Heaven‘s Gate

南雲遊火

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Heaven's Gate

私、実家に帰らせていただきます! ~Since 2016~

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     ※※※ 注意 ※※※

 この物語は、邪馬台国畿内説および、卑弥呼=倭迹迹日百襲姫命やまとととひももそひめのみこと説を採用しております。

 諸説ある事を踏まえ、また、ギャグであることを理解し、生暖かい目で御覧ください。


  ◆◇◆


「ばっかじゃねーの」

 赤い目を細めてじっとりと、亞輝斗アキトは平伏する二人を睨む。
 大袈裟に腕を組んではため息を吐き、金の髪をガシガシとかいた。

 後ろでは二人の青年が、片や亞輝斗と同じように「やれやれ」と言いたげに肩をすくめ、もう片方は一生懸命、笑いを堪えていた。

 はぁ……と、ため息を再度吐いて、亞輝斗は口を開く。

「今の『オレ』とは違って、まがりなりにも現役で神様だろーがお前ら」
「め、面目次第もございません……吉野殿」

 深い森色の髪に金の目の、端正な美青年──そんな言葉がピッタリの男は、憂いのある瞳で亞輝斗を見上げた。
 今も昔も、神格は亞輝斗より遥か上のハズだが、妙に押しが弱く、腰も低い。

 対して、隣の男……否、女……? 金の一つ目に、ゆるくみずらに結った淡い藤色の長い髪。体中に巻き付く無数の蔦──明らかに奇妙なそのモノは、ふんぞり返って亞輝斗に言う。

 三輪山の大物主と、葛城山の一言主。

「そーだぞ吉野の。麻雀にポーカー、将棋にチェスにバックギャモン……元はと言えば、全部お前が我に教えてくれたものではないか」
「威張るな。諸悪の根源」

 一つ目の女に、亞輝斗はデコピンを一発お見舞いした。

「痛ったぁ……」と、額を押さえて、一言主は、ゴロゴロと転がっていく。

「ああ。そうだよ一言主。確かにお前に、その辺のテーブルゲームを、与えて教えたのはこのオレ様だ」

 同門のよしみで。暇してると思って。

 師の怒りを買った一言主は、以来此処──葛城山の奥の奥、師の張った結界の中に閉じこめられ、延々と千年以上の時を、ずっと此処で過ごしてきた。

「でも、そこに『脱衣要素』をぶち込んだのはどこの誰だよッ! この、すっとこどっこいどもがッ!」

 ぐっと拳を握り、耳の端まで真っ赤になりながら亞輝斗は怒鳴った。
 我慢しきれなかったのか背後の青年が、ブホッと噴き出し、げほげほと盛大に咳き込みながら笑う。

 ──さすがの亞輝斗も、そこまで教えた覚えは無い。

 暇を持て余す一言主を不憫に思う、大物主をはじめとした八百万の神々ゆえに、いろんなところが基本おおらかな彼ら近所の山神たち。

 そんな彼らは時々、彼女の様子を見に来ては、亞輝斗が布教した人間たちの考えたアナログゲームを一緒に興じているという。

 そして──。

「例によって、星まわりの悪い一言主をひん剥いた挙句、それを嫁に見られるとか、ホントどうなの……」
「……」

 ため息まじりの亞輝斗の言葉に、恥ずかしそうに無言で、大物主が手で顔を覆った。

 大物主の妻──の一人、倭迹迹日百襲姫命やまとととひももそひめのみこと

 悲しい運命を辿った巫女姫は、死して山神の妻となった。

 強い霊力を持った倭迹迹……長いのでとりあえず姫命ひめみことするが、彼女は葛城山での夫のアレコレをうっかり『受信』してしまい、三輪山に戻った夫に、「私、実家に帰らせていただきます!」と、三下半を付きつける事態に発展。

 慌てた半泣きの大物主が、東京の亞輝斗の元へ出向き、休日でぐーたらしていた亞輝斗と、遊びに来ていた雷月ライゲツ十河トーガの二人を巻き込みつつ、葛城山に直行して今ここにこうして、神々に説教を垂れている。

 ──なお、『実家』と書いて、『箸墓古墳』と読む。

 欠史八代に数えられる第七代、孝霊天皇の皇女である彼女が当時住んだ都や宮殿は、今は影も形もなく──今も残る彼女の帰る『家』は、彼女の『墓』以外他は無い。

「すぐそこじゃないですか。自分たちに泣きつく前に、女性には素直に謝るのが、一番だと思いますが……」

 隣でひーひーと笑い転げる十河に呆れながら、冷静に雷月が口をはさんだ。

 ちなみに、箸墓古墳は三輪山から直線距離で約二、五キロの場所にあり、此処──葛城山からも、直線距離で約十五キロと、意外と近い。

「そう、簡単に言ってくれるな。銀の龍よ」

 声を震わせながら、大物主はめそめそとベソをかく。

 銀の龍……と、『本性』で呼ばれた雷月は、ムッと眉間にしわを寄せたが、察した亞輝斗がまぁまぁ……と、再度間に入って取りなした。

「要するに、だ。大物主。お前さんの『依頼』は、家出して引きこもった、嫁さんの機嫌をとれ……って事で、良いのかい?」

 ニヤリ……と口の端を上げ、亞輝斗は笑う。
 口の端から、鋭い牙がチラリと見える。

「……よろしく頼みます……。吉野殿」

 大物主は、再度深々と頭を下げた。


  ◆◇◆


 大物主から預かった、大量の詫びの品を背負いながら、ふぅ。と、十河が息を吐き、そして、背後を振り返る。

「……無理して、ついてこなくてもいいぞ」
「……そんなこと言っても、お前ら、初対面で彼女の顔知らねーだろ」

 先ほどの強気な口調はどこへやら。真っ青な顔をして、隻腕の雷月に器用に背負われた亞輝斗が、震えながら答えた。

 最初は、亞輝斗もちゃんと歩いていた。

 しかし、徐々に体が、動かなくなってきて──。

「ったく、よりによって詫びの品が『酒』とか、聞いてねーぞ……」

 十河の背負う酒樽を、恨めしそうに亞輝斗は睨んだ。

 かつて、吉野山に善童鬼という鬼がいた。

 元来素直でお節介な性格ではあったが、彼は師の教えに従い、『妹』とともにヒトを助け、神とヒトの仲立ちをしていた。

 しかし。

 ある山にて開催され、招かれた酒宴の中、彼は命を落とす。

 その山──大江山に住まう鬼の頭領、酒呑童子と間違われて……。

 そして千年の時が流れた後、彼はどういうわけか『人間』として再度、生を受ける。

 もっとも、厳密に『人間』とは、言い難くはあるが……。

「……どうしても、酒のニオイだけはダメだ……無理……」

 吐きそう……と、亞輝斗は口を押えた。

 毒酒で身動きが取れない中、首を落とされたあの冷たく、熱い感覚──。

 あの時の記憶を持たない同一存在安曇は大変な酒豪なので、体質的に飲めないことはないのだろうが、なんかもう、精神トラウマ的に無理だった。

「十河。少し待ってくれ。ちょっと距離をとる」
「了解」

 鬼の鼻がどのくらい利くのか、雷月にはわからなかったが、とりあえず距離を開け、山道を登った。

 ちなみに。箸墓古墳は立ち入り禁止だ。『人間』に見つかれば不法侵入で怒られるだろうが、なんとか見つかる前に、相手の『領域』──結界内に、足を踏み入れる。

「……おいでなすった」

 小さな声で、亞輝斗が雷月に囁く。雷月もうなずくと、目の前に鮮やかな装束の、黒髪の女性が立っていた。

「誰かとおもいきや、吉野のわっぱではないか」
「おひさしゅうございます。日御子ヒミコ様」

 亞輝斗は、雷月の背中から滑り落ちるように地面に降りると、そのまま静かに跪く。

「困ったものよの……あの方は、そなたに泣きついたか」
「はい」

 亞輝斗に習い、雷月も跪こうと屈もうとしたところ、女性に遮られた。

「よいよい。そのようなからだで……」

 堅苦しゅうするな。そなたも、楽にせよ……と、姫命は二人に、クスクスと笑う。
 思いのほか、これは怒ってはいないな……と、雷月は安堵の表情を浮かべた。

「童よ。どうした」
「き……気にしないでください……」

 十河が追い付き、酒の匂いがふわりと辺りに香る。
 良い香りじゃの……と、姫命は目を細めるが、相反して亞輝斗の顔が青を通り越して土気色になっているので、コレは早めに切り上げなければ──と、雷月が口を開いた。

「姫命様。大物主様より、詫びの品をお持ちいたしました」
「ふむ。大儀であった」

 姫命はうなずく。

「その酒は、童の顔を立てるため、受け取ろう」

 ホッと、三人は胸を撫でおろした。
 しかし、次の一言で、一同顔を見合わせ、蒼白になる。

「して、ちとしばらくの間、そちらで厄介になってもいいかの?」
「は……?」

 あんぐりと口を開け、三人はポカンと姫命を見上げた。

 姫命は先ほどとは打って変わり、もじもじと口を開く。

「いや、その……わらわもな。その『げぇむ』とやらを、あの方と一緒に、やってみたいのだが……やるからには、やはり勝ちたいと思うての」

 指南、してくれんかの……? とジッと見つめる美女に、思わず「はぁ……」と、ため息が漏れた。

 正直断りたい……が、すぐには理由が思いつかない。

 どうしようか思案するが、あれよあれよと、話は姫命の口から勝手に進んでゆく。

「よろしく頼む。の!」


  ◆◇◆


 かくして。姫命のゲーム修業が始まった。

「まずは、あの、美しい星を模したモノをやってみたい!」
「ダイヤモンドゲームの事ですか……ね?」
「アレ三人用……」
「どうでもいいけど、オレ様の家に転がり込むんじゃねぇーッ! あと、ウチに酒樽を持ち込むなーッ!」

 金髪の鬼が、悲鳴をあげるように叫んだ。

 数日後、涙目の大物主が、荷物をまとめて転がり込んでくるのだが、それはまた、別の話。
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