幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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02. 異母姉の付き人という役割

「アメリア嬢、今夜も素晴らしくお美しい」

「どんな宝石も貴女の美貌を前にすると霞んでしまいますね」

「まるで大輪のバラのようだ……!」


 某侯爵家が主催する夜会。

 この夜も、アメリア・エイムズ伯爵令嬢は、その場にいる男性たちの熱い視線を一身に集めていた。

 腰まで伸びた艶やかな金髪、透き通るように美しく輝く青い瞳。

 可憐な顔立ちとは裏腹に、体つきは豊満で、切り込みが深いドレスから覗く谷間ときゅっと細い腰が目を引く華やかな美女である。

 十六歳の社交界デビューで彗星の如く現れ、未婚の男性からは妻に、既婚男性からは愛妾に、年老いた寡夫からは後妻にと熱烈な申込が絶えない。

 アメリアの母が元平民であり、彼女自身も元庶子だということは知られているが、血筋を重んじる一部の者を除けば、ほとんどの男性たちは「そんなのは瑣末なことだ」と口を揃えて言う。

 元庶子だという事実を補って余りある、輝かんばかりの美貌。

 会話や手紙を通して窺い知れる教養深さ。

 そして母が元平民とはいえ、紛れもなく歴史ある伯爵家の血を引いている令嬢だ。

 妻に迎えるには十分すぎると求婚者たちは判断している。
 
 アメリアが十九歳となった現在、そろそろ伴侶を選ぶのではと予想されており、最近は特にアピール合戦が盛んとなっていた。

 そのため、今、目の前で繰り広げられている光景も、夜会に出席している人々にとってはもはやお馴染みとなった一幕である。

 当のアメリアはといえば、エスコート役の兄から離れると、自らを囲む男性たちに大輪の花のような笑顔を向けた。

「ふふっ。お褒めいただき嬉しいですわ。ありがとうございます」

 美女の艶やかな笑みに、思わず見惚れる男たち。

 そんな彼らを前にアメリアはさらに言葉を続けた。

「ドルフ様は騎士団で部隊長に任命されたと聞きましたわ。おめでとうございます! それに、ライナス様のご領地では最近絹の品質向上に取り組んでらっしゃるとか。ぜひお話を伺いたいですわ!」

 名指しで話しかけられたドルフとライナスは、アメリアが自分に関心を持ってくれていたのだと目を輝かせる。

 周囲いた他の者たちも、社交の場で相手に合わせた話題を提供するアメリアの聡明さに、ますます自分の妻にしたいという想いを強くした。

 アメリアの横に控える取り巻きの令嬢たちには目もくれず、少しでも気を引こうと口々に彼女を讃える言葉を紡ぐ。

「そんなにお褒めの言葉ばかりいただくと照れてしまいます」

「照れているアメリア嬢もお美しい……!」

「ふふっ。恥ずかしいですわ。ところで皆さま。わたしの友人のナディア様の今夜の装いもご覧になって? とっても素敵だと思いません? まるで妖精と見間違うほどの可憐さだわ」

 男性たちとの会話ににこやかに応じていたアメリアだったが、しばらくすると話の矛先を取り巻き令嬢たちにも向ける。

 実はこういうところが彼女の人気の真髄だ。

 他者へも気遣いできる聡明さに、男性たちはグッと心を掴まれる。

 そして令嬢たちも、男を独り占めしないアメリアに好感を抱く。

 ただでさえ、アメリアには有望な男性たちが群がってくるので、取り巻きとして近くにいるだけでもおこぼれにあずかれるという利点があった。

「そ、そんな! は、恥ずかしいですわ……! でもアメリア様にお世辞でもそう言って頂けるなんて感激です!」

「お世辞だなんて。本心ですわ。ナディア様の髪飾りも、ルージェナ様のネックレスも素敵ですもの。わたしの今夜の装いは地味すぎたかもしれないと少々後悔してますのよ?」

「まあ! なにを言うの! アメリアは何を着ても素敵だわ。その場にいるだけでパッと華やぐもの」

「確かにルージェナ嬢の言う通りだ。ただ、ルージェナ嬢もナディア嬢もこの夜会に華を添えてくださってますよ」

「もう、ドルフ様ったらお上手ですわ……!」


 アメリアを中心に、彼女を取り囲む妙齢の男女たちは、ワインを片手に楽しげに会話に興じる。

 しかし、その中で一人だけ、まったく歓談に加わっていない令嬢がいた。

 薄茶色の長い髪は少々パサついており、顔を隠すように伸びた前髪から覗く榛色《ヘーゼル》の瞳は伏し目がちだ。

 貧相な身体に身につけているベージュ色のドレスは心ばかりの装飾しかなく、流行遅れで野暮ったい。

 全体的に地味な印象を受ける令嬢だった。

 その令嬢は誰の目にも留まることなく、まるで背景に溶け込むかのように、存在感を消してアメリアの斜め後ろに佇んでいる。


 ……しばらくはこのまま歓談が続きそうね。


 令嬢は冷静にその場の様子を観察すると、何事かを判断したようで、そのままそっと夜会会場を抜け出し、人気ひとけのない庭園へ足を向けた。

 そしてキョロキョロと辺りを見回して周囲に誰もいないことを確認すると、ふぅっと息を吐き出す。

 ひんやりとした外の空気が疲れた身体に心地良い、と令嬢は思わず表情を緩めた。

 ……お姉様の付き人として夜会に出席するようになってもう二年になるけど、やっぱり慣れないわ。

 そう、この令嬢はリースベット。

 リースベットは使用人仕事の傍ら、十六歳の頃から時折こうして異母姉アメリアに付き従って社交の場に出るようになっていた。

 ちなみにこれはリースベットの意思ではない。

 父であるエイムズ伯爵による命令であった。

 
 時は三年前に遡る。

 美しく成長したアメリアは、社交界で注目を集め、エイムズ伯爵家には数えきれないほどの縁談が舞い込むようになっていた。

 この時、エイムズ伯爵は己の娘の価値を踏まえて、即決するのではなく、時間をかけてじっくりより良い条件の縁談を追求することに決めた。

 より爵位が高く、より多くの結納金を気前よく払ってくれる、より裕福でエイムズ家の財政難を助けてくれる家を望んだのだ。

 もちろん愛する娘のために、良い伴侶を選んでやりたいという親心もあった。

 リースベットと違って、愛する妻との間に生まれた己の血を継ぐ子どもは可愛いのだ。

 しかし、チヤホヤされたアメリアは気分を良くして、自分に言い寄ってくる男たちと火遊びをする様子が見受けられるようになった。

 まだ軽い遊び程度だが、このままでは最高の縁談が決まる前にその場の雰囲気で純潔を散らしてしまうかもしれない。

 それに九歳まで平民として下町で過ごしていたゆえに、教育が足りておらず、貴族の令嬢に必要とされる教養が不足しているのは否めなかった。

 そこでエイムズ伯爵が閃いたのが、アメリアが夜会や舞踏会に出席する際、リースベットを付き人として付けることだった。

 アメリアが不用意に男と二人きりにならないよう、変な男を近づけないようリースベットに監視させ、さらに傍で教養の不足も補わせたのだ。

 実は先程も、リースベットは周囲の人物を確認した後、話題に適した情報を事前にアメリアにコソッと伝えていた。

 また、欲求のままに男性とばかり話をするアメリアに代わり、その場の空気を読んで令嬢にも話を振るように合図をしたりもしていた。

 アメリアは瞬間的な記憶力と演技力には秀でている。

 だからこそ成り立つことでもあった。

 ただし、アメリアはこの状況を快く思っていない。

 いや、ハッキリ言って不満に思っている。

 父親に言われたから渋々従っているのであって、忌み嫌うリースベットが自分の近くにいることが不快でしょうがないのだ。

 リースベットもそれは重々察している。

 だからこそ、怒りを買ってしまわないよう、アメリアが複数人と歓談している時などは離れるように配慮していた。

 ……それにこの時間だけは、ホッと一息つけるものね。

 リースベットはおもむろにドレスの胸元に潜ませておいた小さな布袋を取り出した。

 自作のポプリだ。

 屋敷の庭掃除の時に拾ったジャスミンやフリージアの花びらに、少量のオイルを加えたものである。

 ふわりと広がる花々の香りは、疲れた心を優しく癒してくれる。

 普段心を押し殺した生活を送るリースベットにとって、ポプリ作りは唯一の楽しみでもあった。

 ポプリの袋に顔を近づけて胸いっぱいに香りを吸い込むと、リースベットは先程の夜会で気になった点について思いを巡らせた。

 ……お姉様は殿方からの熱烈な求婚に嬉しそうにされていたけれど、いつ相手が決まったことを公にされるのかしら?

 そう、実はこの夜会の数日前、水面下で調整を進めていたアメリアの縁談が正式にまとまっていた。

 お相手は、過去に大臣も輩出している名家・フェレロ侯爵家の嫡男。

 名をドミニクという。

 次期侯爵であり、王宮に徴税官として出仕する二十五歳の好青年だ。

 伯爵家よりも爵位が高い家柄、裕福で、将来性もあり、悪い噂もなく、容姿もそれなりに整っている。

 これ以上望むべくもない、まさに理想のお相手だった。

 この縁談をまとめたエイムズ伯爵はホクホク顔で、最近は終始機嫌が良い。

 義母も愛娘が高位貴族の一員になれるとあって、興奮が隠しきれないようだった。

 一方、当事者であるアメリアは一応満足しているものの、別にいた本命には手が届かずで、多少の悔しさを滲ませていた。

 いつも夜会に帯同していたリースベットは知っている。

 アメリアがシャロック公爵家の兄弟を狙っていたことを。

 王家とも血縁関係にある名家中の名家・シャロック公爵の兄弟は、二人ともまだ未婚だ。

 しかも兄弟揃って驚くほどの美形である。

 特に兄はすでに爵位を継いでおり、現在公爵家当主だ。

 それすなわち、彼と結婚すれば即座に公爵夫人の座を射止められるという意味である。

 しかも王宮では宰相補佐官を務めており、次期宰相が確実視されている有能さだ。

 好条件揃いの彼に求婚が殺到するのは至極当然であり、例に漏れずアメリアも虎視眈々と近づこうとしていた。

 二十四歳という年齢からも、そろそろ当主の責務として跡継ぎ作りを考え始めるだろうと、ここ数年、妙齢の令嬢は見初められるべく己の美を磨くことに余念がなかった。

 だが結局、彼は自分にアプローチしてくる令嬢たちに当たり障りなく接するだけ。

 誰とも縁談を進めている様子もない。

 あまりに打っても響かない態度に、二十代が迫ってきたアメリアもようやく他にも目を向けることにしたらしい。

 そうしてトントン拍子に決まったのが、前述の侯爵家嫡男・ドミニクとの婚姻である。

 少しでも早くアメリアと結婚したいという相手側からの熱烈な要望により、婚約期間は三ヶ月だ。

 半年から一年くらいの婚約期間が一般的ではあるが、絶対の決まりではない。

 すぐにでもまとまった資金が欲しい懐事情のエイムズ伯爵家にとっては、その分早く結納金が手に入るメリットがあるため、願ってもない申し出でもあった。


 ……三ヶ月後にはお姉様の姿を屋敷でお見かけすることがなくなるのね。


 それはリースベットにとって、いまだに信じられず、実感の湧かないことである。

 異母姉に蔑まれることも、こき使われることも、物を捨てられることも、きっとなくなるのだろう。

 それに今日のように夜会に出席したり、異母姉が送る手紙の代筆をしたりする必要もなくなるはずだ。

 ……その分の時間を掃除や洗濯に回せたら、もっと多くの仕事をこなせるかしら?

 もしも、さらに時間に余裕が持てるようなら、ポプリ作りに時間を使えればいいな、とリースベットは小さく微笑みを浮かべる。


 再度ポプリから漂う花の香りを堪能しながら、三ヶ月後の自身の生活に思いを馳せたのだった。
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