あまいの、いくつほしい?

白湯すい

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本編

1.パティスリー・ジュジュ

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 たっぷりと空気を含んだ、ふわふわのスポンジになめらかなクリーム。まぶしくツヤめくシロップを纏った色鮮やかなフルーツに、きらきら輝くアラザンや、かわいらしいパステルカラーのチョコレートやアイシング。その何もかもが主役みたいに、ぴかぴかに磨かれたガラスケースの中でライトに照らされて、美味しく食べてもらえるのを心待ちにしながら、誇らしげに並んでいる。

 この世界は、まるで現実とは思えないような華やかな世界だ。近年はそのきらめくスイーツたちを作り出す職人たちもまた、スポットライトを浴びることが増えてきた。
 少し都心部からは離れたとある街にある、ここパティスリー【ジュジュ】でパティシエを務める東聡介も、今注目を浴びている人物のひとりだ。

 パティスリー・ジュジュは、東がすべてのケーキや焼き菓子を作っている、ごくごく小規模なショップだった。定休日は火曜と水曜、祝日などが重なれば臨時で営業することはあれど、基本的にはしっかり休む。営業時間も18時までと、そう長く開いているわけでもないし、それよりもっと早く閉店することも多くある。それは、たいていが閉店時間までの間にその日の分のスイーツがすべて売り切れてしまうからだ。
 人気の理由は、もちろんそのスイーツのクオリティの高さによるものだ。ピュアなホワイトや淡いカラーをメインに構成され、繊細でかわいらしい装飾を施されたスイーツたちは、まるで美しいドレスや宝石のようだと評されていた。見た目もさることながら、その味も一級品となれば、たくさんの客を魅了するのも頷けることだろう。
 しかし、ジュジュの人気の理由はそれだけではない。もう一つは、パティシエである東自身の人気だった。東はその実力から多くのメディアに取り上げられ、顔も広く知れ渡った。東は誰が見ても思わずため息が漏れ出るような美貌の持ち主だった。色素が薄く、肌は白く唇や瞼が紅をさしたように色づいている。長いまつ毛に縁取られた瞳はキャラメル色で、そこにかかるさらりと長い髪が、東をどこか憂いのある麗人に見せていた。女性ウケする綺麗なスイーツに、美しいパティシエとくれば、世間は黙っていなかったのだった。

 ゆえに、たとえ休みが多くとも、営業時間が短くとも、商品は飛ぶように売れ経営は安定しているのだ。
「そうは言ってもね、もう少し頑張ったら、もっともっと売上は伸びるんだよ。お前もわかってると思うけど」
 それでも、東の店で経理を担当している和山はぼやいていた。和山としては、この伸びしろが実に勿体ないように見える。
「え~、その話何回目? おれは頑張りたくないから自分の店持ったんだってば」
「……それはわかるけど」
 和山の小言に、東は飄々と答える。閉店後、まだ陽の落ちきらないほどの時間、私服に着替えて事務所のソファでだらける東の姿は、彼に憧れて来店する女性客はきっと想像さえしないだろう。

 東は実際、メディアに露出する際のまるで儚げで優しい王子様のようなイメージからはかけ離れた男である。好きなものを突き詰めることは好きだが、基本的に努力が嫌いで、和山とは違い上昇志向というものがあまりない。それなりに女性にモテてはきたものの、恋愛にあまり興味もなく、人付き合いを面倒だと思っている節がある。

 そんな東ではあるが、和山が強くものを言えない理由がある。それは、東が独立前に勤めていた店での労働環境があまりにも過酷だったためだ。東はなんとか最低限の開業資金を貯めて身体を壊す前に抜け出したものの、酷使され続けた職人たちの中で心身共に健康を損なった者が多く居た職場だった。その頃から東は力があったのに、あの場所ではただの使い捨ての労働力としてしか扱われなかった。
 東の性格上あまりつらさを言葉にすることはなかったが、その頃から東を知っている和山は、かなり疲弊している姿を見てきた。あの場所に居れば、もう頑張りたくないと思ってしまうのも理解できてしまうというものだった。

「も~毎日売り物作って、月の新作考えるだけで手一杯よ、おれは」
「なら、助手でも雇うとか」
「やだ、厨房のことに手出されたくないし」
「……工程の一部を機械化するとか」
「モノが変わっちゃう、論外」
「じゃあどうしろと」
「どうもしなくていいの。困ったら考えるよ」
「困ってからじゃ遅いだろ……」
 つまるところ、東という男は世間が思うような王子様なんかではない。ブラック企業に疲れ切ってクタクタの、普通の男なのだ。自分の城を持ち、それを維持できるだけの営業はこなしているのだから、それで満足するべきなのだろうか、和山は今日も頭を悩ませている。
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