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プロローグ
人は驚きすぎると息をすることを忘れてしまうらしい。
リースベットは、父親から手渡された書状に目を通した時、初めてその事実を知った。
息苦しさを感じて、自分が思わず息を止めてしまっていたことに気がつき、慌てて空気を吸い込んだ。
しかし、いまだ目は書状に釘付けである。
これは何かの間違いではないか、と何度も何度も読み返す。
ただし、いくら読み返そうとも、書状に綴られた文面が変わることはなかった。
信じられない内容に、驚きから書状を持つ手が小刻みに震え出す。
……これは一体……?
事の始まりは、つい数分前のこと。
朝食が終わって少し経った頃、屋敷の裏庭に慌てふためくような足音が響き渡った。
音の出どころは、この家の主。
リースベットの父親である、エイムズ伯爵だった。
エイムズ伯爵は、今しがた読んだばかりの書状を手に握りしめて、脇目も振らずに裏庭を進んでいく。
到着したのは、ひっそりと佇むみすぼらしい小屋だ。
その扉を、エイムズ伯爵はノックもせずに無遠慮に押し開けた。
「お、お父様……!?」
中にいたリースベットは、突然の訪問者に目を見開く。
なにしろ常日頃からリースベットの存在は父親の視界に入っていない。
娘として扱われた記憶は皆無。
業務連絡など必要最低限の言葉を交わすくらいで、まともに会話をしたことがなかった。
そんな相手が自分の部屋に突然押し入って来たのだから、リースベットの驚きは推して知るべしだろう。
「これはどういうことだ!」
ツカツカと大きな足音を立てて近づいてきたエイムズ伯爵は、興奮して声を荒げながら、手に持っていた書状をリースベットに押し付けた。
書状の封蝋には、貴族のものと思われる意匠が見える。
記憶違いでなければ、確かあれはシャロック公爵家の意匠のはずだとリースベットは思った。
条件反射で書状を受け取ったリースベットだったが、自分なんかが高位貴族からの書状を見て良いのだろうか、と不安に駆られてそろりと父親の様子を窺った。
「今すぐ読めッ!」
だが、リースベットの心配は杞憂だったようだ。
なぜだか分からないが、父親はこの書状をリースベットに見せることが目的らしい。
強めの命令口調にビクリとしながら、その指示に従って、慌ててリースベットは書状に綴られた文字を目で追いかけ始めた。
そして……
冒頭のとおり、呼吸を忘れるほど仰天した。
……し、信じられないわ……。
高位貴族らしい、洗練された時候の挨拶から始まるその書状。
それは一言で言えば『結婚の申込』だった。
政略結婚が多い貴族社会において、『結婚の申込』自体はごく普通のことだ。
なにも驚くことはない。
だが、リースベットが驚愕し、父親であるエイムズ伯爵が取り乱している理由は、その内容の方にある。
そう、『結婚を申し込んできた者』と、『申し込まれた者』が問題だ。
……あのシャロック公爵様が、わ、私に……?
ありえない。
絶対に、絶対に、絶対に、ありえない。
これはなにかの間違いだ、とリースベットは激しく動揺した。
容姿も、家柄も、地位も兼ね備えたシャロック公爵は、社交界で女性の憧れの的である。
未婚の令嬢たちのみならずご夫人たちからも熱い視線を送られている貴公子だ。
つまりは結婚相手などよりどりみどり。
あえてリースベットのような貧乏伯爵家の地味な令嬢を選ぶ必要なんてない。
夜会で見かけたことはあるが、言葉を交わしたことすらないのだ。
リースベットはこの申し出の真意が分からず困惑を隠せなかった――。
リースベットは、父親から手渡された書状に目を通した時、初めてその事実を知った。
息苦しさを感じて、自分が思わず息を止めてしまっていたことに気がつき、慌てて空気を吸い込んだ。
しかし、いまだ目は書状に釘付けである。
これは何かの間違いではないか、と何度も何度も読み返す。
ただし、いくら読み返そうとも、書状に綴られた文面が変わることはなかった。
信じられない内容に、驚きから書状を持つ手が小刻みに震え出す。
……これは一体……?
事の始まりは、つい数分前のこと。
朝食が終わって少し経った頃、屋敷の裏庭に慌てふためくような足音が響き渡った。
音の出どころは、この家の主。
リースベットの父親である、エイムズ伯爵だった。
エイムズ伯爵は、今しがた読んだばかりの書状を手に握りしめて、脇目も振らずに裏庭を進んでいく。
到着したのは、ひっそりと佇むみすぼらしい小屋だ。
その扉を、エイムズ伯爵はノックもせずに無遠慮に押し開けた。
「お、お父様……!?」
中にいたリースベットは、突然の訪問者に目を見開く。
なにしろ常日頃からリースベットの存在は父親の視界に入っていない。
娘として扱われた記憶は皆無。
業務連絡など必要最低限の言葉を交わすくらいで、まともに会話をしたことがなかった。
そんな相手が自分の部屋に突然押し入って来たのだから、リースベットの驚きは推して知るべしだろう。
「これはどういうことだ!」
ツカツカと大きな足音を立てて近づいてきたエイムズ伯爵は、興奮して声を荒げながら、手に持っていた書状をリースベットに押し付けた。
書状の封蝋には、貴族のものと思われる意匠が見える。
記憶違いでなければ、確かあれはシャロック公爵家の意匠のはずだとリースベットは思った。
条件反射で書状を受け取ったリースベットだったが、自分なんかが高位貴族からの書状を見て良いのだろうか、と不安に駆られてそろりと父親の様子を窺った。
「今すぐ読めッ!」
だが、リースベットの心配は杞憂だったようだ。
なぜだか分からないが、父親はこの書状をリースベットに見せることが目的らしい。
強めの命令口調にビクリとしながら、その指示に従って、慌ててリースベットは書状に綴られた文字を目で追いかけ始めた。
そして……
冒頭のとおり、呼吸を忘れるほど仰天した。
……し、信じられないわ……。
高位貴族らしい、洗練された時候の挨拶から始まるその書状。
それは一言で言えば『結婚の申込』だった。
政略結婚が多い貴族社会において、『結婚の申込』自体はごく普通のことだ。
なにも驚くことはない。
だが、リースベットが驚愕し、父親であるエイムズ伯爵が取り乱している理由は、その内容の方にある。
そう、『結婚を申し込んできた者』と、『申し込まれた者』が問題だ。
……あのシャロック公爵様が、わ、私に……?
ありえない。
絶対に、絶対に、絶対に、ありえない。
これはなにかの間違いだ、とリースベットは激しく動揺した。
容姿も、家柄も、地位も兼ね備えたシャロック公爵は、社交界で女性の憧れの的である。
未婚の令嬢たちのみならずご夫人たちからも熱い視線を送られている貴公子だ。
つまりは結婚相手などよりどりみどり。
あえてリースベットのような貧乏伯爵家の地味な令嬢を選ぶ必要なんてない。
夜会で見かけたことはあるが、言葉を交わしたことすらないのだ。
リースベットはこの申し出の真意が分からず困惑を隠せなかった――。
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