捧げし者達への鎮魂歌

馬之屋 琢

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出会い

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「オラァッ!!」
 路地裏から聞こえてきた男の声と共に、アレンの目の前へと、土塗つちまみれになった少女が転がってきた。
 進路をふさがれたアレンは、迷惑だと思いつつも、少女の様子を確認する。
 少女は、腹部を両手で押さえ、もがき苦しんでいる様だった。
 顔は、よく見えない。
 長く、伸ばされるままになっている髪が、その表情を隠しているからだ。
 粗末なボロをまとっている事からして、どこかの奴隷なのだろう。
 その口からは、かすかなうめき声が漏れ出ていた。
「何だテメェ? そのガキに何か用か?」
 男の声に、アレンが視線を向けると、ガラの悪そうな男が四人、路地裏から出て、少女の方へとやってくるところだった。
 どうやらこの少女は、この男達になぶられているようだ。
「ウチの奴隷に何か用かって聞いてるんだよ」
 何も答えなかったのが気に食わなかったのか、男の一人がアレンへと詰め寄ってくる。
 面倒だな。
 それが、一連の出来事を見た上での、アレンの感想だった。
「いや、何でもない」
 アレンはまだ、この街に着いたばかりだ。事情も呑み込めてない状態での、厄介事は御免だった。
 男は、アレンを一瞥いちべつすると、つまらなさそうに唾を吐き捨て、倒れている少女へと標的を変えた。
「オラッ! さっさと立てよ! 奴隷ごときが御主人様の手をわずらわせるんじゃねえ!!」
 少女の髪を引っ張り、無理やり立たせようとする男達。
 胸糞の悪くなる様な光景だが、アレンの行く先々では、よく見かける光景でもあった。

 人によって、奴隷のあつかいには差異がある。
 優しい主人に貰われれば、それなりの扱いを受ける事もできる。
 だが、多くの場合は、差別される事の方が多い。目の前の男達の様に扱う連中もいるのだ。
 周囲の人間も男達を止めようと思ってはいない。巻き込まれないように、遠巻きに見ているだけだった。
 それが、この国では当然の事なのだ。

 この後の少女の行動も、アレンには容易に想像できた。
 助けて下さいと喚き散らすか、全てを諦めたかの様に、大人しく男達に従うか。
 アレンの見てきた奴隷たちは、大概が、そのどちらかを選んでいた。
 どうやら少女の選んだ行動は、後者の様だった。
 口を強く引き締め、弱った全身に力を入れて立ち上がり、黙って男達へと従う。
 しかし、アレンの予想とは、一つだけ違う事があった。
 それは、少女の瞳。
 長い髪の間から見えた少女の瞳には、怯えの色も、嘆きの感情も無かった。
 あるのはただ、強い意志。
 それは、今までアレンが見てきた、多くの奴隷たちと、異なるものだった。
「なぁ」
「ああん?」
 アレンが掛けた声に、男どもが振り向く。
 だが、用があるのは、男達ではない。
 男達の事を無視し、アレンは少女へと問いかける。
「お前は、何でそんな目をしている?」
 問いかけに、奴隷の少女が顔を上げた。
 その瞳はまっすぐにアレンの事を見つめ、逸らす事は無かった。



 嫌な目だな……。
 少女の真っ直ぐな瞳を見たアレンは、胸の奥がざわつくのを感じた。

 この少女の瞳は、そっくりなのだ。 
 幼い頃、一緒に過ごした、友の瞳に。
 アイツも、その瞳の奥には強い意志があった。
 目の前の少女の瞳は、そんなアイツの事を思い出させる。
 己の境遇も、運命も受け入れ、その上であらがい、そして死んでいったアイツの事を……。

 嫌な事を思い出させる……。

 あの時、力があれば、アイツを死なせる事はなかっただろうか。
 何か、助ける方法はなかったのだろうか。
 この少女の瞳は、そんな益体やくたいもない事を、アレンへと思わせるのだった。



「おい、テメェ! 何を勝手に……」
「うるせえよ」
 想いにひたるアレンへ掴み掛かろうと、男の一人が腕を伸ばす。
 だが、アレンは上体をひねって、その腕をかわし、同時に剣の柄へと手を添え、
 一閃。
「……へ?」
 男の伸ばしていた腕が、ズルリッ、と音をたて、地面へと落ちる。
 男と交錯したアレンの手には、一振りの剣が握られていた。
 柄へとこしらえられた宝石が、蒼く輝く一振りの剣。
 その刀身からは、赤黒い液体がしたたり落ちている。
 己の身に何が起こったか分からなかった男は、間抜けな声を出した後、耳障りな絶叫を上げ始める。
「うるせえなよ」
 絶叫を上げる男へと、剣を突き立て、トドメを刺すアレン。
 苛立っていた所に、無遠慮に手を伸ばされたせいで、ついやってしまった。
 面倒はゴメンだと言うのに。
「テ、テメェッ!? 何やったか分かってんだろうなっ!?」
「だから、うるせえよ」
 仲間がやられた事に激昂した男共が、ナイフを高々とかかげ、アレンへと襲い掛かる。
 だが、その表情に余裕はなく、その動きは単調だった。
 先頭に立って襲って来た男の胴へと、アレンはすれ違いざまに剣を振るう。
 剣が肉へと当たり、持っていた腕へと負荷が掛かる。
 剣を通して伝わる、不快な感触。
 慣れない者であれば、そのおぞましい感触に、吐き気をもよおしていただろう。
 だが、今のアレンは何とも思わない。
 剣を振り抜き、肉を裂く。
 噴き出る鮮血と共に臓物をぶちまけ、男はその場へと崩れ落ちる。
 その姿を見る事なく、アレンは次なる獲物に狙いを定めた。
 振り抜いた剣の先をひるがえし、そのまま、二人目の男を袈裟懸けに、切り捨てる。
 これで、残るはあと一人。
「ヒ、ヒィィィッ!?」
 しかし、最後に残った男は、敵わないと悟ったのか、わき目もふらず、逃げ去っていった。



「ちっ」
 男達に仲間が居た場合、このまま逃がすのは面倒だった。
 アレンはどうすべきかを、一瞬考え、そして結論する。
 この街には旅の途中で寄っただけだ。長居をする気もないので、放っておいても良いか、と。
 剣についた血をぬぐい、腰の鞘へと、その身を納める。
 後に残ったのは、地面へと倒れ伏す男達。
 そして、呆然ぼうぜんと立ち尽くす、奴隷の少女だった。
 周りの建物の陰からは、通りの惨状を、恐る恐る窺う住民の姿が見える。
 騒ぎになる前に、立ち去った方がいいだろう。
「あの……」
 その時、アレンの耳へと、小さな声が聞こえた。
 声の方へと視線を下げてみると、
「どうして、こんな事を? 助けてくれたのですか?」
 奴隷の少女がアレンを見詰め、問い掛けてきた。
「別に、助けた訳じゃねえよ」

 そう、助けた訳ではない。
 確かにアレンは、この少女を不当に扱っていた男共を斬り捨て、自由を与えたかもしれない。
 だが、それは同時に、少女の今までの生活を破壊し、路頭に迷わせた事にもなる。
 本当に助けたと言うのならば、その後の責任も取った奴が言うべきだろう。
 しかしアレンには、その後の少女の面倒を見る気は、まったくなかった。

「いいか、ガキ。お前はもう自由だ」
 少女へと指を突き付け、言い聞かせる。
「どこでどうやって生きようと、野垂れ死のうと、お前の勝手だ。だから、好きにしろ」
 言うべき事を言ったアレンは、少女から、その身を離す。
「じゃあな」
 そして外套マントひるがえし、アレンは街の外を目指して歩き出した。
 あの少女がどうなろうが知った事ではない。
 強い意志があれば、生きる事も出来るだろう。
 少女の存在を振り払う様に、足を早めるアレン。
 しかし、
「おい」
 すぐ後ろを付いてくる、小さな足音を耳にし、足を止める。
「何で付いてくる」
 アレンが振り返った先に居たのは、先程の奴隷の少女だった。
 少女は、小さいながらも、はっきりとした声で、アレンへと答える。
「あの街に居ても、捕まって、また奴隷にされるだけだから」
「ああ、そうかい」
 少女の説明は、確かに納得のいくものだった。
 あの場から逃げた男に捕まれば、また奴隷にされるだけだろう。
 自由になりたいのであれば、街から離れる必要がある。
 そして、街の外を目指すなら、同じ方向へと向かうのは、おかしな事ではないのだが……。 
「おい」
 少々不機嫌になりながら、アレンは再び足を止め、後ろへと振り返る。
「何でまだ付いてくる」
 街の外へと出ても、少女は、アレンの後を付いてきていたのだ。
 質問に対し、少女は毅然とした態度で答えを返した。
「どこでどうやって生きようと、私の自由と言ったのは貴方です。どこへ行こうと、私の自由ですよね?」
「このガキ……!」
 少女の答えに苛つきながらも、アレンは少女の行動を評価していた。

 あの街にいる事は出来ない。かと言って、幼い少女が一人で街の外へと出ても、生きていける可能性は少ない。
 だからこそ、付いてくるのだろう。
 良い判断だ。それに、度胸もある。
 こちらに対し、物怖じせずにものを言って来る。
 いや、良く見れば、少女の身体は微かに震えていた。
 一人で生きられないのだから、人に頼るしかない。
 だが、その人物がどんな人間かは、分からないのだ。
 少女にとっては、大きな賭けなのだろう。

「ちっ」
 アレンは思わず、舌打ちをしていた。

 アレンは弱い人間が嫌いだった。
 弱肉強食のこの国では、弱い人間は、奴隷になるか死ぬしかない。
 その姿はアレンに、弱く、卑屈だった頃の自分を思い出させる。
 だが、現状を変えようと足掻く人間を、放っておく事もアレンには出来なかった。
 幼い頃の友が、そういう奴だったから……。

「勝手にしろ」
 少女の存在など無視しようとする様に、アレンは再び前へと、足を踏み出す。
 安堵の吐息を吐いた少女は、置いてかれぬ様、アレンの後を、必死に付いていくのだった。
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