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本編
28.あまい顔
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蓜島は甘い男だ。暫く蓜島と恋人として付き合ってみて、東は心底そう思った。考えが甘いとか、優しすぎるとか、そういうことではない。
恋人になったからといって、いつものポーカーフェイスが普段から崩れるというようなことはない。蓜島はいつでもあまり表情を変えないし、言葉数は少ないほうで、話すときはだいたい東が喋り、蓜島が聞き役になる。
それでも、だからこそ、恋人になって時折見せてくる笑顔がひどく甘いのだ。付き合い始める前は、よくよく観察していないと気付かないような、微かな笑みだった。それなのに、今の蓜島が見せる笑顔はじんわりとあたたかな愛おしさを滲ませて、普段の堅さが嘘みたいに思えるふわりとした笑顔だった。
それはもしかしたら、東が蓜島を好きになってしまったからそう見えるのかもしれないけれど、東にとってはどうしてもそういう風に見えるのだから、そんなことは論じても仕方のないことだ。
つまるところ、東はどんどん蓜島のことが好きで好きでたまらなくなってしまっている。
「私、変わりましたか?」
「そんな気がします。柔らかくなったような」
「付き合い始めてから、あまり取り繕わなくなったからでしょうか」
「取り繕ってたんですか?」
初めて会ったときから、蓜島は笑わなかった。他人に対する態度としては、にこやかにしておくことが東にとっては取り繕う、というイメージだった。
「…そりゃあ、憧れの人の前でだらしないところは見せたくないでしょう」
「あ、ああ~。そういう……僕なんて別に、ちゃんとした人ってわけでもないのにな」
「東さん自身のことをあまり知りませんでしたから」
やっぱり好きな人の前では、かっこつけたいものだ。それは蓜島も東も同じだった。
「東さんはまだ少し、見せてくれてない部分がありますよね」
「僕ですか?」
「ええ。東さん、素が出てると僕じゃなくておれって言いますよね」
「……えっ!? おれって言ってました!?」
東は蓜島の思いがけない指摘に思わず大きな声をあげてしまう。そんな東の様子を見て、蓜島はおかしそうに微笑む。ああだから、その顔が甘いって言うんだ。東は頭をかく。
「む、無意識でした…」
「そうなんだろうと思っていました」
「うあー、恥ずかしい。出てないつもりだったのに」
「かわいいですよ」
東は蓜島が表向きの自分のことも知っていてくれて、それを好きだったというのを知っている。だからこそ、あのキレイに飾られた自分も保っておきたい気持ちがあったのだ。誰だって好きな人の前ではかっこつけたいものである。
「……おれ、そのうち蓜島さんにがっかりされるんじゃないかってまだ不安なんです」
「しないですよ、きっと。不安にならないくらい、私ももっと愛情表現を頑張ります」
「そ、それはもう、じゅうぶんっていうか……これ以上は困るっていうか」
絶対とかあり得ないとか、そういう言葉を安易に使わない蓜島のことを東はむしろ誠実に思った。今はまだ蓜島のこのひどく甘い笑顔にくらくらしているというのに、これ以上わかりやすく好きをアピールされてしまっては東の心臓がもたない。そんな東の心を知らない蓜島は、そう口籠る様子に不思議そうだった。
恋人になったからといって、いつものポーカーフェイスが普段から崩れるというようなことはない。蓜島はいつでもあまり表情を変えないし、言葉数は少ないほうで、話すときはだいたい東が喋り、蓜島が聞き役になる。
それでも、だからこそ、恋人になって時折見せてくる笑顔がひどく甘いのだ。付き合い始める前は、よくよく観察していないと気付かないような、微かな笑みだった。それなのに、今の蓜島が見せる笑顔はじんわりとあたたかな愛おしさを滲ませて、普段の堅さが嘘みたいに思えるふわりとした笑顔だった。
それはもしかしたら、東が蓜島を好きになってしまったからそう見えるのかもしれないけれど、東にとってはどうしてもそういう風に見えるのだから、そんなことは論じても仕方のないことだ。
つまるところ、東はどんどん蓜島のことが好きで好きでたまらなくなってしまっている。
「私、変わりましたか?」
「そんな気がします。柔らかくなったような」
「付き合い始めてから、あまり取り繕わなくなったからでしょうか」
「取り繕ってたんですか?」
初めて会ったときから、蓜島は笑わなかった。他人に対する態度としては、にこやかにしておくことが東にとっては取り繕う、というイメージだった。
「…そりゃあ、憧れの人の前でだらしないところは見せたくないでしょう」
「あ、ああ~。そういう……僕なんて別に、ちゃんとした人ってわけでもないのにな」
「東さん自身のことをあまり知りませんでしたから」
やっぱり好きな人の前では、かっこつけたいものだ。それは蓜島も東も同じだった。
「東さんはまだ少し、見せてくれてない部分がありますよね」
「僕ですか?」
「ええ。東さん、素が出てると僕じゃなくておれって言いますよね」
「……えっ!? おれって言ってました!?」
東は蓜島の思いがけない指摘に思わず大きな声をあげてしまう。そんな東の様子を見て、蓜島はおかしそうに微笑む。ああだから、その顔が甘いって言うんだ。東は頭をかく。
「む、無意識でした…」
「そうなんだろうと思っていました」
「うあー、恥ずかしい。出てないつもりだったのに」
「かわいいですよ」
東は蓜島が表向きの自分のことも知っていてくれて、それを好きだったというのを知っている。だからこそ、あのキレイに飾られた自分も保っておきたい気持ちがあったのだ。誰だって好きな人の前ではかっこつけたいものである。
「……おれ、そのうち蓜島さんにがっかりされるんじゃないかってまだ不安なんです」
「しないですよ、きっと。不安にならないくらい、私ももっと愛情表現を頑張ります」
「そ、それはもう、じゅうぶんっていうか……これ以上は困るっていうか」
絶対とかあり得ないとか、そういう言葉を安易に使わない蓜島のことを東はむしろ誠実に思った。今はまだ蓜島のこのひどく甘い笑顔にくらくらしているというのに、これ以上わかりやすく好きをアピールされてしまっては東の心臓がもたない。そんな東の心を知らない蓜島は、そう口籠る様子に不思議そうだった。
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