幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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04. 『盗人』

――「リースベット・エイムズ伯爵令嬢との子が欲しいからだ」


 今しがた耳にしたこの台詞にリースベットは「こ、子ども!?」と驚きで目を丸くした。

 思わず声が出そうになり、慌てて両手で口を塞ぐ。

 応接間の中を覗き見れば、父と義母も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 
「リ、リースベットとの子、ですか……?」

 いち早く驚きから脱してハッとした父は、まだ会話の途中であったことを思い出し、コホンと咳払いすると再びシャロック公爵に問いかける。

 真意を正確に理解するべく相手の顔色を窺いながら慎重に言葉を選んでいるようだ。

「知っての通り、私は公爵家の当主だ。家の存続のためにも後継となる子をなす義務がある」

「ええ、それはそうでしょうが……」

「父から爵位を継いで二年経ち、ようやく諸々落ち着いてきたところだ。それに私ももう二十四であるし、そろそろ子づくりを真剣に考えなければと思っている。つまり今が結婚に適したタイミングというわけだ」

「な、なるほど。ですが、そこでなぜリースベットなのでしょう……?」
 
「エイムズ伯爵なら察しがつくのでは? 御家が誇る部分なのだから」

 父からの質問に対して、シャロック公爵は何の気負いもなく、淡々と返答していった。

 そして最後に、意味深な言葉を告げると、試すような視線を父へ向ける。


 ……エイムズ伯爵家が誇る? あっ!!

「――――!!」

 リースベットがピンと来たのとほぼ同じタイミングで父も気づいたらしい。


「そういうことだ」

 父が察したのを悟ると、公爵は軽く頷いて肯定を示し、口の端に微かな笑みを浮かべた。

「……なるほど。そういうことでしたか」

「リースベット嬢には婚約者はおらず、現在どこの家とも縁談は進んでいないということも当家では把握している」

「そ、そこまで調べられているのですか……」

「相手のことを調査するのは基本だろう? 私は余計な婚約期間など設けず、すぐに結婚できる令嬢を求めている。その点においてもリースベット嬢は条件に合う」


 ここまで聞いて、リースベットはなぜ自分なのかという当初の疑問を解消するに至った。

 まったく心当たりがなくて驚きと困惑で騒がしかった胸中は今やすっかり落ち着きを取り戻し、シャロック公爵の申し出に納得もできた。

 ……そういうことだったのね。公爵家では『多産の血筋』を求めていらっしゃるのだわ。
 

 『多産の血筋』――それはエイムズ伯爵家が長い歴史の中で婚姻外交の際にアピールポイントとしてきた点である。

 言わば、特産品のようなもの。
 
 エイムズ家出身の女性は子宝に恵まれる傾向が見られたため、何代も前の当主が社交界でそう言い広めたのが始まりだと言われている。

 貴族家当主にとって子をなすことは義務だ。

 優秀な後継を得るためにも、婚姻で他家と縁を繋ぐためにも、子は多い方がいい。

 きっとシャロック公爵家もそういう期待を抱いてエイムズ伯爵家に結婚打診をしてきたのだろう。

 そしてそのエイムズ伯爵家で今現在未婚の女性に該当するのはリースベットのみである。

 ……だから、だったのね。


 リースベットや父はここまでのやりとりで、今回の結婚申込の背景を正確に把握するに至っていた。

 しかし元平民の義母は、未だによく分からないという顔をしている。

 伯爵家の歴史にさほど精通していない上に、貴族の事情にも疎いため、もはや会話についていくことすら難しいようだった。

「では納得してもらえたところで、続いて婚姻における諸条件を詰めさせてもらいたい。こちらが当家からの提案内容だ」

 そんな義母に対して、シャロック公爵は言葉を尽くして納得を引き出すつもりは毛頭ないらしい。

 義母を置き去りに、さっさと話を次に進め始めた。

 背後に控える従者から書類を受け取ると、それをテーブルの上に置き、父と義母へ提示する。

「当家からの結納金だが――……」

 諸条件について話が進み出したところで、リースベットは足音を立てないようそっとその場を後にした。

 知りたかったことは知れた。

 納得もできた。

 もう十分だ。

 これ以上ここにいるのはリスクが高い。

 万が一見つかってしまえば、父や義母の怒りを買ってしまうだろうから。


 
 その日の夜。

 義母用の湯浴みの準備のため、リースベットが井戸から組んだ水を熱して浴槽に運んでいると、突然父から呼び出しを受けた。

 呼ばれた場所へ行ってみれば、そこには父のほか、義母と異母兄も揃っていた。

 三人の目が一斉に自分の姿を捉え、視線が突き刺さる。

 その視線から逃れるようにリースベットは俯き、なんとも言えない居心地の悪さに耐え忍んだ。

「呼んだのはほかでもない、お前に話がある」

 そう切り出した父は、予想通りシャロック公爵からの結婚申込の件について話し出した。

 盗み聞きしていたことは秘密なので、リースベットは何も知らないふりをして黙って耳を傾ける。

 リースベットが去った後の話も含まれているだろうから、しっかり聞いておかねばならない。

「結論から言うが、シャロック公爵とお前の結婚が決まった。先方の都合により明日嫁いでもらう」

「あ、明日ですか……!?」

 冒頭から衝撃的な内容だった。

 思いがけない父の言葉に、リースベットは顔を上げ、目を見開く。

 口ごたえをすると叱責が飛ぶため、いつもは必要最低限の相槌しか打たないが、この時ばかりは思わず声を発してしまった。

 確かに、盗み聞きした際に公爵は「余計な婚約期間はいらない」と言っていた。

 でもまさか婚約期間を全く設けず、明日嫁ぐことになるとは。予想外すぎる事態だ。

「明日の午後に公爵家から迎えの馬車が来るそうだ。それまでに荷物をまとめておけ。良いな?」

「は、はい……」

「準備が間に合わなければ、それはエイムズ伯爵家の恥となる。我が家に泥を塗るな。分かってるな?」

「き、肝に銘じます……」


 何度も何度も念押しされ、混乱しつつもリースベットはこくこく首を縦に振る。

 もとより伯爵家当主である父の決定に意を唱える権利などない。

 伯爵令嬢としてまともに社交もこなした経験がない自分なんかが、公爵家などに嫁いで大丈夫なのだろうかという不安はある。

 だが、結納金などの諸条件も踏まえてすでに当主判断で決議済みであり、先方とも合意が済んでいるのだ。

 すでにどうこうできる段階は過ぎており、今やこの婚姻はエイムズ伯爵家とシャロック公爵家が締結した契約である。

 仮にリースベットが異議を唱えたくても、もうどうしようもないだろう。

 ……これからの生活に対する不安よりも、今は残された時間の方が気になるわ。

 今から明日の午後までにあまり時間がない。

 リースベットが担っている使用人仕事も今後どうするか、他の使用人とも相談しなければいけないだろう。

 これは思っている以上にやることが多いかもしれない、とリースベットが頭を悩ませていると、ふと殺気立った視線を感じた。

 義母だった。

 真っ赤な顔で唇を噛み締め、刺殺さんばかりの鋭い眼差しをリースベットに向けている。

 記憶の中のどの時よりも憎しみの籠った顔をしていた。

「ああ、ああ、本当に忌々しい! 憎すぎて気が狂ってしまいそうだわ……!」

 義母はバンと大きな音を立てて両手で机を叩き、椅子から立ち上がる。

 そしてツカツカと速足でリースベットの方まで歩み寄って来ると、いきなり平手で頬をひっぱたいた。

 バシッ――という鈍い音が部屋に響く。

 ……えっ……!?

 リースベットは一瞬なにが起きたのか分からなかった。

 頬に鋭い衝撃が走り、視界がぐらりと揺れ、周囲の音が遠くなる。

 次第に頬にジンジンとした熱い痛みを感じ、頬を叩かれたのだと理解が追いついた。

 義母は日常のように口撃はしてくるが、今まで手を出してきたことはなかった。

 一線を越えた所業に、義母が未だかつてないほど憤っているのが分かる。

 唖然とするリースベットに対し、義母は一発ではまだ叩き足りなかったようで、再び大きく手を振りかざす。

 さすがにマズイと思ったのか、慌てて異母兄が止めに入る。

 羽交い締めするようにして動きを封じたが、頭に血が上っている義母の勢いは止まらない。

 その状態のままで、リースベットをキッと睨みつけ、髪を振り乱してがなり立てる。

「やはりあの女の子どもね。お前も根っからの盗人だわ! シャロック公爵と結婚ですって? それは本来アメリアへのものだったのよ!?」

「………」

「だってそうでしょう? あの方はをご所望だったのだもの。でもタイミング悪く、アメリアが嫁いでしまった後だったのよ。そうでなければシャロック公爵へ嫁ぐのはアメリアだったのよ!」

「………」

「嫁いで公爵夫人になるからって調子に乗らないことね。よく覚えておきなさい。その立場はあくまでもアメリアから盗んだものよ。お前のものではないの。いずれお前もお前の母親と同じような末路を辿るはずよ。きっと本来の持ち主に戻されることになるわ!」


 義母の言葉がグサリと胸に刺さった。

 反論のしようがないほどその通りだったからだ。

 そう、この結婚は『多産の血』を引くエイムズ伯爵の令嬢なら誰でも良かったのだ。

 それがたまたまリースベットだっただけのこと。

 より正確に言うならば、リースベットという選択肢しかなかった。

 これが数日前ならば状況はまったく異なる。

 アメリアとリースベットであれば、比べるまでもない。

 誰もが迷うことなくアメリアを選ぶだろう。

 だから義母の指摘は正しい。

 シャロック公爵の妻という立場は、本来アメリアのものになるはずだったのだ。


 ……私はまた『盗人』になってしまったのね。


 その事実に胸が張り裂けそうになる。

 リースベットの胸には、悲しさとやるせなさがしみじみと刻み込まれたのだった。
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