狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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9章

154話 新婚気分

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晴柊は琳太郎の隣で、いつものフカフカなベッドの上で目を覚ます。まだ意識が半分夢の中。晴柊はごしごしと左手で目を擦った。ふと、目に金属が当たる慣れない感覚がする。そこで自分の薬指に嵌められた指輪に気が付いた。昨日、あまりにも嬉しくて付けたまま寝たことを思い出す。晴柊は天上に手を伸ばし、自分の指についた光り輝く指輪をまじまじと見つめた。


「えへへ……」


思わず嬉しそうに笑みを零す。指輪の贈り物だなんて。自分の人生でそんなロマンチックなことが訪れるなんて、以前の晴柊は予想もしていなかったであろう。


琳太郎にもらったチョーカーも、そしてこの指輪も、晴柊にとっては大事な大事な思い出であり軌跡であった。


真ん中に控えめに、それでもギラギラと輝く宝石が付いた、シンプルなデザインのシルバーリング。晴柊は天上に挙げていた手を自分の口元に持っていき、ちゅっと口付けする。


そっと、隣で眠る琳太郎を見た。相変わらず整った顔である。琳太郎の左手にも、晴柊と同じデザインの指輪が嵌められている。琳太郎と同じものを持っていると言うこともまた、晴柊にとっては嬉しかった。


「ん……」


琳太郎がもぞもぞと動き始める。あ、起きるぞ、と、晴柊は琳太郎をじっと見つめ続けた。ゆっくりと目を開く彼と、晴柊の目が交差する。


「はよ……」

「おはよう、俺の旦那さん。」


晴柊が寝起きの琳太郎の額にちゅっとキスをした。そして、言っちゃった!恥ずかしい!とでも言うように顔を赤くしながら慌ててベッドを出て行ってしまった。琳太郎は寝起きでぼうっとしていた頭が晴柊の言葉で一瞬で覚める。いつも寝起きの悪い琳太郎は、起床してからわずかにして布団からガバッと出ると、台所へと向かっていった晴柊を追いかけた。


廊下には、寝ぐせを跳ねさせた後頭部がいじらしい晴柊が、パタパタとスリッパを鳴らしながら逃げるようにキッチンへと向かおうとしていた。琳太郎が大股で晴柊に追いつくと、後ろからぎゅっと抱きしめる。


「わっ、びっくり…」



晴柊の言葉で改めて、自分が恋人から夫婦になれたのだと思えたこと、そう思ったとたん凄く幸せな気持ちになったことが内から湧いてくる。


「あー……たまんないな、何か……」


琳太郎は噛みしめるようにして晴柊の耳元で囁いた。晴柊の心臓がどっどっと騒がしい。妊娠してから、琳太郎とはお腹の子が生まれるまでの約10か月体を交えることは無い。あれだけ毎日の様にしていた2人だが、琳太郎も晴柊もこれから生まれてくる我が子を想えば不思議と満たされていくのだ。琳太郎は例えセックス介さなくても晴柊からこんなに幸せをもらえるなんて贅沢ものだと思った。


晴柊の耳元が、背中が熱くなる。


「新婚気分なとこ邪魔してワリ―んですけど、組長、もう時間ですよ。日下部さんが外でカンカンです。早く準備してください。」


「し、しのちゃ……あの、これは、ちが、」


朝からラブラブな2人の元に現れたのは篠ケ谷だった。琳太郎は仕事に対してはかなり生真面目なのだが、晴柊と共に過ごすようになってからというもの晴柊中心の生活になったため、朝は特にルーズになりがちであった。


晴柊は篠ケ谷にいじられたことが恥ずかしくなり、すぐに琳太郎を引きはがした。


「ほ、ほら、早く行って来いよ!」

「はいはい。……今日の晩御飯は?」

「唐揚げ!!それじゃあ気を付けて、いってらっしゃい!!」


晴柊は逃げるように台所へと行ってしまった。まだまだウブな反応が琳太郎の心をくすぐり、思わず吹き出してしまう。


「いってきます。」


晴柊の姿は見えなくなったが、琳太郎は心底嬉しそうに返していた。こんな穏やかな組長を見られるなんて、一体だれが知っていただろうか。いや、誰も予想だにしてなかっただろう。


世間に認められなくても、自分たちには自分たちの正義がある。そこに、晴柊という表の人間を巻き込んでしまった。篠ケ谷が、いや、琳太郎を始め側近たち誰もがずっとそんな思いを気がかりとして持ち合わせていた。けれど大事な組長が、そして晴柊があんなにも幸せそうなら、この愛も誰が何と言おうと正義なのである。篠ケ谷はいつしかそう思うようになっていた。


篠ケ谷はゆっくり台所へと向かう。せっせと朝ごはんの準備をする晴柊を後ろからじっと見つめながら思わず物思いに耽った。背後の気配に気づいたのか、晴柊が振り返る。


「シノちゃん?……あ、もしかしてシノちゃんも朝ごはん食べたい?」

「………食わせろ。卵焼きは甘めがいい。」


そうではないのだが、と思ったが目の前の暢気な晴柊を見ていると不思議と難しいことなどどうでも良くなるのだった。晴柊がいつまでも馬鹿で暢気で阿呆そうな笑顔を浮かべているのなら、それでいい。



昼頃。今日は天気も良く、そよそよと心地の良い風が吹いていた。絶好の洗濯日和である。晴柊は洗濯籠を抱え、庭へと向かっていた。
そこにひょっこりと現れたのは遊馬だった。


「晴柊、俺が持つよ。」

「ありがとう。」


遊馬はひょいと晴柊から籠を受け取る。2人並んで庭へと向かっていた。


「性別はいつ頃わかるの?」

「うーん、もうちょっと先かな。俺つわりもまだだし。」

「楽しみだね。」

「うん。早く皆に報告したい。男の子でも女の子でも皆ビックリしそう。」

「どっちでも嬉しいもん。俺たちが絶対、子供も晴柊も守るからね。」


遊馬は晴柊に対してだけ、常に王子様対応である。何なら、琳太郎よりも晴柊を姫扱いする節がある。庭に到着し、晴柊は遊馬と共に洗濯物干しに洗った洗濯物を干していく。


「少しお腹出てきてるかも。」


手を伸ばし服を掛ける晴柊の腹部を見て、遊馬は晴柊の腹部が以前より少し膨らんでいることに気が付いた。


「えーよく分かったね!そう、少しずつ大きくなってきててさ。赤ちゃんも大きくなろうと頑張ってくれてるんだなぁって。琉生君は赤ちゃん好き?」

「子供は苦手。何考えてるかわかんないし、話通じないし。……でも、組長と晴柊の子なら別だよ。俺の大切な人たちの子が大切じゃないわけない。何だってする。」


遊馬はいつも静かで冷静だ。それでも、時折、晴柊には誰よりも情熱的に見える。心は熱い人なのだと晴柊は知っている。遊馬の言葉に晴柊は嬉しそうな笑顔を見せた。これから生まれてくるこの子は、もうこんなにも沢山の人に望まれてる。親として、この上ない幸せであった。
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