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本編
2.笑わないお客さん
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「そういえば、また今日も来てたよ。あのおじさん」
「へえ、あの不愛想な人?」
「そう。しっかり朝に来て、ベリーのタルトと限定のムース、今日はガレットも買って行ってたかな」
「熱心なファンだねえ。嬉しいねえ」
常連客は数多く居るが、ジュジュでは唯一とも言える男性の常連客が居る。それも、ここ半年くらいは週に一回、土曜の朝から昼の間に必ず一人で来るものだから、余計に記憶に残りやすかった。男性客はその多くが家族や恋人らしき女性と連れ立って来店する。一人で来店される場合には、ほぼプレゼント用の箱や袋をリクエストしたり、プレートを追加していく。けれどその話題の男性客は、一度でも誰かを連れてきたことはなく、プレゼント用の何かを頼むこともなく、いつも数個のケーキに時々焼き菓子を添えて買っていくのだと言う。裏方に居ることのほうが圧倒的に多い東は、その男のことを数度見かけたことがあるだけで、話したこともないし、どういう人なのかはよく知らない。
「熱心なんてものじゃない、うちの価格帯を考えれば、毎週欠かさず来るお客様なんてそうそう居ないんだぞ」
「まあ、そうだよねえ。結構お金持ちなのかなあ?」
「一人の客の財布事情なんて詮索するものではないけど、どうしても目立つし、気になっちゃうよなあ」
「話したことないの?」
和山は経理を担当しつつ、忙しい時間帯にはアルバイトの販売スタッフと一緒に店に立つこともある。お客様に関しては、東よりもよっぽど詳しい。
「ないよ。お前も見たことあるだろ、店員と楽しくおしゃべりするような人に見えるか?」
「見た目だけじゃどういう人なのかなんてわかんないだろ」
「……お前が言うと妙に説得力があって嫌になるな」
「あ、それ悪口だろ」
もっと頑張れば、もっと売り上げも評判も伸ばせるという和山の言葉を、東もそれは正しいと思っていた。職人としてではなく、経営者としてはそれを目指していくべきだというのも理解している。とは言え、どうにも乗り気にはなれないのだった。
「……こんなもん、取ってあったのか」
東がうんざりとした声をこぼしたのは、前に働いていた店でのスケジュールが印刷された書類が部屋から出てきたからだ。シフト表のようなもので、もちろんもう必要のないものだった。前の店のことを思い出すと、心の底から疲れる。東はそれをビリビリと丁寧に破り、捨てた。数日後に控えている引っ越しの準備をしている最中だ、過去を振り返ってる暇なんてない。
自分の城を手に入れて、客入りも上々。今の売上でだって菓子の素材や仕上がり、店舗の内装にだって妥協しない選択ができているし、私生活における贅沢にはあまり興味はないものの、こうして住みたい場所への引っ越しもできるし、引っ越し先でちょっと良い家具を揃えることもできたし、面倒が終わったらちょっと良いものを食べようなんてこともできる。
つまりは、今はまだ頑張る気が起きないということだ。らしくもなく疲れ果てて落ち込んでいた姿を和山に見られているのを知っているから、それを言い訳にするのは心苦しいけれど。でも、らしくないのだ。頑張りすぎるのは。
とにかく、今は目前に迫った新居への引っ越しが楽しみで仕方がない。店の近くに良い物件が見つかったのはラッキーだった。今はかなり時間をかけて通っているが、引っ越し先から店はものの数分だ。東はこれからは少し朝寝坊ができるぞと喜んでいるのだった。
「へえ、あの不愛想な人?」
「そう。しっかり朝に来て、ベリーのタルトと限定のムース、今日はガレットも買って行ってたかな」
「熱心なファンだねえ。嬉しいねえ」
常連客は数多く居るが、ジュジュでは唯一とも言える男性の常連客が居る。それも、ここ半年くらいは週に一回、土曜の朝から昼の間に必ず一人で来るものだから、余計に記憶に残りやすかった。男性客はその多くが家族や恋人らしき女性と連れ立って来店する。一人で来店される場合には、ほぼプレゼント用の箱や袋をリクエストしたり、プレートを追加していく。けれどその話題の男性客は、一度でも誰かを連れてきたことはなく、プレゼント用の何かを頼むこともなく、いつも数個のケーキに時々焼き菓子を添えて買っていくのだと言う。裏方に居ることのほうが圧倒的に多い東は、その男のことを数度見かけたことがあるだけで、話したこともないし、どういう人なのかはよく知らない。
「熱心なんてものじゃない、うちの価格帯を考えれば、毎週欠かさず来るお客様なんてそうそう居ないんだぞ」
「まあ、そうだよねえ。結構お金持ちなのかなあ?」
「一人の客の財布事情なんて詮索するものではないけど、どうしても目立つし、気になっちゃうよなあ」
「話したことないの?」
和山は経理を担当しつつ、忙しい時間帯にはアルバイトの販売スタッフと一緒に店に立つこともある。お客様に関しては、東よりもよっぽど詳しい。
「ないよ。お前も見たことあるだろ、店員と楽しくおしゃべりするような人に見えるか?」
「見た目だけじゃどういう人なのかなんてわかんないだろ」
「……お前が言うと妙に説得力があって嫌になるな」
「あ、それ悪口だろ」
もっと頑張れば、もっと売り上げも評判も伸ばせるという和山の言葉を、東もそれは正しいと思っていた。職人としてではなく、経営者としてはそれを目指していくべきだというのも理解している。とは言え、どうにも乗り気にはなれないのだった。
「……こんなもん、取ってあったのか」
東がうんざりとした声をこぼしたのは、前に働いていた店でのスケジュールが印刷された書類が部屋から出てきたからだ。シフト表のようなもので、もちろんもう必要のないものだった。前の店のことを思い出すと、心の底から疲れる。東はそれをビリビリと丁寧に破り、捨てた。数日後に控えている引っ越しの準備をしている最中だ、過去を振り返ってる暇なんてない。
自分の城を手に入れて、客入りも上々。今の売上でだって菓子の素材や仕上がり、店舗の内装にだって妥協しない選択ができているし、私生活における贅沢にはあまり興味はないものの、こうして住みたい場所への引っ越しもできるし、引っ越し先でちょっと良い家具を揃えることもできたし、面倒が終わったらちょっと良いものを食べようなんてこともできる。
つまりは、今はまだ頑張る気が起きないということだ。らしくもなく疲れ果てて落ち込んでいた姿を和山に見られているのを知っているから、それを言い訳にするのは心苦しいけれど。でも、らしくないのだ。頑張りすぎるのは。
とにかく、今は目前に迫った新居への引っ越しが楽しみで仕方がない。店の近くに良い物件が見つかったのはラッキーだった。今はかなり時間をかけて通っているが、引っ越し先から店はものの数分だ。東はこれからは少し朝寝坊ができるぞと喜んでいるのだった。
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