捧げし者達への鎮魂歌

馬之屋 琢

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アレンと少女と

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「ダミアン達が殺されただと?」
「そ、そうなんですよ、ギールさん!」
  薄暗い建物の中に、たむろしている男達。
  その輪の中心で騒いでいるのは、アレンの前から逃げ出した、あの男だった。
 「あの野郎、ダミアン達を殺して、奴隷のガキを……」
 「で、お前は逃げてきたって訳か?」
  ギールと呼ばれた男は、横に立て掛けていた剣を手にし、騒ぎ立てる男へと近付いていく。
 「お、俺は、ギールさんにこの事を伝えようと思って……」
 「そうかい、そうかい。そいつはご苦労だったなぁ? 充分伝わったから、お前はもう休んでいいぞ」
  言い終わると同時に、ギールは手にした剣を横へと振るった。
  紅く、不気味に輝く刀身が閃き、恐怖に顔を歪めた男の首が、宙へと舞う。
 「俺の手下に、臆病者はいらねえんだよ。そうだろう、お前ら?」
  ギールの言葉に、周りの部下達は、慌てて首を縦に振る。
  下手にギールの機嫌をそこねれば、今度は己の首が飛ぶ。
  ギールに従う男達は、その事を良く理解していた。
 「ようし、じゃあお前ら。ダミアン達をやった奴を捜してこい」
 「え……? 捜すって言っても、もう奴らは、どこかへ行って……」
 「いいから、捜してこいよ。それとも、お前達も首だけになりたいのか? あぁ?」
  ギールの言葉に、部下達は慌てて外へと飛び出して行く。
 「そうそう、見つけるまで帰ってくるんじゃねえぞ?」
  後に残ったのは、ギールただ一人。
 その手の中では、人の血を得た紅き魔剣が、妖しい輝きを放っていた。



 「おい、ガキ。どこまで付いてくる気なんだよ?」
  街を出たアレンは今、付いてきた少女と二人で、焚き火を囲んでいた。
  周囲はすでに暗くなり、次の街までは、まだ数日の距離がある。
  騒ぎを起こした街から、なるべく離れたいアレンだったが、夜道を歩く危険を考えると、ここで野営をするしかなかった。
 「ガキガキ呼ばないで下さい。私にはクレアと言う名前があります」
 「うるせぇな、ガキはガキだ」
  アレンは、クレアの言葉を聞き流し、目の前の串へと注意を払っていた。
  焚き火を囲むように、地面へと突き立てられた数本の串。
  その串には、アレンが突き刺した燻製肉が連なっており、炎でその身をあぶられていた。
  あふれ出る肉汁と共に、辺りに香ばしい匂いが漂い始める。
  頃合いを見計らったアレンは、一本の串を手に取ると、用意していた香草と共に、口の中へと放り込んだ。
  程よく焼けた肉と香草の味が、口の中へと広がってくる。
  アレンが食事に満足していると、正面から視線を感じた。
 「何だよ、ガキ。物欲しそうな顔しやがって」
 「べ、別に、物欲しそうな顔なんて……」
  クレアは恥ずかしそうに顔をそむけ、否定するが、身体の方は正直だった。
  クレアの腹部から、可愛らしい音が鳴る。
 「ハッ、やっぱり欲しいんじゃねえか」
  その音を聞いたアレンは、ニヤリとあくどい笑いをクレアへと向けるが、彼女は恥ずかしさで顔を赤くし、かたくなに、アレンの方を見ようとしなかった。
  黙り込んだクレアをよそに、アレンは食事を続けたのだが、チラチラと様子を伺ってくるクレアの視線が、気になって仕方なかった。
 視線が気になり、食事に集中出来ない。
 その為、先程のような満足感を得る事が出来なかった。
  段々と、クレアの態度に苛つき始めるアレン。
 「おい、ガキ。そんなに欲しいなら、奴隷らしく這いつくばっておねだりしろよ」
  その口からは、つい、思ってもいない言葉を吐いてしまう。
 「誰が、そんな事を……!!」
 アレンの言葉には、大人しくしていたクレアも怒りをあらわにする。
 クレアは確かに奴隷に身をやつしていたが、元々は裕福な家庭の子であった。
 どのような境遇になっても、誇り高く生きなさいと、今は亡き両親から良く言われていた。
  その教えに従い、彼女は例え奴隷となっても、惨めな真似だけはしない様にしてきたのだ。
  アレンの言葉は、クレアに対して最大限の侮辱にあたいした。
  二人の間に、不穏な空気が漂い始める。
  食事もそっちのけで、睨み合いが続くかと思われたその時、
 「ちっ」
  先に折れたのは、アレンの方だった。
  手にした肉を口の中へと放り込むと、おもむろに立ち上がり、闇へと向かって歩き始めた。
 「どこへ行くつもりですか?」
  クレアも立ち上がり、慌ててアレンのあとを追おうとしたが、
 「食後の散歩だ。付いてくるな、ガキ」
 「食後って……まだ、串は残っていますよ」
 「うるせえな、お前のせいで食う気が失せたんだよ。お前が責任持って捨てておけ」
 「捨てるって……」
 アレンの言葉に、クレアは戸惑いの表情を隠せなかった。
 「やり方はお前に任せる。野生の獣が来ない様に、ちゃんと処理しておけよ?」
  クレアへ言い捨てたアレンは、そのまま焚き火のそばから離れ、闇の中へと姿を消していった。



 勢い良くアレンへと食って掛かったクレアだったが、一人になった途端、どっと汗が出てきた。
 ついカッとなってアレンの事を睨み付けたが、アレンがその気になれば、自分の命など、簡単に散らせるのだ。
 冷静になった今、自分がどれだけ命知らずな事をやったのかを、クレアは理解していた。
 だが、アレンはその様な真似をしなかった。
「このまま付いていっても、大丈夫なのかな……」
 今、クレアが今頼れるのは、アレンしかいない。
 次の街に着くまで、頼らざる得ないのだ。
「悪い人では無いみたいだけど……」
 目つきが鋭く、粗野な見た目のアレンは、到底、善人には見えなかった。
 だが、悪人という訳でもなさそうだった。
「口や態度は、悪そうだけど……」
 その時、パチパチと爆ぜる音が耳へと届き、クレアは焚き火へと目を向けた。
 焚き火の前には、アレンが食べずに残された、数本の串。
 串が残っている事を思い出したクレアは、ゴクリと喉を鳴らす。
 そして、恐る恐る串へと手を伸ばした。
 小さなその手が、串を掴んだ瞬間、クレアは唾を飲み込み、その肉を一気に口元へと運んだ。
  長時間、火に炙られていた肉は、熱く、少し焦げており、苦味があった。
  だが、マトモな物を食べさせられていなかったクレアは、そんなのはお構いなしに、肉へとむしゃぶりついていく。
  それは、人にはとても見せられない姿であった。



「何やってんだかな、俺は……」
 焚き火の明かりを遠目に眺めながら、アレンは一人でぼやいていた。
 あの少女は、お荷物にしかならない。
 とっとと、どこかで捨てるなりするべきなのだが、今夜は食事まで与えてしまった。
 「ま、今夜の分は、さっきの失言の詫びって事でいいか……」
 そう言って、アレンは自分自身を納得させる。
 そうでなければ、あの少女に情が移ってしまう。
 面倒事が嫌いなアレンとしては、そうなりたくはないのだ……。
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