精霊機伝説

南雲遊火

文字の大きさ
12 / 110
新人元素騎士奮闘編

第十一章 温情

しおりを挟む
 前の地の元素騎士、ギード=ザインが、ようやく地の元素騎士の執務室を空けたとの連絡を受け、モルガはルクレツィアとステラに連れられ、騎士たちの生活する宿舎へと向かった。

 ……とはいってもそこは、モルガが今まで使っていた部屋の、ちょうど上の階──三階にあたる。
 今回ステラが居たことで、初日──暴漢がなだれ込んできたあの日の夕刻、最初にルクレツィアが一人で案内した際、実は彼女は盛大に迷い、何度か同じ場所をグルグル回っていたことが発覚したのだが、閑話休題とりあえずそれはさておき

(そーいやぁ、ねーちゃん、どうしとるかのぉ……)

 最初に帝都にやってきたあの日、訪ねるはずだった長姉のモリオン。
 結局あのまま──会えないまま、もう、何日も経っていた。

 後から遅れて帝都にやってくる、他の兄弟たちから、連絡自体は伝わり、事情は察してくれているとは思うが……。

 元素騎士の執務室は、住居スペースも兼ねている。もちろん、サフィニアやステラのように、帝都内に別に邸宅を持ち、仕事の時しか使わない者もいるが、モルガは此処に住むつもりだった。

 もちろん、兄たちが帝都に引っ越ししてくることから、そちらに一緒に住む……ということも考えたのだが……。

「兄ちゃーんッ!」
「おわーッ!」

 扉を開けた途端、中から何か・・に飛びつかれ、モルガはひっくり返った。

モルガを狙う者ベルゲル=プラーナやその取り巻きに、直接顔を知られないよう、隠せ!」と、せっかくチェーザレとユーディンがあつらえてくれた件の仮面が見事に吹っ飛び、カーンッ! と、壁にぶつかり小気味よい音が響く。

「な……なんじゃぁ……」

 飛びついてきたのは、アックスとアウイン。モルガの、二人の弟たちだった。

「会いたかったよ兄ちゃん!」
「な……なんでお前らが、此処におるんじゃぁ……」
「その服、騎士隊の……」

 ルクレツィアの言葉に、モルガは改めて二人を見た。

 アックスもアウインも二人そろって、揃いの白い服を身に纏っている。胸の部分と、腰布を止める、こぶし大の朱色の石がついたブローチが印象的だ。

「じゃっじゃーん! 兄ちゃん! 見て見て! カッコイイ?」
「モルガ兄ちゃんだけじゃ、寂しゅーしとんじゃないかと思って、ダメ元で頼んでみたんじゃが……十六歳なん年齢制限ではじかれるかと思うたが、まー採用してもらえて、えかったわぃ」

 アウインが自慢気にクルクルと回れば、アックスが頬をかきながら苦笑を浮かべた。

 モルガは後で知ることになる話なのではあるが、本来、騎士になるには通常、八歳から十歳の志願者を集め、そこから一般的な学問に加えて、武芸や戦略といった教育をしながら、徐々に階級を上げていくシステムらしい。

 アックスがコホンと、咳払いをし、改まってモルガに言った。

「とりあえず、ワシら以外の兄弟も、此処への入城と入室は、制限付きで許可をもらっとる。そのうち兄ちゃんや姉ちゃんたちも遊びに来るじゃろうし、ワシとアウインも、騎士の官舎の方に部屋をもろうたから、いつでも様子見に来るわ」
「僕らもすぐに階級あげて、地宮軍兄ちゃんの隊に入隊できるよう、頑張るからね!」

 二人がものすごく眩しくて……ここのところ、なんだか折れそうなことばかり起こっていたモルガは、思わず、二人をぎゅっと抱きしめた。

「……どうしたの? 兄ちゃん」
「そーいやー、ずっと一人だったの初めてじゃったし、ホームシックかのぉ」
「違うわいッ!」

 否定はしたものの、しばらく、モルガは顔を上げることができなかった。


  ◆◇◆


「えっとね、出撃命令を出しまーす」

 その日の午後、急に呼び出された元素騎士一同。
 ユーディンはいつものように、緊張感のない口調で一同を出迎える。

「今回は、メタリア、アリアートナディアル双方から支援要請が来てまーす。なので、部隊を二つに分けたいんだけど……良いかな?」

 均等でないのが申し訳ないんだけど……と、ユーディンは苦笑を浮かべた。

「メタリア方面の総司令官はラング・ビリジャンサフィニア。アリアートナディアル方面の総司令官は、ラング・オブシディアンチェーザレ。……とまぁ、このあたりはとりあえず、いつも通り」

 問題は、ここからなんだけど……と、ユーディンが腕を組んだ。

リイヤ・プラーナステラは、帝都や、このドサクサで国内に入り込んだ敵軍防衛、他、不測の事態の対応のため、此処に残って。リイヤ・オブシディアンルクレツィアと、ラジェ・ヘリオドールモルガは、アリアートナディアル方面について欲しいんだ」

 まぁ……と、サフィニアが珍しく、細い目を、丸く見開いた。

「随分、大所帯ですわね」
「仕方がなかろう」

 チェザーレが、渋い顔をする。

「軍の規模はともかく、それを率いているのが初陣も済ませてない異端の新人と、まだ半人前のヒヨコなんだ」
二等騎士ラング・ビリジャン。君には三等騎士リイヤ・プラーナの火宮軍の、四分の一を、一緒に連れてって良いから……」

 チェーザレとユーディンの説得に、「解りましたわ」と、サフィニアがため息を吐いた。

「致し方ありませんし、故郷の要請ですもの。しっかり、勤めを果たして参ります」
「あのぉー……」

 おそるおそる、モルガが手をあげた。

「ワシ、出撃って……本当?」

 何を今更……と、一同、絶句してモルガを見つめる。

「だって! 訓練とか勉強とかワシゃー、そーゆーの、なぁーんもやっとらんし!」
「文句は全て敵国アレイオラと援軍頼んできた同盟国アリアートナディアルに言え。ウチフェリンランシャオじゃ、受け付けてはいない」

 そがぁな無茶なッ! バッサリ斬り捨てるチェーザレに、一応、フォローのつもりで、ユーディンが口を開いた。

「まぁ、頭であーだこーだ考えるよりは、実際動いてみて、体で覚えるのが一番だよ!」

 ぶっつけ本番! 頑張って! と、明るく軽いユーディンに対し、モルガの気分は、一気に暗く、重くなった。


  ◆◇◆


 フェリンランシャオの五人の精霊機操者元素騎士には、各二つの師団の指揮権が与えられている。
 師団に属する兵たちは、これまた大隊・中隊・小隊……と、様々な規模に細かく別れているのだが、とりあえず、ここでは省略。
 その二つの師団を総称して、各精霊機の属性を冠して、『地宮軍』や『闇宮軍』と呼んでいる。

 一同、綺麗に整列している地宮軍自分が率いなくてはならない人数を見て、モルガは呆然としていた。

(何じゃ! この人数は!)

 自分が考えていた以上に、多い!

「諸君、今回の異例の事態は聞き及んでいるだろうが……」

 モルガの代わりに、総司令官であるチェーザレが地宮軍の一同に、今回の作戦命令を伝えている。
 彼が何を言っているのか──やはりモルガにはちんぷんかんぷんだし、今後の不安が、ますます強くなった。

「そう、固くなるな」

 小声で、ルクレツィアがモルガに囁いた。振り返ろうとすると、「動くな」と、小声ではあるが釘を刺される。

「不安なのは私も一緒だ。私も操者になって……まだ一年経っていないのだから」

 誰でも、最初は初心者だ。と、彼女なりの言葉で、ルクレツィアはモルガを励ました。

「だから、そんなに後ろ向きになるな。初心者でも半人前でも一人前でも、皆、できることをやるだけなのだから」

 チェーザレも、彼なりの温情だろうか。作戦命令の説明や、行程等、本来モルガが行わなければならないことを、全て、やってくれた。

 ただ、「初心者」だの「ペーペー」だの、「過度の期待は裏切られるから抱くな」等、何時もの如く辛辣な言葉が刺さり、モルガはそのたびに、ちょっと泣きたくなった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...