幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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25. 夜会のお誘い

「はい、これクリスタへのお土産よ」

「あら、香水じゃない! 嬉しいわ! ありがとう!」

 公爵領で過ごした日の翌週。

 王都に戻ったリースベットは、公爵邸に友人のクリスタを招き、個人的なお茶会をしていた。

 クリスタとこうしてゆっくり話すのは、ダブルデート以来なので約三週間ぶりである。

 王宮舞踏会でも顔は合わせたものの、あの時は社交で忙しく、少し挨拶を交わしただけになっていた。

 お土産の香水を受け取ったクリスタは、さっそくガラス瓶の蓋を開けて香りを胸いっぱいに吸い込むと、続いて興味津々な顔をリースベットに向ける。

「それで、公爵領ではアイゼル様とデートしてきたのでしょう? どうだった!?」

「どうって、楽しかったわよ?」

「もっと詳しく聞きたいわ。どんなところに行ったの!?」

「えっと、中心街のお店を色々見て回ったり、カフェでお茶したり、という感じだったわ」

「他には、他には!?」

「実はね、この香水はアイゼル様が連れて行ってくださったお店で見つけたの。香水を作るための器具も入手したから今度手作り香水をプレゼントするわね」

「それは楽しみだわ! ていうか、さすがアイゼル様ね~。リースベットの好みをバッチリ押さえてるじゃないの!」

 友人夫婦のデートの様子が気になってしょうがないクリスタは、興奮気味にリースベットに詰め寄って、根掘り葉掘りと問いかけた。

 なにしろ王宮舞踏会で隣に並び立つ二人は、クリスタでさえ見惚れてしまうほどお似合いで素敵だった。

 クリスタはこれまで二人が一緒にいるところを二度目にしている。

 そのどちらの時も、アイゼルがリースベットに向ける眼差しは蕩けるほど甘くて、彼が友人を溺愛しているのは一目瞭然だった。

 ……アイゼル様といえば、いつも女性に対して涼しい顔で当たり障りなく応対している印象だったから、あんな表情もするのねって驚いたものねぇ。

 政略結婚から始まっているはずなのに、隙がなく難攻不落だと噂されていたアイゼルを、この数ヶ月であっさり陥落させている友人はすごいと思う。

 まあ、アイゼルの気持ちも分からなくはない。

 クリスタ自身、リースベットと知り合ってまだ日は浅いが、すでに他の誰よりも心許せる友人だと感じている。

 香りという共通の趣味があるのはもちろんのこと、裏表がなく、心優しいリースベットとの会話は、女性特有の見栄の張り合いや腹の探り合いとは無縁で、純粋に楽しいのだ。

 公爵家当主、そして宰相補佐官として、クリスタ以上に権謀術数渦巻く環境に身を置くアイゼルなら尚更だろう。

「本当に素敵な夫婦だわ~。憧れちゃう。私もハロルト様に溺愛される妻を目指すわ!」

「えっ? いきなりどうしたの!? クリスタとハロルト様こそ相思相愛で仲睦まじい二人じゃないの……!」

「もちろんハロルト様と私だって負けないくらい仲良くしてるわよ? でも王宮舞踏会で見た二人は本当に素敵だったもの! 憧れの夫婦像だわ!」

 突然クリスタがうっとりした表情で突拍子もないことを口走り、思わずリースベットは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

 溺愛される妻だなんて誤解も甚だしい。

「クリスタ様、そういうの『推し』って言うんですよ!」

「へぇ、そうなの? 初めて聞く言葉だわ」

 一体何をどう思ってそんな結論を導き出したのかとリースベットが困惑しているうちに、給仕をしていたエルマが会話にするりと滑り込む。

 そしてなにやらクリスタと二人で盛り上がり始めた。

「強い支持や憧れの気持ちを表す言葉です。クリスタ様にとって、旦那様と奥様は『推し夫婦』ってことですねっ! 『推し活』はめちゃくちゃ楽しいですよー!」

「あら? なんだか楽しそうな響きね。その『推し活』ってなにするの?」


 本来侍女が会話に加わるなど無作法で眉を顰められることなのだが、破天荒なエルマをクリスタは気に入ってしまったらしい。

 二人はリースベットを置き去りに『推し活』なるものについて熱心に語り合っている。

 その熱量はローザリアとエルマがリースベットの着るドレスについて意見を交わし合っている時を彷彿とさせた。

 こう言う時は様子を見守るに限る。

 経験値としてそれを知っているリースベットは、二人の会話が一段絡するまで静かに紅茶とお菓子を楽しむことにした。

 そうしてしばらくの後、ふいにクリスタが顔に喜色を浮かべてリースベットの方へ振り向いた。

「リースベットの侍女って面白い子ね! ねぇ、彼女の言う『推し活』の一環として、今度我が家で開催する夜会にリースベットとアイゼル様を招待してもいいかしら?」

「夜会?」

「そう! 憧れの『推し夫婦』を見れる機会は貴重だし、たくさんの人にも二人のお似合いっぷりを知ってもらいたいものね!」

「ええっ!?」

 またしてもクリスタから当惑することを言われ、リースベットは大いに狼狽した。

 アイゼルへの恋心を自覚した今、お世辞だとしてもお似合いだと思ってもらえて嬉しい気持ちはある。

 ただ、相思相愛ではない自分たち夫婦を憧れと言われても戸惑いが勝った。

 ……溺愛とか、お似合いとか、憧れとか、先程からクリスタはあり得ないことばかり口走ってるわ。どうしちゃったのかしら……?

 まさかエルマに毒されておかしくなってしまったのだろうかと心配になってくる。

 するとクリスタは茶目っけたっぷりにクスクスと笑い出した。

「ふふっ、 『推し活』云々は冗談よ!」

「冗談? そう、それなら良かったわ。クリスタがいきなり変なことを言い出したって驚いてしまったもの」

「ごめんごめん! でもね、夜会への招待は本当よ。実は再来週、うちで父の昇任祝いの夜会を開催する予定なの。だからぜひ私の友人としてリースベットとアイゼル様にも出席してもらえたらなって」

「お父様が昇任されたのね! おめでとう! 他でもないクリスタからのお誘いだもの、ぜひ出席するわ。アイゼル様にもご予定聞いてみるわね」

 正直なところ、リースベットにとって夜会は積極的に出席したいものではない。

 だが、友人の家が主催する夜会へのお誘いであれば話は別だ。

 リースベットはクリスタに笑顔を返す。

 ところが、何気なくクリスタが発した次の言葉を聞いて、その笑顔はそのまま強張った。

「あ、そうそう! 夜会にはフェレロ侯爵家のアメリア様も旦那様と一緒にいらっしゃるのよ。リースベットのお姉様なのよね?」

 ……お姉様も出席、するの……?

 王宮舞踏会にも姉がいたのは知っている。

 ただ、大規模な催しで出席者も大勢いたため、幸いにも直接顔を合わせる場面は訪れなかった。

 でも、クリスタの家が主催する夜会はそういうわけにはいかないだろう。

 出席者数は王宮舞踏会ほどではないはずだから、必ず対面する機会が巡ってくるに違いない。

 ……アイゼル様の妻になった以上、社交の場は避けられないもの。いつかはこういう日が来るって覚悟はしていたじゃない。

 それでも、幼少期から重ねられてきた姉の仕打ちが頭の片隅にチラつき、どうしても苦手意識が拭えない。

「リースベット? なんだか顔色が悪く見えるけど大丈夫?」

 当然のことながら、クリスタはエイムズ伯爵家の内情――リースベットが家族から虐げられていた事実についてなにも知らない。

 以前はアメリアとリースベットが姉妹だと知られていなかったが、王宮舞踏会をきっかけにリースベットの出自が知られ、社交界では二人の関係性が知れ渡った。

 リースベットから異母姉の話をクリスタは聞いたことはなかったが、単に話す機会がなかっただけだろうと認識しており、まさか不仲だとは思いもしなかった。

「……ううん、なんでもないわ。大丈夫よ」

 もう嫁いで今は公爵家の人間とはいえ、実家の醜聞にもなりかねないことを口にするわけにもいかない。

 リースベットはクリスタの問いかけに対して緩く首を振ると、やんわりと言葉を濁し、苦々しい微笑みを浮かべて誤魔化した。
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