探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず

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ロールside

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「ラティ様はどこなんですかぁ!」
「ちょっ、オイ! シャルロッテ! 走るな!」
「レオン兄ィ! ラティ様に何かあった……いや、絶対ある! 急がないと!」
「落ち着けって!」

落ち着いていられるものか。
私の大事な人。私の主人。ラティ様。
私がお守りしなければ!
まるで頭が沸騰するみたいに熱くて、クラクラした。
自分でも焦っていることがわかる。
でも、ごめんレオン兄ィ。
私は今、ラティ様のことしか考えられない。

「……うわっ!?」
「!?」

突然レオン兄ィの叫び声が聞こえたので振り返る。
そこにはレオン兄ィにナイフを向ける者達がいた。
見覚えがある。
私を崇めてきた、女神教の奴ら。
考えるよりも先に体が動いていた。

「ぐぇっ」

ナイフを持つ手をはたき落とし、思い切り蹴飛ばして地面に押さえつけた。

「何が目的だ、言え!」

私が高圧的な口調で大声を出すと、そいつはペラペラと喋り出す。

「神子様! 此奴は貴方様の害となります! 殺さなければ!」
「今更なに? そんなにして私に媚びたいの?」
「いいえっ……たとえこの身が朽ち果てようと、私の忠誠は貴方様のものでございます!」
「やめてよ、気持ち悪い」

相手にするのも興醒めした。
そいつの意識を刈り取り、レオン兄ィに向き直る。

「大丈夫?」
「悪りぃな、油断した」
「しっかりしてよね。でも、何で今レオン兄ィを女神教が殺そうとするわけ」
「元々こいつら俺のこと殺そうとしてたからな。こそこそ裏でやってやがるだけだと思ってたが……何か決定的なことが起きたんだろうよ。強硬手段にでやがった」

レオン兄ィの言葉に被せるように、たくさんの足音がこちらに迫ってくる。
それは女神教のものだった。

「神子様。そこをどいてはくれませんか」
「嫌よ。レオン兄ィに手を出すことは、許さない」
「たとえ貴方様でもそれは聞き入れることのできない願いです」
「お願いじゃないわ、命令よ」

こいつらのこと、嫌いだ。
私を無駄に崇めてくるのも、本来敬うべきレオン兄ィを殺そうとするのも。
そしてなにより、ラティ様を私の恩人と見ても、邪魔に思っている。
それが許せなかった。
私の主人は、どこまでいってもラティ様なのだ。

「消えて。今だったら見逃してあげる」
「罪人に粛清を。なに、レオン様。後から兄君もあなたを追いますよ」
「……あのクソと何かあったのかよ」

心なしか、レオン兄ィの声に殺気が含まれた気がする。
レオン兄ィはずっと、マオ様に兄として憧れてた。
確かにクソだの最悪だの、思いつく限りの罵倒はしていたけれど。
それでも真面目なマオ様に、レオン兄ィは憧れていたのだ。
最近になってラティ様のおかげで和解のチャンスが来て、関係は少し緩んでいた。
この発言は見逃せないものなんだろう。

「マオ様……いいえ、罪人は我々を裏切りました。神の意志に逆らったのです。ひとしく罪人は捌かれるべきなのです」
「あっそ。じゃあ、私に倒されても文句、言わないでよね」

もう知らない。
わざわざ忠告してあげたのに、こいつらは私の言葉を無視した。
なら遠慮する必要はない。
まずはこいつを、と一番先頭に立つ、恍惚として口を開く者を殴ろうとした。
その時。

「君達、美しくないよ。それに邪魔だね」

ビュウ、と風が吹いて、女神教の奴らが一人残らず遥か彼方に吹っ飛ばされた。
それはまるで、私とラティ様が男に絡まれた時の状況と一緒で。

「やあ、久しぶりだね。ロールちゃん」
「………エリクル様」

エリクル様。
私の、好きな人。
でも今は、何を考えてそこに立っているかなんてわからない。

「ロールっ……!!」

ラティ様の、探し求めていた人の声がした。
ハッとして声がしたほうへ向けば、息を切らしたラティ様がそこにいた。
よかった。
怪我、してない。

「エリクル様……お久しぶりですね」
「やぁ。元気そうでよかったよ、ラティアンカ嬢」
「率直に聞かせていただきます。なぜロマドについたんですか? というか……いつからですか?」

ラティ様の鋭い質問。
それにエリクル様はサラリと答える。

「ずーっと前から。ラティアンカ嬢が僕を頼った時からだよ」
「どういうことですか」
「まあ、複雑な事情があってね」

飄々として言うエリクル様に、ラティ様が困惑した表情を浮かべる。
すると、ラティ様についてきた熊の獣人の騎士と、レオン兄ィが反応を見せた。

「お前……ハドル?」
「ハドル、様」
「は? ハドルがエリクル? 冗談か?」
「王子様も久しぶり~。騎士殿も。マオ様と仲良くやってるかい?」
「ふざけるな!!」

レオン兄ィの、怒りを孕んだ声。
何を怒っているの。
それに、ハドルってなに?

「何でお前が裏切るんだよっ……誰よりもシャルロッテのこと思ってたっ、お前が!!」
「まあそれが任務だからね」
「任務って……どういうことですか」

冷たい汗が頬を滑り落ち、緊張がその場を支配する。
やめて。聞きたくない。
そう思うのに、口は勝手に疑問を漏らしていた。

「僕がロマド……国から命令されたのは、ロールちゃんを絆してみせること。手っ取り早く言えば、懐に潜り込むことかな。苦労したよ、君から信用を得ることは」

絆す。任務。
じゃあ、私のこの思いは偽物なのかな。
私は、エリクル様のこと、好きなのに。

「……ロール。聞いてはダメです。こっちに」
「させないよ、ラティアンカ嬢。僕はロールちゃんに用事があるからね」
「やめてくださいよ。白々しいです」
「それに今、アルはいないだろ? 好都合だ」
「………」
「人形兵がその内乗り込んでくるよ。ロマドの人形操術は強力だ。風魔で追加の増兵も来る予定だ。お互い無傷のままのほうがよくないかい?」
「ご冗談を」
「それにラティアンカ嬢。君、戦えないだろ?」
「私がやります」

やっぱり、殴らないと気が済まない。
エリクル様を睨みつければ、ラティ様の引き止める言葉が紡がれる。

「やめて、ロール。このままじゃあなたが辛いだけよ」
「……殴ってスカッとしたいんです。私の気持ちの折り合いもつけたい」
「でもロール。狙われているのはあなたよ」
「ここは私に任せてはくれませんか」
「なら、私もお供します」

寄り添うように隣に立ったのは、先ほどの熊の獣人だった。
歴戦の老兵のような雰囲気を漂わせる彼の横に立っていれば、自然と背筋が伸びる気がした。

「…………わかりました」

ラティ様が本当に悔しそうに、歯噛みしながら頷く。
ラティ様がどんな思いでここに立っているのかも、予想がついた。
己の無力を悔いているのもわかる。
でも、これは私の問題。

「おい、シャルロッテ。油断するなよ。援護したほうがいいか?」
「いいよ、レオン兄ィはラティ様をお願い。それに魔術があったほうがやりづらい」

グッと拳を作って、腰を下げる。
隣の熊の獣人が、剣を構えたのが見えた。

「僕は別に喧嘩したいわけじゃないんだけどなぁ」
「喧嘩じゃないですよ。思いの殴り合いです」
「凄く情熱的だ」
「プロポーズでもしてみます?」
「それはいいね」

まるで浮かれているように、エリクル様は笑った。
ああもう。
その顔、殴ってやらなきゃ。

「いきますよ、シャルロッテ様」
「はいっ……!」

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