狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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7章

118話 縁

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「わかってますよね、組長。アイツを見ても話しかけない、関わらない。」

「そうですよ。気持ちはわかりますが、もう少しで向こうの尻尾掴めそうなんです。それまでは――」

「わかってる。」


パーティー会場に到着し歩いている琳太郎の後ろから、篠ケ谷と遊馬が珍しく結託して琳太郎に念押ししている。八城が晴柊を連れて今日のパーティーに出席するという情報は既に入ってきていた。


そして、生駒の情報からきっと「何か」があるはずだと調べも入っている。


しかし、まだ真相には辿り着いてなかった。今不要人に八城に接触し刺激してしまえば、せっかく手に届くかもしれない情報すら隠されてしまうかもしれない。篠ケ谷と遊馬はそこを危惧していた。


2人の牽制に一言で制す琳太郎。2人は本当に分かっているのだろうかと、不安気だった。暴走した彼を止めることができる日下部が急遽同行できなくなり、篠ケ谷と遊馬にはいつにもまして荷が重い任務が課されているのだ。


パーティー会場を横目に確認し、3人は別室へと移動する。華やかな会場で楽しむ予定は勿論ない。あるのはお偉いさんとの裏取引だけ。琳太郎もそれは理解しているようで、晴柊を探そうともしないまま仕事へと打ち込んだ。


意外と難なく終わりそうだ、2人が安堵しかけたときだった。一通り仕事が終わり、一行が帰ろうとしたとき。会場の外に出ると、楽しそうな聞き覚えのある声が聞こえてきた。琳太郎が見上げると、そこには上の方の会場に繋がったバルコニー部分で八城と楽しそうに話す晴柊がいた。その笑顔は自分に向けていたものそのもので、屈託がない。こちら側は暗闇の死角となっており、晴柊たちが琳太郎達に気付くことは無かった。


琳太郎の心の中で何かが音を立てて崩れていく。組のため、仕事のため、晴柊のため。何もかもが一瞬で吹っ飛んだ。


篠ケ谷と遊馬がマズい、そう思ったときには時すでに遅し。琳太郎は無言でズカズカとホテルの中に戻っていく。


「ちょっと待ってくださいよ!今行ったって良いことないでしょう!?余計に拗れたらどうするんです!」


焦るようにして篠ケ谷が琳太郎の肩をぐっと掴む。周囲の人たちが何だ何だと視線をやる。


「今回ばかりはシノに同意します。帰りましょう。」


琳太郎は後ろを振り返る。篠ケ谷が強く肩を掴んでいる手を払う。その力の強さは火事場の馬鹿力と言わんばかりの強いものである。


「お前らの気持ちはわかる。でもお前らも見たろ、あの顔。あんなの見て黙って帰れるタチじゃねえ。」

「ここじゃ人目が多すぎます。」


強行突破でもしそうな琳太郎に、遊馬が落ち着いた声で諭す。


「わかってる。「話し合い」で決める。……それとも、お前ら振り払うためにここでチャカ出すか?」


ああ、これはもう駄目だと2人は半ば諦め、篠ケ谷は琳太郎の肩から手を離す。彼の目は本気だ。


「とにかく穏便に。事態悪化だけは避けてくださいよ。」


篠ケ谷は念を押すと、琳太郎はズカズカと再びパーティー会場へと入っていった。そのまま外へと繋がる扉を抜けていく。2人は会場内から外が見える位置で待機した。


「晴柊。」


手をつなぎながら仲睦まじく話す2人に後ろから声を掛ける。その声は怒り狂っている訳でもドスが効いている訳でもない。至って冷静沈着な呼びかけだった。


振り返った晴柊もまた、いつも通りの様子で琳太郎を見つめた。


「久しぶり、琳太郎。」

「ご無沙汰しております。」


八城もまるでついで、というように挨拶をした。異様な雰囲気に、自然と周囲から人が掃けていく。気付けばこのスペースには八城と晴柊、琳太郎の3人だけになっていた。琳太郎は手すりの傍に立つ2人に迫るでもなく、一定の距離を保って口を開いた。


「晴柊、あの時は取り乱してすまなかった。様子がおかしいお前の話をまたろくに聞こうとしてやれなかった。」


晴柊はぴくりと手を動かした。2人で喧嘩したときに決めた約束。


”受け入れてもらえないことが怖いからって臆病になって、自分の感情押し付けるのはもっと駄目だと思う。”
”これからは2人で納得するまで話し合おう。”


約束を守っていないのは自分ではないか。遥か遠くない思い出がよみがえり、晴柊の心が揺らぐ。


違うよ、謝らないといけないのは俺なんだから。話し合わないと、本当のことを言わないと。


八城はすぐに晴柊の心情を読み取り、その手を引き寄せる。晴柊と八城の距離がさらに近寄り、視線が交錯した。晴柊はすぐに現実へと引き戻される。すると、すぐに嘘偽りの言葉が並んだ。


「違うよ、琳太郎。もう必要ないんだよ、話し合いは。だって俺、琳太郎のこともう好きじゃないんだもん。別れたんだから、それは要らないの。わかるでしょ?」

「わからないな。」

「わかってよ!!」


晴柊は思わず声を張り上げた。予想外に荒げてしまった自分の声にハッとし、晴柊は一瞬動揺を見せた。言うことを聞いて。これは全部琳太郎のためなんだから。


「未練がましいですよ、薊さん。晴柊君は貴方でなくて私を選んだ。人の心が移りゆくことなんてよくあることでしょう?」


八城が割って入る。まさか正面突破で来ようとするなんて。琳太郎の予想外の反応に八城も内心焦り始めていた。少し挑発して目に焼き付けられればいいと思っていたが長居しすぎたかと後悔する。


「まぁ、普通はよくあることだな。でも俺たちにはありえねえ。」

「なんですか?赤い糸で結ばれてるからとか?意外とロマンチストなんですね。」

「赤い糸なんて可愛いもんじゃねえよ。俺はコイツを赤い血で繋ぎ止めた。逃亡の手助けした組員の前で晴柊を犯しながら、その裏切者の頭を吹っ飛ばして、晴柊を縛りつけた。」

「ふーん…ヤクザっていうのは本当に惨いですねぇ。そんなんだから、晴柊君も愛想を尽かしたのでは?彼は普通の少年なんですから。」

「はは、晴柊が普通の少年?経営者の癖してまるで見る目がねえんじゃねえのか?」

「はい?」


八城と琳太郎がいがみ合う。


「俺たちはお互いを殺すことはもうできない。でも、相手のために自分の命なら平気で捨てられる。なあ、そうだろ?晴柊。お前は俺のために生きてる。」

「っ……」


晴柊は息を飲んだ。不思議と琳太郎から目を離すことができなかった。


「それのどこが普通の奴だって言うんだよ。」

「はは、そんなの夢見事。所詮は理想論で――」


八城が噛みつこうとしたときだった。


「じゃぁ、確かめてみるか?」


琳太郎はその言葉と共に、胸元から拳銃を取り出し自分の心臓に突き当てる。晴柊は目を見開き、八城から手を離した。


「何してんだよ!」


晴柊が琳太郎を止めようと駆け寄ろうとする。会場内から外を見ていた篠ケ谷と遊馬からは拳銃を構えているとの確信は得られなかったが、何か良くないことが起きていると思い外に踏み出した。


「それ以上近寄るな。俺が死ねば、お前はその男から解放されるか?ハッタリだと思うだろ?八城。でもな、俺と同類の晴柊はきっとそうは思わない。なあ、晴柊。」


琳太郎は安全ストッパーを外す。晴柊は必死に声を張り上げた。


「琳太郎がいなきゃ、俺の生きる意味が無くなる!!アンタは俺の全てなんだ!!」


晴柊は今にも涙を零しそうなほど、目を濡らした。琳太郎は本気だ。八城は理想論だといったあの言葉は晴柊にはわかる。本気だと。


いっそのこと自分に拳銃を投げてくれた方がどれだけ楽だったか。自分も琳太郎の為なら自分に引き金を引けてしまうんだから。


晴柊の目に涙が溜まっていく。俺を置いていかないで、琳太郎。


「晴柊、質問に答えろ。俺が死んでもお前はあの男の傍にいる理由があるのか?」

「……無い……。」


晴柊はまるで何かを恐れるようにして答えた。


「へぇ。じゃぁ結局お前はまた「俺のため」とか思って突っ走ってるってことだよな?じゃぁ、この男は用無しってことだ。お前がコイツに好意寄せてるって可能性に1ミリ賭けて、見逃してやってたんだがな。その必要も無さそうだ。この男を消せば、お前は戻ってこれる、そうだろ?」


琳太郎は自分の心臓に向けた拳銃を、今度は八城に向けた。八城は怯えるでもなく、ただじっと、琳太郎を見た。


「駄目だ、琳太郎!」

「ああ、ここだと人目に付くもんな。大丈夫、他の場所で――」

「この人は殺しちゃいけない!……琳太郎は、殺しちゃダメだっ……。」

「どういうことだ。」


晴柊はもうどうにでもなれ、と思った。自分が着々とこなしてきた八城との取引も既に水の泡になりかけている。もう一度軌道に乗せることは不可能になった。琳太郎が死ぬことも、八城が死ぬことも、晴柊にとっては望まない形である。晴柊は重たい口を開いた。


「空弧は、琳太郎の血の繋がった弟だ。」
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