私の瞳に映る彼。

美並ナナ

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38.再会(Side亮祐)

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長期出張で日本を経って約1ヶ月半。

だいぶ落ち着いてきたが忙しい日々だった。

このままいけば契約締結に漕ぎ着けられそうで、大塚フードウェイの海外事業にとって大きな動きとなるだろう。

仕事は順調に行きつつあるが‥‥。

百合の顔を思い浮かべる。

思い浮かぶ百合はいつも笑顔なのがせめてもの救いだ。

これで泣き顔ばかりが出てくるようなら、俺はいよいよ不安で押し潰されるだろう。



百合とは関係がギクシャクしたままで、話し合うことなく日本を発ってしまった。

百合は正直に包み隠さずに自分の過去を話してくれただけだ。

それも俺が聞いたから答えてくれたのだ。

なのに俺はそれを聞いてから疑念を取り払えずに、そして百合に聞けずにいるのだ。

(自分がこんなに臆病だとは思わなかった。本当に情けない。百合のことになると自分がコントロールできなくなってばかりだな‥‥)



百合とは定期的にメッセージのやりとりは交わしている。

「体調は大丈夫か?仕事はどうか?」など、俺を気遣うものだったり、「今日は同期の響子と女子会をした、オンライン英会話を頑張ってる」というちょっとした近況報告だったりだ。

俺も同じようなことを返信している。

最近は「どこのホテルに滞在してるのか?いつも何時くらいに戻るのか?」と、やや細かいことを質問されたのは記憶に新しい。


こうやってメッセージで繋がってはいるが、たまに不安に襲われる。

もし俺がメッセージを返さなければ、百合も送ってくることはなく、そのまま去って行ってしまうのではないか‥‥と。

彼女は基本的に受け身であり、そしてかつては“来るもの拒まず、去るもの追わず”だったのだ。

果たして俺に対しては違うと言い切れるのか。

俺がなにもしなかったら、そのまま百合は俺の手をすり抜けていくのではないかという不安が拭えないのだ。

「百合‥‥」

1人になったオフィス内で俺は百合の名を思わず小さく呟いていた。



その日はここ最近よりも仕事が終わるのが遅くなり、午後9時くらいにホテルに着く。

早く部屋に戻って横になりたいと足早にフロントを通り過ぎる。

このホテルにももう1ヶ月半ほど滞在しているので、フロントのスタッフとも顔見知りだ。

いつもにこやかに挨拶され会釈する程度だが、今日は様子が違った。

前を通り抜けようとすると、急に呼び止められたのだ。

「Excuse me, Mr. Otuka. May I have a moment?(すみません、大塚様。少しお時間よろしいでしょうか?)」

「Yes?(どうしました?)」

「I got a message for you.(大塚様に伝言を預かっています)」


思いがけないことを言われた。

(俺に伝言?ホテルのフロントで?)

心当たりがなく、怪訝な顔をしたのだろう。

フロントスタッフは少し申し訳なさそうに口を開く。

そうしてフロントスタッフが口にしたのは、さらに思いがけないことだった。

「The message is from a woman named Yuri Namiki. Do you know her?(伝言は並木百合という女性の方からです。ご存知の方ですか?)」

思わぬ名前に俺は目を見開く。

(百合!?百合がなんでホテルのフロントに伝言なんかしてるんだ‥‥?)


「What is that message?(その伝言は何て?)」

「She said I’m in the tea lounge here.(ここのティーラウンジにいるとおっしゃっていました)」


(え?百合がここにいる??)


伝言の内容も訳がわからない。

百合がここにいるはずなんてないのに、誰かの悪戯かとさえ思った。

俺はとりあえずフロントスタッフに礼を言うと、ティーラウンジへと向かう。

その時ふとスマホを見るとメッセージが届いていることに気がついた。

見ると百合からで、ホテルに戻ったら電話が欲しいとのことだ。

電話が欲しいといわれるのは珍しいので、何かあったのかもしれない。

ティーラウンジへの歩みを進めながら、そのままスマホで百合に電話をかける。

すると、数コールもしないうちに百合の声が聞こえた。

「もしもし、亮祐さん?ホテルに戻ってきたの?」

電話口の百合は外にいるようで、少し周囲の声が耳に入る。

その声は日本語ではなく英語だ。

「百合、今どこにいるの?」

そう聞いたのと、俺がティーラウンジに到着したのはほぼ同時だった。

そして俺の目は目敏く百合の後ろ姿をすぐに捕らえる。

(まさか、本当に百合がニューヨークに?信じられない‥‥!)

そのまま百合の後ろ姿を目に入れ、俺は近づく。

百合は俺にはまだ気付いていないようで、そのまま電話で話し続けている。

「実はね、ニューヨークに来ててね、亮祐さんが泊まってるホテルのティーラウンジにいるんです。ちょっとだけ会えたりする?」

恐縮するように伺う百合の声が、電話越しではなく直接俺の耳に飛び込んできた。

「ちょっとだけなの?ちょっとだけで百合はいいの?」

スマホを当てている耳と反対側の耳元でそう囁きながら、俺は後ろから百合を抱きしめた。

「‥‥亮祐さん!」

後ろからハグされたことで俺に気付いた百合は驚きで身を硬くしている。

「まさか百合がニューヨークにいるなんて。驚いてるのは俺の方だよ。いつ来たの?」

「今日の昼頃です。それよりちょっと、こんな人前で恥ずかしいです。ふ、普通に座って話したい‥‥!」

耳元まで真っ赤にする百合が本当に可愛くて仕方ない。

ニューヨークまで来てくれたという嬉しさもあって、さっきまでの疲れなんか吹き飛び、俺の心は高揚している。

「海外だしこんなの普通だよ。でもまぁ百合がそういうなら」

俺はハグを解いて、百合の前の席に座り、百合を真正面から見る。

(あぁ、久しぶりの百合だ)

約1ヶ月半ぶりの百合は特に変わっておらず、俺の知っている百合だった。

そのことにひどく安堵する。


「仕事休み取って来たの?ニューヨークに来たのは何か理由でもあって?」

「そんなの亮祐さんに会いに来たに決まってるじゃないですか‥‥!」

「百合が俺に‥‥?」


それはとても意外なことだった。

百合が俺に会いたくて自分から行動に移すなんて、しかも国内ではなく海外へだ。


「‥‥意外ですか?」

「うん、正直言うと驚いた。百合が自分から動くことってなかったから」

「そうですよね。私っていつも受け身ですよね」


自嘲めいた笑いを漏らす百合を見て、何か心境の変化でもあったのだろうかと感じた。


「あの、突然押しかけて来てごめんなさい。それで、亮祐さんの都合のつく時でいいから、もし良かったら少し時間が欲しいんです」

「もちろん。むしろニューヨークに百合がいる間はここに一緒に滞在して欲しい」

「えっ?でも私泊まるところはもう予約してあるし‥‥」

「そんなのキャンセルすればいい」


俺はそこを譲るつもりはなかった。

せっかく百合がニューヨークにいるというのに、別々にいるなんて馬鹿馬鹿しい。

キャンセル料がかかろうと、そんなの百合と過ごす時間の価値に比べると大した事ない。


「さぁ、とりあえず俺の部屋に行こう。百合もそのまま泊まっていけばいいよ。荷物は明日昼間にでもホテルから取っておいで」

有無を言わせずに俺は百合を説得すると、百合の手を引き、部屋へと導いた。
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