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本編
26.恋するケーキ
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蓜島とキスをした。
ただそれだけのことで、こんなにも気持ちが舞い上がるものかと、東は驚いていた。
舞い上がった恋する心は落ち着かなくて、東の場合その衝動は甘い菓子に向かっていく。そうして出来上がったケーキは自分でも恥ずかしいくらいにきらきらと愛らしいものになる。
蓜島とはあの日、どうしても離れたくなくて、夜も一緒に眠った。それは蓜島も同じ気持ちだったようで、何度もキスをして、ぎゅうっとくっついて眠った。
もしかしてこのまましちゃうのかな、と東が少し緊張していたら、蓜島は「ゆっくり進んでいきましょう」と言ってくれた。東はそんな蓜島の優しさが嬉しかった。
お互いセックス自体が未経験というわけではないが、男同士でするというのは初めてだから当然緊張もするし、それなりの覚悟だって準備だって必要だ。
それは蓜島も東も同じだった。恋人として夜を共に過ごす。そのうえで、ただ抱き合って眠る、そういう選択肢を選べることに二人は安心していた。
大人なんだからさっさとやることをやる、ではなくて。大人だからこそ余裕を持って、ゆっくり進んでいきましょうね、という関係が何より心地よかったのだ。
「うん、いいんじゃない?」
「ほんと? ウチの商品っぽく出来てるかな」
東が衝動をぶつけて出来たのは、ひとつのケーキとしては素晴らしい出来映えになったと自覚している。それはパティシエとしての知識と技術によるもので、あくまでそのモノに対する評価である。
東個人としては、ちょっと私情が入りすぎたのではないかという不安がある。店のコンセプトに合っているかどうかとか、他の商品とのバランスはどうかとか、そういうことを度外視して出来たものだから、どうにも自信がなかった。
和山はそんな東の様子を見ながら、いつものように試食の感想を述べる。
「ウチのお客さんにもウケると思うけどな。この中のジュレの層が面白いと思うよ。食べるところで味が変わる」
「レモンベースのとピンクグレープフルーツベースのジュレがストライプ状になってて、こうカットしたらちょうど二分割されるんだ」
「うん、基本的には甘いのにたまに覗く酸味とちょっとした苦味が良いアクセントになってるし、こういうのは他にない。色も綺麗だし、このまま出してもいいレベルだろ」
和山の評価を聞けば、確かにその通りだと冷静になれる。新商品として提案してみて良かったと東は胸を撫で下ろす。
「新商品の時期でもないのに新作持ってくるの、久々だな。どうかしたのか? やけに自信もなさげなのも珍しい」
「……まあ、色々あって」
明らかに何も誤魔化せていない東に、和山は少し呆れた。何かがあったのは明白だ。落ち込んだりはしていなさそうだから、何かいいことでもあったか。和山はそう推察する。
「……彼女でもできたか?」
「………そんな感じ」
「……もしかして、あの男のお客さんか?」
「!? なんでわかんの?」
「お前、隠し事下手すぎだろ」
東の嘘や隠し事が下手なのもそれはそうなのだが、和山の察しの良さも驚くべきものである。
「だいたいわかるさ、お前のことなら」
「うわー、なにそれ。なんかかっこよさげな台詞」
「どんだけ付き合い長いと思ってるんだよ。お前みたいな奴の考えてることならすぐに察しがつく。どう推理したかイチから説明してやろうか?」
「結構です」
そんなもの、つらつら説明されるなんてたまったものではない。東は和山のからかいをばっさりと拒否したのだった。
ただそれだけのことで、こんなにも気持ちが舞い上がるものかと、東は驚いていた。
舞い上がった恋する心は落ち着かなくて、東の場合その衝動は甘い菓子に向かっていく。そうして出来上がったケーキは自分でも恥ずかしいくらいにきらきらと愛らしいものになる。
蓜島とはあの日、どうしても離れたくなくて、夜も一緒に眠った。それは蓜島も同じ気持ちだったようで、何度もキスをして、ぎゅうっとくっついて眠った。
もしかしてこのまましちゃうのかな、と東が少し緊張していたら、蓜島は「ゆっくり進んでいきましょう」と言ってくれた。東はそんな蓜島の優しさが嬉しかった。
お互いセックス自体が未経験というわけではないが、男同士でするというのは初めてだから当然緊張もするし、それなりの覚悟だって準備だって必要だ。
それは蓜島も東も同じだった。恋人として夜を共に過ごす。そのうえで、ただ抱き合って眠る、そういう選択肢を選べることに二人は安心していた。
大人なんだからさっさとやることをやる、ではなくて。大人だからこそ余裕を持って、ゆっくり進んでいきましょうね、という関係が何より心地よかったのだ。
「うん、いいんじゃない?」
「ほんと? ウチの商品っぽく出来てるかな」
東が衝動をぶつけて出来たのは、ひとつのケーキとしては素晴らしい出来映えになったと自覚している。それはパティシエとしての知識と技術によるもので、あくまでそのモノに対する評価である。
東個人としては、ちょっと私情が入りすぎたのではないかという不安がある。店のコンセプトに合っているかどうかとか、他の商品とのバランスはどうかとか、そういうことを度外視して出来たものだから、どうにも自信がなかった。
和山はそんな東の様子を見ながら、いつものように試食の感想を述べる。
「ウチのお客さんにもウケると思うけどな。この中のジュレの層が面白いと思うよ。食べるところで味が変わる」
「レモンベースのとピンクグレープフルーツベースのジュレがストライプ状になってて、こうカットしたらちょうど二分割されるんだ」
「うん、基本的には甘いのにたまに覗く酸味とちょっとした苦味が良いアクセントになってるし、こういうのは他にない。色も綺麗だし、このまま出してもいいレベルだろ」
和山の評価を聞けば、確かにその通りだと冷静になれる。新商品として提案してみて良かったと東は胸を撫で下ろす。
「新商品の時期でもないのに新作持ってくるの、久々だな。どうかしたのか? やけに自信もなさげなのも珍しい」
「……まあ、色々あって」
明らかに何も誤魔化せていない東に、和山は少し呆れた。何かがあったのは明白だ。落ち込んだりはしていなさそうだから、何かいいことでもあったか。和山はそう推察する。
「……彼女でもできたか?」
「………そんな感じ」
「……もしかして、あの男のお客さんか?」
「!? なんでわかんの?」
「お前、隠し事下手すぎだろ」
東の嘘や隠し事が下手なのもそれはそうなのだが、和山の察しの良さも驚くべきものである。
「だいたいわかるさ、お前のことなら」
「うわー、なにそれ。なんかかっこよさげな台詞」
「どんだけ付き合い長いと思ってるんだよ。お前みたいな奴の考えてることならすぐに察しがつく。どう推理したかイチから説明してやろうか?」
「結構です」
そんなもの、つらつら説明されるなんてたまったものではない。東は和山のからかいをばっさりと拒否したのだった。
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