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リュドミラside
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ある人は、俺が行うことを、死者に取り憑かれていると表現した。
ある人は、俺の生き様を、まるで死人のようだと言った。
それは事実かもしれない。
でも、俺はやめることはしない。
レンレイの村にたつ墓の1つに、今日も俺は顔を出す。
「……フィオナ」
墓に花を添えて、そこに眠る人物に声をかける。
もちろん声は帰ってこない。
「フィオナ。俺はお前を、好きだ。愛している。返事を、してくれ」
馬鹿なことだ。
返事が返ってくるはずがないとわかっていても、俺は毎日その墓に声をかけるのだから。
「フィオナ……会いたい……」
その想いはもう、届かないというのに。
◆ ◆ ◆
全ては4年前に始まった。
隣国に向かう途中、休憩として寄った村がレンレイの村。
そこは気前の良い村人達が集う村で、フィオナも例外ではなかった。
フィオナは村人には珍しい、灰色の瞳が印象的な女であった。
「王子様。お名前を教えてもらっても?」
「……リュドミラ」
「リュドミラ様! 私はフィオナです。短い時間ですが、よろしくお願いします!」
よろしくされるほど、長く村に留まる気はなかった。
俺は人と話すのがあまり好きではない。
王子という身分目当てに近づいてくる者が多いからだ。
しかし、フィオナにはそう言った下心は全くない。
フィオナと話していれば、心地よかった。
「それでですね! 妹がサリアの木を揺すったら、木の実がボロボロと落ちてきたんです!」
「そうか」
「……王子様は、あまり笑わないのですね」
そう切なげに言うフィオナの気持ちを、俺は分からなかった。
笑ったらいいことがあるのか。
俺は今まで笑えば、気を許したと勘違いされてさらに面倒なことになっていたというのに。
「笑ってください」
「なぜだ」
「私があなたの笑顔を見たいからです」
そう言うフィオナに笑ってみせれば、フィオナは吹き出した。
「ふっ、あははははっ!」
「……なぜ笑う」
「あははっ、すみませんっ、かなり不器用な笑い方だったので!」
「失礼な奴だ」
そう言葉にしつつ、俺はフィオナを叱る気にはならなかった。
フィオナは「お手本です」と言って、にっこりと笑ってみせる。
「リュドミラ様も、いつか自然に笑えるようになればいいですね」
俺はそれから村を出て、隣国に向かった。
隣国での社会勉強ということで街を歩いても、フィオナの笑顔が脳裏に浮かぶ。
ーーそれがウザったくなって、俺は思わずあいつへの土産を用意した。
帰りにそれを渡してやれば、フィオナは酷く喜んだ。
「ありがとうございますっ!妹が喜びます!」
「そうか。それはよかった」
「……あ」
急にフィオナはポカンと惚ける。
俺の顔になぜだか釘付けだ。
「……リュドミラ様が、笑ってます」
「俺がか?」
「はい!綺麗な笑い方をするんですね!」
そのフィオナの言う綺麗な笑い方は、俺には理解できなかった。
フィオナはもじもじとしながら、こんなお願いをしてくる。
「あの……差し出がましい願いなのですが、お友達になりませんか?」
「俺とお前が?」
「はい。その、リュドミラ様と話すと楽しくて」
俺もだ、とは言えなかった。
照れくさかったのかもしれない。
「いいだろう」
「いいんですか!?」
「ただ、会える機会が少ない。そうだな……文通でもするか」
「ええぇっ!?」
そこから、俺とフィオナの関係は始まった。
◆ ◆ ◆
フィオナの手紙と俺の手紙を届ける役目として、俺は1人の兵士を雇った。
普通の給料の5倍を払えば、兵士は喜んで働いた。
フィオナからの手紙は、毎回とても多かった。
「今日は妹と畑を耕しました!妹が途中で転んでしまって大泣きしたので大変でした。でも、畑は凄く状態がよくなりましたよ!」
「今日は雨でした。雨は憂鬱になります。外に出ることができないので、内職に務めていました」
「今日は村の子供達と遊びました!子供達はとてもやんちゃで、体力があまり追いつきませんね。でも凄く可愛いです」
それに対して、俺の手紙の返事は、まるで業務連絡のような内容であった。
「本日は剣の稽古をした。師匠が厳しかった。王族としての防衛手段らしい。魔法があるのだがな」
「本日は座学だ。地理を学んだ。次はもっと遠くのことを学ぶらしい」
「本日はパーティだった。パーティはあまり好きではない」
でも、そんな関係は意外と長続きした。
何と1年、毎日文通をしたのだ。
止めようという気は起こらず、寧ろそれは日常の一部と化していた。
手紙の運び役である兵士の名前を覚えるくらいは、重要なことであった。
フィオナとは、月に一度顔を合わせる仲になっていた。
しょっちゅう村に顔を出すせいか、村の子供にも覚えられる。
「あ!王子様だー!」
「王子様ー!」
「こ、こらこら!王子様にそんな寄るなって」
「兄ちゃんも久しぶり!」
「はいはい久しぶり」
俺はフィオナに会いに来る時、文通を届ける役に選んだ兵士ーーエドワードを連れるようになった。
エドワードも顔を覚えられ、村の子には兄ちゃんと慕われている。
「あ!リュドミラ様!」
「久しぶりだな、フィオナ」
「はい!」
誰の邪魔も入らない場所に移動して、気の済むまで語り合う。
思えばそれは他愛のない会話であった。
その日も話していると、フィオナはふいに懐かしそうな顔をする。
「リュドミラ様は、笑うようになりましたね」
「そうか?」
「最初は全く笑わなかったというのに。私は、今のリュドミラ様のほうがいいと思います」
と、ここで時間切れとなる。
フィオナと別れ、俺は王宮に戻る。
この時はあんなことになるなんて、思いもしなかった。
◆ ◆ ◆
文通をエドワードに頼み、いつも通り1日が終わる。
夕暮れ頃に、エドワードから文通を受け取った。
それを開こうとした瞬間、真っ青な顔をしてメイドが飛び込んできた。
「リュドミラ様っ!!」
「何だ。何事だ」
「レンレイの村が、盗賊に襲われ……壊滅、しました」
それは、突然訪れた終わりであった。
レンレイの村に急いで向かえば、そこにあったのは、丸焦げになった村だった。
とうに盗賊はこの村を去ったようだ。
仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。
エドワードは気づかなかった自分を責めたが、俺はエドワードに一切の否はないとわかっていた。
王宮とレンレイの村は、馬車でも2時間はかかるのだから。
そう、理解していたのに。
俺は村の前で情けなく崩れ落ち、泣き叫んだ。
あれだけ叫んだのは、初めてだっただろう。
大の男がみっともない限りだ。
予想通り、フィオナとフィオナの家族は、盗賊に殺されていた。
村人の半数以上が殺されるという、惨たらしいことであった。
◆ ◆ ◆
俺は王宮に戻った後、フィオナから充てられた最後の手紙を開いた。
「リュドミラ様へ。今日は特別に、あなたに伝えたいことがあります。あなたのことが好きです。好きとは、恋愛的な意味です。一国の王子にただの村娘が惚れるなど、迷惑な話ですよね。でも、私はこの思いを消し去ることはしたくなかった。だから、受け取ってほしいです。大好きです。愛してます、リュドミラ様。返事をくれると、嬉しいです」
「っ…………」
書く。書くさ。
返事なら、お前が望むならいくらでも書いてやるさ。
ここで初めて、俺はフィオナを愛していることに気づいた。
なんとまぁ遅いことか。
馬鹿な男だ。
返事をする女は、もうこの世のどこにもいないというのに。
父上が倒れ、次期王の話となった時、俺は王になることを決心した。
もう二度と、フィオナのような犠牲者は出さない。
盗賊はもちろん、悪行は一切許さないから。
俺は王になる。
フィオナ、お前のために。
ある人は、俺の生き様を、まるで死人のようだと言った。
それは事実かもしれない。
でも、俺はやめることはしない。
レンレイの村にたつ墓の1つに、今日も俺は顔を出す。
「……フィオナ」
墓に花を添えて、そこに眠る人物に声をかける。
もちろん声は帰ってこない。
「フィオナ。俺はお前を、好きだ。愛している。返事を、してくれ」
馬鹿なことだ。
返事が返ってくるはずがないとわかっていても、俺は毎日その墓に声をかけるのだから。
「フィオナ……会いたい……」
その想いはもう、届かないというのに。
◆ ◆ ◆
全ては4年前に始まった。
隣国に向かう途中、休憩として寄った村がレンレイの村。
そこは気前の良い村人達が集う村で、フィオナも例外ではなかった。
フィオナは村人には珍しい、灰色の瞳が印象的な女であった。
「王子様。お名前を教えてもらっても?」
「……リュドミラ」
「リュドミラ様! 私はフィオナです。短い時間ですが、よろしくお願いします!」
よろしくされるほど、長く村に留まる気はなかった。
俺は人と話すのがあまり好きではない。
王子という身分目当てに近づいてくる者が多いからだ。
しかし、フィオナにはそう言った下心は全くない。
フィオナと話していれば、心地よかった。
「それでですね! 妹がサリアの木を揺すったら、木の実がボロボロと落ちてきたんです!」
「そうか」
「……王子様は、あまり笑わないのですね」
そう切なげに言うフィオナの気持ちを、俺は分からなかった。
笑ったらいいことがあるのか。
俺は今まで笑えば、気を許したと勘違いされてさらに面倒なことになっていたというのに。
「笑ってください」
「なぜだ」
「私があなたの笑顔を見たいからです」
そう言うフィオナに笑ってみせれば、フィオナは吹き出した。
「ふっ、あははははっ!」
「……なぜ笑う」
「あははっ、すみませんっ、かなり不器用な笑い方だったので!」
「失礼な奴だ」
そう言葉にしつつ、俺はフィオナを叱る気にはならなかった。
フィオナは「お手本です」と言って、にっこりと笑ってみせる。
「リュドミラ様も、いつか自然に笑えるようになればいいですね」
俺はそれから村を出て、隣国に向かった。
隣国での社会勉強ということで街を歩いても、フィオナの笑顔が脳裏に浮かぶ。
ーーそれがウザったくなって、俺は思わずあいつへの土産を用意した。
帰りにそれを渡してやれば、フィオナは酷く喜んだ。
「ありがとうございますっ!妹が喜びます!」
「そうか。それはよかった」
「……あ」
急にフィオナはポカンと惚ける。
俺の顔になぜだか釘付けだ。
「……リュドミラ様が、笑ってます」
「俺がか?」
「はい!綺麗な笑い方をするんですね!」
そのフィオナの言う綺麗な笑い方は、俺には理解できなかった。
フィオナはもじもじとしながら、こんなお願いをしてくる。
「あの……差し出がましい願いなのですが、お友達になりませんか?」
「俺とお前が?」
「はい。その、リュドミラ様と話すと楽しくて」
俺もだ、とは言えなかった。
照れくさかったのかもしれない。
「いいだろう」
「いいんですか!?」
「ただ、会える機会が少ない。そうだな……文通でもするか」
「ええぇっ!?」
そこから、俺とフィオナの関係は始まった。
◆ ◆ ◆
フィオナの手紙と俺の手紙を届ける役目として、俺は1人の兵士を雇った。
普通の給料の5倍を払えば、兵士は喜んで働いた。
フィオナからの手紙は、毎回とても多かった。
「今日は妹と畑を耕しました!妹が途中で転んでしまって大泣きしたので大変でした。でも、畑は凄く状態がよくなりましたよ!」
「今日は雨でした。雨は憂鬱になります。外に出ることができないので、内職に務めていました」
「今日は村の子供達と遊びました!子供達はとてもやんちゃで、体力があまり追いつきませんね。でも凄く可愛いです」
それに対して、俺の手紙の返事は、まるで業務連絡のような内容であった。
「本日は剣の稽古をした。師匠が厳しかった。王族としての防衛手段らしい。魔法があるのだがな」
「本日は座学だ。地理を学んだ。次はもっと遠くのことを学ぶらしい」
「本日はパーティだった。パーティはあまり好きではない」
でも、そんな関係は意外と長続きした。
何と1年、毎日文通をしたのだ。
止めようという気は起こらず、寧ろそれは日常の一部と化していた。
手紙の運び役である兵士の名前を覚えるくらいは、重要なことであった。
フィオナとは、月に一度顔を合わせる仲になっていた。
しょっちゅう村に顔を出すせいか、村の子供にも覚えられる。
「あ!王子様だー!」
「王子様ー!」
「こ、こらこら!王子様にそんな寄るなって」
「兄ちゃんも久しぶり!」
「はいはい久しぶり」
俺はフィオナに会いに来る時、文通を届ける役に選んだ兵士ーーエドワードを連れるようになった。
エドワードも顔を覚えられ、村の子には兄ちゃんと慕われている。
「あ!リュドミラ様!」
「久しぶりだな、フィオナ」
「はい!」
誰の邪魔も入らない場所に移動して、気の済むまで語り合う。
思えばそれは他愛のない会話であった。
その日も話していると、フィオナはふいに懐かしそうな顔をする。
「リュドミラ様は、笑うようになりましたね」
「そうか?」
「最初は全く笑わなかったというのに。私は、今のリュドミラ様のほうがいいと思います」
と、ここで時間切れとなる。
フィオナと別れ、俺は王宮に戻る。
この時はあんなことになるなんて、思いもしなかった。
◆ ◆ ◆
文通をエドワードに頼み、いつも通り1日が終わる。
夕暮れ頃に、エドワードから文通を受け取った。
それを開こうとした瞬間、真っ青な顔をしてメイドが飛び込んできた。
「リュドミラ様っ!!」
「何だ。何事だ」
「レンレイの村が、盗賊に襲われ……壊滅、しました」
それは、突然訪れた終わりであった。
レンレイの村に急いで向かえば、そこにあったのは、丸焦げになった村だった。
とうに盗賊はこの村を去ったようだ。
仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。
エドワードは気づかなかった自分を責めたが、俺はエドワードに一切の否はないとわかっていた。
王宮とレンレイの村は、馬車でも2時間はかかるのだから。
そう、理解していたのに。
俺は村の前で情けなく崩れ落ち、泣き叫んだ。
あれだけ叫んだのは、初めてだっただろう。
大の男がみっともない限りだ。
予想通り、フィオナとフィオナの家族は、盗賊に殺されていた。
村人の半数以上が殺されるという、惨たらしいことであった。
◆ ◆ ◆
俺は王宮に戻った後、フィオナから充てられた最後の手紙を開いた。
「リュドミラ様へ。今日は特別に、あなたに伝えたいことがあります。あなたのことが好きです。好きとは、恋愛的な意味です。一国の王子にただの村娘が惚れるなど、迷惑な話ですよね。でも、私はこの思いを消し去ることはしたくなかった。だから、受け取ってほしいです。大好きです。愛してます、リュドミラ様。返事をくれると、嬉しいです」
「っ…………」
書く。書くさ。
返事なら、お前が望むならいくらでも書いてやるさ。
ここで初めて、俺はフィオナを愛していることに気づいた。
なんとまぁ遅いことか。
馬鹿な男だ。
返事をする女は、もうこの世のどこにもいないというのに。
父上が倒れ、次期王の話となった時、俺は王になることを決心した。
もう二度と、フィオナのような犠牲者は出さない。
盗賊はもちろん、悪行は一切許さないから。
俺は王になる。
フィオナ、お前のために。
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