幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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33. 違法薬物事案の真相

 広大な公爵邸の敷地内には、本邸とは別に、一見何の変哲もない離れがある。

 本邸よりも随分小さな邸宅であり、そこには歴代の当主が集めた数多くの蔵書や、骨董品が保管されていた。

 普段は使わないが捨てるには忍びない物を置いている、いわば贅沢な物置である。

 だが、地上階から地下へ繋がる階段を下りた途端、その様相が一変することをほとんどの者は知らない。

 ごく一部の者のみが知るその階段を下り、今三人の男が地下室へと足を踏み入れた。

 シャロック公爵家のアイゼルとルイズ兄弟、そして配下の諜報員クリフだ。

 石造りの地下室は不気味なほど真っ暗闇であり、こもった空気の匂いが漂っていた。

 ランタンを手にしたクリフが進行方向を照らすと、通路の先にあるものが姿を現した。

 それは頑強な鉄格子が嵌められた牢屋だった。

 そう、この離れの地下は、公爵家に仇をなしな罪人を、処分を下すまでの間捕える牢獄なのである。

 三人が進む方向には、複数の牢屋が並んでおり、そのうち二つが現在使用中だった。

「あ! 誰か来たようだぞ!」

「本当だわ! 早くここから出しなさいって訴えてないと!」

 暗闇に明かりが差したことで人が来たことに気がついた罪人たちが、慌てて鉄格子を掴んで揺さぶる。

 ガチャガチャという耳障りな音が辺りに鳴り響き、アイゼルは不快そうに眉間に皺を寄せながら、一つの牢屋の前で足を止めた。

「シャロック公爵閣下!」

「アイゼル様……!」

 その牢屋には、リースベットの異母兄セシリオと異母姉アメリアが囚われており、二人はアイゼルの登場に目を丸くする。

 てっきり食事を与える担当の使用人が来たのだと思っていたからだ。

 アメリアは愚かにも「これは好機だ!」と思い、自分が一番美しく見える角度を計算して、アイゼルを誘惑するようにシナを作る。

「アイゼル様! お待ちしておりましたわ! わたしを救いに来てくださったのでしょう? だってわたしは罪など犯しておりませんもの。盗人から自分のものを取り返そうとしただけ。正当防衛と同じですわ!」

 豊満な身体を鉄格子に押し付け、胸の谷間を強調させつつ、うるうると上目遣いで正当性を声高に主張した。

 底知れぬ冷気がアイゼルから漂っていることに気がつきもせずに。

 アイゼルの背後に控えたルイズとクリフも冷ややかな目を向けており、多少空気の読めるセシリオは青ざめガタガタと震え始めた。

「この期に及んで見苦しい。お前が誘拐罪と傷害罪を犯したことはもう確定している。歴とした事実だ。……それに妄想も大概にしろ。リースベットが盗人? 正当防衛? ふざけるな!」

「で、ですが! アイゼル様は多産の血筋であるエイムズ伯爵家の令嬢を妻に望まれたのですよね? わたしが結婚してしまった後だったから、致し方なく残り物の妹を妻にされたのでしょう? わたしが未婚だったら、わたしがアイゼル様の妻だったはずですわ! つまり、本来わたしのものだったのをあの子が奪ったんです!」

 さも当然のように、アイゼルの妻の座は自分のものと語るアメリアが愚かでしょうがない。

 まともに相手するのもバカバカしく、アイゼルは鼻で嗤うと、無感情な目を向けて淡々と切り捨てた。

「そもそも俺は最初からリースベットだけを愛している。リースベットだから妻に望んだのであって、お前など視界に入れたこともない。それ以上勝手な妄想を垂れ流すなら、話せない状態にするが?」

「そ、そんなぁ……」

 自分を見るアイゼルの目が、軽蔑混じりの酷く冷たいものである事実にようやく気がついたアメリアは、ショックでその場にガクリと崩れ落ちた。

 その体を支えてくれる者も。
 優しく手を差し出してくれる者も。
 アメリアを気遣ってくれる者は誰もいない。

 ただ蔑むような無言の視線が突き刺さるだけだった。

「――さて、ではここからが本題だ。ここに俺が来たのは違法薬物について取調べをするためだ。お前たちがリースベットに盛ったあの薬物の存在をどこで知り、どうやって入手した? またなぜ媚薬だと知っていた?」

「……………」

「隠し立てするのは無意味だと先に言っておく。この場で洗いざらい吐かなければ、苦痛を伴う形での取調べが待っているだけだ」

「ヒィッ! は、話します! すべて話しますわ……!!」

 事ここに至ってアイゼルの恐ろしさを理解したアメリアは、震えが止まらなくなった。

 もし口を噤んだならば、問答無用でこの牢屋に捕えられた時のように、アイゼルなら容赦なく拷問を実行するだろうと察したからだ。

「こちらではお前が夫人同士の茶会で、『おまじない』の話を耳にしたであろうことは把握している。それで? その後お前はどうしたんだ?」

 恐怖で竦み上がるアメリアがなかなか口を開かないことに焦れて、アイゼルはこちらがある程度情報を掴んでいることを匂わせる。

 顎をしゃくり、鋭い目で睨みつけながら先を促した。

「……お、お茶会で『おまじない』の話は確かに聞きましたが、わ、わたしは興味がありませんでしたわ。夫を虜にしたいとは思わなかったんですもの」

 あの時、社交の場で夫がアメリアの不満を口にしていることを心配した夫人の一人が、良かれと思って『おまじない』についてこそっと教えてくれた。

 だが、不仲な夫を虜にしたいと悩んでいると思われたことに、アメリアは逆に腹を立てた。

 それではまるでアメリアがドミニクの愛を乞おうとしているようではないか、と不快だったのだ。

 選びたい放題の中選んでやったのは自分だというのに。

 むしろドミニクがアメリアの愛を乞う立場だろうと、『おまじない』を馬鹿にしたくらいだった。

 しかし、その数日後にある人物と話したことで状況が変わる。

「……わ、わたしは王宮舞踏会以来、リースベットをなんとか貶めてやれないかとずっと企んでいましたの。そ、それで……そのことをお兄様に相談したのですわ」

「そちらにいる、エイムズ次期伯爵のセシリオ、にか。それで?」

 アイゼルは青ざめた顔をしているセシリオに一瞬だけ視線をやったが、すぐにアメリアに戻して話の先を尋ねた。

 その意を汲んでアメリアが続きを進める。

「お、お兄様は親身に相談に乗ってくださいましたわ。それで一つ提案してくれたんです。媚薬を使ってはどうか、と。その媚薬が『おまじない』で使用されているものだという事と、女性に盛っても効果がある事もその時に知りましたわ」

「なるほど。実に興味深い話だな。――さて、その続きはセシリオから聞かせてもらおうか?」

 名を呼ばれたセシリオは肩をビクつかせる。

 ここまで無関係を装うようにアメリアから距離を取って口を閉ざしていたが、ついに自分の番が来てしまったと手に汗を握った。

「なぜ『おまじない』で使われるものが媚薬だと知っていた? また男女関係なく効果があることを把握していた理由も吐いてもらおうか?」

「そ、それは……」

 思わず口ごもったが、言い逃れなどできないとセシリオにも分かっていた。

 ただ、アイゼルが口にした「違法薬物」という不穏な言葉を耳にして、自分はなにかとんでもない事態に巻き込まれているのではないかと怯えていたのだ。
 
 なぜならセシリオは「違法薬物」などまったく知らない。無関係だ。

 そのことを訴えるべく、今度は一転して、焦りから勢いよく話し出した。

「シャロック公爵閣下! わ、私は違法薬物など知りません! 本当です! 嘘ではありません!」

「……とりあえず知っていることを順に答えろ」

「は、はい! 私が『おまじない』で使われるものが媚薬だと知っていたのは……我がエイムズ伯爵家でその媚薬を売っていたからです……! ですからもちろん、効果は男女関係ないことも知っていました……!」

「なに!? エイムズ伯爵家で売っていただと!?」

 突然の告白にさすがのアイゼルも瞠目する。

 背後で聞いていたルイズとクリフも思わぬ事実に目を丸くしていた。

 まさかエイムズ伯爵家が大元の売人だったとは予想外すぎた。

 周囲を唖然とさせたセシリオの独白はまだまだ続く。

「ある日、借金で首が回らなくなっていた我が家に商人がやって来たのです。彼は儲け話を持ち掛けてきました。ちょうどリースベットが嫁いでいってしばらくした頃のことです」

「……婚姻に際して公爵家から十分な結納金を渡したはずだが? その少し前にはフェレロ侯爵家からの結納金も貰っていただろ?」

「お、お恥ずかしながら……すぐ使い切ってしまったものでして……。その頃、父を補佐していた執事も辞めてしまい、当家の財布の紐が緩んでいたのです……」

 打ち明けられた内容に呆れ果ててアイゼルは頭を抱えたくなった。

 伯爵家の家庭の内情や財政状況はクリフに調べさせたため把握していたが、結婚してリースベットが家を出た後の情報は追っていなかった。

 あくまでリースベットに関係するから探っていただけであり、その後に興味はなかったのだが、まさかそこまで酷い状況だとは。

 当主であるリースベットの父親も、次期当主であるこのセシリオも無能としか言いようがない。

「……はぁ。まぁ、エイムズ伯爵家の事情はこの際どうでもいい。それで話を戻すが、その儲け話がどう『おまじない』と関係するんだ?」

「その商人が貴族女性に『おまじない』と称してこっそり媚薬を売れば儲かると言ったんです。『おまじない』は女性の好む話題ですし、ウケが良いだろうから、と」

「既婚女性が標的だったのはなぜだ?」

「それは……未婚の令嬢よりも、金銭的に余裕があるからです。夫人を顧客対象に『夫を虜にできるおまじない』として売れば儲かると商人が助言してくれました。実際、水面下で瞬く間に話題になり、飛ぶように売れましたし……」

「その販売を、お前とエイムズ伯爵夫妻が担っていたと? その商人はどうした?」

「はい、おっしゃる通りです。母がお茶会で夫人たちに噂を流し、実際の売買は私や父が主に担っていました。商人には助言を貰うために我が家に逗留してもらっており、分け前を定期的に渡しています」

 もはや隠し立てするつもりはないのか、セシリオは質問にすらすらと答えていく。

 金に困ったエイムズ伯爵家がうまい話に飛びついたというのが実態のようだが、話を持ち掛けた商人の誘導が巧みだ。

 違法薬物だと知らなかったと釈明していたセシリオの顔は嘘をついているようには見えなかった。

 となると、エイムズ伯爵家は本当にただの媚薬だと信じており、良いように操られていた可能性が高い。

「――ルイズ、クリフ。今の話を聞いていたな? 至急、エイムズ伯爵家に向かい、逗留しているという商人を捕えろ。捕縛後は王宮へ連行してくれ」

「了解!」

「はっ!」

「俺は王宮に赴き、王家に報告を上げてくる。ほどなくして騎士団もエイムズ伯爵夫妻の捕縛に向かうことになるだろう」

 アイゼルが命じるなりルイズとクリフは直ちに踵を返し、地上への階段を駆け上がっていく。

 突然の事態に目を白黒させるのはセシリオとアメリアだ。

「え、え、え、えっ!? 王家へ報告!? 父上や母上が捕縛される!?」

「い、一体なにが起こっているの……!?」

 状況を呑み込めない二人に対し、残されたアイゼルは去り際に教えてやった。

 二人が想像だにしないであろう事実を。

「――おそらくその商人は隣国の工作員だ。この国に違法薬物を蔓延させて情勢不安を引き起こすのが狙いだったのだろう。エイムズ伯爵家の者たちはそれに利用されていたのだ」

「なっ……!」

「そ、そんな! 嘘でしょう……!?」

 ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けて、目を限界まで大きく見開き叫ぶ二人に、アイゼルはさらに畳み掛ける。

「利用されていたとはいえ、隣国工作員に協力したのは事実は消えない。伯爵夫妻とセシリオは国家転覆罪に問われるのは確実。アメリア嬢はその行いを容認していたとして幇助罪が該当するかもな。まあ、どちらにしても公爵夫人の誘拐罪および傷害罪もあるが」

「「………………」」

「お前たちの身柄もここから王宮の牢獄に移すことになる。それだけの罪なのだから、その後の処遇は想像がつくだろう? 王家や司法の判断次第ではあるが、処刑にならず幽閉くらいで済むといいな?」

 二人を待ち受ける近い未来を予言のように告げると、最後にアイゼルはうっそりと微笑んだ。

 その笑みは見惚れるほどに美しく、そして背筋が凍るほど恐ろしかった。

 アメリアとセシリオは迫り来る己の危機的状況を骨の髄まで叩き込まれ、顔面蒼白になってガクリと床に手をついたのだった。



 その後、ルイズとクリフの素早い動きにより商人は捕縛され、王宮で行われた尋問によって隣国工作員であった真相も明らかになった。

 その狙いはアイゼルが推測していた通りであった。

 エイムズ伯爵夫妻も屋敷に詰めかけてきた騎士団によって連行され、王宮の牢獄に囚われる結果となっている。

 息子セシリオの自供と、隣国工作員が屋敷にいたという動かぬ証拠が揃っており、言い逃れできない状況なのは明白だ。

 にもかかわらず、苦し紛れに「知らなかった」と強固に言い張っているらしい。

 そんな夫妻とは対照的に、セシリオとアメリアはうなだれた様子で、すべての罪を認め、王宮での取調べにも素直に応じているそうだ。

 その取調べを担当した者は二人について聞かれるとこう言った。

 彼らは完全に心が折られているようだ、と。

 なお、これら一連の取調べには、クリスタの父で、最近外務大臣に就任したノッケルン侯爵も加わっていた。

 事前にアイゼルから隣国関与の可能性を示唆され事態を覚悟をしていた侯爵は、実に堅実な仕事ぶりで外交問題にあたり、その手腕は王宮内で高く評価されたという。

 エイムズ伯爵家の娘・リースベットが無関与であるという証言を引き出したのもノッケルン侯爵であった。


 ――そしてこの違法薬物事案により、建国初期から存在する伝統貴族の一つであったエイムズ伯爵家は、その長い歴史に幕を下ろすこととなったのだった。
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