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本編
21.お互いのこと
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今日は土曜日、お昼時だ。二人はランチのお店に向かうべく移動していた。
本来であれば東の店が開いている日で、土日は繁盛していて大変なはずだった。
「今日はお店、休みなんですね」
マンションから駅までの間にパティスリー・ジュジュはある。通りがけに見た店のドアには、臨時休業の札が提げられていた。
「そうなんです。厨房の機械とか陳列用のショーケースとかを入れ替えるんですよ。本当は定休日の火曜か他の曜日の夜にお願いしてたんですが、業者さんの都合がつかなくなっちゃって。僕は厨房の配置の指示だけ伝えて、あとは和山に任せてきました」
「良かったんですか?」
「僕はそのへん、居ても役立たずですし。和山が頼りになりますから」
東は製菓のこと以外はからきしである。大きな物を動かす現場に下手な居合わせて怪我でもされたら面倒だと和山も東が指示だけで帰るのには賛成だった。というか、はやく帰って欲しそうですらあった。
「和山さんは、いつも接客してらっしゃる眼鏡の方ですよね」
「そうです。和山とは中三の頃からの友人なんです」
「随分長いですね」
「はい。僕は今二十八なんで、もう十年以上になりますね。受験前に同じ塾に通っていて、同じ高校を受けるからって知り合ったんですよ」
ニコニコと笑いながら話す東は、本当に和山と仲が良いのだろうと蓜島は察する。話を聞きながら蓜島は、自分は東のことをほんの少ししか知らないのだなと思う。
「……仲が良いんですね」
「仲が良いって言うのかな? まあ、腐れ縁みたいなやつですよ。お互い憎まれ口ばっかりです。信頼はしてますけどね」
こんなにも綺麗で一見近寄り難いような人にも憎まれ口を叩き合うような、所謂気の置けない普通の男友達らしい存在が居るのだなという当たり前のことでさえ、なんだか驚いてしまう。
それだけ自分は東のことを、雲の上の人のような手の届かない、別世界の人間だと思っていたことを蓜島は自覚する。
ランチの店は、洒落てはいるが気取らない雰囲気のイタリアンだった。広々とした開放的な店内が印象的で、晴れた休日の日射しがたっぷりと取り込まれた明るさが好ましい。
「ここ、美味いんですよ。ドルチェは知り合いのパティシエが担当していて、チーズケーキが絶品です」
「楽しみです」
さすが業界では顔が広い東と言うべきか、良い店はたくさん知っている。東のおすすめする店というだけで、蓜島の期待は高まる。
「蓜島さんは、本当に食べることが好きなんですね」
「は、はい……お恥ずかしながら」
蓜島は少し目を伏せて、恥ずかしそうに肯定した。
「何も恥ずかしいことじゃないですよ。作ってる側の人間としては、誇ってほしいくらい」
「そう、ですね。確かに」
東の言葉に蓜島は頷く。一見気難しそうに見える蓜島だけれど、東が思わず驚いてしまうほどに素直な男だ。
「普段はどうしてるんですか? 自炊?」
「ごく簡単なものしか作れませんが、たまに。基本的には買って帰ったり外食が多いですね」
「一人暮らしって長いんですか?」
「三年くらいでしょうか。それまでは……その、お付き合いしていた女性と住んでまして」
ここにきてようやく出てきた、元彼女の存在。おそらく蓜島を自分よりも歳上であろうと考えていた東は当然驚きはしなかったが、好きな人の元恋人の話は、はやり少し堪えるものだなと思った。胸の奥に、じくじくと嫌な痛みが走る。
「同棲していた頃も、彼女とは仕事ですれ違いの生活でして。食事を共にするということはあまりなくて、今と変わらないような食生活でしたね」
「彼女さんも忙しい人だったんですね」
「はい。結局はそれで私のほうがふられてしまいました」
「それは……しづらい話をさせてしまってすみません」
「いいえ、もう三年も前の話ですから、もう引き摺ったりはしていません」
蓜島のほうがふられたと聞いて、一瞬蓜島がまだ過去の恋を忘れられないでいたらどうしようと東は心がヒヤリとしたが、会話の流れとはいえすぐにその不安を解消してくれた。
「……よかった」
ぽろりと、東の唇から零れた一言が、蓜島をどきりとさせた。もう想いは残っていないということでこんなにもほっとした表情を見せる東が、なんだかいじらしくて可愛らしく思えたのだった。
本来であれば東の店が開いている日で、土日は繁盛していて大変なはずだった。
「今日はお店、休みなんですね」
マンションから駅までの間にパティスリー・ジュジュはある。通りがけに見た店のドアには、臨時休業の札が提げられていた。
「そうなんです。厨房の機械とか陳列用のショーケースとかを入れ替えるんですよ。本当は定休日の火曜か他の曜日の夜にお願いしてたんですが、業者さんの都合がつかなくなっちゃって。僕は厨房の配置の指示だけ伝えて、あとは和山に任せてきました」
「良かったんですか?」
「僕はそのへん、居ても役立たずですし。和山が頼りになりますから」
東は製菓のこと以外はからきしである。大きな物を動かす現場に下手な居合わせて怪我でもされたら面倒だと和山も東が指示だけで帰るのには賛成だった。というか、はやく帰って欲しそうですらあった。
「和山さんは、いつも接客してらっしゃる眼鏡の方ですよね」
「そうです。和山とは中三の頃からの友人なんです」
「随分長いですね」
「はい。僕は今二十八なんで、もう十年以上になりますね。受験前に同じ塾に通っていて、同じ高校を受けるからって知り合ったんですよ」
ニコニコと笑いながら話す東は、本当に和山と仲が良いのだろうと蓜島は察する。話を聞きながら蓜島は、自分は東のことをほんの少ししか知らないのだなと思う。
「……仲が良いんですね」
「仲が良いって言うのかな? まあ、腐れ縁みたいなやつですよ。お互い憎まれ口ばっかりです。信頼はしてますけどね」
こんなにも綺麗で一見近寄り難いような人にも憎まれ口を叩き合うような、所謂気の置けない普通の男友達らしい存在が居るのだなという当たり前のことでさえ、なんだか驚いてしまう。
それだけ自分は東のことを、雲の上の人のような手の届かない、別世界の人間だと思っていたことを蓜島は自覚する。
ランチの店は、洒落てはいるが気取らない雰囲気のイタリアンだった。広々とした開放的な店内が印象的で、晴れた休日の日射しがたっぷりと取り込まれた明るさが好ましい。
「ここ、美味いんですよ。ドルチェは知り合いのパティシエが担当していて、チーズケーキが絶品です」
「楽しみです」
さすが業界では顔が広い東と言うべきか、良い店はたくさん知っている。東のおすすめする店というだけで、蓜島の期待は高まる。
「蓜島さんは、本当に食べることが好きなんですね」
「は、はい……お恥ずかしながら」
蓜島は少し目を伏せて、恥ずかしそうに肯定した。
「何も恥ずかしいことじゃないですよ。作ってる側の人間としては、誇ってほしいくらい」
「そう、ですね。確かに」
東の言葉に蓜島は頷く。一見気難しそうに見える蓜島だけれど、東が思わず驚いてしまうほどに素直な男だ。
「普段はどうしてるんですか? 自炊?」
「ごく簡単なものしか作れませんが、たまに。基本的には買って帰ったり外食が多いですね」
「一人暮らしって長いんですか?」
「三年くらいでしょうか。それまでは……その、お付き合いしていた女性と住んでまして」
ここにきてようやく出てきた、元彼女の存在。おそらく蓜島を自分よりも歳上であろうと考えていた東は当然驚きはしなかったが、好きな人の元恋人の話は、はやり少し堪えるものだなと思った。胸の奥に、じくじくと嫌な痛みが走る。
「同棲していた頃も、彼女とは仕事ですれ違いの生活でして。食事を共にするということはあまりなくて、今と変わらないような食生活でしたね」
「彼女さんも忙しい人だったんですね」
「はい。結局はそれで私のほうがふられてしまいました」
「それは……しづらい話をさせてしまってすみません」
「いいえ、もう三年も前の話ですから、もう引き摺ったりはしていません」
蓜島のほうがふられたと聞いて、一瞬蓜島がまだ過去の恋を忘れられないでいたらどうしようと東は心がヒヤリとしたが、会話の流れとはいえすぐにその不安を解消してくれた。
「……よかった」
ぽろりと、東の唇から零れた一言が、蓜島をどきりとさせた。もう想いは残っていないということでこんなにもほっとした表情を見せる東が、なんだかいじらしくて可愛らしく思えたのだった。
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