Heaven‘s Gate

南雲遊火

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Heaven's Gate

哀の勾玉(上) ~Since 2014~

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 美しい、勾玉だった。

 そして、大きな勾玉だった。

「これは……?」

 持ち込んだ人物──関西にある考古学博物館の学芸員だと名乗ったその男に問いかける従弟いとこ──十河トーガと、この家の主の息子である豪流タケルの隣で、雷月ライゲツはそっと、その勾玉に左手を伸ばす。

 とたん、室内にもかかわらず、周囲に突風が巻き起こった。

 飾られていた調度品が倒れ、吹き飛び、嫌な音が至る所で響き渡る。

「ライッ!」
「すまんッ! トーガ」

 尻餅をつきながら非難の声を上げる十河に口だけで謝罪をしつつ、雷月は伸ばした手を握り、そして、掴んだ・・・

「え……」

 ぎょっと空中を見つめる十河と豪流と学芸員。
 視線の先──否、雷月の握った左手の先に、一人のうら若い、女性の姿があった。

 ふわりと揺らめく衣装は古風であり──また、彼女自身も半分透けて向こうが見えることから、彼女がこの世のものではないことは、明らかだった。

 ジッと雷月の黒い左目が、彼女を捉える。
 警戒する雷月の左目の虹彩が、じんわりと金色を帯びて、瞳孔が縦に伸び──。

『きゃああああああああああああッ! 化物ッ!』

 つんざくような悲鳴で女性が叫んだとたん、再度、突風が周囲を襲った。

 雷月は吹き飛ばされ、背後の障子戸もろとも、庭に投げ出される。

「っぅ……」

 くらくらと揺れる視界。

 しかし、つとめて冷静に、雷月は室内にいるであろう二人に向かって叫んだ。

「タケル! トーガッ! 勾玉は?」
「え……あーッ!」

 十河の答えを最後まで聞かなくとも、事態を察して雷月は舌打ちする。

「スマン、ライ! 逃げられた・・・・・!」

 雷月は目を細め、小さくため息を吐いた。
 目の前は、雲一つない青空で──。

「バケモノ……か……」

 若い頃……約十年前に切断し肘上までしか残されていない右腕をも使いつつ、ゆっくりと時間をかけて起き上がりながら、忌々しげに雷月は呟く。

 左手で苛々と、頭をぐしゃぐしゃと掻いた。

「自分だって、人間じゃないクセに……」


  ◆◇◆


「さて、どうしよう」

 勾玉を遺失物・・・として警察に届け出た後、喫茶店に入った雷月と十河は、お互い向かい合いコーヒーカップを片手に小さくため息を吐いた。

 ぐちゃぐちゃになった応接間の片づけは、申し訳ないと思いつつも留守番の豪流タケルに丸投げして来た。

 顔に大きな傷のある、片腕の無い男──と、悪目立ちする雷月の見た目のせいで、客の少ない時間帯とはいえ視線が痛い。

「まぁ、修司シュージのおっちゃんには、まず間違いなく、怒られるな」

 もう笑うしかない。とばかりの態度で、十河は両手を上げた。
 部屋の惨状を思い出し、雷月も左手で顔を覆って、頭を抱える。

 幼い頃から──それこそ、記憶にないほど昔からああいったモノと相対していたらしい雷月からしてみれば、本当に、近年稀に見る盛大な失敗だと、猛省するしかない。

「まぁ、起きたことは仕方ない。おっちゃんが帰ってくるまでに、なんとかしたいところだが……」

 コホン、と、十河が小声で問う。

「ところであの勾玉、一体何なんだ?」
「……知らずに同席してたのか」

 能天気に笑って誤魔化す従弟に、雷月は呆れてがっくりと項垂れた。

「親父殿が、主を失って、行き場を失った式神たちに、次の主の斡旋の協力をしているのは、知っているだろう?」

 うんうん、と、十河がうなずく。

 親父殿、と、雷月が呼んでいるのは、豪流タケルの父親であり、西塔サイトー修司シュージという名の、神社の宮司だ。

 雷月や十河の父親と懇意の仲で、彼らが亡くなってからは、二人にとって、父親代わりをしてくれていた。また、幼なじみの神薙カンナギ安曇アズミにとっては、養父に当たる。

 前述の通り表向きは、極めて温厚そうな神社の宮司だが、西塔流古武術の師範であり、また、最近は引退気味とはいえ、若い頃から名をはせた、腕の良い陰陽師でもあった。

 秘密結社『天国の門Heaven's Gate』。そこに所属する二十二人の異能の戦士ミュータント。その一人、コードネーム『悪魔』の名を、始めて冠した男として、そのテの裏の世界では、有名人である。

 そんな彼の元に持ち込まれたあの勾玉は、大阪府と奈良県の県境にある、二上山周辺で出土したと、雷月は聞いていた。

 鶏の卵くらいの大きさの、平べったい、翡翠の勾玉。

 出土してからというもの、保管してある棚が突然揺れる、保管ケースのガラスが割れる等の怪異が続き、不気味である──ということは勿論なのだが、同じ場所に保管してある別の出土した貴重な品々が危険である──ということで相談を受け、怪異の原因の調査のため修司の元へ持ち込まれることとなった。

 もっとも、先方との約束のその前日、修司当人は至急の用件で泊まり込みで出かけてしまい、代理で雷月が応対することになったのだが。

「っつーことは、なんだ。アレは、勾玉の付喪神か?」
「いや、親父殿はその可能性が高いと踏んでいたようだが……」

 言葉を濁す雷月に、「違うのか?」と、十河は問う。

「うん、違う。アレは、魂の欠片……確かに幽霊に近いモノだが、厳密には、幽霊と呼べるほど、はっきりとした目的意思を持たない、太古の人間の、残留思念の塊だ」

 長い黒髪を結い、ひらひらとした色鮮やかな衣装は、まるで、高松塚古墳に描かれた壁画の女性か、さながら、物語の天女のようで。

「………………」

 女性の悲鳴と、「化物!」という言葉を思い出して、思わず雷月は黙り込んだ。
 自分で思っていた以上に、精神的にダメージが入っていたらしい。

「残留思念なら、そのうち力尽きて消えるんじゃねーの? 相当、古い時代の人間っぽいし」
「まぁ、そうだろうが……」

 眉間にしわを寄せる雷月に、「まだ何かあるのか?」と、従弟は飲みきった自分と雷月のカップを一つのトレイにまとめ、食器を返却する準備を始めた。

「ああ。気になることがあってな……」

 雷月が目を細める。

 黒く長い前髪の間からのぞく黒い瞳は、ほんのりと金色がかっていた。


  ◆◇◆


『はあ……困りました……』

 女の深い吐息は、少し涼しくなりかけた秋風に溶けて消えた。

 気がつくと目の前にいた、ヒトの姿をした恐ろしい化物・・から慌てて逃げ出して、方向も場所もわからぬことに、ふと気がついて、いまここに。

 周囲には見たことが無いほど高い──それこそ、自分が派遣された神殿が、とても小さく思えるほど巨大な建築物に囲まれ、その下を、せわしなく人が歩いている。

 声をかけるも、自分の存在に、気がつく者はいない。

『ここは、いったい、どこなのでしょう?』

 ぼんやりと立ち尽くしたまま、途方に暮れた。

 わたくしは、ただ……。

わたくしはただ一目、弟の姿を見たいだけですのに……』


  ◆◇◆


「大昔の女の……」
「幽霊……ですか?」

 片や高そうなスーツをだらしなく着こなし、片やシンプルなスーツをきっちりと着こなす、正反対の印象を受ける二人。

「そ。見かけてない? お前ら」

 常人なら、一瞬耳を疑い、返答に困るような十河の質問を、二人は特に気にした様子も無く、首を横に振って答えた。

「正確には、残留思念……なのだが」

 雷月の訂正に、思わず小柄で真面目な方がぼそりと呟く。

「すみません兄さん……その違いが、オレたちにはちょっと判断できません……」
「っていうかさー、そのテの話ならさー、オレらより、もっと適任者がいると思うんだけど」

 それはそうだが……と、十河はため息を吐いた。

 小早川コバヤカワ青春セイシュン白秋ハクシュウ兄弟。二人とも警視庁所属の刑事であり、十河にとって、雷月が父方の従兄なら、この二人は母方の従弟にあたる。

 喫茶店を出たところで、二人にばったりと遭遇し、事の顛末を話したところであった。

「確かに、安曇の方が適任といえば適任なんだが……」
「諸々の事情はあるけど、一番はアイツ呼び出すと、もれなくウチの母がついてきそうな予感がするから、今回はパス!」

 ぶるりと、十河が肩を震わせた。

 十河の母、三剣ミツルギ慧羅ケーラ警部は、安曇の直属の上司にあたり、あと一年ほどで定年を迎える、捜査一課のベテランである。

 現在は何とか司法試験に合格し、弁護士として働いている十河だが、過去に浪人と留年を何度も繰り返したため、大変肩身が狭く、今でも頭があがらない相手であった。

 もっとも、修復不可能なほど仲が悪いというわけでは、決してないのだが。

「まぁ、遺失物として登録してすぐ、そうそう簡単に見つかるモノではないかと……」
「だよなぁ……」

 生真面目な青春の言葉に、十河はため息を吐いた。
 後片付けをしながら、家で待っているであろう豪流に、早く吉報をもたらせてやりたかったが──。

「なかなかうまくいかないモノだな……」

 左手で頭をガシガシとかきながら、雷月も肩を落とした。
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