精霊機伝説

南雲遊火

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激闘アレスフィード編

第二十五章 エノクの復讐劇

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 翌朝。
 神殿の裏手の墓地にて、モルガを除いた元素騎士と、そして神殿の最高責任者である神女長カミコオサが、静かに祈りをささげる。

 敵国の兵士を、帝都の神殿内の霊廟に祀る──これまで例は無かったが、最低限の儀礼として、引き取り手のない遺体を埋葬する共同墓地にとりあえずは埋葬することになった。

 埋葬される石の棺は、とても小さなもの。中に納められたアレスフィードの操者の遺体──それは五体満足な状態では無かったが、かの国の皇子か、それに準ずる皇族か──十五歳の小柄なステラよりさらに小さい、青い髪の、幼い少年。

 アレスフィードを回収することを提案したのはルクレツィアだが、結果として、彼を、故郷から遠く離れたフェリンランシャオの帝都まで連れてくることになってしまった。

(恨むなら、私を恨め……だが……)

 これまで、文字通り命を懸けて戦った相手──彼に敬意をもって、ルクレツィアは祈った。


  ◆◇◆


 アレスフィードの操者の埋葬を終え、神女長カミコオサを除いた四人は、モルガの様子を見に、地下神殿へ向かう。

 しかし。

 警備の者の姿が無く、代わりに入り口の扉の前に朱眼朱髪の少年が立っていた。

「何者だ!」

 チェーザレが警戒し、懐の銃のホルスターに手をかける。

 朱眼朱髪はフェリンランシャオの皇族色。
 しかし、現在、それをそろえて持つ者は、この国にはユーディンとベルゲルしかいない。

『エノク……』
「え……」

 ミカのつぶやきに、ルクレツィアは彼女を見上げた。
 彼女はこわばったような、硬い表情で、ジッと、少年を見つめている。

『ようこそ皆様。ボクはエノク。風の精霊機アレスフィード封印者プロテクター。君たちの言葉で言う精霊だ』
「うっそ! 精霊?」

 私にも見えるのに? と、ステラが目を見開く。サフィニアも驚きの表情を隠せていないことから、全員、彼を視認し、声も聴こえていると思われる。

 そんな中、地下神殿の扉が開き、一同、言葉を失った。

「な……ナニコレ……」

 初めて見たステラが、思わず口を開く。

 アリアートナディアルで見た、あの巨大な『繭』が、神殿内に鎮座していた。

 しかし、あの位置──ヘルメガータではなく、その隣の……。

「アレスフィード」

 ギリッと、ルクレツィアが奥歯を噛んだ。嫌な予感が、ひしひしと脳裏をよぎる。

『さて、皆さん揃っているのなら、好都合。みんな、今すぐ精霊機に乗ってくれる? あ、あらかじめ言っておくけど、実弾物理光線ビームも、ボクには効かないから』

 チェーザレは舌打ちしながら、その手をホルスターから外した。

「何故だ? 理由を聞こう」
『勘違いしないでよ』

 突然、突風がチェーザレを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。

『ボクはお願いしてる・・・・・・んじゃない。命令してる・・・・・んだ』

 いいから、今すぐ乗れよ……と、炎の色の瞳が、ギロリと凄む。

 エノクに言われるがまま、一同、各自自分の機体に乗り込んだ。

『うん、素直なのはいいことだよ』

 機嫌よさげに、エノクはうなずく。

『さて、皆、準備はいいかい?』

 エノクが笑うと、スッとその姿が消えた。

 と、同時に、巨大な繭が、解けるように崩れ、中から、以前とはやや異なった形状の白い機体が、修復され、ゆっくりと立ち上がった。

(モルガの時と、同じ……か……)

 ルクレツィアが苦い顔をする。
 たぶん、間違いなく……心臓コックピットには、何者か……『操者』がいる。

『残念ながら、エヘイエー様の方は、もうちょっと・・・・・・かかりそう・・・・・なんだ。だから、ね……』

 エノクが高い声ボーイ・ソプラノで何かを呟く。それはさながら、呪文のような、歌のような……。

 急に、精霊機の外の景色が歪んだ。
 それはまるで、昨日の闇の空間ゲートの中のよう。

『まぁ、普通の人に迷惑かけちゃ、ダメだよね。だから、コレはボクからの餞別。空間を切り離したから、どれだけ暴れても・・・・・・・・、周囲に被害が出ることは無い』

 さて……と、エノクがつぶやくと、急に心臓コックピット内に、各精霊機の操者たちと、二つの黒いの姿が現れた。

「あらー……」
「うわッ」
「きゃッ」

 初めての事に、「なんだこれは」と、ルクレツィア以外は慌てる。

「おまえ、まさか座標を……」
『うん、僕だけじゃ全部の心臓コックピットを固定することまでできないから、みんなの分は、映像の共有だけ。ね』

 でも……と、屈託のない笑みを浮かべながら、エノクはモルガの繭に触れた。
 一部、金色になっていたあの糸が、再度、漆黒に染まる。

「な……」
『ダメだよ。君は『化物アィーアツブス』でなくちゃいけない……』

 そう言うと、エノクはに向かい、手を伸ばす。

『さて、騎士様たちみんなには、今からこの化物・・を、退治してもらうよ』
「やめろ……」

 ルクレツィアの叫びも空しく、エノクの疾風が繭を支えていた糸を切り落とし、獣のごとき咆哮が心臓コックピットに響き渡った。


  ◆◇◆


「なんだか、昨日より酷くなってません?」

 サフィニアがヘルメガータの『眼球』を叩き落としながら言うと、チェーザレは大きくうなずいた。

 座の共有はエノクに切られてしまったので、今はハデスヘルが無理矢理開いた通常の通信に切り替えている。

 振り乱す長い黒髪や、爛々と輝く紫の瞳は一緒だが、全身を覆う黒い鱗はより硬く、一部が甲冑のように覆われ、刺々しくなっていた。
 角や爪は太く大きく伸びて、三対六枚の巨大な翼は、羽毛ではなく、皮膜で覆われる。

「モルガッ!」

 ルクレツィアが何度も叫ぶ。声は届いているようで、モルガはそのたびに、薄く、淡い反応をするのだが、すぐに苦しみだしては頭を抱え、ヘルメガータの攻撃が一層、激しさを増した。

「ちょっとちょっとちょっとー、なんなのよコレッ! ホント!」

 留守番で良かったのか悪かったのか──ステラが悲鳴をあげては、ヘパイストの炎で『眼球』を焼く。
 デウスヘーラーが、その陰から不意に飛び出し、ヘルメガータを巻き込む形で、アレスフィードに光線銃ビームライフルを乱射し、撃ちこんだ。

『おぉっと、危ないな……』

 頑丈な装甲に阻まれたヘルメガータと、余裕で避けるアレスフィードに、チェーザレが「チッ」と小さく舌打ちするのを、ルクレツィアは残念な事に聞き逃さなかった。

 ルクレツィアはエノクに向かって叫ぶ。

「貴様! 何のために、こんなことを! 貴様らを此処に連れてきたのは私だ! 何故モルガを……」

 そうだね……と、エノクは淡々と語る。

『別に、連れてこられたことに、文句はない。元来操者は人間が選ぶのが普通で、ボクたちに決定権は無いし、精霊機ボクたちを略奪強奪してはならないっていう、決まりルールもない。……あぁ、確かルツってば、その決まり破って、勝手に操者を選んだんだって?』

 母上・・が一緒になって、何やってるんだよ……と、エノクは小さくため息を吐いた。

 母上……という言葉に、思わずルクレツィアは隣のミカを見た。
 ミカは硬い表情のまま、首を縦に振る。

『コレはね、ボクとエヘイエー様の、復讐』

 ハデスヘル内でのやりとりをよそに、エノクは言葉を続けた。 

『ボクと、エヘイエー様の為に、毎日祈ってくれていた、心優しい操者セトを殺し、エヘイエー様をも化物・・にした、その化物シャダイ・エル・カイへのね……』

 背後に佇む黒いをチラリと見て、エノクは悲しそうに笑った。
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