私の瞳に映る彼。

美並ナナ

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12.偶然の遭遇(Side亮祐)

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金曜の夜10時。

ニューヨークにある商社のCEOと繋いだテレビ会議が終わった。

会議は、日本時間の夜9時、ニューヨーク時間では朝8時から始まり、無事に契約の合意に至る実り多い会議となった。

仕事柄、海外とのやりとりが多いので、時差の関係上こうした時間の仕事も多い。

今日はスケジュールに余裕があったので、朝は遅く出社したし、こんな感じでフレキシブルに調整している。


うちの会社の社員は帰宅するのが早いから、オフィスにいるのはおそらく俺が最後だろう。

気分転換がてらに立ち上がり、オフィス内をふらふらと歩き回る。

すると、あるフロアの執務室から光が漏れていた。

(電気の消し忘れか?)

なんとなく気になり、セキュリティを解除してドアを開け、中を見た。

すると、なんと並木百合がポツンと一人パソコンに向かい仕事をしていた。

向こうも少し驚いたようだ。

声を掛けられ、彼女が今日情報解禁した新商品の影響で残業していることを知る。

まだもう少しだけ頑張るという彼女に、一緒に会社を出ることを提案し、俺は一度自室へと戻った。

全く予期せぬ事態だが、これは嬉しい想定外だ。

知らず知らずに、笑みが口角に浮かぶ。

俺は帰り支度を済ませると、リフレッシュルームに立ち寄り、自動販売機で缶ココアを2本購入する。

そして再び広報部のあるフロアに戻ると、並木百合の隣の席に腰をかけた。

この前の取材の時より近い距離感だ。

花のような甘く優しい、やわらかな香りがふわりと鼻をかすめ、胸が高鳴る。

買ってきた缶ココアを差し入れると、彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。

その笑顔が、内側から滲み出るような美しさで、思わず目が奪われる。

俺は冷静さを取り戻すため、自分の分のココアを飲みながら、ネクタイを緩めた。

パソコンに向かい、彼女は最後のひと仕上げに真剣な表情で取り組んでいる。

その横顔をぼんやり眺めながら、俺はこの後のことを考えていた。

先日洋一と交わした会話が頭をよぎる。

ーー「お前のその超ハイスペックになびかないのか~。面白いな。今度店に連れてきてよ」
ーー「だから近寄って来ないんだって」
ーー「ならお前が近寄っていけば?」


せっかく訪れた機会だ、活かさない手はないだろう。


帰り際のエレベーター前で、俺は彼女に自らこう切り出した。

「遅くなったけど、並木さんはお腹空いてない?金曜日だし、良かったら軽く飲んで行かない?」

さも今ふと思い付いた気軽な感じで。

彼女は驚きで目を見開きながら、少し考えると、今度は申し訳なさそうに目を少し伏せ、断りを切り出した。

「あの、大変光栄なお誘いなんですが、今日はちょっと疲れて‥‥。なので真っ直ぐ帰ります。申し訳ありません」

自慢ではないが、女性に断られるなんて初めての経験である。

平然と受け応えはしたが、残念な気持ちが滲み出た。


「俺はここからタクシーだけど、並木さんは?遅いし送っていこうか?」

エントランスに着くと、再度提案してみた。

しかしそれにも彼女は乗らず、真っ直ぐな笑顔で断りを入れられた。



タクシーに乗り込み、シートに深く腰を沈めながら思う。

本当に彼女は不思議な存在だ。

見たこともない色のあの瞳も、
なぜか目が離せないのも、
向こうから近寄ってこないのも、
俺の方から話してみたいと思ったのも、
俺の方から誘ったのも、
そして俺の誘いを断られたのも。

すべて初めてだ。

本当に並木百合は、俺に初めてばかりをもたらす不思議で貴重な存在だ。


◇◇◇

 翌日、久しぶりに皇居へランニングをしに行くことにした。

マンション内にジムもあるが、気分転換に外で身体を動かしたいと思ったからだ。

10月半ばのこの季節は過ごしやすく、ランニングにはちょうど良いだろう。

アメリカ帰りの俺にとって、皇居ならランニングをしながら日本らしい景色も堪能できるし一石二鳥だ。

俺はランニングウェアに着替え、車で近くまで行くと、駐車場に車を停めて皇居へ向かった。



天候に恵まれた土曜日の午後の皇居には、多くのランナーが走っていた。

みんな気持ちよさそうに汗を流している。

簡単なストレッチで先に身体をほぐしてから俺も走り出した。

しばらく走っていると、目の前になんとなく見覚えのある後ろ姿の女性が現れた。

知り合いだろうか?と目で追っているとチラリと横顔が見え、それがつい昨夜目にしたものであると気づく。

並木百合だった。



こんなところで会うとは。

昨日に続き、思わぬ遭遇だった。


「もしかして並木さん?」

彼女の横まで近付いて、顔を覗き込むように声を掛けた。

突然自分の名を呼ばれ、彼女は驚愕の表情を浮かべている。

「‥‥え?亮祐常務!?」

「奇遇だね。俺も驚いたよ」

「一瞬どなたか分かりませんでした。スーツのお姿しか見たことがないので、いつもと全然雰囲気も違って」

「あぁ確かにね。今どれくらい走ってるの?」

「ちょうどもうすぐ1周くらいです。気分転換程度にと思ってたので、そろそろ終わろうかなと思っていたところでした」

「ちょうどいいや。じゃあこの先の公園でちょっと一緒に休憩しない?」

「え?あ、はい」

休日だからか、会社の外だからか、不意の遭遇だったからか、今日の彼女はいつもより少し口数が多い。

昨日と違って、今日は俺の誘いにも朗らかな笑顔で応じてくれた。

休憩スポットとして利用されることも多い公園に到達すると、並んでベンチに腰をかける。

汗をタオルで拭き、ミネラルウォーターで乾いた喉を潤す。

いつもは長い髪を下ろしている彼女だが、今日は一つに束ねている。

ポニーテールから覗く、少し汗ばんだ白くて細い首筋が艶かしくて自然と目が吸い寄せられた。

(触りたい‥‥)

そんな衝動にかられ、必死に押し留める。

「常務はよく皇居でランニングされるんですか?」

「いや、今日は本当にたまたま。並木さんは?」

「私も普段は全然です。今日は急に思い付いて気分転換で来たんですけど、まさか常務にお会いするとは思いませんでした」

つまり俺も彼女も普段は来ないのに、たまたま来た日に偶然遭遇したということだ。

奇跡みたいなすごい確率ではないだろうか。



いつもより少し砕けた雰囲気の彼女とたわいもないことを話す。

身体を動かして気持ち良い汗をかいた後の休憩というシュチュエーションもあってか、会話は途切れることなく楽しい時間が流れた。

話しながら時折りペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた彼女が、ふと言葉を漏らす。

「あ、お水なくなっちゃった」

ちょうどすべて飲み干してしまったようだ。

近くに自動販売機も、水飲み場もない。


「これ飲む?」

俺は自分が飲んでいたミネラルウォーターのボトルを差し出す。

「えっ?あ、ありがとうございます」

彼女は遠慮がちにミネラルウォーターを受け取る。

そして少し恥ずかしそうに頬を染めながら、ボトルに口をつけた。

俺は全然気にしていなかったが、彼女は明らかに間接キスに照れている。

(こんな初々しい可愛い反応は反則だろ‥‥)


ついつい柔らかそうな唇に目がいってしまい、触れてみたい衝動に襲われる。


これまで女に困ってこなかった俺は、自分が必要な時にだけテキトーに発散してきた。

だから特定の女性にこんな衝動的な欲望を覚える経験はなかったのだ。



気を紛らわそうと、俺は彼女に話しかける。

「並木さん、今日この後はどうするの?さっきそろそろ切り上げるって言ってたけど」

「近くにロッカーやシャワーが完備されているランニングステーションがあるんです。そこで着替えてから帰るつもりです」

「その後は?」

「特に予定はないので家にいるつもりですけど‥‥?」

「じゃあ今日こそ飲みに付き合ってよ」

「えっ、でも‥‥」


少し躊躇して言い淀む彼女に畳み掛ける。

二度も断らせるほど俺は優しくない。



「今日は予定ないんだよね?」 

「はい‥‥」

「家に帰るだけなんでしょ?」

「はい‥‥」 

「じゃあ今日断る理由ないね?」

「はい‥‥」 

「昨日は光栄な誘いを断って申し訳ないって言ってたしね?」

「はい‥‥」

「よし、じゃあこの後飲みに行くのは決定で!」

「‥‥はい。承知しました」


こうして土曜の夜に2人で飲みに行くことになった。
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