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19. 王宮舞踏会② : 公爵夫人としての振る舞い
……これは本当に現実かしら?
リースベットはアイゼルのリードで踊りながら、現実離れした光景に、夢を見ているようなぼんやりとした気持ちになっていた。
夢うつつのように、現実なのか夢なのかわからない心地になる。
なにしろ最初から凄かった。
入場時には、シャンデリアが輝く大広間の豪奢さや、色取り取りのドレスに身を包んだ出席者の煌びやかさに目を奪われた。
さすが王宮舞踏会である。
これまで異母姉に帯同して参加した夜会とはまったくもって格式が違った。
そんなキラキラと眩い光を放つような場に自分が出席していることが不思議でならない。
しかも隣を見ればこれまた目もくらむような美形がいるわけで、どこもかしこも視界が眩しい。
……アイゼル様はその場にいるだけで人の注目を集めてしまう人よね。
先日の劇場でも自然と人の目を惹きつけていたアイゼルだが、今夜はより一層拍車がかかっている。
王宮に到着して馬車を降りた瞬間からチラチラと見られ始め、入場時には男女問わず全出席者の視線を独り占めし、ダンスを踊る現在も一身に注目を浴びていた。
……その気持ちも分かるわ。正装姿のアイゼル様は人並外れた美貌だもの。
いつもは額を覆っている前髪は横に流され、その分色気の滲むミステリアスな灰色の瞳がよく見える。
ひとたびその瞳に見つめられれば、どんな女性も即座に魅了され、骨抜きにされてしまいそうだ。
リースベットも先程から幾度となくその瞳に吸い込まれてしまいそうな心地に陥っていた。
しかしリースベットは幸いにも今も正気を保てている。
……だってそんなアイゼル様の妻としてこの場にいるのだもの。ひと時たりとも気を抜けないわ。
当然人々の注目はアイゼルの隣にいるリースベットにも向けられていた。
値踏みするような視線を全身にひしひしと感じながら、リースベットはひたすらローザリアの教えに従う。
背筋を伸ばし、優雅にゆっくりと、微笑みを絶やさずに。
この三ヶ月で身体に叩き込んだ甲斐あって、緊張を強いられる状況においても、リースベットはごく自然に振る舞うことができた。
周囲に何かコソコソと言われているのにも気がついたが、そんな時にはエルマの言葉を思い出すようにした。
あの破天荒で思ったことをそのまま口にするエルマが手放しで「最高のレディだ」と褒めてくれたのだ。
だからきっと大丈夫、と自分に何度も言い聞かせた。
「ダンス、上達したんじゃないか?」
音楽に合わせてリースベットがターンを決めたその時、ふいに身体を軽く抱き寄せられ、アイゼルが耳元で小さく囁いた。
予想外の不意打ちにリースベットの心臓が飛び跳ねる。
いつにも増して素敵なアイゼルからの不意打ちは心臓に悪い。
あやうくステップを間違えそうになってしまった。
リースベットはなんとか心を落ち着かせ、動揺を押し隠しつつ少し上擦った声でアイゼルに答える。
「ほ、本当ですか?」
「ああ。練習の成果があったようだな」
アイゼルから本番で合格を得られたとあってリースベットは安堵からホッと肩の力を抜く。
同時に自身の頑張りを認めてもらえた喜びが胸の内にジワジワと広がっていった。
「良かったです。アイゼル様に恥をかかせることにならなくて……!」
その喜びを表現するかのように、リースベットは踊りながら思わずアイゼルの顔を勢いよく見上げ、微笑みを返した。
その途端、腰に回ったアイゼルの腕に力がこもりさらに密着度が増した気がしたが、ちょうどここからダンスのラストスパートだ。
二人の距離が近くなるダンスパートが続く。
リースベットはアイゼルの力強いリードに身を委ね、最後の最後まで気を抜くことなく、ダンスを踊り切った。
「お二人とも素晴らしいダンスだったわ!」
「いや本当に。実に息の合ったダンスだったよ」
ダンスを終え、大広間の中央から飲食テーブルが並ぶ歓談エリアに移動したリースベットだったが、一仕事やり終えた達成感にゆっくり浸る暇はなかった。
アイゼル共々すぐに複数の貴族たちに囲まれてしまったのだ。
しきりにダンスを褒めてくれるが、言葉通りにただ称賛を述べたいだけの者もいる一方、腹に一物を抱えた者もいる。
「リースベット様は最近シャロック公爵家の一員となられたそうだが、当家が治める領地の特産品は使って頂いておりますかな? いつも公爵家の皆様にはご贔屓にしてもらっておるのですが」
このような意地悪な会話を仕掛けてくる者もいた。
この男性は、家名を名乗らずに特産品について話題を投げかけている。
おそらく上位貴族の一人なのであろうが、そんな自分を認識しているのか、さらには特産品について知っているのか、リースベットの知性を試しているのだ。
……社交というのは本当に息つく間もないのね。ダンスが終わったからといって油断している場合ではないわ。
気の緩みを引き締め直し、リースベットは心の中で大きく深呼吸をする。
「お初にお目にかかります、バックレー公爵様。御家が誇る特産品の陶器は素晴らしいですね。いつも紅茶を頂く際にティーカップを使わせて頂いています」
「……お、おお。そうですか、それは光栄ですな」
舐めてかかっていたリースベットから思わぬきちんとした答えが返ってきて、バックレー公爵は一瞬面食らった。
それに気を止める様子もなく、リースベットはさらに言葉を続ける。
「特に花を描いた上品な絵柄が美しいですね。私はまだバラの絵柄のものしか残念ながら拝見していないのですが、ぜひ季節の花々が描かれたものも見てみたいと思っています」
「ほぉ。季節の花ですか」
「はい。その季節に合わせた花のカップで紅茶を嗜むのは素敵だと思いませんか? その花と同じポプリや香水で空間も香りで満たすのも楽しそうです」
「なるほど、なるほど。それはなかなか興味深い案だ。女性に好まれそうですな」
最初は相手を試してやるつもりの会話だったが、いつしかバックレー公爵は話にのめり込み、頭の中ではすでにリースベットの案をどうやって実現するか算段をつけ始めていた。
実はこのバックレー公爵、商才のある切れ者と名高い。
その彼の勘が告げていた。
これは勝算がある、と。
リースベットはバックレー公爵の考えていることなどつゆ知らず、ただただ相手の誇る特産品の素晴らしさに共感して愚直に応対しているだけだった。
……お義母様に教わって主要貴族の情報を頭に入れておいて良かったわ。お姉様の付き人をしていた時の経験も役に立ったわね。
試されていたことを最初から勘付いていたリースベットは、どうにか切り抜けられたかなと少しだけホッとする。
微妙に強張っていた顔にも多少の余裕が戻ってきて、リースベットは楚々とした笑顔を浮かべた。
その時だ。
「こちらは随分と盛り上がってるようですが、私の妻と何の話をされているのですか、バックレー公爵閣下?」
いきなりグイッと腰を引き寄せられたかと思うと、頭上から耳に心地よく響く低い声が降ってきた。
その声にほんの僅か苛立ちが滲んでいるような感じがして少し気になった。
だが、リースベットにそれ以上深く考える余裕はなかった。
人前で腰を抱かれているという状況にいつになくドキドキしてしまい、慌ただしい胸の鼓動を落ち着かせるのに手一杯となってしまったからだ。
「おお、アイゼル君。久しいな」
「ええ。父の葬儀に参列してくださって以来ですから二年ぶりです。あまりこういった場にご出席されない閣下が珍しいですね」
「亡き親友の息子が結婚したと聞けば、興味が湧くというものだ」
「……それで試した、と?」
「ははは。いやはや予想以上だったよ。実に良い女性を見つけたな」
どうやらバックレー公爵はアイゼルの父親の友人であるらしい。
親しげな話ぶりからアイゼルとも旧知の仲であることが窺える。
ロマンスグレーの髪と眼鏡が品の良い雰囲気を醸し出すバックレー公爵は、実に楽しげに笑うと、今度はその目を再びリースベットへ向けた。
「リースベット様、お会いできて良かったですよ。ぜひこれからもアイゼル君を支えてやってください。ああ、ティーカップの件はぜひとも実現したいですな。本日のところは怖い番犬に睨まれていますし私は退散するとします。またの機会にじっくり話しましょう」
バックレー公爵はそう言い残すと、颯爽とその場を去って行った。
「怖い番犬? 何かの隠語でしょうか? 恥ずかしながら解釈が上手くできなくて……」
「……大したことじゃない。君は知らなくていい」
「そうなのですか?」
「ああ。……ところで、今夜の社交はもう十分こなした。さっさと帰るとしよう」
面倒な者たちに捕まりたくはないからなとアイゼルは呟くと、リースベットの腰を抱いたまま、まっすぐに出口の方へ歩き出した。
入場と違い、退場は自由なため、すでにポツリポツリと帰宅し始める者も見られるようになってきている。
アイゼルとリースベットもそのまま馬車に乗り込み、王宮から程近い公爵邸への帰路についた。
……ふぅ。ようやく気を緩められそうね。
公爵邸に降り立つと、リースベットは張り詰めていた気持ちが切れ、なんとも言えない解放感に包まれた。
「お帰りなさいませ」
玄関口では使用人たちが笑顔で迎えてくれる。
嫁いできた当初は、この公爵邸と使用人たちを前にして恐れ慄いていたのに、今や「帰ってきた」という安心感が湧いてくるのだから不思議だ。
知らず知らずのうちに随分と公爵家に慣れてきたのだなぁと改めて感じる。
リースベットは初めての王宮舞踏会を無事やり遂げた達成感とともにそんな感慨に耽っていた。
だが、次に耳に飛び込んできたアイゼルの思わぬ言葉により、一瞬でそれどころではなくなってしまう。
「食事の準備などは不要だ。俺たちはこのまま寝室に籠る。朝まで誰も入ってくるな」
……えっ!? 寝室に籠る!?
すっかり一日を終えたつもりでいたリースベットは驚きに目を見張る。
動揺しているうちにアイゼルに手を引かれ、気づいたら夫婦の寝室に連れ込まれていた。
そして扉が閉まるなり、身体を壁に押し付けられ、性急に唇を塞がれる。
「んっ」
すぐに舌が差し込まれたかと思うと、丹念に口内を弄られ、あまりの激しさに息を吸い込む暇さえない。
まるで飢えた獣のような貪るキスに翻弄され、だんだん身体の力が入らなくなってくる。
「んぅ……ア、アイゼル、さま……?」
なんの心の準備もなく突然始まった行為にリースベットは軽く混乱し、アイゼルを静止させるように広い胸板を手で押し返した。
しかしこの日のアイゼルはいつになくせっかちで、まったく止まる様子がない。
寝台に行く時間すら惜しいといった様相だ。
口づけもそこそこに、焦れたようにリースベットの胸元を覆う布をずらし、ドレスの下に隠れる素肌を暴いた。
……えっ。ヤダ、うそ……!?
リースベットはアイゼルのリードで踊りながら、現実離れした光景に、夢を見ているようなぼんやりとした気持ちになっていた。
夢うつつのように、現実なのか夢なのかわからない心地になる。
なにしろ最初から凄かった。
入場時には、シャンデリアが輝く大広間の豪奢さや、色取り取りのドレスに身を包んだ出席者の煌びやかさに目を奪われた。
さすが王宮舞踏会である。
これまで異母姉に帯同して参加した夜会とはまったくもって格式が違った。
そんなキラキラと眩い光を放つような場に自分が出席していることが不思議でならない。
しかも隣を見ればこれまた目もくらむような美形がいるわけで、どこもかしこも視界が眩しい。
……アイゼル様はその場にいるだけで人の注目を集めてしまう人よね。
先日の劇場でも自然と人の目を惹きつけていたアイゼルだが、今夜はより一層拍車がかかっている。
王宮に到着して馬車を降りた瞬間からチラチラと見られ始め、入場時には男女問わず全出席者の視線を独り占めし、ダンスを踊る現在も一身に注目を浴びていた。
……その気持ちも分かるわ。正装姿のアイゼル様は人並外れた美貌だもの。
いつもは額を覆っている前髪は横に流され、その分色気の滲むミステリアスな灰色の瞳がよく見える。
ひとたびその瞳に見つめられれば、どんな女性も即座に魅了され、骨抜きにされてしまいそうだ。
リースベットも先程から幾度となくその瞳に吸い込まれてしまいそうな心地に陥っていた。
しかしリースベットは幸いにも今も正気を保てている。
……だってそんなアイゼル様の妻としてこの場にいるのだもの。ひと時たりとも気を抜けないわ。
当然人々の注目はアイゼルの隣にいるリースベットにも向けられていた。
値踏みするような視線を全身にひしひしと感じながら、リースベットはひたすらローザリアの教えに従う。
背筋を伸ばし、優雅にゆっくりと、微笑みを絶やさずに。
この三ヶ月で身体に叩き込んだ甲斐あって、緊張を強いられる状況においても、リースベットはごく自然に振る舞うことができた。
周囲に何かコソコソと言われているのにも気がついたが、そんな時にはエルマの言葉を思い出すようにした。
あの破天荒で思ったことをそのまま口にするエルマが手放しで「最高のレディだ」と褒めてくれたのだ。
だからきっと大丈夫、と自分に何度も言い聞かせた。
「ダンス、上達したんじゃないか?」
音楽に合わせてリースベットがターンを決めたその時、ふいに身体を軽く抱き寄せられ、アイゼルが耳元で小さく囁いた。
予想外の不意打ちにリースベットの心臓が飛び跳ねる。
いつにも増して素敵なアイゼルからの不意打ちは心臓に悪い。
あやうくステップを間違えそうになってしまった。
リースベットはなんとか心を落ち着かせ、動揺を押し隠しつつ少し上擦った声でアイゼルに答える。
「ほ、本当ですか?」
「ああ。練習の成果があったようだな」
アイゼルから本番で合格を得られたとあってリースベットは安堵からホッと肩の力を抜く。
同時に自身の頑張りを認めてもらえた喜びが胸の内にジワジワと広がっていった。
「良かったです。アイゼル様に恥をかかせることにならなくて……!」
その喜びを表現するかのように、リースベットは踊りながら思わずアイゼルの顔を勢いよく見上げ、微笑みを返した。
その途端、腰に回ったアイゼルの腕に力がこもりさらに密着度が増した気がしたが、ちょうどここからダンスのラストスパートだ。
二人の距離が近くなるダンスパートが続く。
リースベットはアイゼルの力強いリードに身を委ね、最後の最後まで気を抜くことなく、ダンスを踊り切った。
「お二人とも素晴らしいダンスだったわ!」
「いや本当に。実に息の合ったダンスだったよ」
ダンスを終え、大広間の中央から飲食テーブルが並ぶ歓談エリアに移動したリースベットだったが、一仕事やり終えた達成感にゆっくり浸る暇はなかった。
アイゼル共々すぐに複数の貴族たちに囲まれてしまったのだ。
しきりにダンスを褒めてくれるが、言葉通りにただ称賛を述べたいだけの者もいる一方、腹に一物を抱えた者もいる。
「リースベット様は最近シャロック公爵家の一員となられたそうだが、当家が治める領地の特産品は使って頂いておりますかな? いつも公爵家の皆様にはご贔屓にしてもらっておるのですが」
このような意地悪な会話を仕掛けてくる者もいた。
この男性は、家名を名乗らずに特産品について話題を投げかけている。
おそらく上位貴族の一人なのであろうが、そんな自分を認識しているのか、さらには特産品について知っているのか、リースベットの知性を試しているのだ。
……社交というのは本当に息つく間もないのね。ダンスが終わったからといって油断している場合ではないわ。
気の緩みを引き締め直し、リースベットは心の中で大きく深呼吸をする。
「お初にお目にかかります、バックレー公爵様。御家が誇る特産品の陶器は素晴らしいですね。いつも紅茶を頂く際にティーカップを使わせて頂いています」
「……お、おお。そうですか、それは光栄ですな」
舐めてかかっていたリースベットから思わぬきちんとした答えが返ってきて、バックレー公爵は一瞬面食らった。
それに気を止める様子もなく、リースベットはさらに言葉を続ける。
「特に花を描いた上品な絵柄が美しいですね。私はまだバラの絵柄のものしか残念ながら拝見していないのですが、ぜひ季節の花々が描かれたものも見てみたいと思っています」
「ほぉ。季節の花ですか」
「はい。その季節に合わせた花のカップで紅茶を嗜むのは素敵だと思いませんか? その花と同じポプリや香水で空間も香りで満たすのも楽しそうです」
「なるほど、なるほど。それはなかなか興味深い案だ。女性に好まれそうですな」
最初は相手を試してやるつもりの会話だったが、いつしかバックレー公爵は話にのめり込み、頭の中ではすでにリースベットの案をどうやって実現するか算段をつけ始めていた。
実はこのバックレー公爵、商才のある切れ者と名高い。
その彼の勘が告げていた。
これは勝算がある、と。
リースベットはバックレー公爵の考えていることなどつゆ知らず、ただただ相手の誇る特産品の素晴らしさに共感して愚直に応対しているだけだった。
……お義母様に教わって主要貴族の情報を頭に入れておいて良かったわ。お姉様の付き人をしていた時の経験も役に立ったわね。
試されていたことを最初から勘付いていたリースベットは、どうにか切り抜けられたかなと少しだけホッとする。
微妙に強張っていた顔にも多少の余裕が戻ってきて、リースベットは楚々とした笑顔を浮かべた。
その時だ。
「こちらは随分と盛り上がってるようですが、私の妻と何の話をされているのですか、バックレー公爵閣下?」
いきなりグイッと腰を引き寄せられたかと思うと、頭上から耳に心地よく響く低い声が降ってきた。
その声にほんの僅か苛立ちが滲んでいるような感じがして少し気になった。
だが、リースベットにそれ以上深く考える余裕はなかった。
人前で腰を抱かれているという状況にいつになくドキドキしてしまい、慌ただしい胸の鼓動を落ち着かせるのに手一杯となってしまったからだ。
「おお、アイゼル君。久しいな」
「ええ。父の葬儀に参列してくださって以来ですから二年ぶりです。あまりこういった場にご出席されない閣下が珍しいですね」
「亡き親友の息子が結婚したと聞けば、興味が湧くというものだ」
「……それで試した、と?」
「ははは。いやはや予想以上だったよ。実に良い女性を見つけたな」
どうやらバックレー公爵はアイゼルの父親の友人であるらしい。
親しげな話ぶりからアイゼルとも旧知の仲であることが窺える。
ロマンスグレーの髪と眼鏡が品の良い雰囲気を醸し出すバックレー公爵は、実に楽しげに笑うと、今度はその目を再びリースベットへ向けた。
「リースベット様、お会いできて良かったですよ。ぜひこれからもアイゼル君を支えてやってください。ああ、ティーカップの件はぜひとも実現したいですな。本日のところは怖い番犬に睨まれていますし私は退散するとします。またの機会にじっくり話しましょう」
バックレー公爵はそう言い残すと、颯爽とその場を去って行った。
「怖い番犬? 何かの隠語でしょうか? 恥ずかしながら解釈が上手くできなくて……」
「……大したことじゃない。君は知らなくていい」
「そうなのですか?」
「ああ。……ところで、今夜の社交はもう十分こなした。さっさと帰るとしよう」
面倒な者たちに捕まりたくはないからなとアイゼルは呟くと、リースベットの腰を抱いたまま、まっすぐに出口の方へ歩き出した。
入場と違い、退場は自由なため、すでにポツリポツリと帰宅し始める者も見られるようになってきている。
アイゼルとリースベットもそのまま馬車に乗り込み、王宮から程近い公爵邸への帰路についた。
……ふぅ。ようやく気を緩められそうね。
公爵邸に降り立つと、リースベットは張り詰めていた気持ちが切れ、なんとも言えない解放感に包まれた。
「お帰りなさいませ」
玄関口では使用人たちが笑顔で迎えてくれる。
嫁いできた当初は、この公爵邸と使用人たちを前にして恐れ慄いていたのに、今や「帰ってきた」という安心感が湧いてくるのだから不思議だ。
知らず知らずのうちに随分と公爵家に慣れてきたのだなぁと改めて感じる。
リースベットは初めての王宮舞踏会を無事やり遂げた達成感とともにそんな感慨に耽っていた。
だが、次に耳に飛び込んできたアイゼルの思わぬ言葉により、一瞬でそれどころではなくなってしまう。
「食事の準備などは不要だ。俺たちはこのまま寝室に籠る。朝まで誰も入ってくるな」
……えっ!? 寝室に籠る!?
すっかり一日を終えたつもりでいたリースベットは驚きに目を見張る。
動揺しているうちにアイゼルに手を引かれ、気づいたら夫婦の寝室に連れ込まれていた。
そして扉が閉まるなり、身体を壁に押し付けられ、性急に唇を塞がれる。
「んっ」
すぐに舌が差し込まれたかと思うと、丹念に口内を弄られ、あまりの激しさに息を吸い込む暇さえない。
まるで飢えた獣のような貪るキスに翻弄され、だんだん身体の力が入らなくなってくる。
「んぅ……ア、アイゼル、さま……?」
なんの心の準備もなく突然始まった行為にリースベットは軽く混乱し、アイゼルを静止させるように広い胸板を手で押し返した。
しかしこの日のアイゼルはいつになくせっかちで、まったく止まる様子がない。
寝台に行く時間すら惜しいといった様相だ。
口づけもそこそこに、焦れたようにリースベットの胸元を覆う布をずらし、ドレスの下に隠れる素肌を暴いた。
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