幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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23. 公爵領デート② : 切ない自覚

 その後、二人は手を繋いだまま、中心街にある色々な場所を気ままに見て回った。

 メインストリート沿いにある雑貨店や書店を覗いて、今人気のある商品がどんなものかをチェックしたり。

 いい匂いに釣られて、パン生地でソーセージを包んだ軽食を屋台で購入して食べたり。

 領民の憩いの場である公園で、思い思いに楽しむ人々の様子を眺めながら散策したり。


 最初のうちは手を繋いだ状態にそわそわしていたリースベットも、時間が経つにつれて徐々に慣れてきて、今では動揺もない。

 物を持ったり、お会計をしたりする際などには当然手を離すものの、その後はどちらともなく自然と手を繋ぎ直す。

 もはや歩いている時に手が触れ合っていない方が寂しさを覚え、違和感があるくらいだった。

「随分歩いたな。少し休憩するか?」

「そうですね。先程公園で女性たちが噂していた最近人気のカフェはどうですか?」

「ここから近いようだからちょうどいいな」

 行き先を決めた二人は、公園を出て目的地へと足を進める。

 しばらくして見えてきたのは、可愛らしい看板とアンティーク感のある外観が素敵なカフェだ。

 店内は、天然木の温もりを感じるテーブルと椅子、生い茂る緑の木々が特徴的で、まるで森の中にいるような空間になっている。

 今注目の人気店だそうだが、忙しい時間から少しズレていたようで並ぶことなく席につくことができた。

「素敵なカフェですね」

「こんな店があったとは知らなかった。領内の人気店についての情報は報告書で目を通してるが、ここは載ってなかったな」

「政務に直接関係のない情報も収集されているのですか?」

「一見関係ないように思えても、何がどう繋がるかは分からない。思わぬところで役立つこともある。だから、できるだけ情報は幅広く集めるようにしているんだ」

 その語り口から、リースベットはアイゼルの普段の仕事ぶりを垣間見た気がした。

 きっと宰相補佐官としても、領主としても、アイゼルはどんな些細な情報も取り逃さないように日々神経を研ぎ澄ませているのだろう。

 もしかしたら独自に諜報員なども配しているのかもしれない。

 アイゼルが政務を取り行っている姿を直接目にしたことはないが、情報に対する考え方を聞いただけでも改めて有能さが伝わってくる。

 ……つい先日ルイズ様と夕食の席でお話した際も、優秀で尊敬する兄だと褒めていらしたものね。

 第三者の証言でますます確信は強くなり、リースベットはアイゼルへの尊敬の念を深めた。

 実はそれ、アイゼルから相談を受けたルイズが、少しでも兄の印象改善の後押しになればと思ってリースベットに話した内容だった。

 そんな内情など知らないリースベットに、今まさにルイズの狙いはドンピシャにハマり、アイゼルへの好感度に寄与したのだ。

 兄思いの弟によるファインプレーである。


「いらっしゃいませ~! こちら当店のメニューになります」

 着席からほどなくして、緑色のヒラヒラと揺らめく衣装を身に纏った女性店員が二人のもとにやってきた。

 変わった服装だが、カフェの雰囲気に合わせて、森の妖精を模しているようだ。

 女性店員はメニューを手渡すと、ふとアイゼルに目を止める。

 今のアイゼルは眼鏡を着用しているため、認識阻害の機能が働いているはずなのだが、なぜか女性店員は少し驚いた顔をした。
 
 ……えっ? もしかして認識阻害が効かない?

 そんな心配が胸を掠めたのは一瞬のこと。

 次の女性店員の一言で、リースベットの方が逆に驚くことになった。

「あら? 男性のお客様は珍しいですね。ご来店ありがとうございます!」

「!?」

 予想外の言葉に耳を疑う。

 即座に周囲を見渡せば、確かに店内にいるのは女性客ばかりだった。

 言われてみれば、カフェの外観も店内も、女性好みな可愛らしい雰囲気だ。

 手渡されたメニューも明らかに女性ウケを意識したラインナップとなっている。
 

「す、すみません! まさか女性向けのお店だったとは知らず。居心地悪いですよね……?」

 女性店員が席から離れるやいなや、リースベットは慌ててアイゼルに頭を下げた。

 自分がここを提案した手前、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

 だが、アイゼルは不快さを示すこともなく、むしろ少し楽しげに口元を緩めた。

「いや、別に問題ない。リースベットがいなければ来ないところだろうから新鮮な体験だ」

 まるで女性だけのお茶会に潜入した気分だなとアイゼルは小さく笑う。

 アイゼルにしてみれば、場所はどこであろうと関係ない。

 そこにリースベットさえいればいいのだ。

 それにどうりで報告書に載ってないわけだと納得がいった。

 情報を集めた諜報員は男のため、女性の流行まで詳しく把握できていなかったのだろう。

 リースベットとアイゼルは気を取り直して、メニューに目を通し、オリジナルブレンドの紅茶と特製スイーツを注文した。

 しばしの後、運ばれてきた紅茶とスイーツは、これまた女性客が思わず「可愛い」と胸を打たれるようなものだった。

 食器にも、盛り付けにも実にこだわりが溢れている。

 ……あのティーカップに口をつけているアイゼル様、なんだか可愛らしいわ。

 いかにも女性用の花柄のティーカップとアイゼルがあまりに不釣り合いで、思わず笑みがこぼれる。

 不敬極まりないため決して口にはできないが、心の中では「可愛い」とキュンとしてしまった。

「味は確かだが、こんな柄のティーカップを使うのは初めてかもな……」

「ふふっ。お似合いです」

「……君がそんなふうに笑顔になるなら悪くないが。それにしても食器や盛り付けまで徹底して女性向けの店だな」

 アイゼルは物珍しげに改めて店内を見回す。

「外観や内装、食器への金の掛け方、そしてメニューの値段設定から察するに、この店は貴族の令嬢や豪商の子女など懐に余裕がある者向けなんだろう」

 ここまでに得た情報だけで、アイゼルはそんな考察を導き出し、自身の考えをリースベットに語った。

 ……さすがアイゼル様だわ。すごい!

 同じものを見てきたはずなのに、リースベットとはまったく違う視点で物事を捉えていることがよく分かる。

 心の底から感嘆し、リースベットはアイゼルを尊敬の眼差しで見つめた。

 ……それにしても、なんだか今日はいつもよりアイゼル様の口数が多い気がするわ。

 このデートが始まった当初からそうだ。

 いつもなら一言、二言、サラリとした答えが返ってくるだけのことが多い。

 それに対し、今日はアイゼルが思っていること、考えていることを明かしてくれているように思う。

 だからアイゼルと心の距離が縮まっていく心地がするのだ。


「ねぇねぇ、知ってる? 夫を虜にできる『おまじない』のこと」


 その時、ふと近くにいた女性客の声が耳に飛び込んできた。

 なんとなく興味を引かれたリースベットは、彼女たちの会話にそっと耳を澄ませる。


「えー、なにそれっ! すっごく気になるわ!」

「私もこの前お茶会でこっそり教えてもらったばかりで、まだ試してないんだけどね。なんでもその『おまじない』にかかれば、自分に興味を示さない夫もイチコロなんだって」

「うそ、すごいじゃない!」

「でしょ? 教えてくれた方も政略結婚で冷めた夫婦関係だったらしいんだけど、今では熱々らしいの!」

 ……自分に興味を示さない夫もイチコロ? 冷めた夫婦関係も熱々?

 気になる台詞が目白押しだ。

 反射的に、浴室から寝室に漏れる灯りが脳裏をよぎる。

 リースベットは知らず知らずのうちに女性たちの話に釘付けになり、ゴクリと唾を呑み込んだ。

「それで、その『おまじない』ってどんなものなの?」

「それがね、夫のことを想いながらある物をワインに混ぜて、それを夫に飲ませるだけなんだって!」

「えっ、それって大丈夫なの? 異物混入じゃない?」

「大丈夫よ! あくまで『おまじない』だもの!」

 女性たちはその後も楽しそうに会話を続けていたが、リースベットは飲み物に何かを混ぜるという時点で興味を失った。

 たとえそれが『おまじない』だとしても、夫が飲むものに無断で混ぜ物をするなど信じられない。

 そもそも相手が夫でなくてもダメなことだと思う。

 ……昔、お姉様の悪戯で、下剤入りの飲み物を飲んだ経験があるけれどツラかったもの。

 当時のことを思い出して苦い気持ちが込み上げてくる。

 自分がされて嫌なことは人にしない、これがリースベットのモットーだ。

 『おまじない』の力を借りればアイゼルを満足させられるだろうか、と一瞬でも思ってしまった自分を諌めていると……

「リースベット」

「は、はい……!」

 突然アイゼルから声を掛けられて、ビクッとリースベットの肩が跳ねた。

 盗み聞きをしていたことを見咎められた気がしてバツが悪い。

「念のために言っておくが……俺には必要ないからな」

 しかし続けてアイゼルが口にしたのは諌める言葉ではなく……独り言のようにポツリと零した『忠告』だった。

 何についてかは具体的に言及していない。

 でも、周囲に聞こえないくらいに潜めた声音で告げられたそれが、何を示しているのか、リースベットはすぐにピンと来た。

 おそらくアイゼルも女性たちの今の会話を耳にしていたのだろう。
 
 その上で必要ないとわざわざ忠告してくる、その真意は明らかだ。

 ……たとえおまじないを自分に使っても虜になんかならないから無駄だ、必要ないってことよね。

 まるでリースベットの浅ましい内心を見透かしたような一言に、忸怩たる思いでいっぱいになる。

 リースベットは目を伏せると、気持ちを切り替えるように紅茶を静かに口に含んだ。



 それから数分後、飲食を終えたアイゼルとリースベットはカフェを後にし、再び手を繋いで街を歩き出す。

 そろそろ日が傾いてきた。

 夕食前には領主館に戻る予定となっているため、この二人きりのデートの時間は残りわずかに迫っている。

 もっとこうしていたいという名残惜しさがリースベットの胸を掠めた。

 ほぼ無意識にアイゼルの大きな手をギュッと強く握ってしまう。

「最後に連れて行きたいところがある」

 リースベットの手をきつく握り返したアイゼルは、一言そう告げると、リースベットをある店へと導いた。

 メインストリートから少し外れた場所にある落ち着いた佇まいのこじんまりとした店だ。

 外観からは何の店かは判別がつかない。

「なんのお店ですか……?」

「中に入れば分かる」

 アイゼルがそっと扉を開けてくれたため、リースベットは促されて店内へ一方踏み入る。

 そしてその瞬間、目を見開いた。

「こ、ここは……!」

 店内に入った途端、雨上がりを連想させるしっとりした香りがふわりと香る。

 壁一面には重厚なオーク木材を使用した陳列棚が広がっており、実に壮観な見栄えだ。

 その陳列棚の中にはいくつものガラス瓶が所狭しと並べられている。

 さらに陳列棚の前には大理石のカウンターがあり、その上には手に取る用のガラス瓶が置かれていた。

 リースベットは目をキラキラと輝かせ、店内の隅々までゆっくりと視線を走らせる。

「見ての通り、香水の店だ。ポプリも置いてあるし、香水を作るための器具も売っているらしい」

「すごい……!」

 リースベットは胸に手を当て、思わず感極まった声を上げた。

 今まで個人的な楽しみとしてポプリ作りをしていたリースベットだが、専門店に来るのは初めてだった。

 しかも公爵家で過ごすようになって、以前より時間が生まれたため、今度は香水作りにも挑戦してみようかとちょうど思っていた。

 ……アイゼル様、そのことも分かっていてここへ連れて来てくださったの……?

 そうとしか思えない。

 王宮舞踏会により、挑戦は先延ばしになっていたわけだが、今ならそれも実現可能だろう。

 おそらくリースベットが何気なく零した言葉を公爵邸の使用人が聞いていて、それをアイゼルに伝えたのだと思う。

 ……それってアイゼル様が私のことを気に掛けてくれているということだわ。

 その事実に胸がじんわり温かくなる。

 リースベットの好きなものを知ってくれていることも嬉しい。

 ……ああ、どうしよう。私、アイゼル様のことがとても好きだわ。

 この時、リースベットは心の奥底からとめどなく溢れてくるアイゼルへの想いを自覚した。

 これまでもアイゼルに対して好意は抱いていた。

 ただ、それは感謝に近い気持ちだった。

 公爵家で心穏やかな生活を与えてくれ、アイゼル自身も自分なんかに良くしてくれてとても深く感謝しているからだ。

 でも今、その好意の形は確実に変化している。

 湧き上がってくるこの好意は、感謝ではなく、異性へ向ける甘い恋心だ。

 思い返せばその兆候は以前からあった。

 触れ合うとドキドキすることもあったし、閨でアイゼルの温もりに包まれている時には言いようのない幸せも感じた。

 義務的な関係にもかかわらず歩み寄ろうとしてくれることが殊の外嬉しかったのも、きっとそうだろう。

 ……自覚していなかっただけで、本当はかなり前から好きだったのかもしれないわ。

 役割とはいえ、毎晩抱かれるのが嫌ではないという事実が如実に物語っている気がする。

 でも、そう。
 毎晩の閨はあくまでこの結婚でリースベットに求められている役割を果たすために必要なこと。

 アイゼルはリースベット自身を求めているわけではない。

 なにしろアイゼルは事後に一人で自身を慰めるくらいリースベットに満足していないし、それは結婚当初から今の今まで変わっていない。
 
 つい先程だって『おまじない』を使ったとしても無駄だと忠告を受けたくらいだ。

 自分が女性として魅力に欠けているのは重々承知している。

 ……だからいくら夫婦として時を重ねようとも、アイゼル様が私と同じ気持ちになることはないって分かってる。

 でも一度はっきりと気づいてしまったこの気持ちを、もう誤魔化すことは難しそうだとリースベットは感じた。

 隣で店内を興味深そうに眺めるアイゼルの横顔をそろり盗み見る。

 横から見ても、その顔立ちは芸術的な曲線を描いており、目を見張るほど美しい。

 その横顔に無言で問いかける。

 ……たとえ想いが重なることがなくても、一方的に好きでいてもいいですか……?

 決して口にはできないアイゼルへの問いを、リースベットは心の中でつぶやいた。

 店内に漂う香りが、なんだか急に切なく鼻腔をくすぐり、ぎゅーっと胸を締め付けた。
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