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ロールside

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私の記憶は、少し前から始まっている。

◆ ◆ ◆

最初の記憶は奴隷小屋。
何もわからぬ内に買われて、奴隷として扱われてきた。
一番目のご主人様は、私を観賞用に買った。
私は獣人では珍しいとされるウサギの獣人である。
理由は簡単で、ウサギは弱くて生き残れないから。
だからこその観賞用だったのに、私はウサギの癖に力が強かった。
ご主人様は私を怖がり、労働力を求めている人へと売り渡した。
二番目のご主人様は、乱暴な人だった。
常に怒っている。
そんなご主人様の相手をするのは、本当に命懸けだ。
何か気に食わないことがあれば殺されてしまうし、逆らおうにもできやしない。
理由は、奴隷に刻まれる奴隷紋のせい。
お腹にある刺青のようなもので、主人に逆らえばその刺青が高熱となり、体を内側から焼きこがす。
そんな恐ろしいものつけられちゃ、逆らうにも逆らえない。
毎日怖かった。
自分はいつ死ぬのかと怯える日々が続いた。
ーーそれを助けてくれたのはラティ様。
人によっては偽善だって言う人もいるんだろう。
確かにそれは偽善だったかもしれないけれど、私は凄く嬉しかったんだ。
それに、ラティ様は私を奴隷として扱わない。
そのお陰で、お腹の紋章は役に立たないものとなり消滅した。
一度はお腹を切り裂いてでも消したいと願ったほどの、憎い紋章。
それが消えた時、ラティ様に隠れて泣いてしまった。
ラティ様は優しいお方。
それと同時に、少し臆病なお方。
ラティ様には、旦那様がいたらしい。
彼はラティ様を最後まで愛さず、とうとうラティ様が愛想を尽かして家を出たとか。
それを聞いて、私はその元旦那様を嫌いになった。
ラティ様を傷つける人は大嫌い。
なのに……ラティ様はその人の話をする時、酷く穏やかな顔をする。
何で? どうして?
ラティ様は、その旦那様が嫌いなんじゃないの?
だからフォルテ国の王子様……ルシフェル様にデートに誘われたと聞いて、本当に嬉しかった。
ああ、よかったって。
これでラティ様は幸せになれるって。
ラティ様と離れ離れになるのは凄く嫌だけど、ラティ様が幸せになれるなら、私はそれでよかった。
ーーーでも。
ラティ様は王子様の誘いを断ってしまった。
そのことを風魔に乗っている時に問い詰めれば、寂しそうな顔で答えてくれた。

「あの人のことが、忘れられないのです……変ですね。私から捨てたというのに。でも、私はとっくに捨てられていたのかもしれませんね」

許せない。
こうもラティ様を追い詰めるなんて。
私が元旦那様に会ったら、間違いなく一発殴ってやる。
そう思いながら風魔で移動中の時にトレーニングしていると、エリクル様が私を呼んだ。

「ロールちゃん、ロールちゃん」
「……?」

呼ばれて近づいてみれば、エリクル様は声を潜めて私にこう言った。

「二人になれる時間、探してたんだ」
「!」

まさかエリクル様、私のことすーー

「実は、ラティアンカ嬢のことなんだけど」

きなわけありませんよね。
急展開すぎて驚くところでした。

「ラティアンカ嬢、まだアル……元旦那のこと、忘れられてないだろ?」
「そういえば、エリクル様は元旦那様とお友達でしたね」
「うん」
「今更ですけど、こんなことに手を貸していいんですか?」
「いいんだよ。あいつへの嫌がらせさ」
「……まあ、ラティ様に興味がないなら、私がラティ様をお守りしますから!」

大声で、自慢するように言えば、エリクル様は言いづらそうに後頭部をかく。

「あー、そのこと、なんだけど……」
「?」
「実は元旦那は、ラティアンカ嬢のことデロッデロに愛してるんだよね」
「ええ!?」

意外すぎる。
ひょっとしてエリクル様は、嘘をついているんじゃないだろうか。
怪しむ私に気づいたのか、エリクル様は真剣に、一言一言噛み締めるように私に言った。

「嘘じゃない。嘘だったら、ロールちゃんに何でもしてあげる」
「何でもとは?」
「……ダイヤ100個買うとか」
「わかりました」

いくら魔術師とはいえ、ダイヤ100個は無理でしょう。
大袈裟な話に私は頷きました。
ということは、さまざまな矛盾が生じていることになります。

「ラティ様は旦那様と仲が良くなかったと」
「それはね、元旦那が絶望的に人間に向いてない」
「向いてない?」
「魔術と見た目は一丁前、悪い奴ではないんだが、最悪なほどに口下手。それが全てを台無しにしていると言っても過言ではない」
「口下手……」
「あいつ、ラティアンカ嬢に好きだとか一言も言わなかったんだ。捨てられて当然だろう」
「あの……こう言ってはなんですが、旦那様はその」
「ああ、馬鹿だろう? あいつの馬鹿さ加減にそろそろ呆れてる」
「………」

何だか更に意外。
エリクル様って、言わばお坊ちゃまみたいな人だと思っていたから、こんな風に友人をバカにする発言なんてしないんだと思っていた。
そんなことないか。
彼だって人間だ。
そういう発言ぐらいするだろう。

「多分あいつ、全力で追っかけてきてるよ」
「!」
「どうする? こっちも全力で逃げる?」
「このことは、ラティ様に……?」
「伝えてないよ。彼女に判断を委ねるのは少し酷だと思ってね」

どうする。
世界一と名高い元旦那様なら、追いつくのだってあっという間なんだろう。
何なら、こう会話している今にでもやってきておかしくない。
逃げることだってできるんだろう。

「でも……いいんじゃないでしょうか」
「ほぅ」
「ラティ様、きっと元旦那様のことがまだ好きなんです。忘れられないんです。私の幸せは、ラティ様の幸せです。ラティ様が幸せになってくれるほうを選びます」
「へぇ、そう」
「あ、でも! 元旦那様には悪いですけど、一発は殴ります!」
「フフ、ロールちゃんは面白い子だね」

当たり前です!
ラティ様を悲しませたんですから!
そう叫べば、つられてラティ様がやってきました。

「二人共、ご飯ができましたよ? 何をお話ししているんですか?」
「いえ! ただの世間話です!」
「そうですか」

私はこの人を幸せにしたい。
どうかこの人には笑顔でいて欲しい。
そう思うことは、きっと間違いじゃないはずだ。

「……ほーんと、ラティアンカ嬢は愛されてるね」

エリクル様が小さく、そうぼやいた気がした。

◆ ◆ ◆

「××様。いいですか? 絶対に、見つかってはなりません」
「どうして? とうさまは? かあさまは?」
「逃げるのです。貴方様が殺されてしまえば、終わってしまう」
「なんで、どうして」
「ごめんなさい。守れない私を、許してください」
「やめて、いかないで、お願いーーー!!」

遠い、遠い、思い出。
私は、誰かの役に、立たないと。
だって、私のせいで、私のせい、で。

◆ ◆ ◆

「ーーっ!!」

ベッドから飛び起きた。
じっとりと嫌な汗が、背中を伝う。
あれは、私が忘れていた思い出?
不安になって横を見れば、ラティ様はエリクル様はぐっすりと寝ていた。

「………」

少しだけ思い出した。
私をずっと、守ってくれていた人。

「アンナ、ちゃん」

アンナちゃんにとって、私は、大事な人物だったんだろうか。

◆ ◆ ◆

「行かせてください」

気づけば、名乗り出ていた。
誰かの役に立ちたいという思いで。
少しでも、エリクル様とラティ様の役に立ちたいと願って。

「ああ、ありがとうございます……!」

係の人は凄く感謝してくれたけど、私は頑張らなくてはいけないんだ。
二人のためにも。
それと、アンナちゃんのためにも。

「ロール、大丈夫?」
「はいっ、気合十分ですっ」

手に入れなくてはならない食材は、ヒイロの国に入って、街とは逆方面のほうへ向かった先にあるという。
係の人が案内できるところまでしてもらい、後は私の感覚頼り。
かなり無鉄砲な作戦だけど、やりたい。

「忘れないでくださいね? ロール。私は最初、あなたを護衛として雇った。でも、今は本当の家族みたいに思っているのですよ」
「……へへ、嬉しいな」
「だから、怪我したら悲しいです」

私が怪我をすれば、ラティ様が悲しむ。
なら、決まっている。

「ちゃんと帰ってきます! ラティ様のこと、大好きですから!」
「……ええ。待っています」
「な~んか、僕だけ仲間はずれって感じがするんだけど」

不満げな顔をして、エリクル様がこちらをチラリと見た。
何だか子供っぽい一面に、胸がキュンとする。
……キュン?

「……へ?」
「ロール?」
「なっ、なんでもありません!!」

つい声を張り上げて否定した。
あー、もう。
とんでもなく面倒くさい。
この感情なんて、押し込んでしまおう。

「案内してください!!」
「は、はい……」

私の勢いにビクつきながら、係の人は歩き始めた。
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