私の瞳に映る彼。

美並ナナ

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20.彼女の誕生日(Side亮祐)

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あの日、彼女が親密そうな男と一緒にいるのを見た時、俺はなぜ自分の想いを告げるのを先送りしたのかと心底後悔した。

男を惹きつける彼女のことである、おそらくこの期間に男ができたのだろう。

先週末に彼女が俺の家にいた時に、自分のものにしてしまえば良かった‥‥。

いつも仕事では即断即決即行動の俺なのに、なんてバカな判断をしたのだろう。

そう後悔の念に苛まれた。

しかし今、愛しい彼女は俺の腕の中にいる。

(間に合って良かった‥‥)

ーー心から安堵した俺はそっと息を吐いた。



彼女の誕生日の日、俺は約束通りに彼女のマンションまで車で迎えに行った。

彼氏ができたから出掛けるのは見合わせますと断りの連絡が入るかと思っていたが、特にそれがなかったからだ。

なぜ彼女は断らないのだろうと不思議だったが、彼女の性格的に急なキャンセルは申し訳ないと俺に罪悪感でも持っているのだろう。

(そんなに気を使わなくても断ってくれる方がいっそ楽だ。何が楽しくて他に男ができた彼女と過ごさなくてはならないのか‥‥)

しかもマンションから出てきた彼女はニコニコと笑顔で機嫌が良さそうなうえに、いつも以上に美しさに磨きがかかっている。

(男ができて嬉しいのだろうな‥‥)

そんな不満と嫉妬が心の中を渦巻いていた。



だからだろう、俺は普通にしていたつもりだったが、終始不機嫌だったらしい。

いつもなら彼女と話す時はいつまでも会話が続くのに、今日は会話が弾まず、沈黙が多く訪れて気まずい空気が漂う。

それを彼女も感じていたのか、耐えられなくなった彼女から「もう帰りたい」という言葉が飛び出した。

しかも俺の時間をこれ以上もらうのは申し訳ないと、さも俺のためだという風に言うのだ。

その言葉に思わずムッとしてしまい、ついキツイ言い方で彼女を責めてしまった。

すると彼女は耐えられないとばかりに、涙を流し始めた。

まさか泣かれるとは思ってなくて思わず動揺し、咄嗟に指で彼女の涙を拭いながら謝る。

すると感情を溢れさせた彼女から思わぬ言葉が発せられた。

「いえ、私が悪いんです‥‥。常務に今日誘ってもらったのが嬉しくて、勝手にすごく楽しみにしてて。それで常務が今日全然目を合わせてくれなかったら悲しくなってしまって‥‥。常務は成り行きで誘ってくださって、忙しい中貴重な時間を割いてくださってるのに。全部私が勝手に期待して勝手に落ち込んでるだけなんです‥‥」


彼女はなにを言っているのか。

言葉通りに受け取るなら、それは彼女が俺のことを好きだと言っているようなものではないか。

つまり俺が見たあの男は彼氏ではない‥‥?

内心驚きつつも、嬉しい気持ちが胸の中に広がっていく。

俺は反射的に運転席から身を乗り出して助手席に座る彼女を抱き締め、宥めるように頭を撫でた。

俺と彼女の間では何か食い違いがありそうだと思った俺は、恥を偲んで素直に感じていたことを白状することにする。

たぶんここで自分を曝け出さないと取り返しのつかないことになると俺の直感が告げていた。

結果的にその俺の判断は正解だった。

彼女が男と一緒にいるところを見かけて彼氏だと思ったこと、それで拗ねていたことを吐露する。

すると彼女は思いもよらないことを言われたとでもいうように、驚きで大きく目を見開く。

そしてあの男は弟だと慌てて訂正する。

しかし俺には疑問が残る。

あの時、彼女はその男をとても恥ずかしそうに頬を染めながら見つめており、とても弟には見えない親密さだったのだ。

その疑問をぶつけると、急にぱっと顔を真っ赤にして、モジモジ身じろぎしながら、上目遣いで俺を見る。


「‥‥弟に照れていたのではなく、話していた内容が恥ずかしかったんです」

「なに話してたの?」

「‥‥常務と今日出掛ける約束をしたって話です」


つまり、俺のことを話していてあんな表情をしてたってことか?

それってやっぱり俺のこと好きって言ってるようなもんではないか。

先程の発言も含めると、はっきり「好き」とは言わないのに、彼女がそう思っているのは明白だった。

俺は少し意地悪い気持ちになり、彼女にはっきり言わせたいという想いに駆られる。

これまでの彼女の発言を挙げながら、問い詰めるように逃げ場をなくしていく。

無防備で無自覚で鈍感な彼女にしっかり俺のことが好きだと認めさせて、言葉にして欲しい。

無意識に逃げようとする彼女を離さずグッと抱き締め、彼女の名前を呼びかける。

「百合?」

「‥‥常務のことが好きです」


絞り出すようにようやく彼女がそう言葉にして口に出した。


(やっと手に入れられた‥‥)

他の男に盗られずに間に合って良かったとホッとする。

そして我慢できずに百合の唇を奪った。

初めて触れた唇は想像以上に柔らかい。

唇から伝わる熱は、百合と気持ちが通じ合ったことが感じられ、なんとも言えない喜びが胸に押し寄せた。

そのまま百合の唇を貪ってしまいたい衝動が襲うも、俺は一旦冷静になり顔を離す。

そして百合にこう問いかけた。

「さっき百合はもう帰ろうって言ってたけど、できればこのまま帰るんじゃなくて時間が欲しいんだけどいい?」

「はい」

「俺のせいで誕生日なのに百合を泣かせてしまったから、誕生日をやり直させてほしいんだ」

「常務‥‥」


目を潤めて嬉しそうに微笑む百合を見て、本当にさっきまでの拗ねていた俺はバカだったなと改めて思う。

せっかく楽しみにしてくれていたというのに。

「このままだと百合の28歳の誕生日が悲しい記憶になるから上書きさせて?」

「ありがとうございます。‥‥でも、さっき常務に好きって言ってもらえて、私にとってはそれだけでもう最高の誕生日になりましたよ‥‥?」

「‥‥!」

冷静になったはずなのに、また思わず百合の唇を奪ってしまった。

(なんて可愛いことを‥‥!きっと狙って言っているわけではなく、無自覚なんだろうけど、それでいて無防備だから心配になるな)

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それじゃ俺が納得できないから。今日って何時までに帰らなきゃいけないとかある?」

「いえ、特には」

「じゃあ明日の予定?」

「明日は午後から予定があります」

「分かった」


必要事項を確認すると、俺は一旦車の外に出て、電話をかける。

かけたのは、俺が持っているクレジットカードに付いているコンシェルジュサービスだ。

カード会員のビジネスや私生活が豊かになるよう、あらゆるサポートを行ってくれ、さながら個人秘書のようなものだ。

横浜で夜景が一望できるホテルのスイートルームを手配してくれるよう依頼する。

ほどなくして、ここから程近いラグジュアリーホテルの予約が完了した。

(せめて横浜の夜景でも楽しんでもらおう。ホテルなら人目を気にせずにゆっくりもできるし)

電話を終えた俺は車内に戻り、エンジンをかけ車を発進させる。

「どこに行くんですか?」

「この近くにあるミュンスターホテル」

「ミュンスターホテルって、最近できた予約が取りずらいって言われてるあのラグジュアリーホテルですよね!?」

「そう。今予約取れたから。明日の朝まで泊まっていこう。夜景が一望できるし、ルームサービスでもとってゆっくりすればいいしさ」

事もなげに言う俺に、百合はびっくりしたような顔をした。

ほどなくしてホテルに到着し、俺たちはチェックインを済ませるとスイートルームへ案内された。

「ス、スイートルーム‥‥!ひ、広い‥‥!」

部屋に入るなり、百合はあたりを見渡し上擦った声を上げた。

冒険するかのようにキョロキョロとひと通り見て回っている。

「百合、こっちおいで。だいぶ暗くなってきたから夜景がきれいに見えるよ」

大きな窓ガラスからは、横浜の景色が一面に広がっている。

窓ガラスに近づき、百合は目をキラキラと輝かせながら楽しそうに外を見ている。

夜景より百合の方が綺麗だなとぼんやり思いながら百合を眺めていると、百合がこちらに顔を向け、視線が重なった。

「私、スイートルームなんて初めてです。こんなに贅沢しちゃってなんだか申し訳なくって。いいんですか?」

「もちろん。俺がそうしたいんだから」

「ありがとうございます。素敵な誕生日プレゼントになりました」

「プレゼントは別にあるんだけどな」

「えっ?」

そういうと、俺はプレゼントの入った箱を懐から取り出した。

実は昨日の夜、これを買いに出かけた帰り道に百合が男といるところを見かけたのだ。

だから渡す機会は訪れないだろうと思っていた。

そのことは告げずに、プレゼントを百合に差し出す。

「誕生日おめでとう。気に入ってくれるといいんだけど」

「プレゼントまでいただけるなんて‥‥!ありがとうございます!開けていいですか?」

「どうぞ」

器用にラッピングを開けた百合は箱の中からそれを取り出す。

「わぁ!素敵なブレスレット!嬉しいです!」

目を細めて嬉しそうに声を上げる。

そう、取材を受けたあの日に、百合の手首には華奢なチェーンのブレスレットが似合うだろうなと思ったことを思い出して用意したのだ。

「つけてみてもいいですか?」

「ぜひつけて見せて欲しいな」

「はい!わぁすごく可愛いです!これならシンプルでさりげないから会社にもつけていけそうです」

「似合ってるよ」

意図していたわけではないが、確かに普段から身につけてくれるなら嬉しい。

女にアクセサリーを贈ると変に期待されるのが面倒で、実は今までプレゼントをしたことがなかった。

(男が女に身につけるアクセサリーを贈りたがる理由が初めて分かった気がするな。いつも身につけてもらって彼女を縛りつけておきたいっていう、これはある種の独占欲で束縛だな‥‥)

また自分の意外な一面が現れた気がした。


その後俺たちはルームサービスを頼み、お酒を飲みながら食事をゆっくりと楽しんだ。

先日の失敗からか、百合はお酒をセーブしている。

そんな様子も可愛かった。

食事を済ませると、百合はせっかくこんなに贅沢な空間だからお風呂にゆっくり入って楽しみたいと言って、ひとりでバスタイムを堪能しに行った。

その間、俺は窓からの景色を眺めながらウイスキーの入ったグラスを傾ける。

あんなに日中気まずい空気だったのが嘘のような穏やかで幸せな時間だった。



本当にゆっくり入っていたようで、1時間以上経ってから百合はバスルームから戻ってきた。

長く風呂に浸かっていたせいか、化粧を落とした頬は上気してほんのりと赤く色付いている。

そんな顔で白いバスローブを纏った姿はものすごく色っぽい。

脈が早くなるのを感じる。

「すごく長く入ってたけど、バスタイムは堪能できた?」

「はい。お風呂からも横浜の夜景が一望できて素敵でした」

「じゃあ俺もシャワー浴びてくるね」

百合と入れ替わりで、今度は俺がバスルームへ向かう。

(とりあえず俺もさっとシャワーを浴びてしまおう‥‥)

普段からもともと入浴時間が短いのもあり、短時間で済ませて部屋へ戻る。

部屋では、百合が大きな窓に手を当てて、外の景色を眺めていた。

「そんなに横浜の夜景が気に入った?さっきからずっと見てるね。飽きない?」

「全然飽きません。今日の幸せな気持ちを夜景と一緒に記憶に刻みつけておこうと思って」

「幸せな気持ちなんだ?」

「そんなイジワルなこと聞かないでください。常務のおかけですごく幸せな誕生日になりました。本当ありがとうございます」

外の景色からこちらへ振り向いた百合を俺はぎゅっと抱きしめた。

そのまま、おでこに、目に、頬にキスを落とし、最後に唇に触れた。

最初は軽いキスだったが、それはだんだんと深くなっていき、お互いを感じ合うように舌が絡み合う。

「んんっ‥‥」

百合の口から艶かしい息が漏れる。

「百合‥‥」

「はい、常務‥‥」

「仕事じゃないんだし、今後は俺のこと名前で呼んで?」

催促するように軽く百合の唇を噛む。

「んっ‥‥。りょ、亮祐さん」

「はい、正解」

このままベッドに押し倒してしまいたい。

それが正直な本音だったが、俺はそこで自分自身を制御した。


「本当はこのまま百合を押し倒してしまいたいんだけど、今日はやめとく」

「えっ」

「なに?押し倒して欲しかった?」

そう少しからかうと即座に百合は真っ赤になった。

「今日はさ、俺のせいで昼間に百合を泣かせてしまったからその罰として我慢するよ」

「常‥‥りょ、亮祐さん‥‥」

「ふっ。まぁ次は絶対に違う意味で泣かせてあげるけどね?覚悟しておいてね?」

「‥‥!!」

一生懸命に名前を呼ぼうとしているのが可愛くて思わず小さな笑いが漏れた。

笑いを含んだまま少しイジワルを言うと、百合は目を見開き、困ったように眉を下げながらさっき以上に赤くなって目を潤ませた。

「まぁ、今日は何もしないから、ただ一緒に眠ろう。それじゃ嫌?」

「嫌じゃないです」

「名前呼びだけじゃなくて、できれば敬語もやめて欲しいんだけどな」

「それは‥‥。努力しますけど、ハードルが高いのでちょっと時間をください‥‥!今日は名前だけで精一杯です!」

「そう、分かった。楽しみにしてるね」

「‥‥!」

百合はいちいち可愛い反応をしながら、やや恨めしげに俺を見上げる。

その視線には気づかないふりをして、俺は上機嫌に微笑んだーー。
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