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第一話 不運な一日
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「今日、ついてないかも」
美沙子のこの一言に、先に歩いていた幼馴染が振り返る。
「ついてないって?」
「遅刻するし、第一ボタン外れてるの峰倉先生に見られて校則違反だーって怒られるし、見たかった映画録画忘れたし」
「第一ボタンくらい締めろよ」
「嫌。寝る時苦しいもん」
「授業中くらい起きてれば?」
幼馴染の呆れた声に、美沙子は首を横に振った。
巷で可愛いと有名な制服だが、ワイシャツの第一ボタンが苦しくてたまらない。
毎朝校門に立っている厳しい先生の前を何気ない顔で通り越し、教室についてから皆第一ボタンは当然とばかりに外す。
危険人物の峰倉先生だけやり過ごせば問題ないのだが、今日は移動教室で職員室の前を通り、その先生に捕まってしまった。
不貞腐れる美沙子に、堅物の幼馴染が言った。
「そんなにへこむなよ。ついてなかったにしても、今日だけだろ?」
「……明日も続いたらどうする?」
「疫病神美沙子って呼ぶ」
「サイアク」
テンポのよい会話を交わし、美沙子はいつも通り幼馴染と学校から帰路についていた。
明日はもっと運がいいと信じよう。
そんなことを思っていた矢先だった。
「?」
美沙子の前に、一人の男が立ちはだかる。
美沙子がいるというのに道を開けようとせず、うつむくばかりの男に首を傾げた。
「あの、大丈夫ですか?」
美沙子が男に声をかけた瞬間、男が美沙子にぶつかった。
「え……」
腹が、熱い。
猛烈な熱さと共に、痺れるような激痛が体を貫いた。
奥から込み上げてくる何かに耐えきれず吐き出せば、それは鈍い赤色をしていた。
「美沙子ぉっ!」
倒れる美沙子を見て、幼馴染に驚愕と焦りの混ざった叫びがこだました。
男はそのまま走り去っていく。
この光景を見ていた通行人が、悲鳴を上げて「警察を」「救急車」と口々に言う。
「おい、美沙子、しっかりしろっ! 俺が絶対助けてやるから……」
幼馴染の叫びすら遠い。
酷い耳鳴りがして、視界が霞んでいく。
指先に力が入らない。
(きょーちゃん……)
声にならない幼馴染の名前を呼んで、美沙子は力尽きた。
◆ ◆ ◆
「……?」
何かに揺らされるような感覚で、美沙子は目覚めた。
幼馴染だろうか。しかし、揺さぶるというには優しすぎる。
「あら、起きたの」
綺麗な女性の声が上から降ってきた。
驚いて目を見開けば、輝かんばかりの美しい面差しが目に飛び込んでくる。
女性の容貌に美沙子は酷く困惑した。
第一知らない人だ。
それに、プラチナブロンドの髪に緑の瞳という、異国風の髪と瞳の色。
外国人っぽい顔立ち。
頭に生えている、獣の耳のようなもの。
「おはよう、アリーシア」
女性から呼ばれた名前は聞き覚えがなく、美沙子は混乱のあまり「あなたは誰ですか」と矢継ぎに問いかけようとした。
「あうあうあう」
なんだこれは!
言葉が思うように話せない。
それどころか、体も自由に動かせない。
女性は「あら~」と言って、優しげに微笑むばかりだ。
「お母様!」
「リューシェ」
トタトタと軽い足音を響かせ、少年が駆けてくる。
その少年は濡れたような黒の髪に、女性と同じ緑の瞳。
そして獣の耳どころか、尻尾すら持っていた。
「アリーシア見せて!」
「いいわよ。優しくね」
恐らく美沙子を抱えているであろう女性の腕が、少年に傾けられた。
その不安定さに顔を顰めるが、美沙子は我に帰る。
アリーシアって私のことですか?
「可愛い……!」
「リューシェはずっと、妹が欲しいって言っていたものね。お姉様の影響かしら」
「お姉様は違うよ! でもずっと、見てみたかったんだ!」
少年は満面の笑みをこちらに向けた。
「アリーシア。お兄様が絶対守ってやるからな!」
ーーこの時点で、美沙子はもう察していた。
ただ受け入れ難く、動揺のあまり、その可能性を頭から追い出していただけに過ぎない。
部屋に入ってきた少年の背後には大きな姿見があり、はっきりと今の美沙子の姿を映し出した。
「うばあ」
私、赤ちゃんになってる。
しかもケモ耳がついたやつ。
「あうあうふう……(どういうこと……)」
自由に動かない舌をもどかしく思いながら、美沙子ーーアリーシアはポツリと呟いた。
美沙子のこの一言に、先に歩いていた幼馴染が振り返る。
「ついてないって?」
「遅刻するし、第一ボタン外れてるの峰倉先生に見られて校則違反だーって怒られるし、見たかった映画録画忘れたし」
「第一ボタンくらい締めろよ」
「嫌。寝る時苦しいもん」
「授業中くらい起きてれば?」
幼馴染の呆れた声に、美沙子は首を横に振った。
巷で可愛いと有名な制服だが、ワイシャツの第一ボタンが苦しくてたまらない。
毎朝校門に立っている厳しい先生の前を何気ない顔で通り越し、教室についてから皆第一ボタンは当然とばかりに外す。
危険人物の峰倉先生だけやり過ごせば問題ないのだが、今日は移動教室で職員室の前を通り、その先生に捕まってしまった。
不貞腐れる美沙子に、堅物の幼馴染が言った。
「そんなにへこむなよ。ついてなかったにしても、今日だけだろ?」
「……明日も続いたらどうする?」
「疫病神美沙子って呼ぶ」
「サイアク」
テンポのよい会話を交わし、美沙子はいつも通り幼馴染と学校から帰路についていた。
明日はもっと運がいいと信じよう。
そんなことを思っていた矢先だった。
「?」
美沙子の前に、一人の男が立ちはだかる。
美沙子がいるというのに道を開けようとせず、うつむくばかりの男に首を傾げた。
「あの、大丈夫ですか?」
美沙子が男に声をかけた瞬間、男が美沙子にぶつかった。
「え……」
腹が、熱い。
猛烈な熱さと共に、痺れるような激痛が体を貫いた。
奥から込み上げてくる何かに耐えきれず吐き出せば、それは鈍い赤色をしていた。
「美沙子ぉっ!」
倒れる美沙子を見て、幼馴染に驚愕と焦りの混ざった叫びがこだました。
男はそのまま走り去っていく。
この光景を見ていた通行人が、悲鳴を上げて「警察を」「救急車」と口々に言う。
「おい、美沙子、しっかりしろっ! 俺が絶対助けてやるから……」
幼馴染の叫びすら遠い。
酷い耳鳴りがして、視界が霞んでいく。
指先に力が入らない。
(きょーちゃん……)
声にならない幼馴染の名前を呼んで、美沙子は力尽きた。
◆ ◆ ◆
「……?」
何かに揺らされるような感覚で、美沙子は目覚めた。
幼馴染だろうか。しかし、揺さぶるというには優しすぎる。
「あら、起きたの」
綺麗な女性の声が上から降ってきた。
驚いて目を見開けば、輝かんばかりの美しい面差しが目に飛び込んでくる。
女性の容貌に美沙子は酷く困惑した。
第一知らない人だ。
それに、プラチナブロンドの髪に緑の瞳という、異国風の髪と瞳の色。
外国人っぽい顔立ち。
頭に生えている、獣の耳のようなもの。
「おはよう、アリーシア」
女性から呼ばれた名前は聞き覚えがなく、美沙子は混乱のあまり「あなたは誰ですか」と矢継ぎに問いかけようとした。
「あうあうあう」
なんだこれは!
言葉が思うように話せない。
それどころか、体も自由に動かせない。
女性は「あら~」と言って、優しげに微笑むばかりだ。
「お母様!」
「リューシェ」
トタトタと軽い足音を響かせ、少年が駆けてくる。
その少年は濡れたような黒の髪に、女性と同じ緑の瞳。
そして獣の耳どころか、尻尾すら持っていた。
「アリーシア見せて!」
「いいわよ。優しくね」
恐らく美沙子を抱えているであろう女性の腕が、少年に傾けられた。
その不安定さに顔を顰めるが、美沙子は我に帰る。
アリーシアって私のことですか?
「可愛い……!」
「リューシェはずっと、妹が欲しいって言っていたものね。お姉様の影響かしら」
「お姉様は違うよ! でもずっと、見てみたかったんだ!」
少年は満面の笑みをこちらに向けた。
「アリーシア。お兄様が絶対守ってやるからな!」
ーーこの時点で、美沙子はもう察していた。
ただ受け入れ難く、動揺のあまり、その可能性を頭から追い出していただけに過ぎない。
部屋に入ってきた少年の背後には大きな姿見があり、はっきりと今の美沙子の姿を映し出した。
「うばあ」
私、赤ちゃんになってる。
しかもケモ耳がついたやつ。
「あうあうふう……(どういうこと……)」
自由に動かない舌をもどかしく思いながら、美沙子ーーアリーシアはポツリと呟いた。
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