幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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13. 侍女の奮起

「で、で、奥様! 効果はいかがでした!?」

 翌朝、アイゼルが寝室を出て行った後、入れ替わりでやって来たエルマが、リースベットと顔を合わせるや早々、興味津々な笑顔で尋ねてきた。

 なんの効果かは口にしなくとも明白だ。

 リースベットはなんと答えたものかと悩み、困ったように眉を下げる。

「えっ、うそ! もしかしてダメでした!?」

 リースベットの表情を見て、勝手にイマイチだったと結論付けたエルマは難しい顔で腕を組み、ブツブツ独り言を呟き始める。

「う~ん、フェラで喜ばない男とかいる? それとも旦那様って不感症? フェラなら万事オッケーと思ったけど、それでダメなら今度はエッチなおねだりするとか言葉や仕草で攻めてみる方がいいかな? それか騎乗位でいっちゃう?」

 早口でエルマが発するいくつかの単語をリースベットは理解できなかったが、なんとなくさらなる策を授けようとしていることだけは察した。

 そこで慌てて手を横に振る。

「あのね、エルマ。その、色々考えてくれるのは嬉しいのだけど、そのことはもういいかなって思ってるの」

 そしてすかさずこれ以上の指導は不要な旨を告げた。

 リースベットがこう述べたのには二つの理由がある。

 一つ目は、何を隠そうアイゼルから止められたからだ。

 実は今朝、アイゼルは珍しくリースベットが起きるまで寝室に留まっていた。

 いつもならリースベットが目覚める頃にはいなくなっているのに。

 朝の寝室でアイゼルを目にするなど新鮮で、リースベットが陽の光に照らされた端正な顔をぼんやり見つめていたら、唐突にこう尋ねられた。

「昨夜のことだが……」

「えっ? あ、はい。なんでしょう?」

「………単刀直入に聞く。君はどこであんな奉仕の仕方を覚えたんだ?」

 改めて昨夜の行為を口にされると、今更ながらに非常に恥ずかしい。

 リースベットは羞恥心にさいなまれ、耳まで赤く染めながら、正直に事実を打ち明けることにした。

「その……実は、エルマに教えてもらいました。……男性に喜んでいただけると聞いたのですが、もしかしてお嫌でしたか……?」

「俺を喜ばせたくて……?」

「はい。私になにかできることはないかな、と思いまして……」

「……そうか、それならいいんだ。嫌でもなかったしな。…………それにしてもエルマめ、あいつ俺を悶え殺すつもりか?」

 最後にボソリと呟かれたアイゼルの一言が聞き取れず、リースベットは不安そうに首を傾げた。

 だが、アイゼルは「なんでもない」の一点張りで結局誤魔化されてしまったのだが、なんとなく張り詰めていた空気が緩まったのを肌で感じて、リースベットは内心ホッと息を吐いた。

 一方のアイゼルが他の男から教わったという最悪の想像を払拭でき安堵しつつも、情報源がエルマだと聞き、なんとも複雑な気分になっているなどリースベットは思いもよらない。


「リースベット、俺を喜ばせようとしてくれるのはありがたいんだが……エルマに教えを請うのはやめてくれないか?」

「えっ? あ、はい。分かりました。申し訳ありません。ご不快でしたよね……」

「いや、不快というか……」

 ただでさえ可愛すぎるのに突然あんなご褒美みたいなことをされると身がもたないから、という本音は言えないアイゼルである。

 結局言葉を濁し、口元を片手で覆ってふいと顔を逸らすよりほかなかった。

 その態度がリースベットに盛大に誤解されているとは思いもせずに。

 ……そう、やっぱり私がなにをしようと決してアイゼル様には満足してもらえず、無意味なのね……。

 そう確信をますます深めていた。

 というのも実は、昨夜アイゼルが情交後に浴室で自慰行為に耽っていたことにリースベットは気がついていた。

 途中で目覚めて、またしても隣にアイゼルがおらず、浴室から灯りが漏れているのを目撃したからである。

 昨夜はリースベットが奉仕したため、アイゼルは二度射精していた。

 それにもかかわらず、人知れず己を慰めていたのだ。

 ……結局私ではダメということだわ。

 だから、アイゼルに言われずとも、もうエルマに男性を喜ばせる方法を教えてもらおうとは思っていなかった。

 余計なことを考えず、求められている『子を成すという役割』に徹しようと心に誓ったのだ。

 これが二つ目の理由である。


「ええっ! そんな、諦めちゃうんですか!」

「そう、もうそのことはいいの」

「大丈夫、奥様ならできますよ! このエルマが保証します! 閨でも夫を喜ばせ翻弄する素敵なレディを一緒に目指しましょうよ!」

「あ、ありがとう。でもね、実はそれよりも優先したいことがあるの。できればエルマには、そちらをぜひ手伝って欲しいなと思って」

 もう指導は不要と告げると、案の定エルマは食い下がった。

 まだまだやれることはある、と必死に訴えかけてくる。

 そこでリースベットは、エルマのその意識を他へ向けさせることを思いついた。

 幸いにして、ちょうどお誂え向きの事項がある。


「他に優先したいことですか?」

「そうなの。実は先程アイゼル様から教えていただいたのだけど、三ヶ月後に王宮舞踏会が開催されるらしくて。私にも一緒に出席して欲しいそうなの」

「王宮舞踏会ですか!!」

「ええ。それでしばらくはその準備に注力したいと思ってるのだけど、エルマも手伝ってくれないかしら?」

「やります! やれます! お任せください! それこそこの専属侍女エルマの出番ですっ!」

 リースベットが尋ねた瞬間、エルマは目を輝かせ、今にも飛び跳ねんばかりに喜びを爆発させた。

 もう閨の指導の件など頭の片隅にも残っていないに違いない。

 ただ意識を他に向けさせようとしただけなのに、あまりの効果てきめんさにリースベットは虚をつかれた。

 ……あれ? なんだかエルマの興奮具合がすごいわ。

 まさか自分が無意識にエルマのツボを撃ち抜いていたとは知る由もない。

「これは忙しくなりますね! 腕が鳴ります! 当日着るドレスやアクセサリーも新調しなきゃ!」

「えっ?」

「舞踏会なんでダンスの練習も必須ですよね! あとは所作など立ち居振る舞いも見直しましょう! なにしろ今回は伯爵令嬢ではなく、公爵夫人として出席するわけですから!」

「えっ、あの、エルマ……?」

「残念ながら私では公爵夫人に相応しい立ち居振る舞いの指導は難しいので、ここはプロに力を借りるのが一番ですね! そうだ、領地にある別邸にいらっしゃる前公爵夫人の大奥様に頼むのがベストですね! さっそく旦那様に相談してみます!」

「ええっ!?」

 自身の考えをつらつらと熱く語り出したエルマは、最後に「閃いた!」と言わんばかりに拳で手のひらをポンと叩くと、ニマりと笑う。

 そしてリースベットが止める暇もなく、鉄は熱いうちに打てとどこかへ駆け出して行った。

 呆気に取られたリースベットだったが、朝食の時間が迫ってきていることもあり、ひとまず一人で身支度を整え始めた。

 そのうちにご機嫌な様子のエルマが戻ってきて、何事もなかったかのように支度を手伝ってくれる。

 なんとか準備を終えて食堂に向かい、そこでアイゼルと顔を合わせたリースベットは、開口一番こう告げられた。

「母上にこちらへ来て、君の指導をしてもらいたい旨の手紙を今日中に出しておく。あとドレスやアクセサリーも好きなものを好きなだけ購入して構わない」

「え………」


 どうやらこの短時間でエルマがアイゼルに報告し、色々調整を終えてしまったようだ。

 もう決定事項としてアイゼルの口から語られている。

 ……な、なんだか大変なことになってしまったわ……!?


 本来ならば王宮舞踏会という、自分には不釣り合いな華やかな場への出席に不安を感じずにはいられないリースベットだが、今はそれどころではなかった。

 エルマの勢いに圧倒され、前公爵夫人――つまりはアイゼルの母に指導を受けることが決定事項として語られ、目の前のことで手一杯だったのだ。


 リースベットはこれからの日々を思い描き、戦々恐々とするのであった。
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