。もっと気引き締めて――」
「はいはーい!わかったって!それに、邪魔者扱いは慣れっこだ。」
基本、この共同スペースからむやみやたらに出ないこと。琳太郎は晴柊に言いつけた。しかし、風呂やトイレ、食事の準備など、シルバの世話に散歩を考えればまあ無茶な難題である。危なっかしい晴柊のことだから、うろちょろするに違いないというのは全員の見解の一致であった。
「俺たちの居住スペースには立ち入らないようにと口うるさく言ってある。まあ、お前も用心することには越したことは無いって話だ。」
琳太郎は晴柊の頭をひと撫でする。晴柊にとっては、ここでの生活がマンション生活より苦しかろうが何だろうが、問題なかった。琳太郎の傍にいられるのなら、なんだっていい。まるで欲の無い晴柊の、唯一の欲深さが琳太郎相手なのだから。
「それに、今まで以上にここでの仕事が多くなる。ここが今までの事務所の様な役割を果たすからな。」
「つまり!?」
「前よりは各段に俺がお前の傍にいるな。」
「や、やった~!!」
晴柊が琳太郎に飛びつくようにして抱き着く。危ない、と、少しよろけた琳太郎が晴柊を引っぺがした。バカップルめ。篠ケ谷の当て馬具合にはドンマイと言わざるを得ない。
この屋敷での生活。琳太郎にとって、先代との果たせなかった契りを果たす場所となる。実力で、組全員の信頼を勝ち取ること。そうすれば、側近たちも、晴柊も、守ることができる。琳太郎のなかで、大きな節目となる引っ越しだった。
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