レオーネ様は婚約者に問いたい

雪塚 ゆず

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第二章

山入り

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翌日、日が出ているかどうかすら危うい頃に、リオンは迎えにきた。
誰もが寝静まっている時間帯なので、冷たい空気がレオーネの頬を刺す。
寒さに震えるレオーネに気がついて、リオンは彼女に上着を被せた。

「どうかこれを使って。ここから堪えますから」
「リオンさんが寒くなるじゃないですか」
「俺は結構です。これくらいでどうこうなるような鍛え方はしていませんから」

リオンがレオーネを連れていったのは、学園の馬小屋であった。
突然現れた侵入者に、馬達の気配も鋭くなる。
その中で一匹、優雅に佇んでいる白馬がこちらを睥睨した。

「ルーシー……」

思わず呟くレオーネに、リオンは嬉しげに笑いかけた。

「覚えていてくださったんですね。俺の相棒の名前」
「ええ、毛並みの綺麗な子でしたから」
「だそうだぞ、ルーシー。よかったな」

リオンの手を受け入れ、ルーシーが目を細める。
聡い子だ。
こちらの会話を、全て理解しているような態度を取る。

「さあ、レオーネ様。こちらへ」
「ルーシーに乗っていくんですか?」
「馬車だと時間もかかりますし、何より目立ちます」

先にリオンがルーシーに飛び乗る。
難なく衝撃を受け止め、ルーシーがレオーネを見つめた。
レオーネが乗ることを認めているようだ。
促されるまま、レオーネはリオンに手を伸ばした。

「キャッ」
「よっ、と」

レオーネを引っ張り上げ、自身の前に乗せる。
リオンに体全体で支えられるような形になり、安定感が生まれた。
レオーネが特に怯えていないことを確認して、すぐさまリオンはルーシーを走らせた。
蹄が地面を叩く固い音が、耳に響く。
凄まじいスピードで進む景色に、レオーネは圧倒された。

「馬に乗ったのなんて、久しぶりです」
「祖国で馬術を嗜んでいたのですか?」
「私の祖先は遊牧民ですから。当然、馬とも交流を持ちます。その時は、ミティス様と一緒に走っていたんです」

馬術が好きだ。
自然と共に生きるアルデバランでは、レオーネだけでなく、国民皆が馬に乗ることができる。
そんな祖国を誇りに思っているし、ウルゲでは珍しいとされる馬術を、レオーネのためにミティスは覚えた。
共に駆け抜ける草原の心地よさは、今でも忘れられない。

「あの時と違って、今は距離を感じるんです」
「……距離、ですか」
「ええ。ミティス様がまるで、私を遠ざけようとしているみたい」

少なくとも、愛されている自覚はあった。
あれほど好きだと言われれば、誰だってわかるだろう。
特に愛に胡座をかいたつもりもなければ、ミティスの信頼を削ぐような行動を取った覚えもない。
だというのに、最近のミティスは随分と素っ気なかった。

「ミティス様とまともに話し合いをしたことは、そういえばなかったかもしれません」
「本当ですか? お二人は仲が良いと聞いていましたが」
「話すことといえば、他愛ない世間話だけで。真面目な公務は全て上の人が決めてしまうので」

別にそれを問題に思ったこともない。
レオーネとミティスの関係は、至って順調だったのだから。
ーー今までは。

「本音を話せないことがここまでもどかしいことだとは、思っていませんでした」

ルーシーがぬかるみに足を突っ込み、泥が跳ねた。
それをレオーネにかからないように跳ね除け、リオンは口を開く。

「少なくとも、俺から見て二人は、ちゃんと互いを思い遣っていますよ」
「そう見えます?」
「はい。安心してください。ミティス様があなたを突き放すところを、俺は見たことがありません」

そういえば、リオンとミティスの関係性は如何ほどのものなのだろう。
口ぶりからして、相当昔から二人を見てきたようだ。
ただの学生騎士の理解度ではない。

「っ、ルーシー! 止まれ!」

突然、リオンが叫んだ。
ルーシーが嘶いてその場に立ち止まった瞬間、凄まじい雷が天から落ちた。
まるでレオーネ達を狙ってきたかのような一撃に、冷や汗がひっそりと垂れる。

「嫌な予感がしたのですが、当たっていましたね。これが直撃していたら、どうなっていたことやら」

あえて励ますように明るい声音を出すリオンだったが、レオーネには雷が警告のように思えた。
山に立ち入るな。今すぐ引き返せ。
そう言われているような気分になる。

「レオーネ様? ひょっとして、お怪我をされましたか」
「……いいえ。行きましょう」

ここで引き返すわけにはいかない。
リオンを促し、とうとう二人は国境付近へと足を踏み入れた。


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