狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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7章

120話 閉じ込めて

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車の中。静まり返る空間。琳太郎はずっと外を見ている。自分が喋りかけるべきか。いや、でも今更なんて声を掛ければ……と、晴柊は気まずい思いでもじもじと手を動かしながら足元を見た。


運転している篠ケ谷も無表情、左側に座るいつも晴柊にデレデレな遊馬すら無言なのだ。まるで自分が歓迎されていないのではと晴柊は不安になる。いや、歓迎されていないのではなくて――これは、大分皆怒っている。


「あ、あの……」


空気を切るように、晴柊が声を出す。


「本当に、勝手なことして悪かったと思ってます……ごめんなさい。どうしても、皆の力になりたくて……」


言い訳がましいと自分でも思いつつ、晴柊は自分のしたことの真意を述べる。琳太郎は窓の外の街並みを見ながら、口を開いた。


「いつから隠し事してた。」

「……空弧のところに行き始めて、3回目…です……」


はぁ、と溜息が聞こえ、車内の居心地の悪さにどんどんと拍車がかかる。琳太郎は勝手な真似をした晴柊に怒っているのではない。八城に手を出されたことに苛立ってはいるが、晴柊の行動の動機自体を責めるつもりはなかった。そもそも、自分の頼りなさも原因なのだ。琳太郎は自分にも非があるところを認めつつ、そんな自分に苛立っていた。


いくら琳太郎の為と言っても、男に抱かれてきたのだ。何度も何度も、身体を許した。八城が琳太郎の弟だと知ってからは、同情も交えていた。琳太郎は晴柊が八城の元にいた時何をしていたか察しがついていた。


今更犯されたところで自分の心は傷つかない。でも、琳太郎はどうだ。きっと心底嫌に違いない。腹が立つし、簡単に股を開く俺に呆れているかもしれない。晴柊はそう思うと、自然と涙がこみ上げてきそうになる。


自分が嫌な思いをするより、琳太郎に嫌な思いをさせる方が何倍も、何十倍も辛い。


「琳太郎……俺、アンタを裏切った。触られても、抱かれても、拒否しなかった。琳太郎のためって言い訳を免罪符にして、お前を傷つけてるってわかってても知らんぷりしてた。」


晴柊の気持ちもわかる。お前の取った行動を浮気だとか裏切りだとか、そんな風には思わない。琳太郎はそう伝えようと思ったが、きっと晴柊はその言葉を受け入れないだろうと感じた。自分がそんな言葉を投げかけても、きっと晴柊は納得しないで自分を責め続けるだろう。


「お前のした行動はすべて俺のためだろ。わかってる、責めはしない。元はといえばお前を気遣わせるような状況を作った俺が悪い。アイツに接触するのを許したのも俺だ。でも、お前自身が俺に許されることを望んでいない。晴柊、お前は俺にどうしてほしい?」


琳太郎は晴柊に答えを丸投げした。わざと、選ばせた。琳太郎は薄々気付いているのだ。晴柊が唯一納得できる方法、つまり、琳太郎が満たされる方法を。しかし琳太郎はその方法を自分から押し付けたくは無かった。それはまるで少し前の琳太郎が晴柊にしていたことだからだ。


「琳太郎が、今俺に一番したいことをしてほしい。俺を縛り付けて、監禁して、支配して。どこにも逃げないように、繋ぎ止めて。琳太郎だけの目に留まるところに、俺をしまってほしい。」


晴柊は琳太郎の目を見つめて、傍から見れば正気でないことを口にした。狂ったわけでも、無理矢理言わされている訳でもない。晴柊は理解している。琳太郎は必死に晴柊を傷つけまいとその欲望を押し殺してることを。彼の望むことをしたい。彼が自分にしたいと思っていることを、されたい。晴柊の狂った琳太郎の愛が花を開く。


「いいんだな、知らねえぞ。俺のしたいことをしていいなら、お前をそのまま一生閉じ込めるかもしれない。死ぬまで外に出さないで、俺にしか会えないかもしれない。ただ毎日俺に抱かれて、食事、睡眠、排泄、全ての自由を俺の支配下におかれても、それでもいいんだな?」


琳太郎は晴柊を見て伝えた。晴柊には最早、篠ケ谷や遊馬の存在は目に入っていなかった。


「うん、いいよ。」


晴柊はまるで恍惚とした表情を浮かべた。傍から見れば異常さを含んでいるはずの琳太郎の言葉は、晴柊を喜ばせたのだ。琳太郎は晴柊のそんな心底嬉しそうな表情を見て、思わずあがってしまいそうな口角を必死に抑えつけた。


篠ケ谷と遊馬は思った。自分たちが次晴柊に会うのはいつになるのだろうか、と。そして同時に再認識した。


晴柊も狂った人間なのだということを。



琳太郎は篠ケ谷に以前住んでいたマンションに向かうよう指示をした。琳太郎はこのマンションの一室の契約解除をしていなかった。面倒くさいということもあるが、なんとなく、惜しい気持ちがあって残していた。


篠ケ谷と遊馬には帰らせて、晴柊と2人、そのマンションへと入る。


つい最近まで住んでいたはずなのに、晴柊はなんだか懐かしく思えた。物は少なくなったが、ソファやテーブル、そして寝室のベットなど大型家具はそのままだ。


琳太郎は晴柊と寝室に入る。電気を点けずとも月明りが差し込む高層マンション特有の雰囲気がある。晴柊は琳太郎に促される様にベッドに寝かされる。


「本当にいいんだな?」

「うん。」

「嫌がっても泣き喚いても、やめないぞ。」

「いいよ。琳太郎がいつも抑えてる欲、全部ちょうだい。それでチャラになったなんて思わないけど……今は琳太郎のしたいこと、叶えてやりたい。」

「はは。監禁されたいなんて、相も変わらずイカれてやがるな。ああでも、俺がそうしたのか。…でもな、晴柊。お前、これご褒美だと思うんじゃねえぞ。ちゃんと反省しろ、いいな?でもまぁ……手加減はしないからな。さすがに喜ぶのはお前でも無理かも。」


琳太郎はそういうと、クローゼットをあけゴソゴソと黒いバッグを取り出した。あらかた物は無かったが、あらゆるグッズは置いたらしい。晴柊も見覚えのある拘束具を持ち出すと、琳太郎はベッドにそれを投げる。そしてもう一つ袋を取り出すと、その中身もばらばらとベッドに出した。晴柊の目の前にはずらりとあらゆるアダルトグッズが山積みにされた。


「時間はたっぷりある。片っ端から試していくか。服を脱げ。」


琳太郎は晴柊に言い放つ。いつもの甘い雰囲気とは違うけれど、晴柊の心臓は高鳴った。ただただ琳太郎と同じ空間にいることが嬉しかった。晴柊が服を脱ぎ終えると、琳太郎は晴柊の足に足枷を嵌め、ベッドに繋いだ。手首にも同じように手枷を嵌めると、最後に晴柊の首に首輪をつけた。


「こうしてると、お前が来たばかりの時を思い出すな。」

「随分昔に思える。」

「いつからか、お前を外に出したくなくなった。誰の目にも触れさせたくないと何度も思った。俺以外その場所をしらないようなところお前を囲って、俺がいないと生きていけないようにできたらいいのにってな。愛おしいお前を傷つけたくない反面、酷く壊してしまいたいと思っている自分がいる。」


琳太郎は首輪についたリング状の穴の部分に、手枷のチェーンを通す。晴柊の手首と首元が繋がれた。琳太郎の言葉に晴柊は恐怖心すら抱かない。ただただ、彼の重い愛情がのしかかる感覚が幸せだった。


「俺たちはお互いを殺せないけど、お互いの為なら自分の命は殺せる。さっき琳太郎が言った言葉は、自分でも驚くぐらいスッと入って来たよ。確かにその通りだ、ってね。俺は、琳太郎になら殺されてもいいって思うよ。」


無防備な格好で生命すら委ねる晴柊を見て、琳太郎は自分が興奮していることに気が付いた。つくづくこの性分を呪いたくなるが、それすら受け入れてくれる晴柊に、琳太郎の執着心は増していくばかりだった。


「お前は俺の物だ、晴柊。」



琳太郎はそう言うと、晴柊の唇にそっとキスを落とした。
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