幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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16. 初めての友人

 その後も、リースベットは王宮舞踏会に向けてエルマとドレスやアクセサリーなどの準備を進める傍ら、ローザリアと一緒に他のお茶会にも出席し続けた。

 経験を積むうちに、だんだんと要領を得てきて、次第に心の余裕も生まれるようになった。

 実は他のお茶会でも以前起きたような事態に直面したのだが、それらもローザリアの手を借りるまでもなく上手に受け流すことにも成功している。

 面と向かって嫌味を言われても、類稀なる美形であるアイゼルは令嬢の憧れの人だからしょうがないと甘んじて受け入れ、粛々と対応した次第だ。

 これもローザリアを手本に強い心を育んだおかげである。

 それにお茶会への出席は決して悪いことばかりではなかった。

 なんとリースベットに親しい友人ができたのだ。


「リースベット、今日はわざわざ我が家まで来てくれてありがとう!」

「こちらこそお招きありがとう、クリスタ。こうした個人的なお茶会は初めてだから楽しみだわ」

「私もよ! だから我が家の専属料理人とも相談して張り切って準備したんだから! ていうかリースベット、貴女今日もすごくいい香りがするわね」

 陽当たりの良いサロンにリースベットを案内するやいなや、鼻をクンクンしているのはクリスタ・ノッケルン侯爵令嬢――リースベットが仲良くなった友人である。

 今日はクリスタの屋敷で二人だけのお茶会を催すことになっており、今しがたリースベットが到着したところだった。

 侯爵家自慢のサロンは、大きめの窓から庭園が一望できる部屋となっており、室内なのに外にいるような開放感あふれる空間になっている。

 その部屋の真ん中に位置するテーブルの上には、紅茶とともにスコーンやクッキー、マドレーヌなどが並べられ芳しい香りを漂わせていた。

 だが、クリスタが匂いを嗅いでいるのは、それらの香りではなく、リースベットが纏う香りである。

 実はそもそも二人が仲良くなったのも『香り』がきっかけだった。



 それは某伯爵家が主催していたあるお茶会での出来事であった。

 その日は伯爵家の若い令嬢が中心の集まりだったのだが、元は同じ家格だったリースベットが公爵夫人になったとあって、いつも以上に嫉妬と羨望の眼差しが相次いだ。
 
 そつなく応対していたリースベットだったが、さすがに気疲れし、途中で休憩するため席を立った。

 その際に足を向けたのが、解放されていた庭園である。

 アメリアに帯同して夜会に出席していた頃から、息抜きをするといえば、リースベットは人気ひとけのない庭園を好んでいた。
 
 だが、その日はいつものようにリースベットがポプリに顔を寄せて香りに癒されていると、その場に後から来訪者が訪れた。

「あら? リースベット様? 息抜きのお邪魔をしてしまったかしら」

「クリスタ様もご休憩ですか?」

「ええ、ちょっと肩が凝ってしまいまして」

 侯爵令嬢のクリスタとはお茶会の最初の方に挨拶を交わしたものの、テーブルも別だったため、ほぼ初対面に近い。

 ……早々にここを立ち去った方がいいかしら? そうでないとクリスタ様もきっと気が休まらないわよね。

 二人の間に一瞬少々気まずい空気が流れたが、それを打ち破ったのが唐突に発されたクリスタの明るい声だった。

「あ! それ! リースベット様が手に持っているのって、もしかしてポプリですか!?」

「えっ? あ、はい。そうですけど……?」

「道理でなんだかいい匂いがすると思ったわ! 不躾なお願いなんですけど、それ、私にも嗅がせてくれません?」

「ええ、このポプリで良ければどうぞ」

 クリスタの食いつき具合に少々怯みつつも、破天荒エルマの言動により耐性のあったリースベットは、穏やかに微笑みポプリを手渡した。

 すぐさま香りを嗅いで、クリスタは光悦な表情でうっとりし始める。

 実はクリスタ、いい匂いに強い興味を持つ嗜好がある。

 エルマ風に言うならば、いわゆる匂いフェチであった。

「あ~すっごくいい匂い。心が落ち着く~! 主だった香りはラベンダーだけど、他にも何か混ざってるのかしら?」

「ローズマリーとセージ、レモンバーベナを組み合わせてます。手作りなので売り物と違って粗削りの芳香だとは思いますけど、クリスタ様にいい匂いと言っていただけて嬉しいです」

「ええっ! 手作り!? すごい!」

「ポプリ作りが楽しみの一つなんです!」

 そこから話が弾み、同い年であり、香り好きという共通項があったこともあり、二人は一気に意気投合した。

 それから何度か他のお茶会でも顔を合わせ、交流を深め、今や呼び捨てで名前を呼び合う親しい仲になっている。

 リースベットにとっては人生で初めてできる友人であった。


「実は今日はお招きいただいたお礼に、手土産として自作のポプリを持ってきたの」

「え、本当!?」

「マリーゴールドの花を中心にしたポプリなんだけど、明るい笑顔のクリスタにぴったりだと思って。爽やかでほんのり甘い香りに仕上がってるわ」

「嬉しい! ありがとう、リースベット!」

 ……手作りポプリをこんなに喜んでもらえるなんて。私も嬉しいわ。

 手作りポプリを手渡すと、すぐにクリスタは満面の笑みでくんくんと嗅ぎ出す。

 その様子をリースベットは目を細めて眺めていた。

 そしてひと通りクリスタが満足したところで、ようやくお茶会が始まった。


「――それでね、王都の劇場では今、平凡な女の子が王子様と恋に落ちる『白いアザレア』っていう演目が大人気らしいのよ!」

 紅茶とお菓子を楽しみながら会話に花を咲かせる二人の話題は様々だ。

 主に情報通のクリスタが話し出し、それにリースベットがにこやかに相槌を打つことが多い。

 この日も王都で人気だという演目について、クリスタが興味津々といった様子で話題に上げた。

「クリスタは色んなことを知っていてすごいわね。私、劇場には行ったことがないから全然知らなかったわ」

「行ったこたないの!? それはもったいないわ!」

 伯爵家にいる頃は使用人仕事で忙しく、嫁いでからも基本的に公爵邸で過ごしているリースベットは、そもそも引き籠もりがちで外出する機会がなかった。

 だからこそ同世代の友人であるクリスタが提供してくれる話はどれも新鮮で興味深い。

 今回話題に上がった劇場についても、どんなところかしらと想像を膨らませて話を聞いていた。

「そうだ、いいこと思い付いたわ!」

 すると、リースベットが劇場に行ったことがないと知ったクリスタは何かを思案した後に、突然はっとした表情を浮かべた。

「ねえ、リースベット! 今度一緒に劇場に『白いアザレア』を観に行かない?」

「えっ?」

「リースベットは旦那様を、私は婚約者を誘って、ダブルデートしましょうよ!」

「ダ、ダブルデート!?」

 思わぬ提案にリースベットは目を瞬く。

 でもなぜアイゼルやクリスタの婚約者も一緒に?と疑問に思い、首を傾げた。

 それを察したのかクリスタは、やや恥ずかしそうにその真意を打ち明けてくれる。

「私もアイゼル様を間近で一度は見てみたいって思うし……それから、その……婚約者のハロルト様をデートに誘う口実にもなるから、助かるっていうか……ね?」

 アイゼルを見てみたいというのは単なる後付けで、一番の目的が婚約者を誘う口実であることは口ぶりから明らかだった。

 頬を赤く染め、照れているクリスタが無性に可愛らしい、とリースベットは胸を鷲掴みにされる。

 ……これが恋する乙女、なのね!

 侯爵令嬢クリスタと公爵家次男ハロルトは夜会で出会い恋に落ち、相思相愛で婚約を結ぶに至ったそうだ。

 現在、半年後の挙式に向けて結婚準備中という段階らしいのだが、ハロルトは近衛騎士団に所属しており、任務でなかなか忙しい日々を送っているという。

 本当はもっと会いたいけど我儘を言いたくない……とクリスタは葛藤しているようで、以前からその悩みはリースベットも何度か聞いていた。

 ……つまりアイゼル様も来るなら、単なるデートではなく社交の側面も出てくるから、ハロルト様を誘いやすいということね。

 クリスタのいじらしい姿に、ぜひとも協力したい気持ちが湧いてくる。

 でもこればっかりはリースベットも即答できない。

 ……アイゼル様が付き合ってくださるか分からないもの。無意味なことはお嫌いでしょうし。

 王宮舞踏会に向けた準備を進めることが決まって以降、実はアイゼルとの閨はピタリと止まっていた。

 アイゼルは寝室にすら寄り付かなくなり、リースベットはかれこれ約二ヶ月半も広い寝台を独り占めしている。

 王宮舞踏会が終わるまでは子を作らないつもりなのだろう。

 子づくりの必要性がないならば、必然的に閨も不要であり、だからこそアイゼルの訪れが止まったのだと思う。

 子を成すという目的がない場合には発生しない閨――まさに無意味なことはしないというアイゼルの性格を表しているようにリースベットは感じていた。

「……アイゼル様もお忙しいから聞いてみないと分からないわ。ダブルデートのことは一応尋ねてみるわね」

「ええ! アイゼル様が快諾してくださることを期待してるわね!」

 たぶん無理だから期待しないでとは言えず、リースベットは言葉を濁すように微笑みだけをクリスタへ返した。


 その日の夜。

 早くもアイゼルに直接尋ねる機会が訪れた。

 夕食後、ローザリアの指導を受けながらダンスの練習をしていたところ、王宮での仕事を終えたアイゼルがその場に顔を見せた。

 帰宅した時に、家令からリースベットがここでダンス特訓をしているのを聞き及び、様子を見にきたとのことだった。

「ちょうど良かったわ! それなら貴方、リースベットのダンスパートナー役を務めてくれないしら?」

「お義母様、さすがにアイゼル様もお仕事帰りでお疲れだと思います。私の練習にお付き合いいただくのは申し訳ないですし……」

「何を言ってるの、リースベット! 遠慮は不要よ! わたくしは息子を仕事帰りにダンスも踊れないほど柔に育てた覚えはないもの」

「ですが……」

 リースベットはアイゼルを気遣い、練習に付き合わせるのを躊躇う。

 しかしローザリアが一歩も引かない姿勢だったため困っていると、そこにアイゼル本人からの声が掛かった。

「分かりました。ダンスパートナー役を引き受けますよ。リースベットも本番と同じ形の方が練習になるでしょうし」

「さすがアイゼル、分かってるじゃないの! やっぱりダンスはパートナーと呼吸を合わせるのが大切だから、本番踊る相手との練習は欠かせないのよね」

 アイゼルとローザリアの間で話がまとまり、ダンス相手の代役だった使用人から、パートナーがアイゼルへと入れ替わる。

 中断していた音楽が流れ始め、ダンスの練習が再開された。

 ローザリアが四拍子のリズムを手拍子で入れながら、リースベットの身体の使い方や足捌きに目を光らせて確認している。

 だが、リースベットはこの時、動揺を押し隠すのに必死で、正直ダンスどころではなかった。

 なぜなら……

 ……ア、アイゼル様との距離が近い……!


 手を取り合い、腰に腕を回され、グッと体を寄せ合うダンスの体勢により、アイゼルの端正な顔が目の前に迫る。

 もちろん夫婦としてすでに身体の関係もあるため、これより密着した状態になったことだってあるにはある。

 だけれども、寝室以外の場では初めてだ。

 ……それに二ヶ月半ちかく、そういったことがなかったから、なんだか無性に恥ずかしくて。

 息づかいまで感じ取れる距離感にドキドキしてしまい、心臓が早鐘を打つ。

 しかも困ったことに、この日に限ってなぜか目が合ってもアイゼルが顔を背けることがなかった。

 必然的にじっと見つめ合う状態になり、思わずリースベットの方から視線を逸らしてしまったくらいだ。

「リースベット、ステップが乱れているわ。リズムに合わせることを意識してみて!」

「は、はい……!」

 途中でローザリアからの指導の声が飛ぶが、答えつつもリースベットはどうしてもアイゼルを意識してしまい気もそぞろだった。

 その時、腰に回る手に力がこもったかと思うと、アイゼルとの距離がさらにググッと縮まった。

 さらに耳元でアイゼルが密やかに囁く。

「俺に身を委ねて合わせるだけでいい」

 その色気が滲む低い声に思わず背筋がゾクゾクとし、リースベットは頬を染め、耳まで真っ赤になった。

 踊っているのか、抱きしめられているのか、果たしてどちらなのか、と分からなくなる時間がしばらく続く。

 明るいところで至近距離から見るアイゼルの麗しさをリースベットが骨の髄まで理解した頃、ようやくダンス練習の時間は終了となった。


 ダンスを終え、アイゼルから身体を離したリースベットはふいに寂しさを覚えた。

 体を包み込んでいた温かさが消えて行き、恋しくてたまらない心地になる。

 ……もっとアイゼル様と一緒にいたい。

 唐突にそんな想いが込み上げてきて、次の瞬間、リースベットは反射的にアイゼルへ問いかけていた。

「あの、アイゼル様。もしお時間があれば、王都にある劇場へ一緒に出掛けてくださいませんか……?」

「……劇場に? 俺とリースベットが?」

「はい。今話題になっている演目があるそうなのです。アイゼル様がお嫌でなければ、一緒に行ってみたいなと思いまして。……いかがですか?」

 嫌じゃないと言ってほしいと願いつつ、リースベットはアイゼルの反応を窺うように見つめる。

 すると、この日はまったくリースベットから顔を背けなかったアイゼルが、最後の最後で口元を手で覆いながらふいと横を向いた。

 拒否されたのかなと落ち込むリースベットだったが、よく見ればアイゼルは首を縦に振っており、承諾してくれている様子であった。

「……嫌ではない、と思ってよろしいのですか?」

「……ああ。仕事の予定を確認してまた伝える」

「はい! ありがとうございます!」

 リースベットは嬉しさのあまり、感情のままにふわりと微笑んだ。

 そしてアイゼルと別れ、私室に戻ってからはたと気づく。


 ……あっ! クリスタとハロルト様も一緒の、ダブルデートだと伝え忘れていたわ!
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