幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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28. 夜会② : 危機

「ご機嫌よう、リースベット様。私たちのことは覚えておられますよね?」

「公爵夫人になられるだなんて驚きましたわ」


 颯爽とリースベットの前に現れたのは二人の令嬢だった。

 ……このお二人は確か……伯爵令嬢のナディア様と子爵令嬢のルージェナ様だわ。

 言葉を交わしたことはないが、リースベットとも面識のある相手だ。

 なにしろこの二人は、異母姉アメリアと親しくしていた、いわゆる取り巻き令嬢である。

 それを認識するやいなや、リースベットは反射的に二人の背後に視線を走らせた。

 もしやアメリアと一緒では、と思ったからだ。

 だが、そこにいるのはナディアとルージェナの二人だけで、アメリアの姿はない。

 そのことに人知れずリースベットはホッと肩を撫で下ろした。

 ……それにしても、このお二人に声を掛けられるなんて驚いたわ。私に何か用かしら?

 アメリアの取り巻きであるナディアとルージェナとは、今まで夜会で何度も顔を合わせている。

 ただし、リースベットはアメリアの影に徹していたため、二人がこちらに目を向けてくることはただの一度もなかった。

 だからこそアメリアもいないのに、なぜ声を掛けられたのか不思議でならない。

「……お久しぶりです。ナディア様、ルージェナ様」

 リースベットはとりあえず二人の名を口にし、覚えていることを相手に示した。

 ナディアとルージェナはニコニコと笑顔を浮かべており、今のところ敵意はまったく感じられない。

 アメリアの取り巻きという一点において多少警戒していたリースベットだったが、ひとまず相手の出方を窺うべく、先を促すように控えめに微笑んだ。


「確か最後にお会いしたのはアメリア様のご結婚前でしたわよね。それが今ではアメリア様もリースベット様も素敵な旦那様がいらっしゃるのですもの! 羨ましいですわ!」

「ええ、本当に。シャロック公爵様とはどのようなご縁でしたの? もしや以前から恋仲だったり? ぜひお二人の馴れ初めをお伺いしたいですわ!」

 ナディアとルージェナは興味津々というふうにリースベットに詰め寄ってくる。

 伯爵令嬢と子爵令嬢である二人は、同じような立場だったリースベットがいかにして公爵夫人になったのか強い関心を持っているようだった。

 まるで王都劇場で話題の演目『白いアザレア』に胸を打たれて憧れを抱く、夢見がちな令嬢のようにリースベットには見えた。

「あの、申し訳ないのですが、お二人の期待するような話ではなくて――……」

「それでもいいです! ぜひ聞かせてください!」

「ええ! 私も聞きたいですわ!」

 熱心にせがまれたため、リースベットはこれまでお茶会で同様の質問をされた時に答えた定型回答を口にする。

 色々な条件で合意した政略結婚だという、当たり障りのない馴れ初めを伝えた。

「まあ、そうでしたの。でも政略結婚だとしてもあのシャロック公爵様と縁を結ばれたのですもの。羨ましいですわ!」

「シャロック公爵様はみんなの憧れですものね。ところで興奮して話し過ぎて、なんだか喉が渇きません?」

「分かるわ! 私も喉がカラカラよ。ちょっとワイン貰ってくるわね!」

 話を聞き終えて満足そうに笑顔を浮かべた二人は、続いて口々に「喉が渇いた」と言い始めた。

 暑そうに手でパタパタと顔を仰いだルージェナは、少しその場を離れると、すぐに赤ワインの入ったグラス二脚を手に戻ってくる。

 そして一脚をナディアに、もう一脚をリースベットに差し出した。

「私はあまりに喉が渇いてあちらで飲んできたの。だからこれはお二人に」

「まあ、ルージェナ様、ありがとう! リースベット様も一緒に飲みましょう? 乾杯!」

「えっ? あ、はい。……乾杯」

 反射的にワイングラスを受け取ったリースベットは、ナディアに乾杯を促され、その勢いにたじたじになりながらワインに口をつけた。

 正直リースベットも少し喉の渇きを覚えていたため、潤せるのはありがたい。

 ただ、お酒は飲めないわけではないものの、それほど強くない自覚もある。

 ……あまり飲み過ぎないように気をつけなきゃ。

 そう心の中で自身に警告を入れ、グラス半分ほどのワインを少しずつ口に含んだ。


 だが、それから数分後のことだ。

 あれほど気をつけて飲んでいたリースベットの身体にある異変が起き始めた。
 
 なぜだか異様に身体が熱くてたまらない。

 最初はお酒を飲んだ時特有の火照りかと思ったのだが、そんな生優しいものではなかった。

 今すぐ身につけているドレスを脱ぎ捨てたい衝動に駆られるくらい、熱くて熱くてしょうがないのだ。

 ……なに、これ? 絶対おかしいわ……!

 ワインだけでこんなふうになるなんて考えられない。

 その証拠に、ただ単に身体が火照るだけでなく、頭の中がとろりと蕩けるような感覚まである。

「はぁ、はぁ……」

 次第にリースベットの呼吸は荒くなり、足に力が入らず、立っているのも辛い状態になってきた。

「あら、リースベット様? なんだか具合が悪そうですわね」

「本当だわ、大変! すぐに休憩室へ参らなくては!」

 リースベットの異変に気がついたナディアとルージェナは驚いたように目を見開き、慌てた様子でリースベットに近寄ってくる。

 しかしその言動はどこか芝居がかっており、足元が覚束ないリースベットに肩を貸す際、二人はニヤリと嗤って耳元で囁いた。

「あらあら、はしたない顔しちゃって。媚薬の効き目は十分みたいね。あんたは今からある男に身体を蹂躙されるのよ」

「それを知ったらシャロック公爵様はどう思うかしら? 夫と出席した夜会で他の男と寝る淫乱女なんてきっと離縁されちゃうわね。ご愁傷様。いい気味だわ」

 先程までの笑顔、口調、態度、すべてが二人から消え去り、まるでゴミ屑でも見るような眼差しをリースベットに向けてきた。

 その時リースベットは悟った。

 ……最初からこれが目的だったのね。油断させて媚薬を飲ませるために私に近づいたのだわ……。

 見事に嵌められたわけだ。

 この二人にそれほど恨まれる心当たりはないから、もしかしたら異母姉の差し金かもしれないとリースベットは思った。

 いや、証拠はないが、心の中ではそう確信していた。

 だが、それが分かっても今のリースベットに抵抗する力はない。

 力の入らない身体を両脇から二人に支えられ、半ば引き摺られるように休憩室に連行されている。

 休憩室とは、夜会中に具合が悪くなった人が身体を休められるよう用意されている個室だ。

 どの家が主催する夜会でも必ず会場の近くに場所が確保されている。

 本来の使用目的のほか、こっそり男女の逢瀬にも活用されているというのは公然の秘密だった。

「さあ、着いたわよ。ほら、あんたはここで相手の男が来るまで待ってなさい」

「身体が熱くて辛いんでしょう? 淫乱女らしく、せいぜい男にいやらしくおねだりするのね。じゃあね」

 ナディアとルージェナは休憩室に到着すると、リースベットを寝台の上に突き飛ばした。

 クスクスと馬鹿にしたように笑いながら捨て台詞を吐くと、そのまま部屋にリースベットだけを残して去って行く。

 そして……

――ガチャリ

 扉の外側から鍵をかけた。

 ……うそ、閉じ込められた……!?

 寝台の上で蹲ったリースベットは、聞こえてきた鈍い音に目を見開き、これから自分の身に起こる事態に慄いた。

 あの二人の言葉が本当なのであれば、きっとほどなくしてリースベットを犯す役目をおった男性がここに来るのだろう。

 今でさえ身体に力が入らないのに、この状態で相対すれば一巻の終わりだ。

 なすすべなく手篭めにされてしまうだろう。

 ……ダメ、絶対に嫌! アイゼル様以外の男性に身体を許すなんて考えられない……!

 想像するだけで鳥肌が立ち、不快感が込み上げてくる。

 一方で媚薬に侵されたリースベットの身体は、一刻も早くこの熱を解放したいと男性を求めていた。

 触れられてもいないのに、足の狭間にある蜜口からはすでにじわりと淫らな液体が滲み出ている。

 今目の前に男性が現れたら、たとえそれがアイゼル以外でも、このおかしくなってしまった身体は心とは裏腹な行動に出てしまうかもしれない。

 ……それだけは絶対に、絶対に嫌……!

 そんな事態は必ず阻止しなければいけない。

 もし起きてしまえば、まず間違いなくリースベットの心は壊れてしまうだろう。

 ……ここから逃げなきゃ。

 リースベットは蹲ったまま、寝台の上から休憩室内を隅から隅まで目を走らせた。

 外へ通じる扉は一つ。

 部屋の中には、大きめの寝台と、ランプが乗ったサイドテーブル、テーブルとソファ一のセットがあるだけだ。
 
 ……でもあそこからなら、もしかしたら?

 リースベットが目を留めたのは、壁の高い位置にある小窓だった。

 景色を眺められらような窓ではなく、おそらく換気用だろう。

 扉と小窓を両方開けることで、風の通り道を作って空気を入れ替えるのだと思われる。

 当然その小窓は人が出入りすることなど考慮されていない。

 ただ、細身なリースベットであれば、なんとかギリギリ通り抜けできそうな大きさに見えた。

 しかもここは地上階なので、仮に潜り抜けられた時にも落っこちる心配がない。
 
 ……一か八か、やってみるしかないわね。

 いくら探してもそれ以外に逃げ口は見当たらないのだから、賭けてみるしかないだろう。

 リースベットは火照って力の入らない身体を気力だけでなんとか動かし、テーブルを小窓の下へと移動させた。

 テーブルによじ登り、小窓を観察する。

 幸いにも小窓の鍵は簡単に開けられるタイプのものだったため、リースベットはすぐに開錠すると、窓を外に向かって押し開いた。

 その途端、ふわりと夜風が吹き抜け、リースベットの頬を撫でる。

 媚薬により感覚が敏感になっていたリースベットは、ぞくりと甘く身体を震わせた。

 ……どんどん身体の感覚がおかしくなってるわ。これ以上どうにかなる前に早く逃げなきゃ。

 リースベットは窓枠に手をかけると、身体を出来うる限り小さく縮こめる。

 そしてなんとか窓を潜り抜けた。

 小窓は屋敷の庭に繋がっていたらしい。

 リースベットは思い切って窓から地面に飛び降りると、広い庭園内の人目につかない暗がりの茂みに身を潜めた。

「はぁ……はぁ……」
 
 この一連の行動でますます身体は火照り、艶っぽさが滲む吐息が口から漏れる。

 ……とりあえずあの休憩室からは脱出したけど、ここからどうしよう……?

 もしかしたら逃げたのが露見して、すぐに誰かが追ってくるかもしれない。

 いつまでもここにしゃがんだまま身を潜めているのは悪手だ。

 ……でも……も、もう、無理……。

 媚薬に侵された身体でここまで逃げてくるのだけでも精一杯だった。

 もうまともに考えられないくらい、熱に浮かされ意識が朦朧とする。

 さらには、足がガクガクして立ち上がれないほど猛烈に身体が疼く。

 今すぐ熱く滾った硬直を挿れて欲しくてたまらない。

 リースベットはその欲求を必死に抑え込もうと自身の身体をギュッときつく抱きしめた。

 その時だ。

 しゃがみこむリースベットの背後から、ガサガサと生い茂る草木を掻き分ける音がした。

 ……えっ? もう追っ手が……!?

 事ここに至っては万策尽きたリースベット。

 逃げ場をなくし追い詰められた袋のネズミだ。

 ……ここまで、ね……。

 ついに観念して諦めの表情を浮かべたリースベットは、運命に身を委ねるかのように静かに瞼を閉じた――。
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