捧げし者達への鎮魂歌

馬之屋 琢

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 気が付けばアレンは、色のない草原の中に立っていた。
 周囲を見回してみれば、建物どころか岩や樹木もなく、ひたすら平坦な、灰色の草原が続いていた。
 「……またこの夢か」
 突然の出来事ではあったが、アレンが焦る事はなかった。
 この夢は、以前にも見た事がある。
 時折、夢の中で見る、灰色の世界。
 そこは、生命などまったく居ない様な、静寂の世界だった。
 だが、アレンはここに、一人の少女が居る事を知っている。
 この夢を見る度に、その少女とは会っているのだから。
 「久しぶりだね、アレン」
  掛けられた声に対し、アレンは静かに振り返る。
 「よう、久し振りだな」
  そこに居たのは、クレアと同じくらいの年頃の少女だった。
  髪を肩口で揃えており、上下一体の麻の服を着た少女。
  クレアと顔は似ていないのだが、何となく、その雰囲気には似通った部分があった。
 「また苦労しているみたいだね。ますます目付きが酷くなっているよ?」
  アレンの顔を覗きこみ、少女はクスクスと、楽しそうに笑う。
 「うるせえな、俺の目付きが酷くなったのは、お前が原因だろうが。お前が昔から、俺に苦労をさせるから……」
 「うんうん、そうだね。キミは昔から優しかったからね。ボクが無茶をすると、いつも心配してくれたし」
  憮然ぶぜんとした表情で、少女に言い返したアレンだったが、少女の更なる言葉に、黙り込んでしまう。
  この少女に対し、アレンは口で勝った事がないのだ。
  ばつの悪そうな表情で、そっぽを向くアレン。
  その様子を少女は、面白そうに眺めるのだった。



 「それで、今日は何の用なんだよ? 無駄話する為に、出てきた訳じゃないんだろ?」
  少女の視線に耐えきれなくなったアレンは、沈黙を破り、本題を聞く事にした。
 「え~、もう少し雑談を楽しもうよ、アレン。久し振りの逢瀬おうせなんだからさ」
 「お前なぁ……冗談もほどほどにしとけよ? あまり時間もないんだろ?」
 「……まったく、アレンは相変わらず、乙女心が分かってないなぁ……」
  アレンの態度に、不満そうに頬を膨らませる少女だったが、時間がないのも事実だったので、本題へと入る事にした。
 「アレン、キミはあの娘をどうする気なんだい?」
 「あの娘? ああ、アイツの事か」
  少女が、クレアの事を言っているのだと理解したアレンは、自分の考えを素直に聞かせる。
 「別にどうもする気はねえよ。これ以上の面倒は御免だし、この街で別れるつもりだ」
 「本当に?」
 「本当だ。俺が嘘をついた所で、お前には分かるだろ?」
  アレンが嘘をついても、この少女には何故かバレるのだった。
  昔に比べ、自分の性格も変わったし、嘘をつく時の癖なども無いはずなのだが、少女には分かるものらしい。
  今も、アレンが嘘をついていないか、その表情をうかがっていた少女だったが、アレンが本当の事を言っている事を理解したのか、納得した表情で頷ずいている。
 「そっか、それなら良いんだ」
  それはどことなく、安心した表情のようにも見えた。
 「お前、何を心配していたんだ?」
  少女の表情が気になったアレンは、問い返す事にした。
  そもそもこの少女は、余程の事がなければ、夢の中には出て来ない。
  とても大切な事を、伝えに来ている筈なのだ。
 「別に、ちょっと気になっただけで、何も心配なんかしていないよ?」
 「嘘だな」
  少女の嘘を、バッサリと切り捨てるアレン。
  少女がアレンの嘘を分かるように、アレンも少女の嘘が、ある程度は分かる。
  それくらいの付き合いが、アレンと少女の間にはあるのだ。
 「それはその……ほら! アレンが他の女の子に夢中になっちゃうのが嫌で……」
 「それも嘘だな」
 「……少しは本音も混じってるんだけどなぁ……まぁ、アレンに乙女心を理解しろっていうのは無理か……」
  再び、少女の言葉を切って捨てたアレン。
  アレンに断言された少女は、肩を落とし、ブツブツと恨み言をつぶやき始める。
  その少女の雰囲気に多少ひるんだものの、アレンの視線は、少女へ理由を問いかけ続けた。
 「本当にキミは、こうと決めたら退かないんだよなぁ……」
  アレンの視線に根負けした少女は、ため息を吐き出した後、改めてアレンと向き合い、
 「アレン、ボクはあの娘に、嫌な予感を感じるんだ」
  己の隠していた事を、アレンへと告げた。



 「嫌な予感?」
  首をかしげつつも、アレンは少女に確認する。
 「ああ、そうだよ。あの娘と一緒に居ると、キミは大変な目に遭う。そんな予感がして、ならないんだ」
  少女は不安そうにうつむき、腕を抱く。
  これからアレンの身に起こる事を、恐れるかの様に。
 「だからアレン、お願いだ。あの娘とはこの街でちゃんと別れてくれ。そして彼女の身に何が起ころうと、キミが関わっちゃダメだ」
  顔を上げた少女は、アレンに懇願こんがんする様に頼み込んだ。
 「こんな話をしておいて、あの娘を見捨てろなんて言うと、キミが苦しむのは分かってる。だけどアレン、ボクはキミが心配なんだ」
  少女の顔は、苦しみに歪んでいた。
  クレアを見捨てる事に対しても、アレンに関わるなと言う事にも、罪悪感を感じてはいるのだ。
  それでもなお、少女はクレアを見捨てろと、アレンに言う。
  少女にとって最も大切なのは、アレンなのだからだ。
 「……分かったよ」
  少女の真摯しんしな訴えに、アレンはそう口にしてしまう。
 「本当に? 約束だよ?」
 「……ああ、約束だ」
  アレンは少女と約束を交わすが、その瞳は逸らされていた。
  アレンの葛藤を理解していた少女は、それ以上何も言わず、アレンの下から離れていく。
 「一応は安心したよ、アレン。キミは滅多な事が無い限り、約束を破る様な子じゃなかったからね」
  寂しげに微笑む少女。その姿が、少しずつ薄れてゆく。
 「残念だけど、もう時間の様だ」
  周りの景色も、少女と同じように薄れ始めてきた。
  そろそろ、アレンが目覚める時間が来たようだ。
 「じゃあ……またね、アレン。ボクはいつでもキミの幸せを祈っているよ。……ボクの分までね」
  寂しそうに告げた少女は、そのまま灰色の世界と共に、消え去っていった。



  窓から差し込んでくる陽の光を受け、アレンは目を覚ました。
  部屋の中を見回してみれば、クレアはまだ、寝台の中で眠っている。
  久しぶりの寝台の寝心地がそんなに良いのか、クレアの表情は、ゆるみきっていた。
 「そんなに寝心地が良かったのかね……」
  床の上で寝ていたせいで固くなった身体を、アレンはほぐすように動かしていく。
 「俺の幸せを祈っている、か……」
  身体をほぐしながら頭の中で考えるのは、先ほどまで見ていた、夢の事だった。
  自分が幸せになる為には、どうすれば良いのか。
 「だったら、後悔しないようにしないと、いけないよな……」
  答えは、すでに出ている。
  だが、アレンの中には、まだ迷いがあった。
  すぐ傍に立てかけてある剣を、チラリと眺めるアレン。
  その柄には、蒼く、神秘的な宝石が飾られており、アレンを見守るかのように、静かな輝きを放っていた……。
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