幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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17. ダブルデート

「シャロック公爵閣下、本日はよろしくお願いします。こうしてゆっくりお話するのは意外と初めてではないですか?」

「王宮で顔を合わせることはあるが、近衛騎士のハロルト殿は殿下の身辺警護中だからな。ああ、私のことはアイゼルで構わない」

「承知しました、アイゼル殿。それにしても、それぞれのパートナーを伴って一緒に観劇とは、なんだか照れくさいですね」

「……私も初めての経験だ」


 王宮舞踏会まであと数日に迫ったある日。

 男性陣の予定が奇跡的に合い、リースベットとクリスタは例のダブルデート計画を実行に移していた。

 ダブルデートの舞台となるのはもちろん、先に話し合った通り王都の劇場だ。

 歴史を感じさせる荘厳な雰囲気の建物は圧巻の一言。

 一歩足を踏み入れるとまるで別世界へいざなわれたかのような心地になる。

 そんな劇場の入口すぐのホールを待ち合わせ場所とし、今ちょうど二組は対面を果たしていた。

 リースベットとクリスタが、それぞれのパートナーをお互いに紹介し合い、顔合わせをしている。

 宰相補佐官のアイゼルと近衛騎士のハロルトは共に王宮へ出仕する身であるため、仕事上ですでに面識があったようだ。

 アイゼルとクリスタも以前夜会で軽く挨拶を交わしたことがある。

 そのため、本当の意味で初対面となったのは、リースベットとハロルトであった。

「クリスタからリースベット様のことは聞き及んでいます。なんでもいい匂いを作り出す天才だとか」

「いえ、天才だなんてとんでもない……! ポプリ作りはただの個人的な楽しみですので」

「謙虚なお人柄もクリスタから聞いていた通りですね。いつもクリスタがリースベット様のことを笑顔で話してくれるので、私もお会いできるのを楽しみにしていました。これからもクリスタと仲良くしてくださると嬉しいです」

 そう言って爽やかな笑顔を見せるハロルトは、騎士らしい精悍な体つきをした、真面目そうな雰囲気の好青年だ。

 クリスタ曰く、剣の鍛錬で汗を流した後のハロルトからは物凄くいい匂いがするのだという。

 汗の匂いまで好ましく感じるほど、ハロルトに向けるクリスタの愛は深いのだろうと、その話を聞いた時にリースベットは思った。

 その際、果たして自分はどうだろうかと自問し、閨の際に額に汗をうっすら浮かべる艶っぽいアイゼルの姿をふと脳裏に思い浮かべ、慌てて思考を打ち消したのは記憶に新しい。

「じゃあ顔合わせも済んだことだし、そろそろ席へ向かいましょうか! 今日はみんなで一緒に観れるようボックス席を予約してるんですよ」

 クリスタのこの一言をきっかけに、それぞれパートナーのエスコートを受け、予約の席へと移動した。

 到着したボックス席は、他の席と壁で区切られた貴賓用の個室となっており、ふかふかとした深紅の絨毯の上には、重厚感のある赤いビロード張りの椅子が並んでいる。

 劇場に足を運ぶこと自体が初めてのリースベットは、目に映るものすべてが新鮮だった。

 興味深そうに一つ一つに目を留める。

 その様子はいつもよりも無邪気で、ワクワクする子どものような可愛らしさがあった。

 思わずアイゼルは目元を緩める。

 そうこうしているうちに幕が上がり、いよいよ劇が始まった。

 今回四人が観劇しているのは、『白いアザレア』という演目だ。

 下位貴族の平凡な令嬢が、お忍びで下町にやって来た王子様と偶然出会い、恋に落ちる話だ。

 二人は身分の壁や、周囲からの横槍にも負けず、愛を貫き通して結婚する。
 
 いわゆるシンデレラストーリーというやつであった。

 「あなたに愛されて幸せ」という花言葉を持つ花の名前が演目名となっている。


「やっぱりあれほどお互いに愛し合うって素敵よね。どんな困難も愛の力で乗り越えていく二人の姿に感動してしまうわ! この後もまだ一波乱ありそうだけれど、きっとあの二人なら大丈夫よ」

 幕間の休憩時間、リースベットとクリスタは劇の感想を語り合いながら、ホワイエでシャンパンを嗜んでいた。

 クリスタはずいぶん感情移入して劇に見入っていたようで、言葉に熱がこもっている。

 実はこの演目が人気を博している理由は、まさにクリスタが口にした点にあった。

 昨今、貴族の中でも恋愛結婚が増えてきているという社会背景もあって、『身分差を乗り越えての愛』に皆が心ときめかせているのだ。


「はぁ~本当に素敵! 私もハロルト様とは恋愛結婚になるけれど、あんなふうに困難があっても愛を貫けるかしら?」

「クリスタとハロルト様はとても仲が良いから大丈夫よ。二人を見ていると、本当にお互いのことが大切なんだなぁって伝わってくるもの」

「そう? そう言ってもらえると嬉しいわ! そういうリースベットはどうなの? アイゼル様との結婚生活はどんな感じ?」

「えっと、そうね……アイゼル様は素敵な方だし、私なんかにもとても優しく親切にしてくださるわ」

「政略結婚だって聞いたけど、やっぱりあんなに素敵な旦那様だったら、愛しく思うようになったり? 困難も愛の力で乗り越えてるの?」

「……う~ん、現実は劇とは違うとは思うけど……どうかしら?」

 恋愛を題材にした劇であるゆえ、二人の会話も自然とお互いのパートナーの話になる。

 その流れでアイゼルとの関係について突っ込まれて訊かれたリースベットは、ついたじたじになってしまう。

 ……アイゼル様とは、夫婦とはいえ義務的な関係だから、申し訳ないことにクリスタが喜ぶような『愛』云々の話題がないのよね。

 あの劇の主人公のように、自分も平凡な令嬢であり、家格が上のアイゼルと結婚したので、比較的似たような境遇ではある。
 
 ただし、二人の間に『愛』がない点が決定的に劇とは違った。

 リースベットは子を成す役割だけを求められているのだから。

 でもクリスタとハロルトを見ていると、ふと思う。

 ……義務的な夫婦関係だとしても、あの二人のように、私もアイゼル様ともう少し仲良くなれたら嬉しいな。

 今回アイゼルが観劇に付き合ってくれて、リースベットはとても幸せに思っていた。

 無駄を嫌うアイゼルが、忙しい中リースベットのために時間を割いてくれたことが嬉しい。

 もうすぐ結婚して約三ヶ月半。

 少しずつでいいから、このまま夫婦として関係を深めていければと願わずにはいられない。

 ……そうしたら、いつか『愛』は生まれるのかしら……?

 義務的な夫婦関係のまま、何年経っても『愛』など育まれなかった両親を知っているのに、そんな疑問を抱いてしまったのはきっと劇のせいだろう。

 どうやらリースベットも夢物語に多少なりともあてられていたようだ。

 リースベットは我に返ると、グイッとグラスに入った残りのシャンパンを飲み干した。



 その頃、そんなリースベットを少し離れたところから熱心に見つめる人物がいた。

 同じくホワイエで酒を煽っていたドミニク・フェレロ侯爵子息――アメリアの夫である。

 この日、ドミニクは劇場関係者から一枚だけ貰った招待券でこの場に一人で来ていた。

 劇にはさほど興味がなく、退屈を感じ始めた頃に幕間となり、ふらりとホワイエへ足を運んだ。

 酒を呑みながら、なんとはなしに着飾った人々でごった返すホワイエの様子を見ていたところ、リースベットに目を奪われた。

 華やかな美女である自分の妻とは正反対の、儚げで清純な美しさに妙に心惹かれたのだ。

 その人物が、アメリアの妹だとは思いもせずに熱い視線を送る。

 そして、ドミニクがリースベットを見つめるのと同じように、ホワイエにはドミニクに視線を向ける人物もまた存在していた。


「アイゼル殿、誰をご覧になっているのですか? お知り合いの方でもいらっしゃいました?」

「……いや、知り合いではない。ただ、害虫を見つけただけだ」

「ああ……フェレロ侯爵子息、ですね」

 リースベットとクリスタから離れた場所にいたアイゼルとハロルトは小声でそんな言葉を交わす。

 休憩時間の最初は、二人もパートナーである女性陣と一緒にシャンパンを飲んで歓談していたのだが、途中で共通の知人に捕まり、少しの間だけ場を離れていた。

 知人の連れにも紹介されるなど思いの外時間を食ってしまったものの、ようやく話を切り上げられたのでリースベットとクリスタの元へ戻る途中だったのだ。

 その際にアイゼルは見つけてしまった。

 見惚れたように熱い視線を愛しの妻リースベットに送り続ける男の姿を。

 ……しかもあの性悪女と結婚した男ではないか。

 どうやら男はリースベットが誰なのかに気づいていないようではあるが、あの視線は非常に不愉快だ。

 アイゼルの機嫌が急降下していく。

 そもそも今日のアイゼルは非常に機嫌が良かった。

 なにしろリースベットの方からアイゼルを観劇に誘ってくれたのだ。

 ……顔を赤くして恥ずかしそうに俺を誘ってくるリースベットは最高に可愛かったな。

 その後に見せた笑顔も最高だった。

 今でもアイゼルの脳裏に焼きついている。

 これもルイズの助言を取り入れ、リースベットから目を逸らさないよう努力した結果に違いない。

 ……直視できるようになったから、リースベットの可愛らしい表情が今まで以上によく見えるしな。

 それに勘違いでなければ、デートに誘ってくれるなど、リースベットの態度も以前よりアイゼルに好意的になった気がするのだ。

 てっきり二人での外出だと思っていたところ、後にダブルデートだと知った時には、多少なりともショックを受けたが、それでもリースベットとの外出という点は変わらない。

 初めての劇場に浮かれるリースベットも思わず抱きしめたくなるほど可愛かったし、友人と楽しそうに話している様子も実に微笑ましい。

 普段見れないリースベットの一面を垣間見れて、アイゼルは非常に満足していた。

 だというのに、あの男はそんなアイゼルの上機嫌に水を差した。

 害虫と口にした通り、アイゼルはドミニクに虫けらを見るような目を向ける。


「……そういえば、アイゼル殿は最近社交界で噂されているフェレロ侯爵子息の話をご存じですか?」

 アイゼルの視線の先に気がついたハロルトは、先日耳にしたその人物に関する話をふと思い出した。

 婚約者の友人であるリースベットにも関係するかもしれないと気を回し、もしまだ知らないならば情報提供しようと口を開いた。

「私も友人から聞いたのですが、どうやらここ最近、フェレロ侯爵子息は社交の場で妻への不満をよく漏らしているとか」

「妻への不満?」

「ええ。彼の妻であるアメリア夫人は、社交界でも聡明で美しいと知られた女性ですが……空気が読めず、文字が汚い、聡明さのかけらもない容姿だけの女だと周囲に話しているらしいですよ」

「……たとえ事実だとして、それを社交の場で周囲に漏らすとは。実に愚かだな」

「まったくです。婚姻前の夫人の評価が高かっただけに、人々の興味を引いてしまっているようです。特に噂の出元が夫ですからね」

 あの性悪女が結婚してまだ三ヶ月半あまりだが、どうやらもう化けの皮が剥がれてきているようだ。

 ……自業自得だな。

 だが、その噂を踏まえると、あの男がリースベットを熱く見つめる理由に納得がいった。

 不満を抱える妻と正反対の魅力を放つリースベットに惹かれたのだろう。

 あの男と性悪女の二人がどうなろうとアイゼルは知ったこっちゃない。

 ……ただ、リースベットを巻き込むことだけは許さない。


 その後、女性陣達と合流し、アイゼルはリースベットと残りの観劇を楽しんだ。

 その間、アイゼルはリースベットの隣で己の存在を主張し、周囲を牽制するのも忘れなかった。

 その甲斐あってか、その日リースベットに見惚れる男は数いれど、近寄ってくる男は皆無であった――。
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