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Heaven's Gate
ひだまりの記憶 〜Since 1988〜
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部屋の中、一人の女性が座っていた。
穏やかに差し込む光の中、彼女は本を見ながら、無心に……慣れてないのか、時々眉間に小さなしわを寄せながら、何かを編んでいる。
「あら、お帰りなさい」
視線に気がついたか、ふと彼女は顔を上げ、安曇ににっこりとほほ笑んだ。
「どうしたの? そんなところで」
……学校で、何かあった? と問う彼女……母が死んで、養母がわりの江藤 月子に、ううん……と、安曇は首を横に振る。
「なに、も、ない……よ」
年齢に対して、ややたどたどしい言葉遣いに目を細め、月子はいらっしゃい……と、安曇に手招きした。
しかし、安曇は部屋の入り口で立ち止まったまま、ぎゅっと、唇をかむ。
彼女は大きなお腹をかばいつつ、ゆっくり立ち上がった。
実のところ、もう予定日はとっくの昔に過ぎており、いつ産まれてもおかしくない状況だったりする。
「だ、ダメ……不幸、死、呼ぶ……から……」
引っ込めようと力を入れる安曇の手をつかみ、月子は自分の腹部に無理やり当てた。
「ほら、大丈夫。……何度も言ってるじゃない」
体温が伝わり、びくり……と硬直する安曇だったが、次第にその緊張が解けていくのが、月子にも伝わる。
先ほど安曇は否定していたが、学校ではない「どこか」で、誰かに悪意ある言葉を吹き込まれたのだろう……一緒に居るはずの息子や、幼なじみの姿がないことから、またひと騒動あるかもしれない。
「……この子は、ちゃんともうすぐ出てくるわ。皆に……あなたに祝福されて」
大丈夫。この子は、幸せになる。
月子は「未来視」の能力を僅かに持つが、未来は無限の可能性があり……実際は断言できるほど未来視の結果に自信があるわけではない。
それでも、断言して、いいと思った。
「ねぇ、あっくん。お願い」
月子はそっと、お腹に触れる安曇の手を包み込むように、握りなおす。
この「言葉」が、彼を、「縛る」ことになることは、解っていた。
けれど。
「……産まれてくるこの子の、騎士様になってあげてね」
そうまでしても、境遇から「普通」に生きることが危うい彼に、「人の生」を歩む為の理由を、与えたかった。
「ただいまー!」
元気な声の三重唱が玄関に響き、バタバタと廊下をかけてくる。
「雷月! どうしたのその泥だらけのずぶ濡れはッ! 永都君と十河君まで!」
一体、何やってきたの! 水が滴り、足跡だらけの泥だらけ状態の廊下に、茫然と口を開ける月子に、息子はさらりと口を開いた。
「んー、高校生になってまで、人の事を化け物だのなんだの言って、小学生をいじめてきた秋月のアホ息子に、制裁かましてきた」
「やー、アイツ、家柄とか偉そうなこと言う割にはホント弱いし、口だけだよね。あ、オレたちが強すぎるのかー。うっかりうっかり」
雷月に同調するように、永都がふふんと笑う。
「あ、あのね。おばちゃん……一応オレは止めたんだよ?」
全然止まらなかったけど……とうなだれる十河に、「裏切者!」と、雷月が叫ぶ。
月子は大体の様子がわかった。というか、未来視なくても理解した。ほぼ、いつもの通りだ。
「いや、ホラ。オレたち、安曇の騎士だし!」
「騎士様は、弱い者いじめしません!」
開き直ってふんぞり返る息子に、月子は頭をかかえる。その様子がおかしくて、つい、安曇の口に、笑みがこぼれた。
安曇はとっさに顔を覆ったが、どうやら、月子は見逃さなかったようで。
「笑っても、いいのよ?」と言うように、やさしく、安曇の頭を撫でた。
ささやかで、他愛もない「時間」だけど、「幸せ」、だと、安曇は密かに思った。
穏やかに差し込む光の中、彼女は本を見ながら、無心に……慣れてないのか、時々眉間に小さなしわを寄せながら、何かを編んでいる。
「あら、お帰りなさい」
視線に気がついたか、ふと彼女は顔を上げ、安曇ににっこりとほほ笑んだ。
「どうしたの? そんなところで」
……学校で、何かあった? と問う彼女……母が死んで、養母がわりの江藤 月子に、ううん……と、安曇は首を横に振る。
「なに、も、ない……よ」
年齢に対して、ややたどたどしい言葉遣いに目を細め、月子はいらっしゃい……と、安曇に手招きした。
しかし、安曇は部屋の入り口で立ち止まったまま、ぎゅっと、唇をかむ。
彼女は大きなお腹をかばいつつ、ゆっくり立ち上がった。
実のところ、もう予定日はとっくの昔に過ぎており、いつ産まれてもおかしくない状況だったりする。
「だ、ダメ……不幸、死、呼ぶ……から……」
引っ込めようと力を入れる安曇の手をつかみ、月子は自分の腹部に無理やり当てた。
「ほら、大丈夫。……何度も言ってるじゃない」
体温が伝わり、びくり……と硬直する安曇だったが、次第にその緊張が解けていくのが、月子にも伝わる。
先ほど安曇は否定していたが、学校ではない「どこか」で、誰かに悪意ある言葉を吹き込まれたのだろう……一緒に居るはずの息子や、幼なじみの姿がないことから、またひと騒動あるかもしれない。
「……この子は、ちゃんともうすぐ出てくるわ。皆に……あなたに祝福されて」
大丈夫。この子は、幸せになる。
月子は「未来視」の能力を僅かに持つが、未来は無限の可能性があり……実際は断言できるほど未来視の結果に自信があるわけではない。
それでも、断言して、いいと思った。
「ねぇ、あっくん。お願い」
月子はそっと、お腹に触れる安曇の手を包み込むように、握りなおす。
この「言葉」が、彼を、「縛る」ことになることは、解っていた。
けれど。
「……産まれてくるこの子の、騎士様になってあげてね」
そうまでしても、境遇から「普通」に生きることが危うい彼に、「人の生」を歩む為の理由を、与えたかった。
「ただいまー!」
元気な声の三重唱が玄関に響き、バタバタと廊下をかけてくる。
「雷月! どうしたのその泥だらけのずぶ濡れはッ! 永都君と十河君まで!」
一体、何やってきたの! 水が滴り、足跡だらけの泥だらけ状態の廊下に、茫然と口を開ける月子に、息子はさらりと口を開いた。
「んー、高校生になってまで、人の事を化け物だのなんだの言って、小学生をいじめてきた秋月のアホ息子に、制裁かましてきた」
「やー、アイツ、家柄とか偉そうなこと言う割にはホント弱いし、口だけだよね。あ、オレたちが強すぎるのかー。うっかりうっかり」
雷月に同調するように、永都がふふんと笑う。
「あ、あのね。おばちゃん……一応オレは止めたんだよ?」
全然止まらなかったけど……とうなだれる十河に、「裏切者!」と、雷月が叫ぶ。
月子は大体の様子がわかった。というか、未来視なくても理解した。ほぼ、いつもの通りだ。
「いや、ホラ。オレたち、安曇の騎士だし!」
「騎士様は、弱い者いじめしません!」
開き直ってふんぞり返る息子に、月子は頭をかかえる。その様子がおかしくて、つい、安曇の口に、笑みがこぼれた。
安曇はとっさに顔を覆ったが、どうやら、月子は見逃さなかったようで。
「笑っても、いいのよ?」と言うように、やさしく、安曇の頭を撫でた。
ささやかで、他愛もない「時間」だけど、「幸せ」、だと、安曇は密かに思った。
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