捧げし者達への鎮魂歌

馬之屋 琢

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それぞれの悩み

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「いい加減に起きろ!」 
 良い気分で眠っていたクレアは、突然の怒鳴り声に驚き、寝台の上で飛び起きた。
 何が起こったのかと周囲を見回してみると、目の前には身支度を整えたアレンの姿が。
「まったく……寝台の寝心地がそんなに良かったのか? 何度声を掛けても起きねえし、ニヤニヤとゆるんだ顔で寝てやがるし……」
「あぅ……その、ごめんなさい」
 アレンの文句を受け、恥ずかしそうに顔をうつむかせるクレア。
 すぐに起きなかった事への申し訳なさと、アレンにそんな寝顔を見られていた恥ずかしさとで、クレアの顔は赤くなっていた。
「ほら、起きたならとっとと支度をしろ」
「わ、わかりました」
 アレンにうながされたクレアは、慌てて寝台から降り、身支度を始めるのだった。

「よう、兄ちゃん。昨夜は楽しんだのかい?」
 身支度を整えたアレン達が宿の受付へと行くと、受付にいた男が、からかい半分に声を掛けてきた。
「言う必要はないだろ?」
 不機嫌そうな顔で、アレンは男へと鍵を放り投げる。
 アレンの機嫌が悪いのを察した男は鍵を受け取ると、触らぬ神に祟りなしと、それ以上、何も言ってはこなかった。
「行くぞ」
 鍵を返せば、もはや用はない。
 男の邪推じゃすいに、顔を赤くして黙り込んでしまっていたクレアを連れ、アレンは宿をあとにするのだった。



 宿から出たクレアは、陽の光の下、改めて周囲の景色を眺めることになった。
 大通りから少し離れた場所にある裏通り。
 そこには表通りの様な華やかさはなく、どちらかといえば奴隷や、それに近い貧しい者が住む場所となっていた。
 だが、大きな街であるだけに、裏通りに住んでいる人数も多く、彼らを相手に商いをする店も、ちらほらと見る事が出来た。
 アレン達は露店の一つでパンと水を買い、朝食をとる事にした。
 大通りで売っているような質の良いパンとは違い、固く、味も素っ気ないパンに対し、クレアは食べるのに苦労したが、水と一緒に飲み込む事で、何とか食べきる事に成功する。
 一息をつき、アレンも苦労しているのかと思い、見てみると、アレンは平然とした顔でパンを咀嚼そしゃくし、飲み込んでいるところだった。
「……なんだよ?」
「別に……何でもありません」
 自分が苦労して食べた物を、平然と食べるアレンの事をズルいと思い、少しむくれるクレア。
 そんなクレアの態度を不思議に思うアレンだったが、考えても理由が分かりそうになかったので、すぐに諦める事にした。



 食事を終えた二人は、通りを歩き、旅に必要な荷物を買い集めた。
 水や食糧、周辺の地図や薬草類など、大通りの店に比べれば品数や質が劣るものの、その分、値段は安く、旅をするには充分な量を調達する事ができた。
 荷物を入れた袋を肩へとかつぎ、アレンは更なる店を探し歩く。
「もう荷物は充分なのでは?」
「いいから、黙って付いて来い」
 疑問に思ったクレアの言葉を一蹴いっしゅうし、アレンは左右へと視線を走らせていく。

 アレンの後ろを付いて行きながらも、クレアは一人、悩んでいた。
 このままアレンに付いて行っても良いのかどうか……。
 自分としては、彼に付いて行く事に問題は無かった。むしろ、一人で生きていけないクレアにとっては、助かる事ばかりだ。
 だが、アレンとは親しい関係でも何でもない。
 前にいた街から離れる為に、クレアが利用する形で、アレンに付いてきただけなのだ。
 本来であれば、途中で追い払われていても、おかしくはなかった。
 それでも、ここまで連れて来てくれたアレンには感謝をしている。
 同時に、これ以上、迷惑を掛けても良いのかという思いも……。
 しかし、他に頼れる人間が居ない以上、アレンから離れる事に、クレアは踏ん切りがつかなかった。
「ここだな」
 聞こえてきたアレンの声に、クレアは考え事を止め、周囲の景色へと意識を戻す。
 アレンが見つけた一軒の店。
 開け放たれた扉から店の中を見てみると、中には服や小物が並べられているのが目につくのだった。



「服屋ですか?」
「他にもあつかっている物があるみたいだが、まぁ、そんなもんだ」
 アレンは店へと入ると、入口近くに座っていた老婆に、用件を告げた。
「こいつの格好を、少しはマシにしたい。見繕みつくろって貰えるか?」
「え? それって……」
 突然指差されたクレアは驚き、そして、
「あの、別に私は服は……」
「うるせえ、黙って従え」
 いらないと断ろうとしたクレアだったが、アレンはその言葉をさえぎる。
「いいか、婆さん?」
「ああ、金さえ貰えれば構わないさ。お嬢ちゃん、中で欲しい服を選んでくるといいさ。ミリエラ、ちょっとこの娘の事を見てやっておくれ」
 アレンに聞かれた老婆は、中にいる女性に声を掛けた後、クレアを店の中へと促す。
「でも……」
「いいから、さっさと行け」
 それでもためらっていたクレアの背中を押し、アレンは強引に店の中へと押し込んだ。
 店の中へと押し込められたクレアは、まだ遠慮するかのように、アレンと老婆の方をチラチラと見ていたが、近くに置いてあった服を手にした瞬間、そちらの方へと見入ってしまう。
 やはり本心では、服が気になっていたのだろう。近付いてきた店の人間と共に、目を輝かせて服を選び始めた。
 そんなクレアの様子に、口元を緩めたアレンは、老婆と話を続けた。
「じゃあ婆さん、こいつは代金だ。これで適当に見繕ってやってくれ」
 そう言ってアレンは、何枚かの硬貨を、老婆に渡したのだが、
「……足りないねぇ」
「何だと?」
 老婆は手渡された硬貨を数え、つまらなさそうに吐き捨てた。
「これじゃ足りないって言ったのさ、お若いの」
 アレンが渡した金額であれば、そこそこの服が買えるはずだった。
 それをこの老婆は、足りないと、嘲笑あざわらう。
「婆さん、がめついのも大概にしておけよ……?」
 足下を見られていると感じたアレンは、怒りをにじませた声で老婆を脅したが、老婆はやれやれと頭を横に振るだけだった。
「お若いの、お前さんはそこそこ良い男だが、女というものを分かっていないねぇ」
「……どういう事だ?」
 老婆が何の事を言っているのか、アレンには分からなかった。
「いくら服で着飾ろうと、着ている人間がダメだったら、話にならないと言っているのさ。あのボサボサの髪。汚れた身体。そこら辺もキチンとしてやらないとねぇ」
 ここにきて、アレンも老婆の言いたい事は分かった。
 確かに、身体を洗い、髪を切って整えるのならば、今渡した金では足りないだろう。
「身体は一応、川で洗ったんだが……」
「だからお前さんは、女を分かっていない。女ってのは、磨けば磨くほど、綺麗になるもんなんだよ」
 老婆にため息を吐かれたアレンは、ついに観念した。
 硬貨の入った袋を、老婆へとそのまま差し出す。
「確かに、毎度あり」
 袋の中身を確認した老婆は、愉快そうに笑うのだった。



「それにしても、お若いの。あの娘は奴隷じゃないのかい? 何でこんな面倒を見てやるんだい?」
 真っ当な、貴族の御用達の店ならば、奴隷に服を売る事など、決してない。
 だがここは、貧民達が多く住まう場所にある店だ。
 その日その日を必死になって生きる彼らは、奴隷に対しての忌避きひ感など大して持ってはいない。
 貧しい身の彼らなど、貴族の気まぐれにあえば、すぐさま奴隷へと変えられてしまうのだから。
「別に、婆さんには関係ないだろう」
 クレアの面倒を、ここまで見てやる理由など、正直アレンにも分からなかった。
 ただ、あの格好のまま放り出すのに、気が引けたのは確かだ。
「ふぅむ」
「何だよ……?」
「いや、お前さんが、随分悩んでおるようなんでな」
 クレアの事、今朝の夢の事、確かにこの二つは、老婆が指摘した様に、大いにアレンの頭を悩ませていた。
「ちっ……婆さん、全部終わったら、アイツに伝えといてくれ。好きな様に生きろってな」
 老婆に悩みを見抜かれたアレンは、いらただしげにきびすを返す。
 アレンはここで、クレアを置いていく気になったのだ。
「お前さん、あの娘を放り出す気なのかい? お前さんの連れなんだろ?」
「元々、俺とアイツは赤の他人だ。面倒を見てやる理由がないんだよ」
 そう、アレンがクレアに関わる理由などないのだ。
 この先、彼女がどんな目に遭おうとも、自分には関係ない。
 アレンは、自分にそう言い聞かせる。
「アイツを可哀想に思うなら、婆さんが面倒を見てやってくれ」
「馬鹿を言っちゃいかん。老い先短いこの身体で、若い娘の面倒は見きれるもんじゃないよ」
「そうかい。じゃあさっきの伝言だけ伝えて、好きに放り出してくれ」
 老婆にそう告げたアレンは、そのまま店の外へと出て行ってしまう。
 これで良かったのだと、己の心を、無理やり納得させて……。
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