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Aルート月島

第20話 とある中学生の『走馬灯』その3

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ムシャムシャムシャムシャ!

ゴキュゴキュゴキュゴキュ!

「ウィ~、焼き肉には赤ワイン!白米が焼き肉によく合うぜ~」

白井家の朝の食卓は焼き肉。使用される全ての肉は安い肉ではない。鹿児島黒毛和牛であり白井家の家長である白井鷯の好物である。しかも朝から酒をガブガブと飲んでいる。飲んでいるのは値段のする赤ワインをまるで安い発泡酒のようにグラスに注がずらっぱ飲みしている。酒の価値も食材の味も全くわかってない典型的な成金野郎である。

「お前等もそう思うだろ~、んん?」

白井鷯が三人の娘に視線を向ける。

白井蜜柑(13) に双子の白井林檎(12)白井梨晏(12)の三人である。しかし三人は床に正座させられている。真ん中に座っている白井蜜柑にいたっては全裸で座らされており、その身体には無数の痣がある。

次の瞬間、白井鷯はテーブルの上のまだ食べ残しがある皿を床にぶちまける。

「食っていいぞ、ただし手は使うなよ」

白井鷯の合図で双子が床に落ちた肉やご飯にかぶりつき床にこぼれた酒を舌を出して舐める。

まるで野良犬のようだ。

ただし長女の蜜柑は動かない。

「おい、蜜柑~、何を物欲しそうに見てんだ?涎まで垂らしやがって!卑しいんだよ!・・・・悪い子はしっかりと躾なきゃな~」

完全に言い掛かりである。蜜柑は涎を垂らしてないし動いてもいない。

鷯は視線を向ける。

天井の梁から垂らされたロープ。

これは『毎朝』の恒例行事である。

「ぐぎぃ!あがっ!助けっ!!!」

「暴れないで姉さん!じっとしててよ!」

「お願いお姉ちゃん!暴れないで!」

「しっかり持ちなさいよ梨晏!!!」

「林檎だってもっと力を入れてよ!!!」

首吊りを強いられる蜜柑、その蜜柑の足を喚きながら必死に支える林檎と梨晏を下衆な笑みを浮かべながら缶ビールをあおる鷯。

双子の林檎と梨晏に父の鷯はいつも言い聞かせている。

『蜜柑が生きてる限りはお前等には暴力は振るわないが、蜜柑が死んだら・・・・次はお前等の、どちらかに蜜柑の代わりをやってもらおうか』

蜜柑に父の鷯はいつも言い聞かせている。

『お前が一人で引き受けるなら妹達に暴力は振るわない。約束してやる』

長女の蜜柑は双子の妹を守る為に必死に耐えているのに対して双子は自分達の身を守る為に姉を生け贄に捧げ続ける。その為に必死になって姉を救おうとしている。三姉妹の滑稽な姿を見て鷯は下衆な笑みを浮かべる。

その後、父の鷯は夜の仕事に備えて就寝。三人姉妹は春夏秋冬、ベランダに正座で待機させられる。当然施錠されており自由に部屋に出入りすることはできない。鷯はペットボトル一本分の水のみを与える。

ちなみに三人の母親は娘達を見捨て数年前に逃げ出していた。

鷯はヤクザの構成員であり自前のマンションで闇カジノを経営し空いている部屋に市役所に潜り込ませた部下と協力して生活保護者を住まわせて最低限のギリギリの生活しかおくれない生活保護費を搾りとる。

闇カジノが行われている部屋に三姉妹の姿もあった。

双子の格好はお客のリクエストに答えて毎日異なる。今日は林檎は水着にエプロン、梨晏は体操服(ブルマ)。林檎はお客の注文した酒を運び、梨晏は室内の清掃をしている。そして蜜柑はカジノが行われている部屋の隣でお客の相手をしている。
林檎と梨晏はお触りありで客は二人が近づくとイヤラシイ目で太腿や胸を撫でるが撫でるだけでそれ以上の事はしない。

だが蜜柑は違う。

蜜柑はここでも全裸で部屋の片隅に正座させられていた。そして大金を注ぎ込み負けのこんだ客の苛立ちの捌け口をさせられる。
今日も負けのこんだ客が蜜柑の髪を乱暴に掴みオーナーである鷯に料金五万円を投げつけ奥の部屋に引きずっていく。そこでは性的なサービスが行われる。

林檎と梨晏の仕事には蜜柑の使用後の掃除も含まれている。乱暴に扱われ気を失っている蜜柑を風呂場に抱えて冷水を貯めた浴槽に投げ込む。それでも蜜柑の意識が戻らない。林檎が溺れないように上半身を支えて梨晏は蜜柑の身体をブラシで隅々まで擦る。

双子は姉を汚物を見るかのような目で見ながら作業を行う。

自分より『下』がいる。

そう思うことで双子は自分を慰める。

いずれは自分達もやらされるとわかっていても。

ドガアアアアアアアアアン!!!

それが姉妹の日常、地獄のような日々が永遠に続くと思っていた。そんな日常をブチ壊されるとは思いもしなかった。

「オラッ!白井ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

ドゴオオオオオオオオオオオオ!!!

姉妹にとって父である鷯は絶対的な存在だった。過去に逆らった事はある。他の大人に助けを求めた事も寝ている隙に鷯を殺そうとしたこともあった。父が部下に暴力を振るう光景を何でもみせられており自身の身体にも味わったこともある。父殺害が悉く失敗に終わり過度な仕置きを何度も何度も、現在は心を完全にバキバキに折られている。

だが突然マンションのドアを蹴破って入ってきた男に父は怒鳴ることも暴力を振るうわけでもなく機嫌を損なわせないために愛想笑いを浮かべて側に駆け寄っていく姿を目を大きく開かせ双子は驚いた。

「おい、あれって『知和和輪 八行(チワワワ ハチコウ)』だろ?『堂島の暴れ竜』月島竜一の金貸し屋の代理社長じゃねえか?なんでこんなところに?」

「あれが『忠犬』知和和輪か・・・噂に聞いたことがある。御主人の月島竜一の命令を絶対忠実の犬か、人を殺す事も厭わない男だとか本当かは知らんけど。借金を踏み倒して広大な土地である中国に逃げた客を何の手掛かりがないのに一週間ちょっとで見つけ出したとかネットも繋がらないド田舎に逃げていたのにも関わらずにな」

「まさか、あそこから金借りたのか?容赦のない取立てをされることで有名じゃないか」

カジノに訪れた客達が男の話をしていた。双子は怖くて近づけなかったが気になったのでこっそりと覗き込む。

「てめえ、今月分がまだだが言い訳があるなら聞こうか?まあ聞いたところでボコボコにするのは変わらんがな」

「なっ!そんなはずは、すみません電話かけてもよろしいでしょうか?」

知和和輪の許可をもらい携帯電話を取り出す父。どうやら女の所に掛けているようだ。

『ごめ~ん鷯ちゃん!忘れちゃってた!明日に払っておくからデートしようよ~』

「馬鹿野郎!明日じゃ間に合わないんだよ!」

「・・・・今日中に支払う気がないと?」

「あります!払う気はあるんです!!!金がないわけじゃないです!明日必ずお支払いします!お願いします!待ってもらえないでしょうか!待ってもらう分は色をつけてお返ししますから!このとおり!!!」

双子はあの鷯は偽物なんじゃないかとも思い始めた。父はよく人に土下座を強要させるので他人の土下座はよく見たことがある。双子はよく動画や写真を撮らされているからだ。今まで見てきた中でも一・二を争うであろう見事な土下座をする父。

土足で部屋にヅカヅカと入ってきた八行は土下座をする鷯の頭を磨きあげられたピカピカの革靴で踏みつける。

「お前の借りた金は三千万円、残り四百万円。返済期限はあと十分と三十秒、二九、二八、二七」

「カウントダウンが始まってる!!!おい!今すぐ四百万円用意して持って来てくれ!頼む!明日のデートの時に返す!なんなら倍にして返す!欲しいもん何でも買ってやるから!」

「もう鷯ちゃんたら~、そんなに私の気を引きたいの~、きゃはははは!けどもうお酒飲んじゃたから車出せないのよ~。ちゃんと明日持っていってあげるわよ~、きゃはははははははは!」

「明日じゃ間に合わないって言ってるだろ!水飲んで酔い覚ませ!!!誰かに頼めないか?お願いだ!!!」

「・・・・愛してるって言って」

「はああああああああ!!!今それどころじゃねえんだよ!!!メンヘラ女が!!!」

「あ~、電話が切れちゃう~」

「愛してるぜ雅美!!!」

「気持ちがこもってない・・・・」

「アアアアアアアアイ!!!!!!ラアアアアアアアブ!!!!!!ユウウウウウウ!!!!!!マッサミイイイイイイイイ!!!!!!」

「きゃはははははははははははは!!!もう~鷯ちゃんたら~わかったわかったわよ~。じゃあ明日9時にいつもの所に来てね!私も愛してる!!!じゃあね~」

「わかってねえええええええええ!!!待ってえええええええええ!!!」

ブツン!!!

「「「「「「・・・・・・・」」」」」」

「さて・・・包丁くらいは置いてあるだろ?」

「待ってください!電話させてください!まだ何人か金払いのいい女を囲ってるんで!そいつに支払わせますから!」

「あと、五分九秒、八、七、六・・・・・」

八行のカウントが突然止まった。何事かと鷯は八行の視線を向けている方向を見る。隣の部屋からフラフラと歩いてくる蜜柑だった。
一糸纏わぬ裸で顔の腫れは時間が経過し酷くなっておりパンパンに、身体に無数の痣、手足首に縄で縛られたかのような跡、股から先程の客の洗い残しか精液が垂れ流れている。

「お客様?いらっしゃいませ・・・どうぞ私を殴って下さい・・・お客様の苛立ちをぶつけて下さい・・・私は死んでも構いません・・・だって私は人間じゃないんだから・・・お客様は神様・・・神様の暴力は暴力じゃない・・・むしろ施し・・・どうか私に恵んで下さい・・・」

光が宿らぬ虚ろな瞳、脂ぎったボサボサの髪、痩せ細ったガリガリの身体。身体は拭かれておらずビショビショだ。
まるで幽鬼のようにユラユラと歩いていた蜜柑は八行にぶつかり八行の着ていた高級なロングコートを濡れた身体と股から垂れ流れてきた精液で汚す。

「この馬鹿が!!!」

鷯は慌てて立ち上がり蜜柑を引き剥がすと蜜柑の頭を床に叩き付ける。

ゴシャ!グシャ!ゴスッ!バキッ!

「すいません馬鹿娘が!!!もちろんコートは全額弁償します!!!どうか無礼を許してください!!!」

「娘?そいつはお前の娘か?」

「はい!いや、けど血が繋がってるだけです!こんなデキの悪すぎるガキなんて本当に俺の子供なんてありえないですね!」

鷯はヘラヘラと愛想笑いを浮かべて蜜柑の顔を床に叩きつけながら八行の質問に答える。蜜柑を叩き付ける力には八行の制裁されるかもという恐怖と鷯の苛立ちも加わり力強いものになって蜜柑の鼻は折れたのかだばだばと凄い勢いで鼻血を流す。

ドガアアアアアアアアアン!!!

次の瞬間、鷯がブッ飛んでいった。八行の蹴りによってだ。

そして優しく蜜柑を抱き抱える。

「支払いを待ってやるよ。その代わり・・・このガキは俺が引き取る。いいな」

釈迦が垂らした糸を手繰りよせた蜜柑。それに便乗しようと飛び出そうとした林檎と梨晏だったが。

「とりあえずここを出ようか。服は?」

蜜柑は弱々しく首を横に振る。八行は自分の着ていたコートを脱ぎ蜜柑を優しく包みお姫様抱っこをして部屋から出ていく。

「そうだ、何か持っていくものはあるか?あるなら後で送らせるか今持っていくか?」

「『何もないです』。どうか私をこの地獄から連れ出して下さい」

林檎と梨晏の双子は一瞬だけ、一瞬だけ見た。優しく抱き上げられ八行の胸に顔を埋める蜜柑は自分達の姿を見て笑みを浮かべた。

蜜柑は双子を見捨てる事にしたようです。
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