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エピローグ
ルーカリオス王国の王都中心部にある、一際目を引く荘厳な大聖堂。
この日、歴史を感じさせるこの建物では、一組の夫婦の結婚式が執り行われていた。
高い天井と色鮮やかなステンドグラスが圧巻の大聖堂内の祭壇の前には、仕立ての良い真っ白な礼服に身を包んだ、はっと息を呑むほど麗しい一人の男が佇んでいる。
新郎であるこの男は、待ち焦がれるようにバージンロードに続く大きな扉を見つめていた。
そして新郎新婦と近しい関係の列席者たちもまた、同じ方角に視線を向けている。
厳かな雰囲気に包まれる中、その場にパイプオルガンによる温かく柔らかな音色が流れ始める。
その豊かな音楽を合図として、係の者たちが扉を開ける配置についた。
その扉の向こう側には今、二人の男女が登場の時を待ち構えている。
新婦のエスコートを務める壮年の男は、新婦の顔が緊張で強張っている様子にふと気がついた。
なんとも初々しい雰囲気に微笑ましく思いながら、穏やかに声を掛ける。
「緊張しているのかい?」
「……はい」
「なに、大丈夫だ。周囲の目など気にせず、君はただ新郎だけを見つめていればいい。今日は君たちの結婚式なのだから。私も美しい義娘をこうしてエスコートできて嬉しく思うよ、リースベット」
「ありがとうございます、お義父様」
新婦のリースベットは、優しく励ましの言葉を掛けてくれる義父――バックレー公爵に笑顔を向けた。
あのエイムズ伯爵家による違法薬物事案が発生してから半年。
半年の間でリースベットの身の回りには色々と変化が生じていた。
その最たるものが、バックレー公爵の養女となったことだった。
これはアイゼルからバックレー公爵に話を持ち掛けて実現したことだ。
エイムズ伯爵家の取り潰しにより、リースベットは実家という後ろ盾を無くした形となったのだが、この国の貴族社会では実家の存在は非常に重視される。
リースベットが当初アイゼルに迷惑をかけるからと離縁を考えたのもこの点が頭をよぎったからだった。
そこで、リースベットを手放すつもりなど毛頭ないアイゼルは、リースベットとどこかの貴族家で養子縁組をして、後ろ盾を作り出すことにしたのだ。
実質、名義貸しみたいなものである。
その際に白羽の矢が立ったのがバックレー公爵家であった。
アイゼルの亡き父の友人であること、バックレー公爵自身がリースベットを気に入っていたことが決め手となり話はすんなりまとまった。
こうしてリースベットには新しい家族ができ、アイゼルとも心置きなく一緒にいられることになったのだ。
そしてこの時、アイゼルが提案したことがもう一つ。
「結婚時、一刻も早く籍を入れてリースベットを名実ともに自分のものにしてしまいたかった。だから婚姻届を提出しただけになっていたが……改めて結婚式を挙げないか?」
そう、それがこの結婚式である。
これにはリースベット本人以上に周囲が大盛り上がりになった。
エルマは「最高の淑女を私の手で!」と興奮ぎみに張り切り出し、ローザリアは「息子夫婦の結婚式だなんて楽しみだわ!」と会場から列席者の選定まで嬉々として手伝い出す。
さらには「一緒に花嫁準備しましょうよ!」と、ほぼ同時期に結婚式を挙げることとなったクリスタと共に、ブライダルエステやネイルケアを受けたりと忙しくなった。
結婚式は通常一年くらい時間をかけて準備することが多い。
しかしアイゼルとリースベットはすでに入籍済みのため、早めにすることに決め、その影響でなにかと多忙な半年だった。
でもその忙しさのおかげで、リースベットは罪人となった実の家族のことを思い出して胸を痛めることはほぼなかった。
新しく義理の家族となったバックレー公爵家の人々、そしてなにより使用人含め全員が温かくリースベットを受け入れてくれるシャロック公爵家の人々の存在が大きかった。
家族に虐げられてきたリースベットだが、今はこの世の誰よりも、家族や周囲の人々に恵まれていると心の底から思っている。
その幸せを日々噛み締める毎日だ。
「さぁ、リースベット。そろそろ出番のようだ」
「はい、お義父様」
この半年を振り返っている間に、ちょうど新婦の入場の時がやってきた。
目の前の大きな木の扉がギィっと音を立てて、ゆっくりと開いていく。
パイプオルガンが奏でる美しい音色がだんだんと大きくなって、リースベットを包み込んだ。
完全に扉が開き終えると、リースベットの目前には祭壇へと続く一本の道が広がっていた。
その道の先には愛する人が佇んでいる。
……アイゼル様。
リースベットは心の中で誰よりも愛しい人の名を呼び、そっと一歩を踏み出した。
ほっそりとした華奢な身体には、チュールを幾重にも重ねたウエストから丸く広がるプリンセスラインのドレスが纏われている。
大胆に露出された肩や背中には、ラメ入りボディーパウダーが馴染まされており、リースベットが歩くたびにキラキラと輝きを放った。
深紅のバージンロードに純白のドレスが映え、リースベットの美しさをより一層引き立てている。
誰もが一瞬にしてほぉっと見惚れ、目が新婦に釘付けになった。
そしてそれは新郎であるアイゼルも同様であった。
こんなに美しい妻の姿を他の男に晒すんじゃなかったと後悔しつつ、その一方でこれが自分の愛する妻だと自慢したい気持ちにも駆られる。
そんな葛藤を心の内で繰り広げながら、自分に向かってしずしずと歩みを進めるリースベットを食い入るように見つめる。
「ここで交代だ。アイゼル君、私の義娘をよろしく頼むよ」
「ええ、もちろん。閣下に言われるまでもなく」
「ははは。怖い番犬ぶりは相変わらずだな」
ようやくリースベットがアイゼルの元へ辿り着き、新婦の義父から新郎へエスコートの相手が変わる瞬間、男二人はこそこそとこんな会話を交わした。
義父とはいえ、リースベットが他の男のエスコートを受けているのが面白くないアイゼルの目つきは鋭い。
溺愛ぶりが凄まじいなとバックレー公爵は思わず苦笑いを零すと、リースベットの手をアイゼルへと預けた。
「リースベット、すごく綺麗だ」
「……アイゼル様もお美しいです」
近くで見れば見るほど、アイゼルは今日も今日とて神々しいくらいに麗しい。
見慣れているはずのリースベットですら、目が吸い込まれてしまう。
そんな夫から向けられる熱い眼差しにほんのり頬を染め、リースベットはアイゼルを見つめ返した。
「アイゼル・シャロック。あなたはここにいるリースベット・バックレーを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、助け合い、慰め、生涯を通じてその誓約を守ることを誓いますか?」
「誓います」
「リースベット・バックレー。あなたはここにいるアイゼル・シャロックを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、敬い、助け合い、慰め、生涯を通じてその誓約を守ることを誓いますか?」
「はい、誓います」
祭壇前で司教に問われ、二人はそれぞれ誓いの言葉を紡ぐ。
二人が夫婦となって約一年。
本来リースベットはすでにリースベット・シャロックなのだが、この場ではバックレー公爵家の娘として改めて愛を誓う。
これからもお互いだけを一途に愛し続けるという想いを込めて。
「では誓いの口づけを」
司教からの言葉を受け、二人は向かい合う。
アイゼルがベールを丁寧にめくり上げ、そしてリースベットの肩に手を置いて顔を近づける。
リースベットはそっと目を閉じた。
すぐに唇に柔らかな感触が落ちてくる。
込み上げてくるアイゼルへの愛に、リースベットはジーンと胸を震わせた。
信じられないくらい幸せだ。
幸せすぎて怖い。
……でも、怖いからって、絶対に自分からこの手を離したりしないわ。
アイゼルの隣にいたい。
ずっと一緒にいたい。
誰もが夫にしたいと一度は夢見るような素敵な男性を独り占めする――それはリースベットが生涯に渡って唯一心の底から願う我儘だった。
――リーンゴーン、リンゴーン
大聖堂の鐘が鳴り響き、大聖堂から屋外に続く扉が開け放たれる。
大階段には、色とりどりの花びらを手に持った列席者が新郎新婦を待ち構えていた。
アイゼルとリースベットが階段を降りてくると、花びらが舞い、フラワーシャワーが降り注ぐ。
「兄上、おめでとう!」
「奥様、おめでとうございます! そして、やっぱりそのドレスにして正解でしたっ! 最高の淑女ですっ!」
「リースベット、本当に素敵だったわよ! 大聖堂の神聖な匂いにもクラクラしちゃったわ!」
「アイゼル様、リースベッド奥様、おめでとうございます。実に感慨深いです」
花びらだけでなく、列席者からの祝いの言葉も次々に飛び交った。
結婚当初から兄の思わぬポンコツぶりに付き合ってきたルイズは万感の思いを込めて。
侍女としてリースベットを美しく磨き上げることに情熱を燃やし続けてきたエルマは、自身の仕事ぶりに誇りを滲ませて。
夜会での一件により自責の念を抱えていたクリスタは吹っ切れたように晴れやかな顔で、匂いフェチまで発揮して。
伯爵家に潜入捜査しつつ長年二人を見守ってきたクリフは、今日も今日とて一瞬誰だか分からないくらい完璧に変装しつつ。
四者四様で二人を祝う。
近しい人たちからの温かな言葉にリースベットは目を潤ませ、アイゼルが思わず隠してしまいたくなるような美しい微笑みを浮かべた。
その後、大階段から続く大聖堂併設の庭園にて、ささやかなガーデンパーティーが催された。
お酒と軽食を嗜みつつ、近しい人々同士が思い思いに交流を楽しんでいる。
その様子にリースベットは目元を和らげた。
それは実に温かで、和やかで、幸せな空間だった。
「今日のリースベットはずっと微笑んでいるな」
「はい。とっても幸せです。結婚式をしようと提案してくださったアイゼル様のおかげです。ありがとうございます」
「リースベットが喜んでくれたのなら良かった。それに俺は君の美しい姿が見れただけでも満足だ。……まぁ、そのために散々我慢は強いられたけどな」
アイゼルはここ数ヶ月を思い出し、少しだけ苦々しい顔をする。
というのも、エルマのお達しにより、閨の制限を受けていたのだ。
理由は王宮舞踏会の時と同じ。
結婚式という一生に一度の大舞台でリースベットが美しくドレスが着られるように、「絶対妊娠させるな!」と、それはそれは厳しいお達しがあったのだ。
エルマは当主であるアイゼルに一歩も引かず、戦争も辞さない覚悟を滲ませていた。
これにローザリアも「やっぱり結婚式は新婦のドレス姿が重要だものね」とエルマを後押ししたものだから、アイゼルは劣勢となった。
さすがに王宮舞踏会の時のようにまったくナシは無理だというアイゼルの必死の主張により、最終的には「週三回、絶対中出し禁止」の決着となったのだった。
毎日でもリースベットを抱きたいアイゼルにとっては、まさに苦痛を伴う苦行の日々だったのだ。
「ふふっ。アイゼル様はお辛そうでしたものね」
「君は平気だったのか? 俺に抱かれたくないとでも?」
「いいえ、そういう意味ではありません。私はアイゼル様となら、ただ一緒に眠るだけでも幸せなので」
「……そんな可愛らしいことを言われると、俺が我慢の効かない馬鹿な男みたいだ」
はぁぁと悩ましいため息を漏らしたアイゼルは、そっとリースベットの腰を抱き寄せると耳元でささやく。
「でもその我慢も今日で終わりだ」
しかし、ここで予想外の言葉が返ってきた。
「すみません……しばらくは控えることになるかもしれません」
「な、に……?」
驚きすぎて愕然とするアイゼルの端正な横顔を見つめると、リースベットは少し背伸びをして、アイゼルの耳元に顔を近づける。
そして告げた。
「――アイゼル様の子が、できたみたいなのです。ここに」
自身のお腹に手を当てて、ほんのりと頬を染めて微笑む。
実はこの数ヶ月の間で、絶対中出し禁止の制約があったものの、あまりに盛り上がりすぎてアイゼルがリースベットの中で精を吐き出したことが一度だけあった。
その一度が懐妊に繋がったのだった。
まだ妊娠初期であり、リースベット自身もその事実をつい最近知ったところであった。
「なっ……本当か!?」
アイゼルは大きく目を見開くと、顔を綻ばせ、リースベットを腕の中にギュッと抱きしめた。
喜びを伝えるようにリースベットの額、瞼、鼻、頬、唇と顔の至るところにキスを浴びせる。
「ホント、旦那様と奥様はラブラブですねー!」
「兄上の変貌ぶりが恐ろしいよ。人は本気になるとああも変わってしまうんだね」
「さすが私の推し夫婦! 私もハロルト様からの溺愛を受ける妻を目指すわ!」
「お二人が幸せそうでなによりです」
人目を憚らない二人の睦み合いは、しばらくの間続き、周囲からは生温かい視線が注がれた。
◇◇◇
リースベットの懐妊により、待ちに待った制限なしの閨解禁が延期される形となったアイゼルだったが、それによりリースベットへの愛が薄れる……などということは一切なかった。
確かに閨はリースベッドを思う存分愛する手段ではあるが、それはあくまで一つの手段であり、アイゼルが欲するのはリースベッドそのものだからだ。
妊娠期間中も、産後も、いつどんな時でも他の女性に目移りすることもなく、滾る愛をリースベットただ一人へと生涯注ぎ続けた。
二人の親族であるルイズはたまに周囲に漏らしていたという。
うちの兄夫婦は見ているこっちが恥ずかしくなるくらい甘すぎる、と。
そんな二人が実は、結婚当初、甘さのカケラもないギクシャクした関係だったことを知る者はほとんどいない。
寡黙で口数の少なかったアイゼルは、事あるごとに愛をささやく夫に。
常に困惑ぎみな表情だったリースベットは、夫の重い愛を受け止めながらいつも穏やかに微笑む妻に。
誤解とすれ違いを乗り越え、関係性だけでなく、二人自身もそれぞれ大きく変わった。
――そしてシャロック公爵夫妻は、今や国内一のおしどり夫婦として知られている。
END
この日、歴史を感じさせるこの建物では、一組の夫婦の結婚式が執り行われていた。
高い天井と色鮮やかなステンドグラスが圧巻の大聖堂内の祭壇の前には、仕立ての良い真っ白な礼服に身を包んだ、はっと息を呑むほど麗しい一人の男が佇んでいる。
新郎であるこの男は、待ち焦がれるようにバージンロードに続く大きな扉を見つめていた。
そして新郎新婦と近しい関係の列席者たちもまた、同じ方角に視線を向けている。
厳かな雰囲気に包まれる中、その場にパイプオルガンによる温かく柔らかな音色が流れ始める。
その豊かな音楽を合図として、係の者たちが扉を開ける配置についた。
その扉の向こう側には今、二人の男女が登場の時を待ち構えている。
新婦のエスコートを務める壮年の男は、新婦の顔が緊張で強張っている様子にふと気がついた。
なんとも初々しい雰囲気に微笑ましく思いながら、穏やかに声を掛ける。
「緊張しているのかい?」
「……はい」
「なに、大丈夫だ。周囲の目など気にせず、君はただ新郎だけを見つめていればいい。今日は君たちの結婚式なのだから。私も美しい義娘をこうしてエスコートできて嬉しく思うよ、リースベット」
「ありがとうございます、お義父様」
新婦のリースベットは、優しく励ましの言葉を掛けてくれる義父――バックレー公爵に笑顔を向けた。
あのエイムズ伯爵家による違法薬物事案が発生してから半年。
半年の間でリースベットの身の回りには色々と変化が生じていた。
その最たるものが、バックレー公爵の養女となったことだった。
これはアイゼルからバックレー公爵に話を持ち掛けて実現したことだ。
エイムズ伯爵家の取り潰しにより、リースベットは実家という後ろ盾を無くした形となったのだが、この国の貴族社会では実家の存在は非常に重視される。
リースベットが当初アイゼルに迷惑をかけるからと離縁を考えたのもこの点が頭をよぎったからだった。
そこで、リースベットを手放すつもりなど毛頭ないアイゼルは、リースベットとどこかの貴族家で養子縁組をして、後ろ盾を作り出すことにしたのだ。
実質、名義貸しみたいなものである。
その際に白羽の矢が立ったのがバックレー公爵家であった。
アイゼルの亡き父の友人であること、バックレー公爵自身がリースベットを気に入っていたことが決め手となり話はすんなりまとまった。
こうしてリースベットには新しい家族ができ、アイゼルとも心置きなく一緒にいられることになったのだ。
そしてこの時、アイゼルが提案したことがもう一つ。
「結婚時、一刻も早く籍を入れてリースベットを名実ともに自分のものにしてしまいたかった。だから婚姻届を提出しただけになっていたが……改めて結婚式を挙げないか?」
そう、それがこの結婚式である。
これにはリースベット本人以上に周囲が大盛り上がりになった。
エルマは「最高の淑女を私の手で!」と興奮ぎみに張り切り出し、ローザリアは「息子夫婦の結婚式だなんて楽しみだわ!」と会場から列席者の選定まで嬉々として手伝い出す。
さらには「一緒に花嫁準備しましょうよ!」と、ほぼ同時期に結婚式を挙げることとなったクリスタと共に、ブライダルエステやネイルケアを受けたりと忙しくなった。
結婚式は通常一年くらい時間をかけて準備することが多い。
しかしアイゼルとリースベットはすでに入籍済みのため、早めにすることに決め、その影響でなにかと多忙な半年だった。
でもその忙しさのおかげで、リースベットは罪人となった実の家族のことを思い出して胸を痛めることはほぼなかった。
新しく義理の家族となったバックレー公爵家の人々、そしてなにより使用人含め全員が温かくリースベットを受け入れてくれるシャロック公爵家の人々の存在が大きかった。
家族に虐げられてきたリースベットだが、今はこの世の誰よりも、家族や周囲の人々に恵まれていると心の底から思っている。
その幸せを日々噛み締める毎日だ。
「さぁ、リースベット。そろそろ出番のようだ」
「はい、お義父様」
この半年を振り返っている間に、ちょうど新婦の入場の時がやってきた。
目の前の大きな木の扉がギィっと音を立てて、ゆっくりと開いていく。
パイプオルガンが奏でる美しい音色がだんだんと大きくなって、リースベットを包み込んだ。
完全に扉が開き終えると、リースベットの目前には祭壇へと続く一本の道が広がっていた。
その道の先には愛する人が佇んでいる。
……アイゼル様。
リースベットは心の中で誰よりも愛しい人の名を呼び、そっと一歩を踏み出した。
ほっそりとした華奢な身体には、チュールを幾重にも重ねたウエストから丸く広がるプリンセスラインのドレスが纏われている。
大胆に露出された肩や背中には、ラメ入りボディーパウダーが馴染まされており、リースベットが歩くたびにキラキラと輝きを放った。
深紅のバージンロードに純白のドレスが映え、リースベットの美しさをより一層引き立てている。
誰もが一瞬にしてほぉっと見惚れ、目が新婦に釘付けになった。
そしてそれは新郎であるアイゼルも同様であった。
こんなに美しい妻の姿を他の男に晒すんじゃなかったと後悔しつつ、その一方でこれが自分の愛する妻だと自慢したい気持ちにも駆られる。
そんな葛藤を心の内で繰り広げながら、自分に向かってしずしずと歩みを進めるリースベットを食い入るように見つめる。
「ここで交代だ。アイゼル君、私の義娘をよろしく頼むよ」
「ええ、もちろん。閣下に言われるまでもなく」
「ははは。怖い番犬ぶりは相変わらずだな」
ようやくリースベットがアイゼルの元へ辿り着き、新婦の義父から新郎へエスコートの相手が変わる瞬間、男二人はこそこそとこんな会話を交わした。
義父とはいえ、リースベットが他の男のエスコートを受けているのが面白くないアイゼルの目つきは鋭い。
溺愛ぶりが凄まじいなとバックレー公爵は思わず苦笑いを零すと、リースベットの手をアイゼルへと預けた。
「リースベット、すごく綺麗だ」
「……アイゼル様もお美しいです」
近くで見れば見るほど、アイゼルは今日も今日とて神々しいくらいに麗しい。
見慣れているはずのリースベットですら、目が吸い込まれてしまう。
そんな夫から向けられる熱い眼差しにほんのり頬を染め、リースベットはアイゼルを見つめ返した。
「アイゼル・シャロック。あなたはここにいるリースベット・バックレーを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、助け合い、慰め、生涯を通じてその誓約を守ることを誓いますか?」
「誓います」
「リースベット・バックレー。あなたはここにいるアイゼル・シャロックを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、敬い、助け合い、慰め、生涯を通じてその誓約を守ることを誓いますか?」
「はい、誓います」
祭壇前で司教に問われ、二人はそれぞれ誓いの言葉を紡ぐ。
二人が夫婦となって約一年。
本来リースベットはすでにリースベット・シャロックなのだが、この場ではバックレー公爵家の娘として改めて愛を誓う。
これからもお互いだけを一途に愛し続けるという想いを込めて。
「では誓いの口づけを」
司教からの言葉を受け、二人は向かい合う。
アイゼルがベールを丁寧にめくり上げ、そしてリースベットの肩に手を置いて顔を近づける。
リースベットはそっと目を閉じた。
すぐに唇に柔らかな感触が落ちてくる。
込み上げてくるアイゼルへの愛に、リースベットはジーンと胸を震わせた。
信じられないくらい幸せだ。
幸せすぎて怖い。
……でも、怖いからって、絶対に自分からこの手を離したりしないわ。
アイゼルの隣にいたい。
ずっと一緒にいたい。
誰もが夫にしたいと一度は夢見るような素敵な男性を独り占めする――それはリースベットが生涯に渡って唯一心の底から願う我儘だった。
――リーンゴーン、リンゴーン
大聖堂の鐘が鳴り響き、大聖堂から屋外に続く扉が開け放たれる。
大階段には、色とりどりの花びらを手に持った列席者が新郎新婦を待ち構えていた。
アイゼルとリースベットが階段を降りてくると、花びらが舞い、フラワーシャワーが降り注ぐ。
「兄上、おめでとう!」
「奥様、おめでとうございます! そして、やっぱりそのドレスにして正解でしたっ! 最高の淑女ですっ!」
「リースベット、本当に素敵だったわよ! 大聖堂の神聖な匂いにもクラクラしちゃったわ!」
「アイゼル様、リースベッド奥様、おめでとうございます。実に感慨深いです」
花びらだけでなく、列席者からの祝いの言葉も次々に飛び交った。
結婚当初から兄の思わぬポンコツぶりに付き合ってきたルイズは万感の思いを込めて。
侍女としてリースベットを美しく磨き上げることに情熱を燃やし続けてきたエルマは、自身の仕事ぶりに誇りを滲ませて。
夜会での一件により自責の念を抱えていたクリスタは吹っ切れたように晴れやかな顔で、匂いフェチまで発揮して。
伯爵家に潜入捜査しつつ長年二人を見守ってきたクリフは、今日も今日とて一瞬誰だか分からないくらい完璧に変装しつつ。
四者四様で二人を祝う。
近しい人たちからの温かな言葉にリースベットは目を潤ませ、アイゼルが思わず隠してしまいたくなるような美しい微笑みを浮かべた。
その後、大階段から続く大聖堂併設の庭園にて、ささやかなガーデンパーティーが催された。
お酒と軽食を嗜みつつ、近しい人々同士が思い思いに交流を楽しんでいる。
その様子にリースベットは目元を和らげた。
それは実に温かで、和やかで、幸せな空間だった。
「今日のリースベットはずっと微笑んでいるな」
「はい。とっても幸せです。結婚式をしようと提案してくださったアイゼル様のおかげです。ありがとうございます」
「リースベットが喜んでくれたのなら良かった。それに俺は君の美しい姿が見れただけでも満足だ。……まぁ、そのために散々我慢は強いられたけどな」
アイゼルはここ数ヶ月を思い出し、少しだけ苦々しい顔をする。
というのも、エルマのお達しにより、閨の制限を受けていたのだ。
理由は王宮舞踏会の時と同じ。
結婚式という一生に一度の大舞台でリースベットが美しくドレスが着られるように、「絶対妊娠させるな!」と、それはそれは厳しいお達しがあったのだ。
エルマは当主であるアイゼルに一歩も引かず、戦争も辞さない覚悟を滲ませていた。
これにローザリアも「やっぱり結婚式は新婦のドレス姿が重要だものね」とエルマを後押ししたものだから、アイゼルは劣勢となった。
さすがに王宮舞踏会の時のようにまったくナシは無理だというアイゼルの必死の主張により、最終的には「週三回、絶対中出し禁止」の決着となったのだった。
毎日でもリースベットを抱きたいアイゼルにとっては、まさに苦痛を伴う苦行の日々だったのだ。
「ふふっ。アイゼル様はお辛そうでしたものね」
「君は平気だったのか? 俺に抱かれたくないとでも?」
「いいえ、そういう意味ではありません。私はアイゼル様となら、ただ一緒に眠るだけでも幸せなので」
「……そんな可愛らしいことを言われると、俺が我慢の効かない馬鹿な男みたいだ」
はぁぁと悩ましいため息を漏らしたアイゼルは、そっとリースベットの腰を抱き寄せると耳元でささやく。
「でもその我慢も今日で終わりだ」
しかし、ここで予想外の言葉が返ってきた。
「すみません……しばらくは控えることになるかもしれません」
「な、に……?」
驚きすぎて愕然とするアイゼルの端正な横顔を見つめると、リースベットは少し背伸びをして、アイゼルの耳元に顔を近づける。
そして告げた。
「――アイゼル様の子が、できたみたいなのです。ここに」
自身のお腹に手を当てて、ほんのりと頬を染めて微笑む。
実はこの数ヶ月の間で、絶対中出し禁止の制約があったものの、あまりに盛り上がりすぎてアイゼルがリースベットの中で精を吐き出したことが一度だけあった。
その一度が懐妊に繋がったのだった。
まだ妊娠初期であり、リースベット自身もその事実をつい最近知ったところであった。
「なっ……本当か!?」
アイゼルは大きく目を見開くと、顔を綻ばせ、リースベットを腕の中にギュッと抱きしめた。
喜びを伝えるようにリースベットの額、瞼、鼻、頬、唇と顔の至るところにキスを浴びせる。
「ホント、旦那様と奥様はラブラブですねー!」
「兄上の変貌ぶりが恐ろしいよ。人は本気になるとああも変わってしまうんだね」
「さすが私の推し夫婦! 私もハロルト様からの溺愛を受ける妻を目指すわ!」
「お二人が幸せそうでなによりです」
人目を憚らない二人の睦み合いは、しばらくの間続き、周囲からは生温かい視線が注がれた。
◇◇◇
リースベットの懐妊により、待ちに待った制限なしの閨解禁が延期される形となったアイゼルだったが、それによりリースベットへの愛が薄れる……などということは一切なかった。
確かに閨はリースベッドを思う存分愛する手段ではあるが、それはあくまで一つの手段であり、アイゼルが欲するのはリースベッドそのものだからだ。
妊娠期間中も、産後も、いつどんな時でも他の女性に目移りすることもなく、滾る愛をリースベットただ一人へと生涯注ぎ続けた。
二人の親族であるルイズはたまに周囲に漏らしていたという。
うちの兄夫婦は見ているこっちが恥ずかしくなるくらい甘すぎる、と。
そんな二人が実は、結婚当初、甘さのカケラもないギクシャクした関係だったことを知る者はほとんどいない。
寡黙で口数の少なかったアイゼルは、事あるごとに愛をささやく夫に。
常に困惑ぎみな表情だったリースベットは、夫の重い愛を受け止めながらいつも穏やかに微笑む妻に。
誤解とすれ違いを乗り越え、関係性だけでなく、二人自身もそれぞれ大きく変わった。
――そしてシャロック公爵夫妻は、今や国内一のおしどり夫婦として知られている。
END
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